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25話 買取と駆け引き②


貴族だな、というのが男を見たユエの第一印象だった。


服装からして冒険者の格好ではないし、何よりユエとイクスを見る目が明らかに見下している。


騎士団の中でも貴族出身者に多かったが、彼らと同じ目だ。


「冒険者風情が偉そうに……っ! お前らは黙って王宮に売ればいいのだ」


「マイルズ様、急に来てこんなっ……困ります」


「うるさいぞ。辺境ギルドの職員如きが俺に口出しするな」


実に典型的な貴族ぶりに、やれやれだと内心ため息をつくユエの隣からは冷ややかな空気が流れてくる。


「翡翠蛇の所有権は彼らにあります。それを強要するのは――」


「うるさい!」


ハンナの言葉を遮りマイルズは怒鳴る。


それが決定打となった。


「商業ギルドだ」


その声はあまりにも冷ややかだった。


「あれの売り先は商業ギルドだ。今決めた。ユエもそれでいいか?」


「うん、いいよ」


反対する理由もないので即答すると、ハンナとマイルズがそれぞれ声を上げた。


「えっ!」


「なっ!」


ただし、そこに含まれる感情は別物である。


「ま、待って下さい、イクスさん。一旦保留にすると……」


「ああ、そのつもりだったんだがな。理由を聞かれたらそいつのせいだと言っといてくれ。王宮には売らない。領主には皮だけなら売ってもいいが、丸ごと売るのは商業ギルドにだけだ。まあ領主は元々、皮だけ欲しがってたんだからそれでも構わないだろ」


さっきまでは色々と事情を考慮してくれていたのに、今のイクスにその様子はない。


事実上の王宮一択から王宮だけは無い(・・・・・・・)に様変わりしていた。


これにはハンナも思う所があるのか、それ以上何も言えないでいる。


イクスの怒りの原因を考えれば納得せざるを得ないのだろう。


だがこの場でそれを理解出来ない人間が一人。


「ふざけるな! そんなことは認めんぞ! あれは王宮の物だ!」


「は? 売ってもねえのになんでそうなる。ハンナの話聞いてなかったのか? あれの所有権は俺ら、売る相手を選ぶのも俺らなんだよ。一番高い金額つけてるならともかく安値しかつけてないくせに偉そうに言うな」


