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31話 初ダンジョン③


翌日、二人は朝から冒険者ギルドに来ていた。


受付のカウンターは依頼を受ける冒険者が列を成しているが、買取のカウンターはがら空きだ。


素材にしろ魔物にしろ朝から買取に持ってくる者は少なく、二人は待たずに査定に出せた。


眠蛾(スリープモス)の羽や転駆虫(ロールバグ)の甲殻などの虫系の素材と討伐証明のゴブリンの右耳。


ゴブリンの数に眉を(ひそ)めた職員に、イクスがゴブリンが多く出たことと、かなり興奮状態だったことを話すと、上に報告してくれるとのことだった。


解体する物がないため査定は早く済み、精算してギルドを出る。


そして昨日のように人気(ひとけ)のない方へ向かいながらダンジョンを探索した。


イクスに教えてもらいながら朝から入って夕方に帰る方針でダンジョンに潜り五日目。


とりあえずダンジョン探索は今日までで、ローダスへ戻ることにした二人はギルドで買取を終え準備万端でダンジョンに来ていた。


「今日は奥目指して行けるとこまで行ってみるか」


「今日も人気(ひとけ)のない方から進むの?」


入口付近はともかく、この四日というものダンジョンの中で他の冒険者と一度もはち合わせしてない。


他人(ひと)の目を気にしなくて済むのでユエは気にしてなかったが、奥を目指すなら今までのように人気(ひとけ)を避けて進むと遠回りになる。


おそらくイクス一人なら他人に気を遣う必要がないのでその方が早い。


だが今回はユエというおまけつきだ、どうしても一人で行くよりは遅くなる。


「そうだな……他の冒険者をどう躱すかも一応知っといた方がいいか。ユエなら別に心配ないと思うけど」


「いやいや、それ大事だから。ダンジョン内でのルールとかあるでしょ」


「ルールって言っても他人の邪魔をしない、獲物を横取りしない、助けを求められるまで手出ししないとか、大して変わんねぇぞ? 後は休憩場所では一言声かけるとかぐらいか」


