21話 蒼の星と初仕事①
上位ランクの冒険者と勝負したりパーティー登録をしたりで疲れてしまったこともあり、その日は依頼は受けずイクスと今後について話し合うという名目でお祝いをすることになった。
ユエがDランクになったことと勝負に勝ったこと、そしてパーティーを組んだことのお祝いである。
とにかくイクスは上機嫌で、酒が進む。
様子を見て水を飲ませつつユエも舐める程度に酒を呑み料理を味わった。
料理はどれも美味しかったがイクスの一番の酒の肴はやはりゲイルとの一戦で、「油断して墓穴を掘った」だの「最初から相手にもならなかった」だのと楽しげに話す。
絶対にわざとだとじっとイクスを見れば、ニヤリと笑って返すのだから質が悪い。
だがこれはユエのためでもあると分かっているので、小さく息をつくことで収めた。
仲間の方はともかく、ゲイルとミーナは素直に負けを認めるとは思えない。
特にミーナはあの場では言い返せなかったのと仲間に止められただけで、納得はしていなかった。
彼女があの様子なら、ゲイルもまた意識を取り戻した後で卑怯だなんだと叫んで負けを認めない可能性が高い。
Cランクパーティーとして実績を積んでいる彼らとDランクになったばかりのユエでは、どうしたって彼らの言い分の方が正しく聞こえる。
なので先手を打つ形でイクスが勝負の内容を酒の肴という形で話しているのである。
割合的には先手を打つのと仕返しが半々ぐらいだろうか。
何なら仕返しの割合の方が大きい気がする。
彼らの評判は落ちるだろうが自業自得だし、ゲイルとミーナ以外はそれも理解しているだろう。
彼らが喧嘩を売ったとは言え、ギルドの人間としてヒューイが間に入ってくれたのは助かった。
場所を提供して審判までしてくれたのだから、この件については最低限ギルドの協力が得られると考えていいはず。
なのでゲイル達が都合よく嘘をつくようなら、ヒューイに証言してもらうつもりでいる。
終始ご機嫌なイクスを宿まで送り、ユエもさっさと宿に戻った。
その翌日、ギルドで合流したイクスは昨日呑んだのが嘘のように平然としていた。
「おはよう、イクス。二日酔いは?」
「おはよう。二日酔い? したことねえぞ、俺」
どうやら親友は酒にも強かったらしい。
ユエも二日酔いはしてないが、呑んだ量が違う。
「今日の依頼なんだけど、これなんかどうだ?」
先に来ていたイクスはすでに目をつけていたらしい。
見せられた依頼書の内容は翡翠蛇の納品依頼だった。
翡翠蛇はその名の通り翡翠のような鮮やかな緑色の蛇で、その皮は革製品の材料になる。
依頼のランクはDランク、皮に傷をつけず三匹納品して欲しいという依頼だった。
三匹以上でも追加で引き取るが、皮の状態によっては報酬が下がるとも書いてある。
「うん、いいと思う」
「じゃあ、これに決まりな」
イクスと一緒に受付に向かう。
「これを頼む。蒼の星で受ける」
「え? あっ、はい、分かりました」
受付の職員はイクスと依頼書を見て怪訝そうな顔をしたが、隣にいるユエを見てすぐに手続きを始めた。
と、同時にギルド内が小さくざわめく。
その内容は「蒼の星だってよ」「本当にパーティー組んだんだな」などで、「あいつがイクスのパートナーか」「どんな奴かと思ったが……」なんて言葉と共にユエに視線も刺さった。
パーティーで依頼を受ける時は誰かが手続きをすればいいので、リーダーとしてイクスが手続きをする。
二人組でリーダーも何もないが、Bランクのイクスがリーダーなら誰も文句は言わない。
昨日の今日なのでしばらくこの状態が続くのは仕方がないのだろう。
あまり気にしないようにして依頼に集中する。
今回は依頼人に納品するのではなく、ギルドに納品すればいいらしい。
依頼人が欲しいのは皮だけなので、解体して素材にするところまでギルドに依頼しているそうだ。
なので翡翠蛇を三匹捕まえてギルドに納品すれば依頼は完了、生け捕りにする必要はないが皮に傷があれば減額になるとのことだった。
「ユエ向きの依頼だろ?」
「そうかな? イクスなら簡単に捕まえられるでしょ」
街を出て、翡翠蛇のいる洞窟に向かう。
その辺にいる草蛇と違い翡翠蛇は洞窟に棲んでいて、だから鮮やかな緑色をしているのだと言われている。
