2話 幼馴染との再会
騎士団を出てから六日後、ユエは王国西部にある街ローダスに着いた。
馬車を使えばもう少し早く着いたが、急ぐ理由もないのでゆっくり行くことにした。
けして金がなかったからではない、むしろ思っていたよりもあったのでちょっと驚いたぐらいだ。
だが考えてみれば給料をもらっても使った覚えがあまりない。
初任給を貰った時は嬉しくて故郷の母に手紙と一緒にいくらか送ったが、まともに買い物をしていたのは訓練期間と東に移った数ヶ月ぐらいだった。
母の誕生日にハンカチや髪留めなどの小物は贈っていたが、それ以外となるとたまに誘われて同僚と食事に行くぐらいで。
どうりで荷物が少ないわけだと思わず納得した。
そもそも買ってないのだから、増えるわけもない。
五年ぶりのローダスは記憶とそう変わらなかった。
これが現代日本だと五年も経てば景色が変わる。
新しい店が出来ていたり家が建っていたり、何なら知らない道まで出来ていたり。
さすがにこっちはあっちの世界ほど早く街並みは変わらないが、それでも五年前と同じかと言えば違う。
多少の変化はあるものの懐かしさを感じてあちこち見ながら歩いていると、声をかけられた。
「ユエ?」
振り返ればそこには少し驚いた表情をした冒険者らしき男がいた。
驚きに見張っていた緑色の瞳と目が合うと、途端に嬉しそうな表情になる。
「やっぱりユエだ! いつ帰ってきたんだ?」
「ついさっきだよ。久しぶり、イクス。元気そうで良かった」
この金髪イケメン、何を隠そう同じ村出身の幼馴染である。
二つ年下のイクスは冒険者になり、村から近いローダスを拠点にしているとは手紙のやり取りで知っていたが、まさか街について早々にバッタリ再会するとは思わなかった。
「ははっ、俺はいつでも元気だよ。それよりホントに久しぶりだな。ユエが王都に行って以来だから······五年ぶりか?」
「そうだね、配属先が東だったから里帰りも出来なかったし······」
馬車を使っても片道四日から五日はかかる距離だ、そんな長期間休みを取るなんてよほどのことがなければ出来ないし費用もバカにならない。
「どれくらいこっちにいられるんだ? あんまり長くは無理だろうけど」
「当分こっちにいるよ。ていうか、帰ってきたんだ」
「は?」
意味が分からないのだろうイクスに、ユエは苦笑する。
「騎士辞めたんだ」
「はあっ!?」
真っ昼間の街中にイクスの声が響いた。
◆ ◆ ◆
さすがに道で話すようなことじゃなかったので、とりあえず場所を変えることにした。
それならとイクスの案内で着いた店は食堂で、中は客でそれなりに賑わっている。
顔見知りらしい店員と軽く話して通されたのは個室だった。
どうやらここは個室もある食堂らしい。
イスト騎士団のあった街にも一流店やそれなりに大きな店には個室があった。
人目を気にせずに食事が出来るが、食事代に使用料が上乗せされる。
大衆向けの店のようなのでそれほど高くはないだろうが、いくらかかるか気になるところだ。
それはともかく、個室に落ち着き店員がとりあえず水を置いて部屋を出ていったところで、ユエは説明した。
いきなりクビにされたこと、役立たずの穀潰しと言われたこと、その日の内に追い出されるように騎士団を出てきたことを。
そしてそれを聞いていたイクスはと言うと、テーブルの向こうで額に青筋を浮かべていた。
これがマンガならゴゴゴゴゴとか、ビキビキとか効果音がつくだろう。
「ハッ······そうかそうか、なるほどな」
「イクス、どこ行くの」
「レリウス」
レリウスはユエが出てきたばかりのイスト騎士団のある街だ。
「何しに行くの」
「ユエをクビにした連中を始末しに」
「こらこら、ダメだよイクス」
椅子から立ち上がったイクスを苦笑しつつ宥めれば、イクスは不満そうな表情をしながらも座ってくれた。
「なんでだよ、ユエは何も悪くねぇじゃん。なのにクビにされるなんておかしいだろ」
確かにユエ自身、クビの理由に納得しているわけではない。
「それに役立たずだの穀潰しだの、なんでそんなこと言われなきゃいけないんだよ? ユエは仕事してただけだろ。馬鹿にされる理由なんかねぇだろ」
「あー、まぁ確かにそれはねぇ······」