「……っ、ぶ、無礼な……! 貴様、私を誰だと……っ!」


「知るか。ここは冒険者ギルドだぞ。お貴族様の横暴は(まか)り通らねえんだよ。そんなに欲しきゃ商業ギルドに頭下げて倍の金額で買取ればいいだろ」


貴族の権力を振りかざすマイルズをイクスは軽くいなす。


イクス自身の怒りもあるだろうが、Bランクという上位冒険者の立場からしてもここで譲歩するわけにはいかないだろう。


二人共にまだ駆け出しであったならそれでも良かっただろうが、上位の冒険者が貴族からの不利な要求を飲んでしまえばそれは前例となってしまう。


そうなればこれ幸いとばかりに貴族の横暴が罷り通ってしまいかねない。


そもそも冒険者の多くは権力者を嫌う傾向にあるし、冒険者ギルド自体が貴族からの不当な干渉を認めていない。


冒険者ギルドとは世界を股にかける独立した組織なのだ、大きなギルドであれば当然相応の発言力もある。


そして、ここローダスは国内でも有数のギルドである。


「じゃ、そういうことで話進めてくれ。ついでに領主と王都のギルドに苦情も入れといてくれよ。金を出し渋った王宮が権力を笠に強要してきたってな」


「ああ、その際、王宮側が提示した金額もしっかり伝えてもらえますか。いい判断材料になると思いますので」


イクスの言葉にユエも補足する。


こちらの譲歩を一蹴してくれたのだから、これぐらいしても罰は当たるまい。


イクスもハンナも安過ぎると断言したのだ、王都の冒険者ギルドも同じ判断をするだろう。


なんなら商業ギルドに話を通して、王都商業ギルドにも情報提供したっていいかもしれない。


五年近く兵站管理部にいたのだ、商人を敵に回せばどうなるかぐらい知っている。


組織とは物資なくして回らないのだ。


「あらそれ、私も聞きたいわ」


聞き慣れない声と口調の組み合わせに、その場にいた全員の視線が声の主に集まった。


部屋に入ってすぐの位置にいたマイルズの後ろに、見慣れない長身の男が立っている。


マイルズに見劣りしない上質なスーツに身を包んだ男は「お邪魔するわね」と一言断って部屋の中へ入ってきた。


「なんであんたが――ああ、あんたが担当なのか」


「いらしてたんですか」


どうやらイクスとハンナは知っているらしい。


ハンナの様子と高級そうな服、今の状況から推測すればおそらくは商業ギルドのそれなりの立場の人間だろうというのは分かるが。


男はユエと目が合うと、笑顔を浮かべた。


「あなたとは初めましてね。私はアイザック・ロンネフェルト。商業ギルドで副ギルド長をしてるわ。よろしくね」


あ、この人油断出来ない人だ、とユエは直感した。


感情の読めない笑顔と雰囲気が、レリウスの商業ギルド長に似ている。


「初めまして、ユエです。よろしくお願いします」


なので無難に挨拶を返すと、一瞬驚いたように目を瞠り、それからどこか楽しげに小さく「ふふっ」と溢した。


「面白そうな子ね。でもその前にさっきの話の続きをしましょうか。後学のために私にも教えてもらえないかしら? 私が提示した金額と比較して今後の役に立てたいし、王都の商業ギルドにも一例として報告すれば資料にして参考にすると思うわ」


ユエが考えていたことをさらっと言う辺り、おそらく最初から聞いていたに違いない。


隣の部屋にでもいたのだろうか、とすると一人でいたとは考え難いのだが。


「なんっ……な、なんで商業ギルドの副ギルド長がここにっ?」


「なんでと言われましても、今回の件に関しては私が一任されていますので。他にも色々と打ち合わせがありまして、今日はここに来ていましたの」


さすがに商業ギルドの副ギルド長相手にさっきまでの高圧的な態度は取れないらしい。


明らかに慌てるマイルズに気になることはあるものの、とりあえず今はアイザックに任せた方がいいだろう。


「私がここにいては何かマズイことでもお有りで?」


「い、いやっ、そんなことはないが」


「そうですか。ではさっきの脅迫は私の聞き間違いでしょうか?」


脅迫という言葉にマイルズがヒュッと息を詰める。


「きょ、脅迫とは物騒な……。私は今後のためにも王宮に売って欲しいと伝えたかっただけで……」


「あら、『黙って売れ』だの『認めない』だの、『王宮の物』だのと仰っていたではありませんか」


「ぬ、盗み聞きとはどうかと思うが?」


「あんな大きな声で話していれば、隣の部屋にいても聞こえますわよ」


圧倒的にアイザック優勢である。


隣ではイクスが面白そうにしていて、さっきまでの冷ややかな空気は消えていた。


なお、ユエの心境も『やっちゃって下さい』である。


今後こんなことをやらかさないよう、きっちり締めて欲しいところだ。


「困るんですよねぇ、こういうことをされると」


「商業ギルドには関係ないだろう!? 私が話していたのはそこの二人だっ」


「何を言ってるんです、あるに決まっているでしょう? 売り主に対して不当な圧力をかけるような真似をされては困るんですよ。そんなことをすれば真っ当な取引が出来なくなってしまうじゃありませんか。冒険者への圧力をかけての強要は冒険者ギルドだけでなく、商業ギルドへの営業妨害でもあるんですよ?」


「営業妨害だとっ!? ならばそちらとてこちらの業務妨害をしているではないか! 私は正式に王宮から派遣されて来ているのだぞ!」


冷静に話をするアイザックとは対照的に、マイルズは若さもあってか興奮状態だ。


だがこの場において王宮は免罪符にはならない。


「あらあら。冒険者へ圧力をかけて不利益を与えることがあなたに与えられた仕事ということですか。――これは正式にギルドを通して抗議しなくてはなりませんね」


アイザックの目がスッと細められた。


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