35話 帰還と報告
ダンジョンの調査も終わり、予定より数日遅れで二人はローダスへ戻った。
大繁殖を防いだことに加え、その中にホブゴブリンがいたこともあり報酬はそれなりの金額になった。
アリークの領主からも感謝の気持ちとして金一封が出ており、トーマス達に使ったポーション代など気にならない額だ。
貰い過ぎではないかと思ったが、街を出てからイクスに聞いたところ妥当な額とのことだった。
大繁殖が起きて被害が拡大した時のことを考えれば今回は本当に運が良かったらしく、僅かな怪我人で済んだのはダンジョンを管理する領主としてもギルドとしても感謝しかないのだとか。
そもそもこんなにも早く大繁殖への対処が出来ること自体が稀であり、本来であれば街にいる全ての冒険者に声をかけダンジョンを封鎖し、ゴブリンの討伐を行う必要があった。
それが厄介な討伐まで終了し、後始末だけで済んだのだから感謝されて当然だそうだ。
ローダスに着いてギルドに帰還の報告に行くと、ニッコリと笑うヒューイに手招きされた。
どうやら詳しい話が聞きたいらしく、別室に通される。
どう考えても別室率が高い気がするが、イクスは気にならないのか平然としていた。
「二人共お疲れさん。大体のことはアリークのギルド長から聞いてるよ。お手柄だったね」
「俺達はたまたま居合せただけだけどな」
「らしいね。でもそれよりも前に異変を報告してたんだって?」
「ああ、ゴブリンの様子がおかしかったから、念の為にな。まさか巣が出来てるとは思わなかったけど」
イクスはダンジョン初日の出来事をヒューイに話す。
途中でヒューイから憐れむような目を向けられたのは気のせいじゃないだろう。
それを苦笑で受け流し、助太刀から討伐に至るまでの流れをイクスが語った。
「……なるほど。巣から溢れて人気のない方にいたゴブリンは二人が狩ってた感じなんだな。それで他から報告が上がらなかったんだろう」
「向こうのギルド長もそう言ってたぜ。よく使われるルートはそれだけ多くの冒険者が使うし、多少ゴブリンが多くても気にならないだろうしな」
他の冒険者とはち合わせたくないからという理由で選んでいただけだが、それが功を奏していたらしい。
つくづく今回は運が良かったのだろう。
「ゴブリンだけで百匹近く、それにホブまでか。二人がそれ以前に狩った分も入れれば二百近いんじゃないか? メイジがいなくて良かったな」
「あ〜……メイジがいればトーマス達は死んでたろうな、たぶん」
ユエも内心それには同意した。
あの数にホブゴブリン、さらにゴブリンメイジまでいたらDランクパーティーでは一溜まりもない。
そもそも今回は蒼の星が助太刀に入ったから何とかなったのだ。
当然その理由のほとんどがイクスなのは言うまでもないが。
「うちでも見落としがないよう気をつけないとな。ダンジョンこそないが魔物が溜まりそうな場所はいくらでもあるんだし」
「この辺で魔物暴走が発生したことってあるんですか?」
「昔にあったらしいよ。確か二百年以上前じゃないかな。大繁殖だと三十年ぐらい前にオークの集落を討伐したことがあったかな」
二百年以上前となれば村でも聞かないはずである。
代わりにオークの大繁殖はユエも聞いたことがあった。
「ああ、オークのは聞いたことがあるな。確か現役だった村長も参加したって言ってたよな?」
「うん。当時組んでたパーティーで出たって言ってたね」
なお、その話には続きがあり、討伐後の打ち上げで食べたオークの焼き肉が美味しかったらしい。
「元冒険者の村長か。そりゃ頼もしいね」
確かに頼もしい。冒険者は引退しても未だに現役で愛用の斧を手に狩りに行く。
村の祭りや祝い事には必ず村長が狩ってきた肉が並ぶほどだ。
「ローダス周辺で起きた大繁殖なんかの記録はギルドの資料室にあるから、気になるなら閲覧出来るよ。持ち出しは出来ないけどね」
「そうなんですか?」
「一部ランクによって閲覧制限はあるけどね。依頼の内容によっては事前に情報収集も必要だろう? ただうちにあるのは最低限ぐらいで、詳しく調べたいなら図書館に行った方がいいけど」
「あー……なるほど、下位の冒険者のためですか」
図書館の利用は有料だ。
これは本自体が高額なのと、教育がそこまで行き渡ってないからである。
数字や単語は読めても文章となると読めないという者も珍しくなく、書くとなると自分の名前が書けるぐらいの者も多い。
