36話 母の手紙の宛先は
誤字報告ありがとうございます。
伝言を聞き、滞在している宿屋へ行って呼び出してもらうと、すぐにサウルはやって来た。
簡単な挨拶をした後、とりあえず場所を変えようということでやって来たのは前にイクスと来た個室のある店で、サウルは当然のように個室を頼んだ。
「本当に久しぶりだね、ユエちゃん。元気そうで良かった」
適当に注文して一息ついたところで、サウルが当たり障りのない言葉で切り出した。
「そうですね。最後に会ったのは私が村を出る前だったので、五年振りぐらいですか。サウルさんも元気そう……じゃないですね」
微笑ってはいるものの、サウルの顔には疲れが見える。
「もしかしてお父さんに何かあったんですか?」
「ああ、いやそうじゃないよ。お父さんは元気にしてるから心配しないで」
もしやと思いそう聞けば、サウルは笑って否定したのでほっとする。
となると、父の同僚であるサウルがわざわざユエを訪ねてきた理由が何なのか本当に分からない。
魔物学者であるユエの父は多忙で、それこそユエが物心ついた頃から国内外を問わず飛び回っていた。
会うのも年に一度か二度ぐらいで、やり取りのほとんどは手紙だった。
そんな多忙を極める父に頼まれてか、たまに様子を見に来てくれていたのがサウルである。
最後に会った時も、仕事で戻れない父からの成人祝いのプレゼントをわざわざ村に届けに来てくれて、サウルからもユエは成人を祝ってもらった。
「と言うか、むしろ心配していると言うか…………ブチ切れていると言うか」
最後の方は声が小さくて聞き取れず「え?」と聞き返すと、「いや、何でもないよ」と流された。
気にはなったが、それよりも父が心配しているとはどう言うことだろうか。
「サウルさん、心配しているって言うのはどういう?」
「ああ、うん、それなんだけどね。アリアナさんからお父さん――トラビスさんに手紙が来てね。……ユエちゃん、騎士団をクビになったって本当かい?」
気遣ってか言い難そうに聞くサウルに、なるほどとユエは納得する。
だいぶ前に母から手紙を出して欲しいと頼まれたことがあったが、確かそれは父トラビス宛だった。
その手紙にユエが騎士団をクビになったことが書いてあったのだろう。
母はかなり怒っていたし、父に伝えてもおかしくはない。
「はい、本当です。それで今は冒険者をしてます」
頷いて答えれば、サウルはさらに困ったような表情になる。
「あー……こんなこと聞くのは悪いと思うんだけど、何があったのか聞かせてもらえるかい? ユエちゃんも本当に嫌だとは思うんだけど」
「いえ、構いませんよ」
サウルとてこんなことは聞きたくないだろうに、父から頼まれたので仕方なく聞いているのだ。
申し訳ないなと思いつつ、クビになった経緯を話せばサウルは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「……マジか……てか、なんつーことしてくれてんだよ。色々問題ありだけど、こんなん聞いたらマジ切れするだろが……!」
「マジ切れ?」
「いや、何でもないよ。こっちの話だから気にしないで」
そこへ、タイミングを見計らったようにノックがして、注文した料理が運ばれてくる。
サウルはノックと同時に頭を上げ、抱えて乱れた瞳と同じ薄い茶色の髪をさっと整えた。
店員は素早く料理を並べると「ごゆっくりどうぞ」と軽く頭を下げて出ていく。
冷めない内にと、続きは食べながら話すことになった。
「それにしても酷い目に遭ったね。抗議することも出来たと思うけど、良かったのかい?」
「いいんです。いずれこっちに戻ってくるつもりではいましたし、あそこまで言われて残りたいとも思わなかったと言うか……。急に辞めることになって、部署の皆や他の人に迷惑をかけてしまったのは申し訳ないと思ってますけど」
「それは騎士団が対処すべきことだから、ユエちゃんが気にしなくてもいいよ。元々エスタへの配属を希望してたんだっけ?」
おそらくこれも母からの手紙で父に伝わったのだろう。
父経由でサウルが知っていてもおかしくない。
