15話 廃材活用方の提案
誤字脱字報告ありがとうございます。
ローダスで二番目に大きい建物である商業ギルドは、冒険者ギルドよりも人に溢れている。
ローダスの商業管理を全て行う機関であり、領主や各貴族、冒険者ギルドとも繋がりが深い。
森に最も近いこの街は魔物素材や森で採れる各種薬草などを一手に担い、国中に流通させている。
そのためローダスを訪れる商人は多い。
冒険者ギルドよりも建物が大きいのは倉庫も含め商談用の部屋をいくつも備えているからだ。
その一つで待っていたヒューイは、開いたドアに目を向けた。
「遅くなってごめんなさいね」
「いや、こっちこそ急にすまない」
入ってきたのは身なりのいい男だった。
上等な生地を使ったスーツに身を包み、碧い瞳に癖のない長い茶髪を緩く一つに束ねている。
アイザック・ロンネフェルト、ローダス商業ギルドの若き副ギルド長である。
「で、今日は何の用かしら」
アイザックは正真正銘、男だ。
整っているが精悍な顔立ちだし、身長もあるのでそれなりに体格もいい。
なのに何故か女口調で話す。
なので初めて彼に会うと見た目と口調のギャップに大抵は驚くのだが、慣れているヒューイは気にしなかった。
「勿論、商談だよ。廃材の活用方についての提案をね」
「廃材の活用方?」
興味を示すアイザックの前に、ヒューイは魔法鞄から瓶と水筒を出した。
瓶の中には白い砂のような物が入っている。
「瓶の中身が気になるだろうが、まずはこっちから試して欲しい」
続けて魔法鞄から皿とスプーンを出すと、ヒューイは水筒の中身を皿に移してアイザックの前に置いた。
「毒味しようか?」
「いいわ」
スプーンを手に、アイザックはじっと湯気のたつスープを見つめる。
一見して何の変わりもないスープだ。
申し訳程度に葉物が細かく刻んで入っているだけの。
「あら、おいしい」
一口飲んで、アイザックは目を見開いた。
「鳥、じゃないわね。何かしら」
肉系の味はするが、何かまでは分からないのだろうアイザックに、ヒューイは楽しげに目を細めて答えた。
「それ、赤猪の骨で作ったスープだよ」
「赤猪っ? これが?」
驚きからまじまじとスープを見つめるアイザックに、瓶を指差しヒューイは続ける。
「で、こっちはその骨を細かく砕いた物だ」
「それも骨なの? 確かに白いし言われてみれば骨っぽいけど」
だがその目はスープと違って、骨なんて砕いてどうするのかと訝しんでいる。
「なんでも肥料になるらしくてね」
「肥料に? ああ、それで細かくしてるのね」
瓶を手に取り「それで?」と目を向けてくる。
「それ、どこ情報なのかしら?」
「うちの新人情報。村ではそうしてたらしくて、解体講習中に骨を捨てると聞いて『もったいない』って言って教えてくれたんだよ」
「ああ、地方独特のってやつね。確かにスープは悪くなかったわ。でも肥料は試してみないと分からないわね。そもそも食用に使えるの?」
「村では畑に撒いて育った野菜を食べてたそうだよ。人によってはもっと細かく粉にして使う人もいるらしい。心配なら花壇用にすればいいと言ってたかな。花が綺麗に咲くそうだ」
「そうね、まずは花壇なんかの観賞用の方が手を出しやすいわね。これ預かっていいかしら。うちの庭師と知り合いに話して試してもらうわ」
「ああ、頼む。足りなければ俺に連絡をくれ。すぐに用意するよ」
骨肥料についてはとりあえず試してみるということで話がつく。
「で、この骨スープだけど。スープ用に解体で出た骨を売りたいってことかしら」
「ああ。味は悪くないし、貴族向けはともかく庶民向けには悪くないと思うんだ。まあ、作るのに多少の手間と時間はかかるんだけど。これがレシピ」
レシピの紙を手に取ると、ざっと見てアイザックは「そうねぇ」と呟いた。
「確かに多少手間と時間はかかるわね。でもこれぐらいなら飲食店なら問題ないんじゃないかしら。売るにしてもまずはいくつかの店に声をかけて、実際にスープを味見してもらうのがいいと思うけど」
テーブルの上に置いたレシピを指で叩いて「でも」とアイザックは続けた。
「仮にそれで売れるとして、冒険者ギルドで確保は出来るの? 赤猪は珍しくはない魔物だけど、売るとなればそれなりの量はいるわよ?」
「それなんだが、スープ自体は赤猪に限らず食用の魔物なら作れるらしい。今回は提案ということでとりあえず赤猪で作ってきたけどね」
「ああ、それなら種類別にすれば量もそれなりに揃うわね。……もしかして肥料も食用の魔物ならどれでもいいのかしら」
「そっちは食用じゃなくても問題ないらしい。さすがに毒持ちの魔物はマズイらしいが」
「まあ当然よね」
とは言え、肥料にするかはともかく素材にならない毒持ちの魔物は廃棄の際に焼却処分するのが冒険者ギルドのルールだ。
迂闊に捨てようものなら毒に土壌汚染される可能性があるし、中には良からぬことを考える輩だっている。
