26話 買取と駆け引き③
目の前で繰り広げられる言葉の応酬は、終始アイザックがペースを握っている。
冒険者が武器を手に戦うのであれば商人は言葉を武器に交渉する。
貴族も相手にする副ギルド長である、明らかに経験の浅い貴族が敵う相手ではない。
諦めが悪いな、と言うのがユエの感想だ。
ユエの目には大型犬がキャンキャン吠える子犬をあしらっているようにしか見えない。
「抗議だとっ?」
「当然でしょう? 権力の乱用をするために人を寄越すなんて有り得ないことです。まして国家権力の乱用となれば、商業ギルドとしては見過ごせません。いつこちらに被害がくるか分かりませんもの」
そこでアイザックはハンナに目をやり、「見せてくれるかしら?」と手を出した。
何を、と聞くまでもなくハンナは二人に見せた金額の一覧を渡す。
そこに並ぶ数字を一読して、アイザックは整った眉の片方を上げた。
「あらあら……。こんな金額を付けるなんて物の価値が分かってないのかしら」
「何だと!?」
「こんな値段で売れなんて言われて売る馬鹿どこにいるんです。買い叩くにも程がありますわ」
「たかが蛇だろうっ。サイズを考えてもそれで十分なはずだ」
「――たかがですって?」
アイザックの目が一瞬で冷えた。
「あなたも現物は確認してるはずですよね? その上でたかが蛇なんて言ってるのかしら?」
「ただ大きいだけの蛇だろうが。確かに傷もなく状態は良いが、ただそれだけの――」
そこから先を、マイルズが口にすることはなかった。
この場にいる全員から呆れ混じりの冷めた目を向けられていたからである。
「……呆れた。王宮から来たと言うからどんなものかと思えば……。――物の価値も分からない若造にこの街で交渉なんて十年早いわ。とっとと王宮へお帰り!」
アイザックの一喝に反論しようとしたが、向けられる視線と軽い威圧に顔色を悪くし、「わ、私にこんなことをして、ただで済むと思うなよっ」と捨て台詞を吐いて去っていった。
「あんなのを寄越すなんて、うちも随分と舐められたものだわ」
フンと鼻を鳴らし、「それで」とアイザックは開いたままの扉を見つめる。
「あんたはいつまでそうしてるつもり?」
「……いやー、出るタイミングを逃したというか」
扉の影から顔を出したのはヒューイだった。
「嘘おっしゃい、私に押し付けて」
「アイザックなら上手くやってくれると思ったんだよ」
「調子のいい事言って。ああもう、腹立つわね。翡翠蛇の値段上げてやろうかしら」
「まあまあ、アイザック落ち着いて」
そんな二人に「あの……」とハンナが声をかける。
「良かったんですか? 王宮からの使者の方を追い返してしまって」
「あら、大丈夫よ。王宮から文句を言ってきたって論破するから。まあその前にこっちから抗議するけど」
これに答えたのはアイザックで、ニヤリと黒い笑みを浮かべる。
「翡翠蛇とただの蛇の区別もつかないような奴を寄越したんだもの。その辺も含めて王都ギルドを通して抗議するわ」
思ったよりもアイザックはお怒りだったらしい、さっき言っていた翡翠蛇の値上げも本当に実行しそうな雰囲気である。
「今頃、宿で荷造りしてるか領主様の所にでも文句を言いに行ってるんじゃないかしら。私も戻って早速、抗議の手紙を書くわ。これ、借りてもいいかしら?」
「それは複写した物ですのでどうぞ」
アイザックは礼を言って金額の一覧を手に帰っていった。
「本当に良かったんですか?」
「ああ、大丈夫だよ。さすがにこれで冒険者ギルドや商業ギルドが何か言われることはないから。いくら王宮の使者とは言えあんな値段で売れなんてどうかしてる」
再度聞くハンナに、安心させるように軽く微笑いながらヒューイもまた遠回しに安過ぎると言い切る。
が、ここで疑問が一つ。
「ならなんでそう言わなかったんだよ?」
イクスも同じことを思ったらしい、それに答えてくれたのはハンナだった。
