44話 イストからの訪問者①
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日が暮れるのも早くなり、空気も冷え始めた頃。
実りの秋も終盤に差し掛かってはいるが、ローダスの市場には森の恵みが並び客で賑わっている。
特に多く並ぶのはやはり茸で、白いのから薄っすらと紫がかったものまで色も形も様々だ。
食用の茸は勿論のこと薬の材料になる物も多く、中にはこの時期にしか採れない物もあるので冒険者ギルドは大忙しである。
またそれらを食べる魔物もこの時期になると脂がのって程よく丸くなるので、魔物の買取も多い。
そしてそんな茸や魔物の肉や素材を目当てに多くの商人が訪れるのもこの時期なため、ローダスは繁忙期を迎えていた。
いつもなら余裕を持って歩ける道も多くの人で賑わっており、人にぶつからないように歩くのが大変だ。
人が増えれば問題も増えるので、あちこちでちょっとした喧嘩なども起きているらしく、いつもより警備の人数も多い。
今も数人の衛兵が忙しそうに走っていったので揉め事が起きたのだろう。
冒険者にもギルドから揉め事を起こさないようにと注意喚起がされているほどだ。
この時期にローダスへ来るのは商人ばかりでなく、他所の冒険者も稼ぎ時だとやって来るのでそこでも揉め事が起きる。
特に薬草の買取で揉めることが毎年の恒例行事で、ギルド側も毎度困っていた。
そのためこの時期はその対策のために冒険者を用心棒がてら雇う店も多い。
荒事を専門にする冒険者相手に、一般人である店側の人間が対等に立ち向かえるかと言えば……難しいだろう、普通なら。
ローダスで店を構える以上はその辺り肝の据わった者も多く普段から冒険者の相手は慣れているが、力に訴えようとする者も中にはいるわけで。
「それで冒険者を雇うんだね」
「中には同業者の話なら聞くって奴もいるからな。魔物はともかく薬草関連に関してはローダス独自の決まりだし、知らない奴もいるんだ。だから初めての場所ではまずギルドに行って禁止事項なんかを確認しておくとトラブルが少なくて済むな」
「なるほど。……あれ、でもアリークに行った時はギルドに行かないでそのままダンジョンに行ったよね?」
「ああ、それは俺が一緒だったし。特に禁止事項がないのは知ってたからな」
だとしてもそれは大事なことなのでは? と思ったが内心に留めた。
こうして今それを知れたのだから、今後自分で気をつければいい話だ。
ただ、繁忙期の問題はそれだけではない。
それらを理解した上で乱獲する者もいて、彼らはそれをローダスではなく他所の街で売るそうだ。
そのせいで毒茸を食用として売り被害が出ることもあるらしく、ローダスの各ギルドや領主に抗議が来るのも毎度のことだとか。
この時期ローダス産の茸は高値で売れるらしく、ローダスとしても乱獲は困るが採った物を必ずローダスに卸せとは言えず、やれる事と言えば注意喚起が精々。
ヒューイも「頭が痛い……」とため息混じりに呟いていたので、気分が落ち着くお茶を差し入れしておいた。
そして二人が今何をしているかと言えば用心棒を兼ねた店番だ。
接客はユエ、用心棒はイクスという役割分担もバッチリで、合間に話をしてはいるものの仕事に抜かりはない。
「いやー、今年はユエちゃんのおかげで助かるわー」
店主であり依頼人のリックの言葉に、どこか得意気に胸を張ったのは何故かイクス。
それに気づきつつもあえてスルーし、ユエは「どうも」と愛想笑い浮かべる。
「この顔だから女の客は寄ってくるんだけど、何しろ無愛想だろ? 用心棒としては頼もしいけど、接客を任せるわけにはいかなくてさ」
「何で楽しくもないのに笑わなきゃいけないんだ」
「ほら、これだよ。お前そんなんじゃ商売なんか出来ねぇぞ」
「俺は冒険者だからいいんだよ」
やれやれとリックは肩を竦め、ユエは苦笑した。
イクスは見た目こそ整っていて派手だが人見知りだ。
