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40話 お喋りはスイーツと共に①


サウルを見送り薬草採取の講習を受けてからしばらく、ユエは薬草採取に精を出していた。


蒼の星としても依頼をこなしつつ、森に入って薬草や茸を採ったり、魔物を狩ったり。


品切れしていた優良品がまた入ってくるようになったので、商業ギルドもにわかに活気づいたがそんなことを知るよしもないユエはいつものように森に入っていた。


今日はイクスと別行動である。


難易度の高い依頼を受けて街を出ているのだ。


一緒に行くかと誘われたが、たまにはイクスも一人で気楽に過ごしたいだろうと遠慮した。


一人で遠出しないこと、ゴブリンとオークに気をつけること、見つけたら瞬殺することをユエに言い聞かせ、イクスは依頼に向かった。


どうやらゴブリンまっしぐらのせいで妙な心配性を発揮したらしい。


オークもゴブリン同様、人間を繁殖対象にするので一括(ひとくくり)にされたようだ。


冒険者視点で言えばオークは良い獲物なのだが、ヒューイに報告した時にオークの大繁殖の話をしたのでそのせいかもしれない。


正直、ユエはオークの話を聞いて焼肉食べたいなとか考えていたのだが、イクスはそれに気づいて釘を刺していったのかもしれない。


今のところゴブリンにもオークにも出くわしてないので、まあ大丈夫だろう。


角兎は三匹出たので血抜きを済ませて魔法鞄の中である。


サウルに聞いた巨大翡翠蛇の凶暴性についてもヒューイに報告した。


知り合いの魔物学者に聞いたあくまで可能性の話ではあるが、と前置きした上での報告だが、安全のためにも注意喚起してくれるそうだ。


「その人はまだいるのか?」と聞かれたが、もういないと言うと残念そうにしていたので他にも聞きたいことがあったのかもしれない。


木の実を採ったついでにいい時間になったので、そのまま木の上で昼食にすることにした。


今日の昼食は小麦粉を薄く焼いたもので野菜や焼いた肉を巻いた物。


前世で言うところのトルティーヤみたいな物だが、生地が茶色がかっているのは安い粉を使っているからだ。


不純物のない白い小麦粉は高級品なので当然貴族向けである。


貴族出の騎士で文句が多いのもパンの違いで、食べ慣れるまでは辛いらしい。


なので王都以外の騎士団に配属されると、まず最初の一月で体重が落ちる。


厳しい鍛錬と慣れない仕事、何より口に合わない食事で一気に落ちるそうだ。


なお、ユエの場合は慣れない仕事のストレスで食べそうになったので、食べ過ぎないよう注意していた。


それでも増えた時には鍛錬に精を出して絞っていたが。


ちなみに王都以外、というのは王城で出る食事はそこそこいい物を使っているので、貴族が食べてもそこまで合わないということがないそうだ。


他の騎士団に比べて圧倒的に貴族出の比率が高いのも理由の一つだろう。


確かに研修時代に王城で食べた食事は美味しかったが、ユエはイスト騎士団の食堂の味も好きだった。


「腹一杯食えよ」が口癖の料理長は元気にしているだろうか。


ちょっとしんみりしたところで昼食を終え、するすると木を下りる。


道中、採取と狩りをしながら街へ戻りその足でギルドへ。


魔物と素材をそれぞれ買取に出し精算を終えてギルドを出て、何とはなしに歩いていると見覚えのある人物と目が合った。


「あら、今日は相棒と一緒じゃないのね」


前から歩いてきたのは商業ギルド副ギルド長のアイザックだった。


「こんにちわ、ロンネフェルトさん。イクスは別の依頼に行ってます」


「こんにちわ、ギルドで会って以来ね。そうなの。じゃぁ、今時間あるかしら?」


「はい、大丈夫ですけど……」


この後に予定はないのでそう答えると、アイザックはニッコリと笑った。


「それじゃぁちょっと付き合ってちょうだいな」


どこにと聞く間もなく歩き出したアイザックに、とりあえず着いていく。


理由は分からないが何かユエに用があるのだろう。


そうして着いた先、向かい合わせに二人が腰を下ろしているのはローダスで人気のケーキ屋である。


「甘い物が好きなんだけど、さすがに一人で入るのは気が引けてね」


アイザックならわざわざ店まで来なくても秘書なり侍従なりに言えば、簡単に取り寄せられるだろうに。


そうは思ってもあえて口に出さず、「男の人一人では確かに入りにくいかもしれませんね」と無難に返す。


