42話 アイザックの考察①
アイザックがユエに興味を持ったのは、冒険者ギルドで顔を合わせた時だった。
大物の魔物が討伐されたという情報が入り、それが今までにない大きさの翡翠蛇だと聞いてアイザックは自分が担当することを決めた。
そして冒険者ギルドに出向き自らの目で確認した翡翠蛇は、アイザックが見たことのない程の大きさで素晴らしい皮をしていた。
蛇に限らず取れる皮の大きさは本体の大きさで変わる。
その点この巨大な翡翠蛇は通常の倍ほどの長さがあり太さも倍近くある。
何より翡翠蛇の中で最も価値のある皮は他にない深みのある色合いで文句なしの一級品、いや最上品だった。
見たところ皮に傷もなく、聞けばこれを獲ってきた冒険者がポーションで表面の傷は治したと言う。
よくやった! とアイザックは内心で称賛した。
その冒険者はこの翡翠蛇の価値をよく分かっている。
このサイズなら皮についた傷を治すのにポーションだって惜しくない。
この先十年、いや五十年経ったってこのサイズが獲れるか分からない。
この深みのある色とて他にはない物だ。
翡翠蛇は大きくなるほど深みのある色になるが、これほど深く鮮やかで美しい色を見たのは初めてだった。
さらに話を聞けば首への殴打のみで仕留めており、その場で血抜きも済ませているため肉も内臓もほぼ傷ついてないという。
本当に素晴らしい、これは是非とも全て手に入れなければ。
一度商業ギルドへ戻り、すぐに会議を開いて出せるところまで予算を確保した。
とは言えアイザックが自分の目で確認してきた翡翠蛇を詳細に説明すれば、誰も反対しなかった。
そうして冒険者ギルドに足を運び商談しようとすれば、領主だけでなく王宮まで買取を希望していると言う。
しかも領主は皮だけだったが、王宮は商業ギルドと同じく丸ごと。
これは久々に腕が鳴ると、アイザックは気合を入れ、王宮からの使者が来るのを指折り数えて待った。
なのに、だ。
やってきた使者はマイルズと名乗り、見た目青二才の若造でしかも貴族の傲慢さが透けて見えるような男だった。
挨拶がてら言葉を交わしても翡翠蛇が手に入ることを当然と疑ってない様子で、アイザックは落胆した。
これは荒れるなとヒューイと話し合うために足を運べば、軽くキレていた。
どうやら冒険者ギルドでは商業ギルドよりも横暴に振る舞ったらしい。
「随分と上から物を言われたよ」と表情だけは笑みを浮かべるヒューイに、ため息が出たのも仕方ないと思う。
一体何をしているのだ、あの男は。
まさか王宮からの使者というだけで全てが罷り通るとでも思っているのだろうか。
だとすれば愚か過ぎる。
そうして迎えた本番当日。
所有権を持つ冒険者パーティーを時間を指定して呼び出していると聞いていたので、それよりも早くアイザックは冒険者ギルドへ来ていた。
誰に売るかは所有権を持つ冒険者パーティーに決める権利がある。
なのでまずはギルドの職員から状況を説明し、その上で誰に売るかを判断してもらう。
説明はベテランギルド員であり当人達と顔見知りでもあると言うハンナがすることになり、アイザックはヒューイと共に隣の部屋でその様子を聞いていた。
壁越しにしては会話の内容がはっきり聞こえるのは魔道具のおかげだ。
マイルズもまた反対の隣部屋で話し合いが終わるのを待っており、同じように魔道具で声が聞こえるようになっている。
さてどんな判断をするのやらと聞いていれば、思ったよりも冷静に的確な判断をしていた。
しかも驚いたことにBランクのイクスではなく、まだ新人のDランクの女冒険者が四者の状況を把握して意見を言っているではないか。
そうして最終的に「まずは領主と商業ギルドで話し合いを」と意見が纏まり、話は一旦保留ということで終わろうとした時、奴が乱入した。
そして出るわ出るわ冒険者と職員への暴言の数々。
聞いていたアイザックも不快に感じ思わず眉を顰めたが、テーブルの向こうではヒューイが射殺さんばかりの眼光で魔道具を見据えていた。
そしてハンナへ怒鳴ったのがとどめとなり、とうとう怒りを買って保留は撤回、売り先は領主か商業ギルドにすると宣言した。
マイルズは本当にアホではなかろうか、こんな鈍さでよく王宮勤めが出来るものだ。
今までの会話を聞いていてどこに怒る要素があったというのか、むしろ怒りたいのはアイザックの方だ。
王宮側が提示した金額をアイザックは知らないが、聞く限りではかなり低いようだ。
それを踏まえた上で穏便に済ませようと話を持っていってくれていたのに、自らそれを一蹴するとは。
事実上の王宮一択から王宮という選択肢が完全に消えたことに呆れたが、そろそろ止めに入った方がいいだろう。
やれやれと息をついて立ち上がり部屋を出れば、魔道具越しでない会話が耳に届いた。
「じゃ、そういうことで話進めてくれ。ついでに領主と王都のギルドに苦情も入れといてくれよ。金を出し渋った王宮が権力を笠に強要してきたってな」
「ああ、その際、王宮側が提示した金額もしっかり伝えてもらえますか。いい判断材料になると思いますので」
付け加えられた言葉に驚くと同時に、笑みが浮かんだ。
ただ苦情を入れるだけなら誰でも言える、だがそこに相手の非を証明する証拠を添えるよう言うとは。
しかも形としてはあくまで提案の上、言い回しも悪くない。
このタイミングがベストだろうと、そこでアイザックも参戦した。
ヒューイも来るかと思えば、アイザックに丸投げして来る気配がなかったので文句の一つも言いたくなる。
部屋に入れば見覚えのないのはただ一人。
隣にいるのが背の高いイクスだからか、より小柄に見える若い娘。
どんな反応をするかと挨拶をすれば、僅かに反応はあったが普通に挨拶を返してくる。
面白い、と言うのがアイザックの素直な感想だった。
さっきまでのやり取りも、今の反応もただの新人冒険者とは思えない対応だ。
生憎と時間がなかったのでその場で話をすることは出来なかったが、いずれ話をしてみたいと思った。
翡翠蛇の価値も分かっていなかった若造とそんな未熟者を送ってきた王宮への苛立ちから、抗議文を書く手は油を差したかのように滑らかに動いた。
少し皮肉も利かせてやったが今回は許されるだろう。
ヒューイと領主からも預かり、その日の内に王都の商業ギルドへ転移箱で事の経緯を書いた手紙と共に重要書簡として送った。
翌日には王都商業ギルド長自ら王宮へ上がり、担当者に直接渡してくれたそうだ。
ギルド長も手紙を読んで呆れ、抗議文を書いてくれたという。
その際にヒューイから連絡を受けた王都の冒険者ギルド長からも抗議文を預かり、合計で五通もの抗議文が王宮へ届けられた。
後日、アイザックの元には王宮からの謝罪文が届き、マイルズは厳重注意を受けて一ヶ月謹慎と半年の減俸処分を受けたらしい。
さすが貴族、これが平民なら厳重注意どころか一発でクビだが、出世の道は絶たれただろうから良しとする。
そうして再び忙しい日々を送っていたアイザックは中々その機会に恵まれずにいたのだが、たまたま街中でユエと再会した。
少し時間があったこともあり、ユエの予定も聞けば大丈夫だと言うのでいい機会だと話してみることにした。