「……一応、最初にあの金額を提示された時にそれとなく伝えたんですけどね……」
「聞かなかったわけか」
「……はい」
おそらくさっきと同じ態度で聞く耳を持たなかったのだろう。
なんならその時にも暴言の一つや二つは吐いてそうだ。
「こちらは必要な手順はきちんと踏んだからね。その上であの態度なんだ。当然、冒険者ギルドも抗議するよ。ギルド職員への暴言に不当に低い金額の強要、冒険者への脅迫。どれも許されないことだからね」
そう言ったヒューイの声も表情も楽しそうなのに、目は笑っていない。
つい最近見たのと同じ状態に、イクスがハンナに「なあ」と小声で聞く。
「あいつまさかヒューイにも同じことやらかしたのか」
「……はい」
「うわ……」
一緒に聞いていたユエも同じことを思った。
その後、「俺も抗議の手紙を書かないと」と黒い微笑みを浮かべヒューイは出ていった。
アイザックに締められたことと、この後に商業ギルドと冒険者ギルドから抗議がいくことでイクスの溜飲が下がったので、翡翠蛇の買取は改めて保留に。
ハンナがお茶を用意してくれたので、有り難く頂きながら話の流れで気になっていたことが口に出た。
「それにしてもまさか翡翠蛇を普通の蛇だと思ってたなんて……。私の考え過ぎでした」
「考え過ぎって、何が?」
「いや、あの人、商業ギルド副ギルド長が来た瞬間、慌ててたからさ。もしかして安い金額で買って王宮には適正価格で買ったことにでもしようとしたのかと」
ところが問い詰めて見れば、まさかの翡翠蛇の価値を分かってないという有り得ない事実が発覚。
これにはさすがに呆れた。
「なるほど、横領の可能性ですか。確かに差額を考えればそれなりの金額になりますから、無いとは言えませんね」
「思いっきり外れましたけどね。でも考えてみれば横領なんてそうそうしないですよね。あの人が王宮のどこの文官か知りませんけど、嘘か本当か財務部の人間で不正をすると物理的に首が飛ぶ、なんて話も聞いたことありますし」
これは研修時代に聞いた話で、野営訓練の時に同じ班になった貴族の同期が話題の一つとして話していたことである。
本人も「噂だけどな」と言っていたが、ユエ含めそれを聞いた全員が「財務部怖い」とゾッとしたものだ。
「それはまた…………怖いですね。いえ、国民の税金なのでそれぐらい厳しく管理してもらうほうが安心ですけど」
「怖ぇな、王宮。……まあでも、考えてみりゃ王宮の金ちょろまかすってことは、王の金を奪ってるってことだから当然っちゃ当然か?」
正確には国の運営に関わる金であって王個人の財産ではないだろうが、概ね間違いではないだろう。
王宮で財務部という国の資産を管理する職務にありながらそれを着服するのであれば、罪がより重くなってもおかしくない。
過去にあった実例では王宮務めの騎士団のとある師団長が横領していたことがあったらしく、発覚後は全額返金に加え多額の賠償金、加えて爵位の降格という厳罰が下されたそうだ。
なのでそれ以上の厳罰になる可能性は十分にある。
「……まあ首が飛ぶよりはマシだよな、抗議くらい」
「マシですよ、全然マシです。領主様が抗議してもマシです」
そこでふとユエは気づいた。
冒険者と商業ギルドだけでなく、領主にまで抗議されれば物理的には飛ばなくても、文官としての首は切られるのではなかろうかと。
だがそこはマイルズの自業自得なので、自分が気にするようなことでもないかと頭から追いやった。
――後日、冒険者と商業ギルド、領主の間で話し合いが行われ、翡翠蛇は皮のみ領主が買い取り、残りは商業ギルドが買取ることになった。
訴えに行った領主にマイルズがあっさりと追い払われ、悔しさに歯噛みしながら王都へ向かっている間に。
王宮にローダスから領主を含む三者からの抗議文が届いたのは、奇しくも蒼の星が巨大翡翠蛇の報酬を受け取ったのと同じ頃だった。




