17話 先送りしたことは忘れた頃にやってくる
Dランク昇格を一人で祝った翌日。
ちょっと贅沢な食事をしスイーツも食べ、お風呂にも入ったユエの朝の目覚めはとても良かった。
食堂で朝食を食べ、いつもよりは少し遅い時間に冒険者ギルドへ向かう。
道すがら市場に寄って昼食用にパンと惣菜を買った。
惣菜は勿論、傷まないよう魔法でしっかり冷やしておく。
ユエは元々、朝の混み合う時間を避けていたが、今日はいつもよりも遅いのでさらに人は少なく、朝一のピークが過ぎた冒険者ギルドは人もまばらだった。
依頼は現在のランクと一つ下のランクまで受けれるが、病気やケガからの復帰といった理由がない限りまず下のランクの依頼を受けることはないらしい。
基本的に上を目指す冒険者としてのプライドと、下のランクの仕事を奪わないという理由から暗黙の了解になっているという。
なお、パーティーを組むと個人のランクとは別にパーティーにランクがつけられる。
パーティーランクはメンバーのランクの平均でつけられるらしいが、そのランクより一つ上の依頼まで受けれるようになる。
なので依頼の達成率を上げるためにもDやCランクになるとパーティーを組むことが多いらしい。
個人よりは集団の方がやれることは増えるし、ギルド側も依頼が捌けるので両方にとって好都合。
反面、集団ともなれば揉めることもあるのでパーティーを組んだり解散したりは珍しいことではないとか。
遠い目をしつつ、つらつらとイクスから聞いたことを思い出していたユエは、現実逃避を止め目の前の光景に目をやった。
「だから、お前らと組む気はねえって言ってるだろ」
「何でだよ! 俺らの方が絶対にいいだろう!」
見覚えのある光景に、再び遠い目になるユエである。
先送りした問題は忘れた頃にやってくる、と言っていたのは誰だったろうか。
村の誰かか、騎士団の先輩だった気がするがそれはいいとして。
イクスと言い争っているのはユエが登録をした日にイクスを勧誘した冒険者である。
ユエとイクスの間ではまずDランクを目指すということで話がついていて、二人は別行動を取っていた。
時間が合えば近況報告を兼ねて食事をしていたが、冒険者としての生活は別行動。
そしてイクスは数日前に受けた依頼でローダスを離れていて、帰ってきたのは昨日の夜遅く。
依頼完了の報告のためにギルドへ行くと、ユエがDランクになったことを知り合いの冒険者から聞いたらしい。
時間も遅かったのでその日は大人しく宿に帰り、今日はユエが来るのをギルドで待っていた。
そして何の因果かそこに居合わせたのが例のパーティーである。
ユエが聞いた話ではあれ以降、勧誘は受けていないということだったが、これを見る限り諦めてはいなかったのだろう。
ユエを見るなり「Dランクになったんだってな。これで一緒に組めるな!」と笑顔で言ったイクスに、待ったをかけたのが彼らだった。
イクスも諦めたと思っていたのか「はあ?」と溢した後、再びバッサリと断っていたが相手もそれで引かず、今に至る。
言い争っているのはイクス達なのに、ユエも当事者として注目を浴びているせいで居心地が悪い。
何ならもう今日は依頼を探すのはやめて常設依頼でもこなそうか。
ああ、どうせならDランクになったし今後のために薬草採取の講習を受けてもいいかもしれない。
再び現実逃避し始めると、とうとうユエにも火の粉がかかってきた。
「他の奴ならともかくこんな新人より俺達が下なわけねえだろがっ!」
いつの間に上か下かの話になったのか。
人を指差すのはともかく、冒険者としては疑うまでもなく彼らの方が上である。
DランクになったばかりのユエとCランクのベテランパーティーでは比べるまでもないので、それについてはユエも内心その通りだと頷く。
そしてそんなことは百も承知なイクスがそれでも彼らを選ばないのは、求めているのが経験や実績ではないからであって。
「分かんねえ奴だな。お前らがCランクとかユエがDランクだとか関係ねえの。俺が組みたいのはユエなんだよ」
ランクなんて関係ないという言葉に、周囲はざわめいてユエに視線が集中する。
その中に刺さる視線があるのも仕方ないのだろうが、理不尽だと思わなくもない。
特に刺さるのは距離が近い件のパーティーである。
その中でも魔術師らしき女の視線は特に鋭く、見当違いの恨みを買っているようでため息をつきそうになる。
「納得いかねえ! 俺は認めねえぞこんな奴に俺らが劣るなんて!」
そう言うとリーダー格の男は怒りも顕にユエを睨みつけ。
「おいお前っ! 俺と勝負しろ!」
いきなり訳の分からないことを言い出した。
「は?」
声にも顔にも疑問符がついたのは仕方がないだろう、なにがどうなって勝負になるのか。
「お前が勝てば認めてやる! 負けたら――」
「負けたら何だ?」
男の言葉を遮ったのはイクスだった。
「俺と組むのは認めないとでも言うつもりか?」
「う、……そ、れは……」
男だけでなく相手のパーティーは前と同じように顔色が悪い。
それでも前ほど酷くないのはイクスがそれほど強い威圧をしているわけではないからだろう。
側にいるユエは全く何ともないが。
「俺がいつお前らに許可を求めた? 俺が組む相手は俺が決める。赤の他人が口出しすんじゃねえよ」
