38話 その頃イスト騎士団は⑤
「ワイリース、ユエの居場所を知ってるのか?」
聞いたのはそれまで黙っていた副団長で、カイルは隣のシリウスに目をやってから「はい」と答える。
「少し前にユエから手紙が届いたので。今は故郷の近くの街で冒険者をしているそうです」
「冒険者?」
目を向ければ、シリウスは懐から封筒を出し副団長へ差し出した。
「私宛に届きました」
「中を確認しても?」
「どうぞ」
副団長から封筒を受け取り中を確認する。
三つ折りの便箋を開けば、小さめの字でユエの近況が綴られていた。
シリウス宛に送ったようだが内容はシリウスとカイルの二人に宛てたもので、二人を気遣う言葉もある。
騎士団を出てから故郷の村に帰ったこと、しばらく村で過ごしていたが、誘われて冒険者になったこと。
暮らしが落ち着いたので手紙を書いたが、連絡が遅れて悪かったなど。
見覚えのある字もだが、ユエが書いたのだとすんなり納得出来る文面だった。
団長や副団長にもこんなことになって申し訳ない、自分は元気にやっているので気にしないで欲しいと伝えて欲しいとあった。
手紙を読み終えてほっと息をつく。
ユエのことだから大丈夫だとは思っていたが、心配していなかった訳ではないのだ。
後ろから覗き込むように一緒に読んでいた副団長も、そっと息をついていた。
「ユエが冒険者か……。意外、でもないな」
「そうですね」
ユエが冒険者ということに、この場にいる四人は驚かない。
小柄な女で見た目にも強そうには見えない。
実際、イストへ来てからはすぐに兵站管理部に配属されたこともあり、大半の人間の認識は裏方だろう。
だが裏方の人間が戦えないなどと誰が決めたのか。
確かに騎士になったものの、実戦が合わずに事務方や裏方に回る者もいる。
だがその多くは人事による配属である。
では彼らは戦えないのか?
――答えは否。騎士とは民と国を守るために戦う者である。
故に戦えることが前提であり、戦えない者は騎士でいることは出来ない。
実戦だけで騎士団が維持出来るわけではないのだ、組織の運営には当然裏から支える人間がいる。
そして騎士である以上、事務や裏方にいても鍛錬は職務の一つである。
いざという時に自分は裏方の人間なので戦えません、なんてことは通らないのだから。
そしてユエもまたそれを実践している一人だった。
早朝や夜遅く、仕事の合間を見つけては鍛錬をしていたのをこの場にいる者は知っている。
だからユエが冒険者になっても驚かないし、犯人達を許さないのだ。
『戦わない騎士は必要ない』『雑務など誰でも出来る』などと、それがどれほどの暴言で侮辱なのか分かっていないのだろう。
実戦で憂いなく戦えるのは支えてくれる者があってこそ、それを理解していない者の何と多いことか。実に嘆かわしい。
しかもそれは貴族出身の者に多いのだ、特に次男や三男と言った跡継ぎでない者に。
嫡男でないため領地経営を学ばないからか、彼らには貴族の傲慢さが目立つ。
勿論そんな者ばかりではないが、支えてくれている者の重要性を理解していない。
それぞれの家での方針もあるだろう、貴族故の傲慢さも多かれ少なかれ貴族ならば持ち合わせるもの。
だが、身分や爵位の上下がないとは言えないが、騎士は使用人ではないのだ。
騎士としての立場に差はなく、尽くされて当然ではない。
彼らは職務に従事しているだけであって、仕えているわけではないのだから。
なお、ユエは責任者として部下に当たる同僚達にも鍛錬の時間を取れるよう調整していた。
「兵站管理部の者が聞けば倒れるかもしれんな」
「しばらく黙っておいた方がいいでしょうね」
ギリギリで耐えている彼らの心が折れてしまうだろう。
暮らしが落ち着いたとあるので冒険者の生活を楽しんでいるようだ。