役立たずの穀潰しと言われた時にはさすがにユエもショックがなかったわけじゃない。
だがそれを言ってきた相手を知ってるがゆえに、ある意味仕方がないとも思ってしまうのだ。
戦ってこそ騎士だと考える者、平民を見下す者、そして――女が騎士になることを良く思わない者。
残念なことにユエはその全てに当てはまってしまった。
「でもまあ、もういいんだよ。どのみちこっちに帰ってこようとは思ってたから」
「騎士を辞める気だったのか?」
「ああ、違うよ。エスタへ異動願いを出すつもりだったの」
元々ユエは西のエスタ騎士団への配属を希望していた。
結果として東のイスト騎士団に配属されたわけだが、配属から三年経てば異動願いを出すことが出来る。
騎士の異動はよくあることなので、よほど問題がなければ受理されるのだ。
なので去年、異動願いを出したのだが、『今いなくなられては困る、考え直してくれ』と言われ一年伸ばしていた。
そこへそろそろいいのでとは考えていたところ、突然クビにされた。
異動ではなくクビという嬉しくない状況ではあるが、結果として西に戻ることは出来た。
「騎士に未練もないし、いい潮時だったんだよ」
「まあ······ユエがそう言うなら」
イクスはとりあえず怒りを収めてくれた。
「で、これからどうするつもりなんだ?」
「とりあえず村に帰ろうと思ってる。母さんに会うのも五年ぶりだし、少しゆっくりしてから何か仕事を探そうかなって」
「なら冒険者にならねぇか?」
「冒険者に?」
「ああ、冒険者ならなろうと思えばすぐになれるし、依頼だって自分で選べる。ランクによって受けれる依頼は変わるけどな。それに一度登録すればどこでも仕事を受けれるし」
冒険者はこの世でもっとも自由な職業だと言われる。
身分や性別に関わらず誰でもなることができ、場所にも縛られることはない。
場所を転々とする者もいるし、一所に留まる者もいる。
実力が物を言い、場合によっては命を落とすことも珍しくはない――というのが一般的な冒険者の認識だ。
それも悪くないかもしれない。
これでも騎士団に五年いたのだ、それなりに剣も使えるし魔法も使える。
冒険者の稼ぎがどれくらいかは分からないが生活出来るだけ稼げればいい。
自分は凡人だ、それは自分が一番よく分かっている。
だから話に聞くような冒険は望まない。
そんなのはイクスのような才能もあり努力家の人達だから出来るのであって、自分のような凡人がそんなことをすればケガどころかあっさり死んでしまうだろう。
ユエはしっかりと現実を理解している。
そう、ユエにとって冒険とはするものではない、空想して楽しむものなのだ。
目の前に冒険出来る世界が広がっていようとも危険を侵す気はない。
それは空想と他の人の武勇伝を聞くことで充分楽しめるのだから。
「冒険者かぁ············考えてみるよ」
◆ ◆ ◆
話をしたあとそのまま食事をし、とりあえず明日、母に会いに村へ帰るとユエが言ったので、イクスもついて行くことにした。
ユエは一人で帰れると言ったが、自分もしばらく帰ってないから顔を見せに行くと言えば、それならと頷いた。
どこかいい宿がないかと聞かれたので、イクスは自分が定宿にしている宿を教えた。
ここまでの疲れもあったのだろう、ユエは明日に備え借りた部屋でもう休んでいる。
イクスとしては五年ぶりにあった幼馴染ともっと話もしたかったが、疲れの見えるユエに無理はさせたくなかった。
ギルドからの帰りに見かけてすぐにユエだと分かった。
ユエもすぐにイクスだと分かってくれた。
この五年でかなり背も伸び体格もよくなったので一瞬分からないかもと思ったが、顔はそんなに変わってないのですぐに分かったのだろう。
だが、その後ユエから聞かされた話にイクスは怒りしかなかった。
仕事が忙しいとは手紙で知っていた、目立たない仕事だけどやり甲斐があるとの言葉にユエらしいとも思った。
だがユエは何の非もないのにクビにされ騎士団を追い出された。
こんな理不尽を許せるはずがない。
ユエが止めたのであの場は抑えたが、イクスの怒りは全く収まっていなかった。
「あいつにもこのことを伝えないとな」
この怒りを共有するため、イクスは紙とペンを取り出し手紙を書き始めた。




