47話 お礼参り
オズワルドは翌日には騎士団に戻るため街を出た。
連絡はシリウスを通すことになり、ローダスを出る前とレリウスに着いたら知らせることになっている。
イクスも一緒に行くのでギルドへ報告に行ったところ、イスト騎士団長のローダス入りは知られていたらしく、ヒューイに捕まった。
「ちょっと聞きたいことがあるから」と別室へ移動する際、他の冒険者や職員からまたあいつらかと言わんばかりの視線を集めていたのは気のせいだと思いたい。
騎士団絡みなのは隠しようもないので事情を説明したところ、とても複雑そうな顔でため息をつかれた。
「事情は分かった。そういうことならイクスも一緒の方がいいだろう。気をつけて」
ギルドへの報告も済み、リックの依頼を終えて準備を整えてローダスを出た。
前日にシリウス宛に速達便で手紙を出したので、二人がレリウスへ向かっているのは団長に伝わっているだろう。
馬車の方が早いがそれほど急ぐ必要もないので二人は街道を歩いて進む。
道中出てきた魔物は狩り、立ち寄った街のギルドで換金、その金で食事を楽しんだ。
そしてローダスを出て数日、二人はレリウスへと着き、ユエは顔を隠すためフードを深く被って入った。
幸い門番の騎士は顔見知りで団長から話を聞いていたらしく、すんなり通してくれた。
シリウスを通して団長と連絡を取り、現在の状況を聞くと件の三人はかなり苛ついているらしい。
なのでユエとの対戦には本気で来るだろうとのことだった。
どうも兵站管理部の仕事に遅れが出ているらしく、そのせいで他の騎士達の不満も出ており、三人への風当たりがかなりキツくなっているとか。
仕事に遅れと聞いて気にはなったが、人数を増やして対応しているらしいので慣れれば問題ないだろう。
むしろ人数が増えた分、自分がいた時よりも上手く回るかもしれない。
そして今、ユエの前には憎らしげに睨みつけてくる男が三人。
場所は騎士団の第一訓練場で、三人の内一人はユエにクビを突きつけた男だ。
三人はユエに勝てば元の部署に戻れることになっているそうなので、やる気も十分のようである。
使う武器は訓練用の刃を潰した模擬剣、魔法も体術も使用可の実戦形式の試合だが、誰がどう見ても圧倒的にユエが不利である。
そのことに三人はユエを見下してもいるようで、他にも同じことを考えている者はいるようだった。
ただ、中には三対一という状況に顔を顰めている者もいるので反応は実に様々だ。
それでも全体の雰囲気としては団長達の根回しが効いてかユエ寄りだった。
彼らの発言は随分と多くの怒りを買ったらしい。
「よくもまぁここへ戻ってこれたもんだな」
「恥ずかしくないのか? まぁ、戻ってきたところで俺達に勝てるわけないから無駄だがな」
「……何を言ってるのか分かりませんが、戻ってきたわけではありませんよ。私は団長に呼ばれて来ただけですので」
「は?」
「なに?」
三人は驚いた様子で団長を見るが、離れたところから「そんなっ」「終わった……」という声も聞こえた。
聞き覚えのある声だったのでそっちを見れば、かつての同僚達が両手で顔を覆ったり両手をついて項垂れていた。
あの様子だとユエが騎士団に戻らないことは聞いていなかったのだろうか。
団長に目をやればすっと目を逸らされた。
近くにいた副団長も目を逸した。
そんな二人に思うところもあったが、とりあえず今は目の前のことに集中すべきだろう。
状況がどうあれ自分のやることに変わりはない。
これは冒険者としての依頼でもないボランティア。
しかもユエは自分の意思で引き受けると決めたのでいいが、イクスは面白がっているとはいえ付き合わせてしまっている。
ユエとしてはこれできっちりケジメをつけたいと思っているので、面倒なことはさっさと終わらせてしまいたい。
なので審判役の騎士に視線を向ければ、分かったと言わんばかりに軽く頷いた。
「ではこれより試合を始める。命に関わるものでなければ多少のケガは認めるものとする。勝敗条件は本人による降参、もしくは戦闘不能。双方、問題はないか」
「ない」
「ないです」
「同じく」
三人がほぼ同時に答え、ユエは少し遅れて「ありません」と答えた。
「では、始め」
「ふん、お前な、どっ!?」
「せめて、らっ!?」
開始の合図と共に一歩を踏み出した二人が同時に体勢を崩した。
そんな二人に驚き後ろにいた一人がつんのめるように動きを止める。
「な、なんだこれはっ」
「なぜこんなところに穴が」
二人の足元は不自然に窪んでおり、それに気付かず一歩を踏み出したせいで体勢を崩したのだ。
ついさっきまでは平らだったのだから驚くのは当然だが、気づかないのは彼らの油断と不注意である。
「くそ、お前か。小賢しい真似を」
「ふん、魔法でやることがこの程度か。実力が知れるな」