正規の手続きを経てない不当解雇なので本人が望めば騎士へ戻ることは可能だが、そのつもりもあるまい。
残念ではあるが、ユエらしいと思う。
「お前達もこの件が片付くまで黙っていてくれるか」
「了解しました。聞かれても知らないと答えておきます」
「同じく答えておきます」
「うむ。もう待つ必要もないからな、早急に片を付ける。明日にでも全員呼び出して処分を――」
下す、と続けるはずだった言葉は、ノックに遮られた。
副団長が誰何すれば「団長と副団長に来客です」と返ってくる。
「来客だと?」
「は。その、今の騎士団の状況について話があるとのことでして……」
どちらにもその予定はないが、来客の用件に二人は苦い顔になった。
用件がそれでは無碍にすることも出来ない。
わざわざ騎士団までやってきて団長と副団長を指名してくるのであれば、余程のことがあったに違いない。
「会おう。通せ」
許可を出し、カイルとシリウスには下がるよう目をやる。
「では、我々はこれで失礼します」
意図を察した二人は来客と入れ替わるように部屋を出ようとしたが、明るい声がそれを止めた。
「おや、君達はもしかしてカイル君とシリウス君かい?」
いきなり名を呼ばれ、二人は足を止める。
その顔に浮かんでいたのは面識のない男が何故自分達を知っているのかという疑問だ。
「丁度いい、君達も残ってくれるかな」
だがそんな二人に男は笑顔でそう言うと、部屋の主である団長に顔を向けた。
「よろしいでしょうか、団長殿?」
「構わない」
団長がそう答えれば、客人を案内してきた騎士が一礼して扉を閉めた。
四人の探るような視線を受けながら、男にはそれを気にするような様子は見られない。
「さて、私と副団長に騎士団のことで話があるとのことだったが……彼らにも同席させるとはどんなことだろうか?」
「まず、お約束もなく急に訪ねたことをお詫びします。私はサウルリードと申します、しがない魔物学者です」
思いがけない肩書きに全員が驚き、同時に疑問を感じた。
「魔物学者が何故?」
今の騎士団の状況に、魔物は一切絡んでない。
完全な人間関係によるトラブルである。
その疑問に、サウルリードはあっさりと答えた。
「ここへは魔物学者ではなく、保護者の代理として参りました。三ヶ月ほど前に不当に解雇された、ユエの」
これに、四人全員が驚いた。
だが一早く冷静になった副団長が、サウルリードのおかしな言葉に聞き返す。
「保護者の代理とは、どういうことだろうか?」
「そのままの意味ですよ。ユエの父親は私と同じ魔物学者なのですが、多忙を極めておりまして。なので比較的余裕のある私が彼に頼まれ妻と子の様子を見に行っていたのです」
確認のためにカイルとシリウスに目で問えば、答えたのはシリウスだった。
「ユエから父親が魔物学者で、幼い頃からほとんど会えなかったと聞いたことがあります」
隣でカイルも頷く。
どうやれそれについては本当らしい。
「ユエの両親は今回のことにかなり怒ってましてね。まあ大事な一人娘が不当に解雇された挙げ句、酷い暴言を浴びて追い出されたのだから当然ではありますが」
棘のある言葉は仕方ないとしても、渋い顔にならざるをえない。
「確かに彼女が責任を持ってやっていた仕事を『雑務』や『誰でも出来る』、『戦わない騎士は必要ない』などと、言ってもいいことではないが……」
だがこれに、サウルリードは僅かに怒りを滲ませ続けた。
「それだけではありませんよ。あの子の仕事を貶した上に、あの子を役立たずの穀潰しとまで言ったそうじゃないですか」
「は?」
「「っ!?」」
「はぁっ!?」
声を上げたのは団長とカイルで、辛うじて副団長とシリウスは声を抑えたものの驚きを隠せなかった。
「…………もしや、そこまでは御存知なかったのですか?」
四人の驚きように、尋ねたサウルリードの声にも驚きと戸惑いが混じっていた。




