33話 初ダンジョン⑤
ダンジョンを出てアリークに戻り、三人はその足でギルドへ向かった。
道中ユエが洗浄をかけたので汚れはないが、トーマスは装備も剣もかなり傷んでいた。
命が助かったんだから釣りがくる、と笑っていたが実際その通りだろう。
蒼の星が助太刀に入らず、他の冒険者も来なければ彼らは死んでいてもおかしくなかったのだから。
遅くなったがと、戦闘中の洗浄についても礼を言われた。
イクスから魔法をかけるとは聞いたが、洗浄をかけられたので驚いたらしい。
だがそのおかげでゴブリンの血による斬れ味の低下と手の滑りが解消されたのですぐに納得したそうだ。
「本当は鋭利化もかけたかったんですけど、そっちに行けなくて」
「とんでもない、十分だ! それにユーゴ達にポーションまでくれたんだろう? 感謝しかないさ」
ギルドに着くまで何度も何度も礼を言って、トーマスは仲間の元へ向かった。
怪我人は治療のためにギルドへ運び込まれたので、二人も付き添っているだろう。
ポーションで傷は塞がったと言っていたが完治した訳ではないので、体力の消耗も考えれば安静にするのが一番の治療だ。
「蒼の星ってのはお前らだな? 悪いが少しいいか。話を聞きたい」
声をかけられ、断る理由もないので着いていき部屋に通された。
「俺はここのギルド長のセリオンだ。まず、ゴブリンの討伐に感謝する。おかげで被害を未然に防ぐことが出来た」
そう言って、セリオンは頭を下げた。
年齢的にも母と同じ世代だろうか、体格も良く若々しいが年月を重ねた貫禄のような物がある。
「何日か前にゴブリンの異常を知らせてくれたのもお前らだろう? なのに対処が遅れてしまいすまなかった」
テーブルを挟んで座り、セリオンは申し訳なさそうに謝った。
報告は聞いていたものの数的にも少し多いぐらいで、興奮状態だったのもメンバーに女がいたからだろう、と判断していたらしい。
実際、蒼の星以外からそんな報告はなく、それほど危険視していなかったそうだ。
ところが緊急の連絡でゴブリンの大繁殖が伝えられ、さらには既に討伐済みとのことに二度驚いたとか。
今でこそ多少落ち着いているが、少し前まではギルドも大騒ぎだったそうだ。
上がそんな状態だったのに現場で冷静に素早く対処してくれたあの門番はかなり優秀な人物である。
「気にしないでくれ。俺達だってまさかこんなことになるとは思ってなかったからな。トーマス達は災難だったろうが」
「だが運が良かった。助太刀に来たのがお前らだったからな」
何でもあの数を相手に助太刀が二人来たところでどうにもならないそうだ。
出来ることと言えば応戦しつつ撤退するぐらいで、それでも怪我人を連れて行くことは出来なかっただろう――普通なら。
ところが来たのは片方がBランクの上位冒険者で、ホブゴブリンを一刀両断するほどの実力者だった。
言われてみれば確かに運が良かったと言われてもおかしくない。
現実には物語のようにピンチに現れ助けてくれるヒーローなどほとんどいないのだから。
「片方はBランク、もう片方は魔法を駆使してポーションまで大盤振る舞いしたんだってな。治癒ポーションだって安かないが、魔力ポーションまで渡すとは」
セリオンは少し呆れたような顔をしているが、ユエはあの判断が間違っていたとは思わない。
戦線を維持しユエが戦闘に集中するためにも魔術師の魔力の回復は必要だった。
「あれが最善だったと思うのですが」
「ああ、勿論だとも。お前の判断が最も的確だった。だが安くないポーションを必要だからと渡せる奴はそう多くないんだよ。ましてお前のようなDランクにはな」
セリオンの言うことは分かる。
Dランクの冒険者で金銭的に余裕のある者は多くはない。
だがユエからすればそれは使わない理由にはならない。
一本で金貨が何枚も飛ぶとなれば悩むだろうが、そうでなければ後でいくらでも取り返しがつく。