感覚としてはうっかり階段を踏み外したのに近いだろうが、その実力が知れる小賢しい真似にあっさり引っ掛かったのは彼らである。
これがイクスや先輩騎士達なら引っ掛からないし、かかったところで体勢を維持してそのまま攻撃に繋げてくる。
動きを止めてこちらを見下してくるのは彼らの余裕か油断か。
ユエが動かないのは相手の情報収集と目的が見せしめだからだ。
そうでなければ体勢を崩した所に一撃入れている。
体勢を立て直した二人は視線を交わすと、一人が先に攻撃をしかけてきた。
それを躱すと、もう一人が驚きつつも時間差で攻撃してくる。
驚いたことで力が入りきらなかったのだろう、簡単にいなすことが出来た。
「二人ともどけっ!」
二人の相手をしていると、攻撃に参加していなかった三人目が怒鳴るように叫ぶ。
これにユエは相手をしていた二人をそれぞれ剣と蹴りで吹き飛ばした。
「土壁」
空いた空間に立ち上がった土壁に、衝撃と共に火が散る。
聞こえた舌打ちは火球を打った三人目だろう。
「おい、危ないだろうが!」
「当たらなかったから良かったものの! 当たってたらどうする気だ!」
当たらなかったらも何も、ユエが吹き飛ばさなければ確実に当たっていた。
かろうじて避けたにしてもケガは負っていただろう。
しかもこの様子だと二人はユエに助けられたことに気づいていない。
魔法を使った三人目はともかく、この二人は部隊所属で実戦経験があるはずだが――
ちらりと見えた観客の中に、頭が痛そうな顔でため息をついている彼らの元いた部隊の隊長の姿が見えた。
目の前ではユエそっちのけで三人が言い合いをしている。
どうしたものかと審判を見れば呆れた顔をしていた。
目が合えばお互いに何とも言えない表情になったのは仕方ないだろう。
ユエにとっては団長からの依頼というボランティアだが、三人にとっては騎士としての進退がかかった試合のはずなのだが。
「はっ、女一人に二人がかりで手も足も出ないような奴が偉そうに」
「なんだとっ!?」
「さっきから一撃も入ってないだろう」
「平民相手に本気を出すとでも? 手加減してやっているに決まっているだろう」
どうやらユエは手加減されていたらしい。
なるほど、道理で攻撃が軽いわけである。
それに火球も大して強くなかったし、アリークのダンジョンでホブゴブリンに投げつけられたゴブリンの方がまだ威力は強かった。
「プッ、手加減とか。三人がかりで軽くあしらわれてる奴らが何言ってんだか」
「だよな。手加減してもらってんのはどっちなんだか」
ふいに、そんな声が聞こえた。
そしてそれはユエだけではなく三人にも聞こえていたようで。
「なんだとっ!?」
「誰だ、今言ったのは!」
怒りも顕に三人は周囲を睨みつける。
だが、自分が馬鹿にされたことしか頭にないらしく、声の不自然さには気づいてないようだった。
大きくはないのにいやにはっきりと聞こえた気がするのだが。
さらに三人を煽るように潜めたような笑い声や囁きが耳に届く。
風魔法を使って声を届けているのだろう、ユエ達にだけ聞こえるようにしているらしく、腕の良さが窺える。
そしてまんまと煽られた三人の睨む先は、周囲からユエへと戻った。
「お前のせいで!」
「平民の女が俺達を馬鹿にしやがって!」
ユエは何もしていないが、三人は随分と殺気立っている。
これなら手加減も忘れて本気でかかってくるだろう。
そろそろ頃合かと団長に目をやれば頷かれたのでこの試合も終わりだ。
「はぁっ!」
身体強化をかけた上段からの攻撃に、ユエは自分も強化をかけていなし空いた脇腹に一撃を入れた。
次いで攻撃を仕掛けてきた男は下から剣を打ち上げてその肩に一撃を入れる。
そして距離を取って魔法を打とうとしていた男には、男の足元から土壁を立ち上げて転倒したところを、さらに土魔法で拘束した。
「勝負あり。ユエ!」
一人は脇腹を押さえながらえずき、一人は肩を押さえて痛みに呻き、一人は文句を言いながら四肢を拘束されもがく。
誰の目から見ても明らかな結果に、審判はユエの勝利を宣言した。
これに周囲からわっと声が上がるが、中には驚きや信じられないと言った様子の者もいる。
二人は骨にヒビぐらい入ったかもしれないが中級治癒ポーションで治るし、残る一人は無傷での拘束だ。
普段の騎士の訓練でもこれぐらいのケガなら許容範囲なので問題ないだろう。
三対一という不利な試合でありながら、ユエ一人が平然と立ち三人が地に伏せる状況は誰の目にもユエ自身の実力を明らかにした。
平民の女を相手に貴族であり男が三人がかりで負ける。
まして試合中の様子を見れば、三人が貴族の嗜みとして身につけている女性に対する配慮などなかったのは明らかだ。
よって敗者となった三人に向けられたのは健闘を称えるものでなく、軽蔑と嘲笑だった。




