18話 勝負は正々堂々と
場所を移し、ユエ達はギルドの地下にいた。
石造りの闘技場のような広い部屋は天井が高いからか地下の圧迫感はなく、魔法によって部屋全体を補強しているため、ここでは主に冒険者の実力を見たり魔法や魔道具の効果を調べたりもするらしい。
ギルド所属の冒険者なら申請すれば借りることも出来るそうで、利用する者も少くないとか。
床も厚みのある石で擦り減り具合から年季を感じる。
「さて、審判は俺がやらせてもらう。多少のケガはともかく命に関わる場合は止めるよ。勝敗は降参か戦闘不能でいいか?」
「ああ、それでいい」
「私も構いません」
中立の立場としてギルド職員のヒューイが審判になるのに、どちらも異論はない。
「形式は一対一、外野からの手出しは認めない。いいな?」
「当たり前だろ」
「そんなの必要ないわよ」
ヒューイはイクスと男の仲間にも念を押し、両者は当然だとばかりに受け入れた。
「じゃ、始め」
「オラァッ!」
ヒューイの言葉と同時に男が抜いた剣を振りかぶる。
わざと大きな動きをして威嚇も兼ねているのだろう。
それをユエは剣を抜きながら半身をずらすことで躱した。
「なっ! このっ!」
いとも容易く避けられた男は驚くも、すぐに追撃する。
だがその追撃をユエは躱すのと剣でいなすのとで防いだ。
最初こそ余裕を持って見下していた男の顔には次第に焦りや苛立ちが浮かび疲労が滲むが、対するユエは変わらない。
この場にいる人間でどっちが優勢かを理解出来ない者はおらず、それ故に男の仲間の表情もまた歪んでいった。
「ちょっとゲイル! そんな新人相手に何手ぇ抜いてんのよ! さっさと倒しなさいよ!」
苛立ちの混じる声で叫んだのは女魔術師だった。
それを「うるせぇな」とわざとらしく片方の耳を塞いでイクスが顔を顰める。
「っ……くそっ! おいテメェ、さっきから逃げてばっかりいやがって! かかってこいよ腰抜けが!」
途端に違う方向から「あ?」と声が上がるが、勝負の邪魔になると威圧は抑えたようだった。
早めに決着を着けるかと、ユエは反撃に出る。
「うおっ!?」
ゲイルと呼ばれた男の前で魔法で強い光を一瞬放ち目を眩まし、咄嗟に腕で目を庇った隙に背後に周る。
「ぐぁっ!」
後は簡単だ、膝裏を蹴って膝をつかせ、掴んだ左腕を後ろに捻じりながら取り押さえればいい。
バランスを崩したゲイルは前のめりに倒れ、剣を手放し右手を着いて体を支えた。
「抵抗しない方がいい。無理に動けば左肩が外れる」
抵抗しようにも体を捩るぐらいしか出来ないだろう。
立ち上がろうにも両方とも膝を着いているし、左腕を捻じり上げながら押さえ込んでいるので余程の力がなければ無理だ。
剣で抵抗しようにも上半身を支えているのはその右手のみとなれば、どうしようもない。
「お見事。勝負ありだが……」
「ぐっ……このっ! 離しやがれ!」
ゲイルは身体強化をかけて抵抗しようとするが、ユエもまた身体強化をかけて押さえ込むので状況は変わらない。
勝負としてならこれでユエの勝利だが、勝敗を決めるのは降参か戦闘不能だ。
「ヒューイさん、この場合どうなります?」
「そうだねぇ……俺からすれば勝負はついてるんだけど……」
「俺はまだ負けてねぇっ!」
「て言ってるしね」
ヒューイの言葉に噛みつくようにゲイルは叫ぶ。
「降参しませんか?」
「誰がするかっ! あんな小細工しやがって卑怯者がっ!」
「小細工?」
「さっきの目潰しだよ!」
これに、ユエはおかしいなとヒューイに確認する。
「さっきのってルール違反ですか?」
「いや全然」
ヒューイの答えはあっさりしたものだった。
「魔法も目潰しも禁止してないからね。油断した方が悪い」
これにゲイルは悔しげに低く唸る。
「だ、そうですが?」
「ぐっ……うるせえ、この卑怯者が! コソコソと逃げ回りやがって! 正々堂々と戦いやがれ!」
目潰しも隙を突くのも、何なら攻撃を避けるのも卑怯ならほとんどが卑怯になるのではなかろうか。
どんな攻撃も避けず正面から受け止めるなんてことは、それこそ一握りの人間にしか出来ないことである。
そして、ユエはその一握りではない。
「正々堂々ねぇ…………分かりました」
これで降参してくれれば良かったのだが、相手にその気はないようだ。
ならば選択肢は一つしかない。
ユエは捻じり上げていた左腕を離し距離を取った。
「っ……バカめっ!」
解放されたゲイルは驚きながらもすぐに剣を掴んで立ち上がり、ユエに向かって剣を振る。
「突風」
「ぐっ、ガアアアァァッ!」
だが剣が届くよりも早く、ユエは風魔法でゲイルを吹き飛ばした。
壁に背中から激突し、そのまま倒れて動かないゲイルをヒューイが確認する。
「気絶してる。戦闘不能でユエの勝ちだ」
「ゲイルッ!」
「そんなっ」
悲痛な声を上げ気絶したゲイルに仲間が駆け寄る中、剣をしまうユエの側に来たのはイクスだった。