「……ポーションはお金を出せば買えますし。何よりケチって何かあったら罪悪感やら何やらで後悔しそうなので」
それを考えればまた買えばいいポーションなんて大したことではない。
「くくっ、そうかそうか、なるほどな。ただのお人好しってわけでもねぇと」
ユエとしてはお人好しと言われるような行動をした覚えはないのだが、セリオンはそう思わなかったらしい。
イクスはどうなのかと目を向けると、軽く肩を竦めた。
「まあ、お人好しって思われてもおかしくないと思うぞ」
「え〜……これでお人好しだって言うなら世の中はお人好しで溢れてると思う」
善意が全くないとは言わないが、理由の大半は戦線維持と精神的負担の回避である。
これでお人好しなら世の中の大半はお人好しだ。
「くっ、ははっ! 確かにな。理由を聞けば納得だが、そう思う奴もいるって覚えといたほうがいい。中にはそういうのを嫌って絡んでくる質の悪い奴もいるし、つけこもうとする奴もいるからな」
「気をつけます」
どうやらお人好しなのを心配して忠告してくれようとしたらしい。
もっとも、ユエがそんな性格じゃなかったので逆に笑いを提供してしまったようだが。
「さて、お前らの予定を確認したいんだがいいか? 現場の調査中でまだ詳しいことが分かってなくてな。この後も話を聞くことがあるかもしれん」
「俺達はダンジョンに潜るのは今日までで、明日には戻るつもりだ。拠点にしてるギルドにも日程を伝えてあるからな」
「ああ、お前はBランクだしな。拠点にしてるのはどこだ?」
「ローダスだ」
「ローダスか……。ならあまり無理は言えんな。それなら嬢ちゃんの方だけでも残ってくれないか?」
「ダメだ」
ユエではなく、イクスが断った。
「ユエを一人で残すなんてダメだ。今回は理由が理由だし、ここのギルドからローダスに俺の滞在延長を伝えれば問題ないだろ」
「……何だ、二人組だしやっぱり出来てんのかお前ら」
生温い目を向けるセリオンに、二人共に「は?」と声を上げてしまう。
「いや、違うけど」
「違いますよ。幼馴染みで姉弟みたいなもんです」
二人してそう返せば「ああ、なるほど。兄妹同然なのか」と納得したらしい。
だがそれが姉弟ではなく兄妹に聞こえたのは気のせいではないだろう。
身長差からかイクスの方が年上に見られることが多いのだ。
実際、冒険者としては後輩で先輩のイクスから色々と教えて貰っていることもあり余計にそう見えるらしい。
「あの、一応私の方が年上ですからね?」
そう言うと、信じられないと言った様子でセリオンは二人を交互に見た。
「いやでも、嬢ちゃん――」
「ユエです」
「ああ、ユエはDランクだろう? そっちの――」
「イクスだ」
「ああ、イクスな。イクスとはランク差が有り過ぎだろ? まあそれだけイクスに実力があったってことだろうが」
どこか気遣うようなセリオンに、イクスが少し不機嫌そうに「そりゃそうだろ」と答えた。
「ユエは冒険者になってまだ三ヶ月ぐらいだからな。俺の方が早く冒険者になったんだからランク差があって当然だ」
「は? てことはつい最近Dランクになったのか?」
「そうですね」
答えれば、セリオンは驚きからか目を見開いたままじっとユエを見る。
「はー……なるほど。俺の勘違いどころか将来有望だったわけか。見くびるようなことを言ってすまんかった」
謝るセリオンにユエは苦笑しつつ「気にしないで下さい」と告げた。
「じゃあ、向こうのギルドには俺の方から連絡を入れておくから、もうしばらくこの街にいてくれ。詫びと言っちゃ何だが、その分の宿代ぐらいは出すから」
「分かった。じゃぁ、あんたの名前で一筆書いてもらっていいか」
「勿論だ。出来るだけ早く報酬も検討するから、しばらく頼む」
セリオンに一筆かいてもらい、二人がギルドを出た頃にはすっかり外は暗くなっていた。