翡翠蛇の養殖もされているが、環境の違いか餌の違いか天然物に比べると色がいまいちらしい。
それでも天然物に比べ手が届きやすいので人気があるとか。
「捕まえるだけならな。だけど今回は出来るだけ傷をつけないようにしなくちゃいけねぇだろ?まず体に傷のないやつを見つけなきゃいけねぇし、サイズも小さいのはダメだし。しかも翡翠蛇は臆病だからすぐ逃げちまうしな」
ただ捕まえるだけなら、それほど難しくはない。
だがそこに『皮に傷がないもの』という指定が入ると、途端に難しくなる。
何しろ相手は野生の蛇である、皮なんて一番傷がつきやすい場所だ。
皮に傷がなく、それなりのサイズで、臆病で逃げ足の早い蛇を出来るだけ傷つけずに捕獲する。
Dランクの中でも難易度の高い依頼ではなかろうか。
「あーー……、そっか。イクスの場合まず探す段階で困るのか。今のイクスだと気配だけで逃げちゃうもんね」
「洞窟入ったら気配消すけどな。そもそも岩の隙間なんかに隠れてるやつを探すのも大変だし、見つけてもどうやって捕まえるか困る。腕が入れば突っ込めるけど、そうじゃなきゃ棒で引っ掛けて引きずり出すしかねぇし」
イクスの言う棒とは、先端が指を曲げたような形をしている鈎棒だ。
蛇のように細長いものを引っ掛けたり、高い所の枝を引き寄せたりするのに丁度良く、森歩きにも便利である。
「普通の蛇ならともかく、今回は棒で引っ掛けて無理やり引きずり出すわけにはいかないもんねぇ……」
「皮に傷ついちまうしな。余程の傷じゃなきゃ治癒魔法かポーションかければ治るけど、一匹捕まえるのにポーション使ってたんじゃ割に合わん」
下級治癒ポーションでも銀貨五枚はする。
三匹捕まえるのに仮に三本使ったとしたら大銀貨一枚と銀貨五枚、約一万五千円の消費だ。
今回の報酬は大銀貨三枚なので半分に減ってしまう。
しかもそれをイクスと折半するのでさらに半分。
それならもっと簡単な依頼をこなしたほうが実入りがいい。
「と、着いた着いた」
獣道を抜けた先に、ぽっかりと口を開けた洞窟の入口が見えた。
入口は人が二人並んで入れるぐらいの幅で、高さはイクスが楽に入れるぐらいはある。
「灯光」
洞窟に入ってすぐに魔法の光を出す。
入口付近は外からの光でまだ見えるが、少し進めば真っ暗だ。
ユエの出した灯光の玉はそれほど広くないからか二人の周囲を照らすには十分だった。
「もう少し弱い方がいいかな?」
「大丈夫、丁度いいぐらいだ」
灯光の明るさは少し弱いが、暗い洞窟の中を進むならこれぐらいでいい。
明る過ぎると暗い場所との差が激し過ぎて見にくくなるからだ。
翡翠蛇がいるのは洞窟の奥の方なので、とりあえず奥へと進む。
途中、洞窟の中に自生する野草や茸、苔なんかも軽く採取した。
ユエはまだ薬草採取の講習は受けていないが、あれは基本的に高額査定の素材が対象で、講習を受けないとギルドやローダス内の商店での買取が出来ないことになっている。
ユエの場合は個人消費目的だし高額品でもないため違反にはならないが、早めに講習を受けるつもりでいた。
「講習なぁ…………。俺も受けたけど知ってることしか言ってなかったぞ」
「村で小さい時に覚えるのと同じ感じ?」
「だな。てか村のチビ共の方が詳しいぞ、たぶん」
「ああ、なるほど。でも講習受けないと採取依頼が受けれなくなっちゃうから、ちゃんと受けるよ」
知っているから必要ないと拒否するよりは、受けておいた方が余計な反感を買うこともないだろう。
冒険者ギルドが街ぐるみでやっていることなら、商業ギルドや下手すると領主もこの取り決めに関わっているかもしれない。
森を荒らされれば森の中にある村にも影響が出るので、その中にメガル村が入っている可能性もある。
もっとも、村の生活に影響が出るようなら村長を筆頭に大人達が黙ってないだろうが。
何より、講習を受けなければ森に入る採取依頼が受けれなくなってしまう。
今後を考えれば大人しく講習を受けておくのが無難だろう。
ただでさえ目立ってしまっているのだ、巻かれて困らない長いものには巻かれればいい。
ユエは問題を起こしたいわけでも、目立ちたいわけでもないのだから。




