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14話 講習と料理


六日働いて一日休む、というのが騎士団での生活サイクルで、仮の責任者だったユエは部署のシフトもそれで組んでいた。


個人的にはそれで上手く回っていたと思うので、冒険者になってからもユエは同じサイクルで生活をしている。


依頼を受けたり常設依頼の納品をしたり、薬草の採取中に出た魔物を狩って買い取ってもらう日々だ。


冒険者ギルドでは有料で魔物の解体の講習もしているので、参加したりもした。


森の中の村育ちなので一通り解体も出来るが、まともに解体するのは五年ぶりなので復習がてら受けることにしたのだ。


その際、講師役のギルドの解体職人に何故か微妙な表情(かお)をされた。


講習では実際に講師が解体しながら説明してくれ、魔物に余裕があれば指導を受けながら解体の練習も出来る。


講習で教材として解体されたのは赤猪(レッドボア)だった。


大きな作業台の上に載った赤猪を、講師が説明しながらゆっくり解体していく。


「赤猪が解体出来れば、特殊な魔物じゃない限りこのぐらいのサイズまで大体の魔物は解体できる。とは言え最初は角兎(ホーンラビット)で練習するのが無難だな」


そしてユエ達が見ている前で、赤猪は素材と肉に解体された。


赤猪の毛皮や牙は素材として商業ギルドや注文のあった職人へと回され、肉や内臓も食用として同じように回される。


そこでふと、ユエは疑問に思った。


では残った骨はどうするのか?


「魔物の種類によっては骨も素材になるが、赤猪は素材にするほどの強度もないからな。廃棄だ」


なるほど、確かになどと周囲が納得する中、ユエの口から出たのは「捨てちゃうんですか? もったいない」だった。


「もったいないか。だが使い道がなければ仕方ないだろう?」


「赤猪の骨は煮込めば美味しいスープが出来ますよ。煮込んだ後の骨も砕いて畑に()けばいい肥料になりますし」


そもそも赤猪に限らず村では狩った魔物はきっちり骨まで使う。


魔物によっては一部本当に使えない部位もあるが、その場合はきっちり焼却処分。


なので、こと魔物に関して村ではゴミと呼べる物はほぼない。


「ああでも、スープは手間と時間がかかるからやらないのか……。骨も砕くのは面倒かな……」


「いや待て待て。その辺詳しく聞かせろ。骨がスープと肥料になるだと?」


講師が目をギラリと光らせて聞いてきたので、若干引きつつもユエは説明した。


赤猪の骨を煮込んで作るスープの作り方、スープに使う使わないに限らず骨を砕いて細かくした肥料の作り方を。


「スープは捨てちゃう野菜の皮とか根っことか、香草なんかと煮込むんです。骨なんでやっぱり独特の臭みはどうしても出るんで。肥料は本当に砕いて撒くだけなんで、撒きやすいよう出来るだけ細かく砕くくらいですかね」


何しろ村の一般家庭でやっていることなので、難しい事は何もない。


スープは煮込んでいる間アク取りの手間があるが、肥料作りは子供が家の手伝いで使用済みの骨を砕いていたぐらいだ。


野菜の育ちが悪いからちょっと狩りに行ってくる、なんて言うのも村ではよくある話だった。


そこへ、パンパンと手を叩く音が響いた。


「なんだか面白そうな話をしているけど、講習は終わったのかな?」


音の主はヒューイで、講師はハッとした様子で「講習はこれで終わりだ」と終了を告げた。


ユエが余計なことを言ったせいで話が脱線してしまい、予定の時間を過ぎてしまったのだろう。


「君には聞きたいことがあるから残ってくれるかな」


他の人と同じように帰ろうとしたユエはヒューイに引き止められた。


部屋に残ったのは講師とヒューイ、ユエの三人のみ。


「えっと……聞きたいことって何ですか?」


「それはもちろんさっきの続きだよ。通りすがりに聞こえたんだけど、捨てるはずの骨が活用出来るみたいじゃないか。スープに肥料だっけ?」


確認するようにヒューイが講師に目をやり、講師が小さく頷く。


「スープはともかく、肥料は砕くだけって言ってたけど、具体的にはどれぐらい砕けばいいのかな」


確かに口で説明するよりは、実際に見たほうが早い。


「この骨使っていいですか? 肥料だと大体これぐらい細かくしてました。破砕(クラッシュ)