「お疲れさんユエ。やっぱ余裕だったな」
「まぁ、何とかね」
顔を見れば機嫌が良さそうで、声にも勝負前の苛立ちはない。
ユエが勝ったことでどうやら機嫌は直ったらしく、やれやれと内心息をついた。
「お疲れ様。分かってはいたけど余裕だったね」
ゲイル達からこちらへ来たヒューイもまたいつもの様子に戻っているので、多少なりとも怒りは収まったのだろう。
あの滲み出るような威圧も今はない。
「君が勝ったら認めると言っていたし、このままパーティー登録するかい?」
「そうしよう! な、ユエ」
「あー……うん、それはいいけど。その場合パーティーランクってどうなります?」
イクスに答えつつヒューイに聞けば、
「そうだね、二人のランク差もだけど組んだばかりなことを考えればDランクかな」
大体予想した通りの答えが返ってくる。
「そうですか。イクスはいいの? 私と一緒だとCランクまでの依頼しか受けれないけど」
それに頷きつつイクスにも念の為に確認すると、
「別にいいぜ。ランクなんて依頼こなしてりゃその内上がるしな。それにユエと一緒なら今まで受けれなかった依頼もやれるし」
「あー、そうだね。依頼内容によっては一人じゃ受けれないものもあるから。そういう意味では君がイクスと組んでくれると助かるよ」
ヒューイもギルド側の意見で賛成してくれたので、それならこのままパーティー登録を済ませようと上に向かう。
「待ちなさいよっ!」
それに待ったをかけたのは女魔術師で、「おい、止せ」と仲間が止めるのも聞こえてないのか目を吊り上げて睨んでくる。
「剣士相手に魔法で勝っていい気になってんじゃないわよ!」
これに、途端にイクスとヒューイが顔を顰めた。
今回は彼女の仲間達も顔を顰めているので言いがかりだと理解しているのだろう。
そもそもその言い分だと自分の首を締めることになるのだが、本人は気づいてないらしい。
「何の文句があるんです? 審判のヒューイさんも認めたし、なんならその人が正々堂々と戦えと言うからその通りにしたでしょう」
拘束を解き、ゲイルが攻撃してくるのを待って正々堂々と正面から魔法で吹っ飛ばしたのだ。
あのまま落とすことだってユエには出来たのだから、文句を言われる覚えはない。
「魔法を使ったじゃない!」
「使いましたが? なんならその人だって身体強化使ってたじゃないですか。あなたの言い分だと剣士を相手に魔法で勝つのは卑怯だということになる。ならあなたは剣士を相手にする時、魔法を一切使わずに戦うんですね?」
「なっ、そんなこと言ってないでしょ!」
「なら剣士相手なら魔法を使えば勝てると言うことですか? それはそれは、随分と自信があるんですね。Cランクパーティーの魔術師ってスゴイんですね」
「勝手なこと言わないでよ! そんなこと言ってないでしょ!?」
顔を真っ赤にして言い返してくる女魔術師に、ユエはすっと表情を消す。
「いいえ、あなたが言ったのはそういうことですよ。『剣士を相手に魔法を使って勝った』。それに文句があるのならそのどちらかしかないでしょう。そうじゃないと言うのなら、この場にいる全員が納得する理由を言って下さい」
「……っ!?」
そこで初めてユエ達だけでなく、仲間からも向けられる視線に気づいたらしい。
女魔術師は言葉に詰まると悔しげに唇を噛んで俯いた。
「大体ユエが押さえ込んだ時点で勝負は着いてたんだ。それを卑怯だなんだと難癖つけたそいつもそいつだが、魔術師のくせに魔法で勝つのが卑怯なんて抜かすお前も大概だな」
「……っ」
イクスの言葉に女魔術師は俯いたまま顔を赤くし堪える様に拳を握る。
「勝手にユエを格下扱いして油断したのはそっちだろ。それでこんな無様な姿晒してんだからざまあねぇな」
「イクス」
さすがに言い過ぎだと宥めるが、色々と我慢の限界だったらしいイクスの態度は変わらない。
それでも手を出そうとしない辺り抑えているようだった。
「すまなかった。勝負の結果に文句はない」
頭を下げて謝ったのは、女魔術師を止めた男だった。
「ダリス!?」
「いい加減にしろミーナ。勝負をふっかけたのはこっちで負けたんだ。それにゲイルは負けたら認めると自分で言ったんだぞ。なら、俺達が文句を言う権利なんてない」
「だけどっ」
「これ以上恥を晒すなと言ってるんだ。偉そうなことは言えないが、ゲイルもお前も頭に血が登りすぎだ。少し頭を冷やせ」
ダリスという男の言葉に残りの二人も同意しているようで、ユエに向けた目にはそれまでの険しさはなくどこか申し訳なさそうなものだった。
どうやら彼らは冷静に状況を把握出来ているらしい。
どうせならもっと早く冷静になって二人を止めて欲しかったと思うが、全員揃って勝負の結果に文句をつけられるよりは良い。
「もう俺達に絡んでくるなよ。行こうぜ、ユエ」
イクスに軽く背中を押され、ユエは地下を出た。