「はい、出来れば村に近い方がいいなと思って。あまり村から離れたくなかったのもあるんですけど、お母さんのことも心配で」
「心配って、アリアナさんもしかしてどこか具合が悪かったりするのかい?」
「いえ、元気ですよ。でもお母さんは家に一人だしやっぱり心配で……。大丈夫だとは分かってるんですけどね」
母に病気の影も形もないが、父が多忙で家に居らず一人娘である自分が家を出れば母は一人だ。
仮に何かあったとしても村の人達が放って置くはずないし、余程のことがなければ大丈夫だと分かっていても、娘としては母が心配なのである。
なまじ前世でろくに親孝行も出来ず死んでしまったため、今世では出来ることはしたい。
とは言え、自分に出来ることなんて時間があれば会いに行くぐらいなのだけれど。
「ユエちゃん君って子は……。本当にあの人の子とは思えないぐらい良い子で僕は嬉しいよ。君の爪の垢を煎じてトラビスさんに飲ませたい」
「え」
何やら聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「あの、サウルさん? もしかしてお父さんが何か迷惑を……」
「うん? ああゴメン、色々とストレスが溜まっててよく分からないことを言ったみたいだ。忘れてくれ」
「え、いや、でも……」
「忘れて。それが僕としては一番助かるから」
「は、はい……分かりました」
言外にそれ以上は聞かないでくれと言われた気がして、とりあえず頷いた。
後で父宛の手紙を書こう、それからサウルにも何か疲れが取れそうな物を渡そうとユエは決めた。
それから冒険者になってからのことを話した。
冒険者登録で先輩冒険者に絡まれたこと、初仕事で依頼人の老夫人にお昼を御馳走になったことや、解体の講習を受けたら何故かスープを作ることになったこと。
イクスとパーティーを組んだらまた絡まれて何故か対決したこと、巨大な翡翠蛇にダンジョンのことまで話した。
サウルは昔から話をよく聞いてくれるので、ついついユエも話してしまうのだ。
「……うん、何ていうかまだ三ヶ月しか経ってないのに色々とハード過ぎない? Dランクになったばかりの子が語る内容じゃないよ?」
「あー……翡翠蛇とかダンジョンのゴブリンとかですか」
「それもだけど、全体的に。というか最初からおかしくない? なんで登録初日で絡まれてんの? そしてイクス君、グッジョブ。よくユエちゃんを守った」
何故かイクスが褒められた。
だがゴブリンといい、絡んできたCランクパーティーといい、確かにイクスはユエを庇ってくれていたので間違ってはいない。
Cランクパーティーの件に関してはユエではなくイクスが喧嘩を買ったようなものだが。
「それにしても巨大な翡翠蛇の話は聞いてたけど、まさか捕まえたのがユエちゃん達だったとは」
「翡翠蛇の納品依頼を受けて獲りに行ったら出てきたんです。倒したのはイクスですよ。そうだ、サウルさんちょっと聞きたいんですけど、普段は臆病な魔物でも大きくなると凶暴になったりします?」
「うん? それは魔物暴走とか関係なくかい?」
「なくです。実はその巨大翡翠蛇、結構凶暴だったんですよ。逃げる素振りもなく襲いかかってきたんで、もしかしたら大きくなると凶暴になるのかなと」
「へえ、そうだったんだ。確かに大きさに比例して凶暴になるのもいるね。翡翠蛇でって言うのは聞いたことがないけど……そいつはかなり大きかったんだろ? そこまでになるのに凶暴になった可能性はあるね」
「……なるほど。ギルドにも伝えていいですか? 一応、可能性の話として」
「構わないよ。ただ詳しく調べた訳じゃないし、もしかしたらって仮定の話だから。参考になるか分からないけど」
「その辺もちゃんと伝えます」
確証のない仮定の話でも、魔物学者の言葉なら説得力がある。
ギルドに伝えれば注意喚起ぐらいはしてくれるだろう。
「ほんとにねぇ……Dランクになったばっかの子が気にかけるようなことじゃないよ」
そんなユエを見て、サウルは小さく呟いた。
翌日、父宛の手紙と疲労回復に効きそうな物をブレンドしたお茶を父とサウルの二人分渡すと、輝くような笑顔で礼を言ってサウルは帰って行った。