「ぐっ……」
男を見据えるイクスは機嫌の悪さを隠しもしない。
男は言葉に詰まったが、グッと歯を食い縛ると気丈にもイクスを睨み返した。
「そ、そもそもそいつが本当にDランクか怪しいもんだ」
「あ?」
何言ってんだこいつ、と言わんばかりにイクスは器用に片眉を上げる。
「大した依頼もこなしてないのにこんなに早くDランクになるなんておかしいだろ。薬草や魔物の買取だって初心者が採れる量じゃない。どうせあんたが手伝ってやったんだろっ?」
あ、マズイ、と思った時にはイクスから威圧が出ていた。
それも、前とは比べ物にならないほど怒りの籠った威圧だ。
今回は止めるつもりはないユエは、呆れて声には出さず内心で「あ~あ」と呟いていた。
いくら頭に血が登ったとはいえ、男はかなりマズイことを言った。
男の言ったことはイクスやユエだけでなく冒険者ギルドも侮辱しているのだが、おそらく気づいてないだろう。
現にハンナを含むギルドの職員達はイクスの威圧に怯えながらも、男達に向ける表情や視線は険しくなっている。
中でも特にヤバイのは笑みを深くしながらも目が全く笑っていないヒューイだ。
イクス程ではないにしろジワジワと滲み出るような威圧を感じるのが恐ろしい。
怒ってる、確実に怒っている。
だがこれは男が悪い。
よりによって冒険者ギルドでギルドの査定に文句をつけたのだから、職員が怒るのは当然だ。
不満に思っていたにしても、言う場所は選ぶべきだろうに。
目の前ではイクスが男達と一触即発、離れた所からはヒューイの滲み出る威圧がジワジワと寄ってくる。
なのに周囲の視線は何故かユエに集まった。
それはこの状況の中で第三者にはユエが一人平然としているように見えるからで、なんならこの状況を何とかしてくれという懇願が入っていたりする。
すわ揉め事か、などと野次馬をしていた者達もイクスの割と本気な怒り具合とヒューイを筆頭とした職員達の剣呑さに、そんな事を言っていられなくなったのだ。
そんな状況の中で、渦中の人物でありながら平然と、何なら余裕さえ見えるユエに彼らが状況打破の救いを求めるのもある意味当たり前と言えた。
「俺が手伝っただと? ……そう言って断られてんだよこっちは!」
そう怒鳴って返したイクスに、ユエは何とも言えない表情になった。
「だから仕方なく別行動してたんだよ。俺がどんだけ手伝いたかったと……!」
いや、怒るとこそこじゃないだろ、と思わずツッコミそうなのをグッと堪える。
そんな拳を握って悔しげに言うようなことではない。
「大体、俺が手伝ってればもっと早くDランクになれたんだよ。それをユエが基本は大事だからって言うから我慢したってのに」
そもそもEランクがどういう期間かというのを説明してくれたのはイクスである。
分からないことや困ったことがあって相談するならともかく、駆け出しの仕事から手伝ってもらっていては冒険者としてこの先やっていけない。
査定する側のギルドとてそう判断するだろうと、そう説得して本当に渋々ではあるがイクスは別行動に納得したのだ。
そのやり取りを見ていた他の客からはユエに労いと奮闘を称える眼差しが向けられ、何なら目が合った数人には「よく頑張った」「お疲れ」と言わんばかりに微笑まれ頷かれた。
「……確かに言われてみればなぁ」
「Bランクが手伝ったならもっと早く上がるよな」
そして、これを見てイクスが手伝ったと考える者はほとんどいないようで、そんなやり取りがちらほらと聞こえる。
男の仲間は分が悪いと感じ始めているようだが、当の本人と女だけは相変わらずでユエを見る目は険しい。
「おいお前っ! さっきから黙ったままで何か言ったらどうだ?」
ついにはそんなことを言い出す男に、さてどうしたものかとユエは考える。
本音を言うなら面倒なことに巻き込むなと言いたい。
何ならもう望みはないからさっさと諦めた方がいいと言ったところで、火に油を注ぐだけだろう。
「ユエ、もう面倒くせぇからこいつ叩きのめしてやれよ」
とうとうイクスまでそんなことを言い出す。
「そうだね、手っ取り早くカタをつけたらどうかな。場所は貸すよ?」
いつもの穏やかな表情の中、目が穏やかじゃないヒューイの申し出に何を勘違いしたのか、男は味方が来たとでも思ったのか笑みを浮かべる。
それは女もだったようで、険しさは残るものの余裕さえ見せてユエを見下すような笑みを浮かべた。
「場所を変えるのは構いませんけど……」
ユエ達がいるのが依頼板の前なので、場所を変えるのはむしろ賛成だ。
だが勝負をする気にはなれない。
「へっ、なんだ怖気づいたのか? 今更ビビっても逃げられねぇぞ」
「あ? 誰がビビるって? ユエがお前なんかにビビるわけねぇだろ」
何故かイクスが言い返し、男はそれに気圧されつつもユエを睨んでくる。
その顔は「卑怯者っ」とでも言いたげなもので、なんなら女もそんな感じだ。
新人相手に喧嘩を売る同業者に自分の代わりに買う親友、怒りの滲む期待を向けてくるヒューイに何故か「この状況を何とかしてくれ」と言わんばかりの複数の視線。
この状況で嫌などと言えるだろうか。
「…………分かりました」
ユエは諦めの言葉と共に長いため息を吐いた。