イクスはそう言うが、こういうことは実地でやらないと言葉だけで説明出来ないことや後から思い出すといったことが多々ある。


むしろ避けていたとは言え、今まで誰ともはち合わせなかったのがおかしいのだ。


これから先も同じという訳にはいかないのだから、ダンジョン内での冒険者同士のやり取りなどは知っておかないと絶対に困ることになる。


「じゃあ、今日は普通に奥目指すか」


これを聞いた門番が何とも言えない顔をしていたが、二人は気にせずダンジョンへ入った。


昨日までは人気のない方へ進んでいたが、今日は関係なく奥へ向かって進む。


奥へ行くのによく使われるルートらしく、先に通った冒険者の戦闘の跡があった。


出てくるのは蛾や蝙蝠ぐらいで、大物はいない。


元々いたものは既に倒されて隅に寄せられている。


「……ゴブリンがいないね」


まだ入ってからそう進んでいないが、虫や蜥蜴の死骸はあってもゴブリンはない。


「……だな。ゴブリンは割と多く出るはずだが」


初日ほどではないにしろ、昨日まで毎日ゴブリンと遭遇している。


相変わらず興奮状態でユエを狙ってくるのでイクスの舌打ちが止まらなかった。


よく使われるルートだから討伐されて出難くなっているのか、それともたまたま出くわさないだけなのか。


ゴブリンの生態を考えれば人間(えもの)がよく通る場所にこそ現れそうなものだろうに。


ふいに脳裏に浮かんだ不穏な三文字に、ユエは内心でうわぁ……、と声を上げた。


配属からずっと兵站管理部だったユエは討伐などで遠征したことはない。


だが討伐任務に着いた知人や友人から話を聞くことはあり、情報を知ることは出来た。


なので現在の状況が、騎士時代に聞いた情報と合致する内容がいくつかある。


――普段よりも魔物が興奮状態だった。


――見かけない場所で魔物を見かけた、あるいはいつも見かける場所で見かけなくなった。


魔物が通常とは違う行動をする時は異変の兆候だ。


まして、それが繁殖率の高い魔物でありダンジョンという場所を考えると、起こりうる異変は自ずと頭に浮かぶ。


だが他の魔物にその兆候は見られないので、ユエの気のせいということもある。


むしろそうであって欲しいが、チラッと隣を見ればイクスも思案気な表情をしていた。


「……何かあるなら奥かな」


「……奥だろうな」


取り越し苦労ならそれでいい、だがそうでなければ。


イクスが一歩、前に出る。


「とりあえず奥へ行こう」


警戒を滲ませつつ奥へ視線を向けるイクスに、ユエは「分かった」と頷いた。


当初の予定通りではあるが、不穏な気配を感じつつ進む。


進むスピードは変わらないが、さっきよりも周囲を警戒しながら慎重に足を進めた。


やはり転がっている死骸にゴブリンはない。


それに奥に進むに連れその死骸も大きな物は無くなり小さな物ばかりになっていく。


出て来る魔物も少なく、素材にもならないものばかり。


「ギャギャッ!」


飛び出してきたゴブリンの剣を避けるよりも速く、イクスが腕を斬り落とす。


それに驚く間もなく続けて首が跳ねられた。


剣を握ったままの腕が落ち、遅れて頭と体が転がった。


「ギャッ、ギャギャギャ!」


「ギギャッ!」


奇声を上げて、さらにゴブリンが出てくる。


イクスの方が近いからか、ゴブリンは二手に分かれて襲いかかってきた。


三匹はイクスに、残りの二匹はユエに。


やはり興奮状態で、涎を垂らしながらユエに襲いかかる。


イクスと同じとまではいかずとも剣を持つ手を斬り落とし、首を跳ねた。


人間とゴブリンの身体構造は変わらない。


だから首を斬り落とさなくても殺す方法はある。


それでもイクスやユエが首を落とすのはそれが確実だからだ。


大抵の生物は首を斬り落とせば確実に死ぬ。


死んだフリをして油断したところを狙われることもない。


ゴブリンは子供ぐらいの知能があるが、狡猾で残忍だ。


獲物を殺すために死んだフリぐらいするし、捕らえた獲物を(なぶ)り、犯し、喰らい、殺す。


そしてしぶとく、命が尽きるまで本能に忠実でその凶暴性が薄れることはない。


そんな魔物を相手にするのだ、敵対した以上、見逃すという選択肢などないのだから確実に仕留める必要がある。


不穏な空気は既に気配へと変わり、ユエにも感じられるほどだ。


異変を知らせるために死骸はそのままにする。


討伐証明の右耳も取らない。


こうしておけば、他の冒険者が見た時に何かしら非常事態が起きたと分かるらしい。


ハンドサインで先へ進むと伝えるイクスに頷いて返し、剣を手に進む。


予想通り進んだ先にゴブリンがいたが、声を上げる前にイクスが首を落とした。


出てくるゴブリンを二人は速やかに無言で倒していく。


そうして進んだ先、ざわめきが聞こえ始め、それに戦闘中らしい音を確認しそっと覗き込めば――予想通りの光景があった。


非常事態と判断し、二人は中に踏み込む。


突風(ブラスト)


イクスが飛び出していくのに合わせ突風を放つ。


驚愕と悲鳴に「えっ!?」という声が混ざり、視線が集まった時には駆け抜けたイクスの剣が一閃し首を三つ跳ねた。


「非常事態と判断した、助太刀する!」


「すまないっ!」


遅れてユエも、少し離れた所にいる怪我人の元へ向かった。


「大丈夫ですか? ポーションは?」


「ないっ……、が、まだ戦える……!」


ユエの問いに答えた男は、腕や足に怪我を負いながらも何とか立って戦っていたようだ。


そんな男に手待ちの治癒ポーションを渡しながら、襲いかかってきたゴブリンを斬った。


そして再び突風を放ち集まってきていたゴブリンを吹き飛ばす。


「今の内に回復を」


「すまない、助かる!」


男はポーションを一気に飲んだ。


すぐに効果が出て、さっきよりもしっかりとした足で身構える。


そんな男にユエはさらに二本、ポーションを出した。


「後ろの人達にもこれを」


「えっ? いや、しかし」


色違いのポーションを見てためらう男に、ユエは半ば無理矢理押し付けた。


「早く!」


「っ……、恩に着る!」


男はポーションを受け取るとすぐに後ろにいた仲間の元へ駆け寄る。


ユエは魔法と剣で近寄るゴブリンを牽制した。


目の前には大量のゴブリンが、奇声を上げながら武器を手に殺気立っている。


この広い空間に密集する数から考えてもここはゴブリンの巣だ。


偶然ダンジョン内のゴブリンがここに集まったとは考え難い。


――大繁殖。


さっき脳裏に浮かんだ言葉が、現実として目の前に広がっていた。


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