45話 イストからの訪問者②
まさかの元上司に一瞬呆けたユエだったが、染み着いた騎士生活の名残から敬礼しようと立ち上がりかけて不自然に動きを止めた。
こんなところで騎士の敬礼なんてしたらどうなることか。
店の中にいる客の多くは冒険者だ、別に騎士と冒険者の関係が悪いわけではないが自分が元騎士であると話す気もないし、何よりオズワルドが騎士団長とバラすのもマズイだろう。
格好からしてお忍びのようだが、オズワルド以外に部下らしき姿がないのはどういうことか。
何にせよ自分に用があってここにいるのは察せられたので、ユエはイクスの隣に移動しオズワルドに座ってもらった。
そこへ注文した料理が届き、新たな客にバーバラが注文を問えば、オズワルドは注文を後回しにした。
さすがのバーバラは詮索もせず「そうかい、決まったら呼んどくれ」の一言で料理を並べると接客に戻っていく。
それを確認したオズワルドは二人に見えるように遮音の魔道具をテーブルに置いた。
「すまないが魔道具を使わせてもらう」
「いえ、私もその方が助かりますので。お久しぶりです、団長」
そう言った瞬間、隣のイクスがピクリと反応した。
「彼は一緒にパーティーを組んでいるイクスです。イクス、この方はイストの団長のフェイズ様」
とりあえず初対面の二人をユエが紹介するが、ユエもオズワルドも苦笑を隠せない。
何しろイクスは団長と聞いた瞬間から不機嫌を隠そうともせず顔を顰めている。
「ユエをクビにした奴が今更何しにきたんだよ」
「イクス」
クビにしたのは団長ではないので宥めようとするが、それを軽く制したのはオズワルドだった。
「彼の言うことは間違ってない。私の不甲斐なさが原因だからな」
「そんなことはありません。それに団長がいない時に起きたことです。団長に非はありません」
これは紛れもないユエの本音だ。
ユエには団長を恨む気持ちなど欠片もない。
「それにこう言っては何ですが、団長が色々と気にかけて下さっていたから騎士を続けられていたんですし」
「どういうことだ?」
睨むようにオズワルドを見ていたイクスが怪訝そうに聞いてくる。
「前にヒューイさんも言ってたけど、平民の女が騎士なのを気に入らない人って多いんだよ。そんな人ばかりじゃないけど、それなりに苦労もしたし」
貴族は元より平民の中にも『女のくせに』と考える者はいる。
王都の研修時代もイストに配属されてからもそれなりに風当たりはキツかった。
見下す発言や嫌がらせをされたこともあるし、女として容姿を貶されたことだってある。
だがそれ以上の酷い目に遭わなかったのは、団長を始め良識ある人が気にかけてくれていたからだ。
「私は当然のことをしたまでだ」
「それでも、私は自分が恵まれていたと思っています。私が騎士を続けていられたのは団長達のおかげです」
「だが不名誉な形で騎士を辞めざるをえなかったのは私の力不足故だ。すまなかった」
申し訳なさそうにオズワルドは小さく頭を下げた。
遮音の魔道具を使っているが周囲の目がある中、それでも精一杯の謝意を示すオズワルドに、イクスも態度を和らげた。
「……あんたはユエの味方だったんだな」
呟いた声にさっきまでの険はない。
「謝罪は受け取りました。ですのでどうか頭を上げて下さい」
悪い悪くないを続けても話が進まないので、謝罪を受け入れる。
小さくとはいえオズワルドに頭を下げさせたままなのはユエの精神的によろしくない。
「それで、団長はなぜここに? まさかとは思いますがお一人ですか?」
「さすがに一人で出歩くわけにもいかないんでな。護衛はいるぞ。お前と話すのに今は離れさせているがな」
それもそうだと思いつつもほっとした。
万が一にもオズワルドに何かあれば大問題である。
「さて、食べながらでいいから聞いてくれるか。私がここへ来た理由だがまずはユエへの謝罪だ」
まず、と言うからには別の理由があるのだろう。
謝罪だけなら手紙一つで十分だ。
「カイルとシリウスからお前がここで冒険者をやっていると聞いてな。直接謝罪をしたかったのもあるが、元気にやっているかも気になっていたのだ。まあ、お前なら大丈夫だと思っていたが」
「ご心配をおかけしてすみません。さすがに団長に手紙を出すわけにもいきませんでしたし……」
「私は構わんが、シリウス宛にしたのは正解だろうな」
カイルの男女を問わぬ人気ぶりを把握しているがゆえの言葉である。
生まれ持った容姿のせいで苦労する友人には彼への熱い思いを綴った手紙がよく送られてくるため、ユエが手紙を出してもその中に紛れてしまう可能性があった。
「騎士に戻る気があるかを聞こうと思ったのだが……その気はなさそうだな」
「はい。今の生活にも慣れましたし、楽しんでますので」
「そうか。残念だが仕方ない」
自分への謝罪と騎士への復帰の確認、ここまではユエの予想通りだ。
会話の流れとしては次が本命だろう。
自分を追い出した者達の処分についてだろうかとユエは予想する。
そして、それは概ね外れてはいなかった。
「それで、お前を不当に追い出した者達についてだが……」
オズワルドはユエがクビになって街を出た後のことを教えてくれた。
団長代理を務めていた人事部長は事の次第を知るとすぐに該当者を捕まえ尋問したそうだ。
すぐにユエも探したが部屋は綺麗に片付きもぬけの殻で街を出た後だった。
尋問後は団長代理の権限で二週間の謹慎を命じ罰したが、反省するどころか文句を言う始末。
そして王都から戻ったオズワルドが事情を知り、現在彼らには罰の一つとして兵站管理部での業務を命じているという。
「は? 管理部に? 大丈夫なんですかそれ」
思わずそう返したユエは悪くない。
この場合の大丈夫は彼らの扱いではなく、兵站管理部の仕事がちゃんと回っているかの心配だ。
ぶっちゃけ管理部の職員が迷惑しているとしか思えない。
「ああ、管理部の人間には連中のことは無視していいと言ってある。実際、文句を言うばかりの奴に構っている暇などないしな。八つ当たりをされたところでそれに構う者もおらん」
それは一体どういう状況だろうか。
文句を言っても八つ当たりをしても相手にされないとは。
「『雑用など誰でも出来る』などと宣ったのだ。ならばやってもらわねばな。言ったからには出来て当然だろう?」
ニヤリと笑みを浮かべるオズワルドに、「くくっ」と笑ったのはイクスだった。
「ああ、そうだよな。自分で言ったんだから出来て当然だ。誰でも出来ることなんだもんな?」
そして、オズワルドと同じような笑みを浮かべる。
「それで、出来てるんですか?」
「いや、全く」
聞けば予想通りの答えが返ってきた。
「おかしな話だ。誰でも出来る雑用のはずなのにな。やってる仕事だって管理部の仕事でも簡単なことなんだが」
やれやれとため息をつく姿がわざとらしく見えるのはユエの気の所為だろうか。
あと、隣のイクスがとても楽しそうなのも。
「そろそろ一ヶ月ほどになるんだが、どうにも反省が見られなくてな。それでユエに頼みがあって来たんだ」
「私にですか? 団長の指示でも文句を言ってるのに私に出来ることなんてありますか?」
「あるとも、お前だからこそ出来ることが。なに難しいことじゃない。連中を叩きのめしてくれ」
「…………は?」
聞き間違いだろうか、目の前のオズワルドがいい笑顔で物騒なことを言った。