解体で出た骨を一本もらい、部位を分けるように用意されていたトレーに載せて、その上で魔法を使って骨を砕く。


骨はトレーの中で粗めの砂のようになった。


「うちではこれぐらいですね。人によっては粉にする人もいましたけど」


「ふむ……。食用に使っても問題ないんだね?」


「村ではみんな自分の畑に撒いて育った野菜を食べてましたよ。でも心配なら食用じゃなく花壇とかの方がいいかもしれません。花も綺麗に咲きますし」


「そうだね。いきなり食用に使うよりはその方がいいかもしれない。一度誰かに試してもらおう」


ヒューイが目を向ければ、講師は心得たとばかりに小さく頷き砕いた骨の入ったトレーを持って出ていく。


「さて、君は料理は好きかい?」


「……嫌いではないですけど」


急に何の質問だろうか。


意味が分からず内心首を傾げるユエに、ヒューイは人の好さそうな笑みを浮かべる。


「肥料もだけど、スープも試してみないと分からないだろう? どうせなら味も作り方も知っている人に、実際に作ってもらうほうが確実じゃないかと思ってね」


「……つまり、私にスープを作れと」


「嫌かい?」


ヒューイには良い宿を教えてもらった恩がある。


ギルド職員の仕事だと言っていたが、おすすめしてもらった宿にユエは満足していた。


ならその恩を返す意味でスープを作るぐらいは問題ない。


「いいですけど、煮込むのに時間がかかりますよ。あと場所と材料の確保もお願いします」


「勿論だよ。必要な物を書き出してくれればすぐに揃える。場所はここでもいいかい?」


「構いませんよ、大鍋が使えるなら」


必要な物を書き出して渡すと、ざっと見てヒューイの表情が微妙なものに変わった。


「後で代金を払ってくれるなら私が今から揃えてきますよ」


「……うん、悪いけどそうしてくれるかな」


苦笑するヒューイから紙を返してもらい、材料調達のためにユエはギルドを出た。


一番重要な赤猪の骨はギルドにあるので、一緒に煮込む臭み消しの香草を調達する。


市場で適当に見繕い香草を手に入れ、それからお世話になっている宿屋に寄ってからギルドに戻った。


ヒューイから話が通っていたらしく、ギルドの職員に案内された先は厨房と呼べる場所だった。


レストランでもやれるような広さがあり、立派な作業台に壁際には高さの違う魔石コンロが並ぶ。


聞けばここは解体所の一角で、素材の処理のための場所らしい。


そんな場所でスープを作るのかと思ったが、解体部署の職人達はここで簡単に調理することもあるのだとか。


ならば余計なことは言うまいと、ユエは作業を進めることにした。


ヒューイの前に調達してきた材料を並べる。


メインの赤猪の骨の横、数種の香草とそれから宿屋で分けてもらった野菜の皮や根っこだ。


ヒューイが微妙な表情になった理由がこれである。


他はともかく、本来なら捨てるような野菜の皮や根っこなんかを用意しろと言われれば誰でも困るだろう。


実際、分けてもらった宿屋の女将にも「何に使うんだい?」と不思議そうに聞かれた。


「じゃ、始めますね。まずは寸胴でお湯を沸かします。で、その間に骨を洗うんですが」


「が?」


「私は面倒なのでここで洗浄(クリーン)をかけます」


「え」


赤猪の骨に洗浄をかければ、面倒な下処理は終了だ。


「いやいや、それ洗浄使える人限定の方法だよね?」


「そうですね。なので普通なら骨を洗って、それから一度下茹でします。でも洗浄をかければそれが省けるんで今回はそれでいきます」


「ああ、うん……まあいいか。お試しで作ってるだけだしね」


ヒューイも細かいことは言わないことにしたようだ。


言ったとおりこれはお試しなので、作業手順にそこまで拘る必要もないだろう。


「お湯が湧いたら赤猪の骨を入れます。この時、味が出やすいよう骨を割ります」


身体強化をかけてボキボキと骨を折りながら鍋に投入。


ヒューイの表情(かお)が少し引き攣っているのは気にしない。


「さらにここに野菜の皮や根っこ、香草を入れてあとはアクを取りつつ煮込むだけです」


香草と分けてもらった野菜の皮と根っこを投入。


あとはアクを取りつ数時間煮込めば完成だ。


「手順としてはそれほど難しくないね」


「そうですね。手間と時間はかかりますけど」


あとは本当に煮込むだけなので、完成したら呼ぶことにしてヒューイは仕事に戻っていった。


ユエは一人で寸胴の前に陣取りアクを取りつつ骨を煮込んでいたが、興味を惹かれたらしい解体部所の職人達がチラチラと覗きに来る。


料理をするユエの隣で、素材の処理をする職人と話したりしながら、ユエは手を動かし続けた。


そして数時間後、赤猪の骨スープは出来た。


ヒューイを呼んでもらい、出来たスープを見せると感心したような声を出す。


「へえ、これが……。いい匂いだね」


「味見しますか?」


「そうだね」


「じゃぁ、どうぞ」


解体部署の人が調理するとあって皿なんかはあったので、小皿にスープを入れて渡す。


「んっ……おいしいね」


スープを一口飲んで、ヒューイは驚いたのか目を見開いた。


「あとはこれに好きに野菜とか肉とか入れてもらえればいいかと。煮込んだ骨や野菜なんかは、乾かして細かくすれば肥料になりますし」


ユエが頑張ってアクを取ったスープは濁りもなく澄んでいる。


その隣には役目を終えた骨などが寸動に入っていた。


「……まだ香草が残ってるね」


チラリとヒューイが目を向けた先、作業台の上には確かに残った香草がある。


それから意味ありげにヒューイは視線をユエに移した。


「……いいですけど、ヒューイさん一人で食べるにはさすがに量が多いですよ」


「ここの職員も食べるから大丈夫だよ」


その言葉に視線を感じてそっちを見れば、開いたドアから覗いていた職人達が笑顔で親指を立てた。


「……分かりました」


料理人じゃないんだけどなぁと思いながらも、断ることは出来なさそうなのでスープ作りに取り掛かる。


とはいえ出来てるスープに香草を刻んで入れて、塩胡椒で味を整えるだけなので簡単だ。


残っていた香草が少なかったので、手持ちの干したキノコも追加で入れておく。


講習を受けに来たはずだったのになぜこうなったのか。


受付で材料代を清算してもらい、首を傾げつつユエはギルドを出た。


ユエの作ったスープはヒューイと解体部署の職人達できれいに完食されたが、それを知った他の職員達から「自分達だけずるい」と苦情が出たのは別の話である。


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