なんとなくだが、アイザックは女口調で話しているだけでそっち側ではないような気がしたのだ。


そんなアイザックの前には生クリームたっぷりのケーキがある。


ちなみにユエが頼んだのはベリーのタルトである。


アイザックが先に手をつけるのを待って、ユエもフォークを持つ。


口に入れたタルトはベリーのソースと生のベリーの甘酸っぱさが口一杯に広がって、幸せの味がした。


「時間があれば、貴女と話をしてみたいと思ってたのよ」


「私とですか?」


「そう、貴女と。骨のスープと肥料を冒険者ギルドに教えたの貴女なんでしょう?」


そのことか、とユエは納得した。


解体の講習でユエが教えた骨のスープと肥料は商業ギルドと連携して動いており、スープの方は既に飲食店で出回るようになっている。


それに伴い魔物の買取金額が少し上がったと冒険者達は喜んでいた。


なお、ユエには情報提供の報酬としてそれなりのお金が入ったが、これはイクスや母や村長とも話をして半分を村のことに使ってくれと渡した。


「そうです。でも教えたってほどでは……。村ではそうしてたから、捨てるって聞いて勿体ないと思っただけですし」


「あら、それでいいのよ。今まで捨てられていた価値のない物に価値を見出だせたんですもの。その結果、みんなが得をしたんだから素晴らしいことだわ」


素晴らしい、なんて言われるほどのことはしてないが、みんなが得をしたと言うのならそれでいいのだろう。


「肥料の方もね、そろそろ売り出せそうなの。とりあえず観賞用で粒状と粉末の二種類を出すつもり」


「はぁ、そうなんですね」


思わずじっとアイザックを見ると、どこか楽しそうに見つめ返してくる。


「何か言いたそうね?」


「何かと言うか……こんなとこで話していいんですか、それ? というより、何故私に?」


スープはともかく、肥料についてはまだ売り出す前の商品だ。


誰が聞いているか分からない場所で話すようなことじゃないだろうし、宣伝にしたってケーキ屋ですることじゃない。


肥料の宣伝をするのであればそれこそ花屋や、商店でする方が宣伝になるだろう。


それ以前に、何故それを自分に言うのか。


話題の一つとして話してもおかしくはないが、何しろ相手は商業ギルドの副ギルド長である。


何か理由があるのではとユエが思うのも仕方がないことだった。


「一応、遮音の魔道具を使ってるから大丈夫よ。それに仮に聞かれたところで困る物でもないし。スープも肥料もしばらく様子を見て、問題がなければ他所(よそ)のギルドにも教える予定なの」


「まあ、独占するような物でもないですもんね。元が骨ですし」


スープも肥料も材料は骨だし、煮込むか砕くという簡単な方法で出来ているので、秘匿するような物でもない。


何より利益としてはそれほど高くはないと思われるので、他所で真似されたところで痛くも痒くもないのだろう。


それならむしろこちらから教えた方が相手に恩を売れるので利になるのかもしれない。


「どっちに教えるんです?」


「どっちもよ。片方だけで動けるものでもないし」


「ああ、そうですね。じゃぁ王都と、付き合いのある近隣のギルドにそれぞれのギルド経由で伝える感じですか?」


「そうなるわね」


とは言え、実際にはもう少し早く教えるのだろう。


しばらく様子を見てからでは教える利がなくなってしまう。


なのでまずこんなのを売りますよと事前に伝え、その後、様子を見てから売れ行きやら評判やらを伝えるのではないか、というのがユエの予想だ。


そこまで考えてふと意識を戻せば、アイザックがどこか面白そうにユエを見ていた。


「あら、そんなに警戒しなくても。別に取って食いやしないわよ」


「いえ、そんな心配はしてませんけども。何だか楽しそうですね」


そう返せば、アイザックは「そうね」と微笑う。


「こう言ってはなんだけど、貴女とこんなに話が通じるとは思わなかったのよ。上位のそれなりの冒険者だと通じる人もいるんだけど、そんなにはいないし」


「あー……なるほど。でも私は別に商売とか駆け引きに通じてるわけじゃないですよ。ただ前にやってた仕事の関係で何となくってだけで」


「それでも十分よ。甘い物を食べながらお喋りなんて楽しいじゃない」


女子的発言の裏に『ただし話が通じる相手に限る』という副音声が聞こえた気がした。


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