見た目につられて女性客が来たところで仕事として対応はしても愛想良く接客などしない。
これで愛想良く接客出来るならおそらくあちこちの店から引っ張りだこになるだろう。
尤も、そのせいでユエが身に覚えのない妬みを買っているわけだが。
「ユエ、疲れてないか?」
「大丈夫だよ。今のところ困ったお客さんもいないし、分からないことはリックさんもイクスも教えてくれるから」
「ユエちゃんは分からないことは聞いてくるし、こっちの話もちゃんと聞くからなぁ」
どこの世界にも分からないのに聞かなかったり、人の話を聞かない人間というのはいるらしい。
それは冒険者だけに限らず、商業ギルドを介して来る者にもいるそうで。
「なまじ経験がある奴でそういうのが厄介なんだ。一応知識と経験があるからこっちの話を聞きゃしない」
「あー……自分のやり方があってそれを変えないタイプですか」
「そうなんだよ。それで問題がなきゃ別にいいんだが、割とそういう奴に限って問題があったりするんだよな。そんなに自信があるなら自分で商売やりゃいいのに」
「人を雇うのも大変なんですね」
雇う側になったことは前世も今世もないユエだが、大変そうだというのは分かる。
そしてその度に自分には無理だろうなと思うのだ、そんな予定もないが。
夕方になるとリックは店を閉めるので、今日の仕事は終了。
リックとの契約は二週間なので、あと数日で契約も終わりだ。
繁忙期もそれぐらいで終わるだろうとのことで、その後は冬支度に入る。
とは言えローダス周辺はそれほど寒さはキツくなく、北部のように雪が積もることもなく降ってもうっすら積もる程度。
それでも森に住む動物や魔物は少なくなるし、茸や薬草なんかも減る。
なので冬になると他の街へ移る冒険者もいるらしい。
「イクスはどうしてたの?」
「俺か? ダンジョンに行ったりしてたぞ。今年はどうするか決めてないけど、街を離れるならギルドに申告しないとな」
ローダスではCランクまでは比較的自由に動けるが、Bランクになると有事に備えて遠出する際にギルドへ申告することになっている。
強制ではないので申告しなくても罰則があるわけではないが、ギルドからの信用は下がるらしい。
「またダンジョンに行ってみるか?」
「アリークの?」
「アリークでもいいし、別のとこでもいいぞ」
「別って言うと……」
ユエは記憶を探る。
ダンジョンと騎士団は無関係ではないので、国内のダンジョンはユエも知っている。
イゼルカ王国にあるダンジョンは五つ。
東部、西部、北部に一つずつ、そして南部に二つ。
「東部のフェイシス、北部のスード、南部はナリスと海底遺跡だな」
ダンジョンは地名で呼ばれることが多いが、中にはその特徴で呼ばれる物もある。
南部に二つあるダンジョンの一つは海の中にある遺跡がダンジョンになっているため、海底遺跡と呼ばれている。
海の中にあるため当然そこまで行くには潜る必要があり、中に入ってしまえば空気もあるし外と変わらず動けるらしいが、本当にダンジョンは不思議だ。
そしてそんなダンジョンの不思議が寒い季節には喜ばれるそうで、隔離された空間であるダンジョンは外の影響を受けない。
なので外よりもダンジョンの中の方が暖かく、ローダスに限らず冬場はダンジョンが人気なのだとか。
ただし、海底遺跡は別らしい。
寒いのにわざわざ海に入りたくないというのはある意味当然の理由だろう。
さてどうしようかとイクスと話しながら、バーバラの食堂へ向かう。
混み始めた店の中、空いている席に座りそれぞれに注文し、料理が来るのを待っていると、フードを目深に被った男が横に立った。
「何だ?」
訝しげなイクスに対し、ユエは驚きから軽く目を見開く。
ここにいるはずのない人の姿に、思ったことがそのまま口から出ていた。
「……何でここに?」
それに苦笑しながら、男はフードを取る。
「久しぶりだな、ユエ」
そこにいたのはかつての上司、イスト騎士団の団長オズワルド・フェイズその人だった。




