39話 その頃イスト騎士団は⑥
報告にもなかった事実に、部屋の中は静まり返った。
報告にあっただけでも許し難い暴言である。
なのにそれ以上の暴言まで吐いていたとは。
そして、団長と副団長はそれが決定打だったのだろうと悟った。
深いため息をつく二人とは別に、怒気を放つのはまだ若い二人。
表情こそ辛うじて取り繕っているものの、二人の目には怒りが見える。
カイルは燃える炎のような、シリウスは冷え冷えとした氷のような、違いはあれどその目に宿る感情は間違いなく怒りだ。
「君達は本当にあの子の友人なんだね。そんなに怒ってくれて嬉しいよ」
そんな二人に、サウルリードは微笑ましげな目を向ける。
「私もね、何しろあの子が産まれた頃から知ってるものだから姪というか娘のように思っていてね。それなりに腹を立てているんだよ」
柔らかそうな髪と同じ薄い茶色の瞳には、二人と変わらない怒りが浮かんでいた。
「ですが、あの子の両親の怒りはそんな物ではないもので。該当者への処罰は当然にしてもそれだけでは怒りが収まりそうにないんですよ」
砕けた口調を改めて、サウルリードは団長に目を戻す。
そうは言っても、団長や副団長からすれば『だからなんだ?』である。
被害者であるユエの両親の怒りは尤もではあるが、だからといって騎士団の処罰に口出しする権利などあるはずもない。
「そちらからすればそれがどうしたとでも言いたいでしょうが、ユエの両親――とりわけ父親の方は妻と娘への愛情が重くてですね。このままだと確実にここへ来ます」
「……ここへ来る、とは? 貴方はユエの両親の代理なのだろう?」
「ええそうです、代理です。ですので代理が対応している間に彼が納得する結果を出す必要があります。そうでないと本人がここへ来て実力行使で抗議をします」
「え」
実力行使で抗議とは、随分と物騒な言い方である。
「実のところ、彼は該当者だけでなくイスト騎士団にも怒っているんですよ。なので本人が来れば壊滅とは言いませんがそれなりの被害が出るでしょう」
「……実力行使で抗議とは、その」
「皆さんが考えている通りで間違いないですよ」
副団長の問いかけに、サウルリードはさらりと答える。
おそらくユエの父親が乗り込んでくるのを阻止したいのだろうが、それにしては随分な物言いだ。
壊滅とはいかずともそれなりの被害が出るなどと。
こう言っては何だが、学者が一人暴れたところでここは騎士団の本部である。
被害など知れているだろうし、制圧するのにそう時間もかからないだろう。
ともすれば、これは騎士団に対する侮辱と取れた。
「ああ、誤解しないで頂きたいのですが、騎士団を侮辱しているわけではないですよ。魔物学者の中には身を守るために鍛えている者もいます。調査のために危険な場所へ行くこともありますし。ユエの父親はその中でも武闘派なんですよ。はっきり言って、その辺の騎士では相手になりません」
「ほう、随分と言ってくれるが」
「疑うのは勿論ですが、何なら証明のために私と手合わせでもしますか? ユエの父親ほどではありませんが、私も学者の中では武闘派です。そうそう遅れを取ることはありませんよ」
その瞬間、空気が張り詰める。
睨み合う、というにはサウルリードの表情に変化はないものの、その目は笑っていない。
団長から放たれる威圧にカイルとシリウスが身体を強張らせる中、先に威圧を解いたのは団長だった。
「この程度、揺るぎもしないか。試すような真似をして失礼した」
「構いませんよ。言い出したのは私ですし。それに、これぐらい耐えられないとユエの父親について行けないので」
「……」
「……」
「……そうか。そういう人物なんだな」
「理解して頂けで何よりです」
色々とヤバい人物だと言うことは理解した。
「ああ……というか、団長は御存知かもしれません。年齢も同じぐらいですし」
「何?」
貴族であり騎士団長という立場上、人との付き合いはそれなりにある。
学者の知り合いもいないではないが、そんなヤバそうな人物に心当たりなど――
「ユエの父親の名はトラビスです」
「…………はっ!?」
その名を聞いた瞬間、脳裏に浮かんだ顔に今までで一番大きな声が出た。
「どうやら御存知のようですね」
「いや待て待て、トラビスだと? たしかに結婚したとは聞いた気がするが、子供……が、いてもおかしくはないか。だがユエの父親っ?」
団長の声にも顔にも信じられないと言わんばかりの感情が出ているのを、サウルリードを除く三人は軽く引きながら見ていた。
ユエの父親に対する謎がさらに深まった瞬間である。
そんな団長に、サウルリードはうんうんと頷いた。
「信じられないのも無理はありませんが事実です。あの子は本当に良い子ですから私も時々信じられなくなりますが。……で、私の言ったことは理解して頂けますね?」
「……ああ、理解したとも。相手がトラビスなら貴方の心配は尤もだ。並の騎士では相手になるまいよ」
そしてさらに深まっていく謎。
三人は今すぐユエに父親について聞きたいと思った。
「私としては出来るだけ穏便に済ませたいと思っているんですよ。該当者はともかくイスト騎士団がこれ以上混乱するのはこちらとしても本意ではありませんし、ユエも望んでいません」
「ユエに会ったのか?」
「ええ、会いましたよ。パーティーも組んで冒険者を楽しんでいるようです。元気にしてましたので、ご心配なく。会いに行くのであればあの子の定宿を教えましょうか?」
「頼む。片をつけてからだが、ちゃんと詫びたいと思っていたのだ」
「いえいえ、片をつけるためにもあの子に会いに行って下さい」
わざわざ言い変えたサウルリードに、全員の視線が集中する。
「……つけるため、と言ったか?」
確認するように問う団長に、サウルリードは笑みを深めた。
「ええ。先程も言いましたが該当者の処分だけではユエの両親は納得しません。ですので二人を納得させるためにもユエにとどめを刺してもらおうかと思いまして。あの子が自分の手で報復すれば二人も納得するでしょうし、騎士団としても被害を出さず見せしめにもなるので一石二鳥かと」
「何を企んでいる?」
「企むなんて。私はお互いにとって一番いい方法を提案しているだけですよ。私としてもトラビスの暴走もその後始末も遠慮したい。そのためには処分を受けるだけでは足りないんですよ。二度と騎士を名乗れぬよう該当者の矜持を砕くぐらいしなくては」
それに、とサウルリードは続けた。
「ただ処分しただけでは、あの子を逆恨みして何をするか分かりません。そうなれば被害は騎士団だけでは済まないでしょうね」
「……だろうな」
頭痛を堪えるような顔で団長が同意する。
それは犯人達がユエを逆恨みすることか、それともユエの父親が怒りから暴走することか。
おそらく両方だろうが、比重は後者の方が上だと思われた。
「ですので、私に考えがあります。聞いて頂けますか?」
ニッコリと笑うサウルリードの提案を聞いた団長は少し思案し。
「ふむ、悪くないな」
ニヤリと笑ってそれを受け入れた。
そしてその場にいた三人もまた、どこか含む笑みを浮かべ賛成した。