「そうねぇ、順番としてはまずはスープ、試してからになるけど次に肥料かしらね。スープの方もまずは家の料理人に試作してもらうから、家に届けてちょうだい。連絡はしておくから」
「赤猪だけかい?」
「そっちがスープ用として売り出す気のある物を全種かしら。あ、分かるようにしといてちょうだいね」
「分かった。戻り次第すぐに手配するよ」
とりあえず話はこれで終了だ。
ここから先の話は両方のお試しが終わってからになる。
アイザックがテーブルに置いてあるハンドベルを鳴らして人を呼ぶと、「お茶を」と短く言付ける。
そして用意されたお茶を二人で静かに飲んでいると「それにしても」とアイザックが口を開いた。
「廃材の活用方なんて上手いこと言うわね」
「そうかい? 俺としてはそのままの意味で言っただけなんだが」
ヒューイとしては特に捻ったつもりもない。
本当に捨てるしかなかった骨の活用方があったので、それを提案しに来ただけだ。
そもそも廃棄と言っても無料じゃない。
解体で出る廃材の処理には金がかかる。
商業ギルドとの連携もあって食材や素材となる物は引き取ってもらえるが、どうしたって骨を始めとした廃材が出る。
それをどう処理しているかと言えば、焼却処理した灰や骨を森へ運び埋める。
これを冒険者へ依頼として出しているのだ。
廃材の中で骨の占める割合は大きいので、この提案が上手くいけば廃材処理にかかる費用は大幅に削減出来る。
食材や素材となるので買取価格も上がり冒険者にも還元できる。
冒険者ギルドとしては損のない話だ。
なのでヒューイとしてはスープはともかく肥料が商品化出来ればそれでいい。
食用の魔物しか使えないスープよりも、毒性さえなければ問題ない肥料の方がより多くの骨を材料に出来る。
個人的には赤猪の骨スープは気に入ったので、出来れば商品化して欲しいところだが。
「新人と言えば、ちょっと前にギルドで騒ぎがあったそうじゃない? なんでもCランクのパーティーと揉めたとか」
「ああそれね……正確には揉めたんじゃなくて絡まれたが正解なんだけど」
訂正すると、アイザックは僅かに目を見開く。
「Cランクのパーティーが新人に絡んだの?」
「より正確に言うと、新人の登録に付き添っていた冒険者を勧誘して断られた相手が新人に絡んだ、が正解」
「……なんで勧誘して断られたからって新人に絡むのよ」
「そのお断りの理由が『新人とパーティーを組みたい』だったから」
「……ああ」
どうやら納得したらしい。
Cランクパーティーが登録したばかりの新人に負けたのだ、その悔しさは言うまでもないだろう。
絡まれた新人も迷惑でしかなかったろうが、ヒューイの目から見て割と強かな性格をしているようなのでそれなりに先が楽しみではある。
「ちなみにその新人だよ、これを教えてくれたの」
「あら、そうなの? どんな子?」
「どんなって…………色々と驚かせてくれる子かな」
初めての依頼で普通であれば数日はかかりそうな依頼をその日に終わらせ、さらには依頼主から昼食まで御馳走になり。
常設依頼で大量の薬草や茸を納品、さらに新人が狩るには危険な赤猪を含めた魔物を多数買取に出し。
講習に出れば「もったいない」と骨の活用方を教え。
「目の前でさらっと破砕を使って骨を砕いたのにも驚いたけど、その後に骨に洗浄かけたり身体強化かけて骨をボキボキ折ってたのもね……」
あの時、平静を保った自分をヒューイは褒めてやりたい。
さらっと破砕で細かく均一に砕いた骨。
面倒だからという理由でかけた洗浄。
そして小枝のように骨を折っていた身体強化。
魔法だけでもとても新人が出来ることではない。
特に骨を折っていた時には本人の見た目が小柄な女性なので、身体強化をかけていると分かっていてもその光景に顔が引き攣ってしまった。
「……なんだか、何年か前に聞いたような話ね」
「ちなみにその子の付添いしてたのがその何年か前に聞いた話の奴ね」
「ああそう……。うん、それなら納得だわ」
それだけで付き添いが誰か分かったらしいアイザックの表情は何とも言えない。
Cランクパーティーが勧誘を断られて新人に絡んだのも納得出来る相手である。
「じゃぁ今日のところはこれで。骨はすぐに届けさせるよ」
ぐいっとお茶を飲み干してヒューイは立ち上がる。
「とりあえず全部を試してから、一度報告を入れるわ」
「よろしく」
話し合いを終え、ヒューイは商業ギルドを出た。
歩きながら話題になった新人のことを考える。
登録早々、騒ぎの中心になった新人冒険者。
ただの付添いかと思えば今まで誰とも組もうとしなかった上位ランク冒険者にパーティーを組みたいと言われ、あまつさえその怒りをいとも簡単に宥めてみせた。
初仕事をそつなくこなし、常設依頼だけでなく魔物まで難なく狩り、魔法も使いこなす。
色々と謎は尽きないが、どうやら賑やかになりそうだとヒューイは小さく笑みを泛べた。




