1話 騎士団を出て
クビになったその日の内に騎士団のある街から出たユエは一人、街道を歩いていた。
制服は街の洗濯屋に預け、洗濯後にそのまま騎士団に届けてくれるよう頼んだ。
私物の少なさには我ながら驚いたが、荷造りが早くすんだのでまあ良かったのだろう。
ユエ、二十三にして無職、ニートである。
なお、この世界でニートの意味が分かるのはユエだけだ。
ユエには生まれる前の記憶がある。
日本人でマンガとアニメと小説を楽しみに平凡に生きていた、彼氏いない歴年齢の喪女だった。
なので物心ついた頃は海外のどこかに生まれたのか、というか生まれ変わりってマジであるんだな、などと驚きもしたのだが。
三才にして魔法を知った時には異世界転生とかラノベかよと思わずツッコんだ。
とは言え現実は厳しいものだ。
ユエは前世の記憶はあるが、それだけだった。
小さな村の平民の娘で茶髪に茶色の瞳と容姿も平凡だし、魔法は使えるが魔力も普通だった。
魔法はあっても現代日本を知る身としては不便なことばかりで、小さい頃はこっそりため息をつく日々だった。
さすがに二十三年もこっちで生きていれば慣れるが、未だに不便だと感じることは多い。
例えば今歩いている街道もそうだ。
人や馬車の往来で踏み固められているだけで、舗装されているわけではない。
道の側には草が生い茂り、目をやればどこまでものどかな風景が続く。
そこに人の姿はない、見渡す限りの原っぱだ。
雨が降れば道はぬかるみ、街と街の距離は遠く、移動するには歩くか馬車に乗る。
馬車の移動だって楽ではない。
歩くよりは速いがずっと乗っているのは辛く、しばらくするとお尻と腰が痛くなる。
空気の入った車のタイヤじゃないので振動が直で来るのだ、なのでユエは馬車に乗るのはあまり好きじゃなかった。
現代日本に比べ不便なことが多い世界だが、便利な物もある。
その一つが魔道具だ。
文字通り普通の道具ではなく魔法のかかった道具で様々な物がある。
その一つが魔法鞄で、ユエも腰につけている。
いわゆるアイテムボックスだが物によって容量はピンキリで、お値段もピンキリである。
主に魔獣の革で作られ、そこに空間拡張の魔法を定着させた物だ。
物によってはとんでもない容量が入る物もあるらしいが、ユエは見たことがない。
ちなみにユエの魔法鞄はそこそこである。
「あ、降ってきたかぁ」
ポツリと落ちてきた水に見上げれば、どんよりと雨雲が広がっている。
降ってきた雨にユエは傘をさすのではなく、結界を張った。
雨は結界に当たってユエの頭より少し上で跳ねる。
さらに身体強化をかけると、走り出した。
「さて、急がなきゃ」
宿が取れなくなったら大変だと、ユエは街へ急ぐ。
それを見ていた者はいなかったが、もしいれば驚いた事だろう。
なぜなら雨を避けるために結界を張ったり、急ぐために身体強化をかけたり、普通そんなことに魔法を使わないのだから。
だが幸か不幸か誰も見ておらず、ユエがその事に気づくことはなかった。