なので各業種の店舗には規定のロゴがあり、宿屋、飲食店、酒場、武器屋など文字が読めない者にも分かるよう看板に表示するよう義務付けられている。
王都を始めとした都市部になると住民の識字率も高いため店名を表示する店も多い。
「せっかく依頼を受けても依頼品の区別や情報がないと失敗しやすいだろ? かと言って図書館で調べようにも金がなければ話にならない。さすがにそれは可哀想だからね」
だから冒険者限定で最低限の知識を得られるように資料として公開していると言う。
閲覧制限があるのは資料目的で冒険者になる者もいるため、その対策とのことだった。
依頼さえこなしていれば問題ないが、依頼も受けずに資料室に入り浸る者も過去にはいたらしい。
利用する人もそれなりにいるらしいが、職員が過去の資料探しをするのが圧倒的に多いそうだ。
「気になるなら帰りに寄ってみるか?」
「ううん、今日はいいよ。また今度にする」
まだ明るいが、帰ってきたばかりなので今日はゆっくりしたい。
何かをするにしても明日からでいいだろう。
「戻ったばかりのところに悪かったね。ゆっくり休んでまた頑張ってくれ。薬草採取をやってくれると助かるよ」
「薬草採取って、常設のか? なんでまた」
「ユエが納品する薬草は評判がいいんだよ。二人がいない間にストックしてあった分は全部なくなっちゃってね。そろそろ商業ギルドから催促が来そうなんだ」
お世辞でもそう言われるとちょっとやる気が出るユエである。
そして薬草採取で思い出したことが一つ。
「ヒューイさん、薬草採取の講習を受けたいんですけど、次にやるのっていつですか?」
「ああ、まだ受けてなかったんだね。次の予定は二日後だよ」
「今からでも申込み出来ますか?」
「大丈夫だよ。帰りに下の受付で申し込んで行くといい。イクスが講習を受けてるから蒼の星としてなら君が受けなくても大丈夫だけど」
「それはそれです。受けといて損はないですし、知識は無駄になりませんから」
本の虫というほどではないが、ユエも本を読む。
前世では読む本のほとんどが小説やマンガだったが、こちらでは読む機会が限られることもあって専門書が多い。
騎士団の図書室に娯楽小説があるはずもなく、どうしても専門的な物ばかりだったが読んでみれば興味深くそれなりに楽しめた。
ユエの言葉にヒューイも頷いたところで話は終わり、帰る前に受付で薬草採取の講習の申込みをする。
講習を受けるので明日、明後日は別行動、三日後にギルドでと話し、ギルドを出て少し歩いたところでイクスと別れた。
「おや、お帰りユエちゃん!」
久しぶりに帰るので、部屋に戻る前に食堂に顔を出すとバーバラが声をかけてくれた。
留守にする場合は事前に宿屋に話をしておく必要があり、無断で五日も留守にすると部屋を引き払われてしまう。
これは相手が冒険者という職業柄ある意味仕方ないことであり、部屋を借りる時の契約にも入っている。
ローダスでは引き払った冒険者の荷物は纏めて冒険者ギルドに渡し、その上で生じた未払い分の料金はギルドとの話し合いだそうだ。
「ただいまです、バーバラさん。戻るのが遅くなってすみません」
「ああ、ギルドから連絡が来たからね、それは気にしなくていいよ。何だか大変だったみたいじゃないか。あんたにケガがなくて何よりだよ」
ユエの全身にさっと目を走らせ、バーバラは安堵の表情を浮かべた。
「私はイクスと一緒でしたから。あ、これお土産です」
袋を渡すと、中を見てバーバラは目を輝かせた。
「この辺じゃ見かけない物ばかりじゃないか。いいのかい?」
「はい。バーバラさんにはいつも良くしてもらってるので」
「客商売だから当たり前のことしてるだけなんだけどね。でもありがとね」
喜んでくれたバーバラにユエも笑顔が浮かぶ。
バーバラに渡したのはアリークの市場で手に入れた香辛料や日持ちする食材だ。
ローダスでは見かけない物を選んできたが喜んでもらえて何よりである。
「そうそう、ユエちゃんが留守の間に訪ねてきた人がいてね。伝言を預かってるよ」
「私にですか?」
自分を訪ねて来るような相手に心当たりがなく聞き返す。
「しばらく街にいるから帰ったら連絡して欲しいってさ。サウルって言えば分かるって言ってたけど」
「え、サウルさん?」
思いがけない人物にユエは驚きの声を上げた。




