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13話 その頃、イスト騎士団は②

誤字報告ありがとうございます。


今日も朝から兵站管理部は賑やかだった。


連日長蛇の列の満員御礼、いや御礼どころか不満と苦情で騎士達の表情はけして穏やかとは言えない。


そんな彼らに職員達は頭を下げつつも対応する。


普段は五人体制で回している通常業務を今は全員の七人で回し、それでも遅れが出ていた。


いつ緊急事態が起こるか分からないので、緊急の出動に備え兵站管理部にも宿直がある。


必ず一人は兵站管理部に控えていて、そのため部屋の隅に簡易ながら仮眠スペースが確保してある。


今そこには夜勤明けの管理部職員が横になっていて、あと数時間もすれば通常業務に戻る予定だった。


少し前までは宿直の翌日は休日だったのにだ。


余裕を持って組まれていたシフトも今では意味を成さず、管理部職員達は連日朝から晩までヘトヘトになりながら働いていた。


「ポーションの在庫が切れそうなんだけど、次の納品ていつだっけ?」


「は? そんなはずないだろ。大量消費するような申請なんてなかったよな」


「いやでも、他はともかく治癒(ヒール)ポーションはもうそんなにないぞ」


その言葉に慌てて別室に保管してあるポーションを確認すれば、確かに治癒ポーションが残り少くなっていた。


「いつの間に……ちょっと前に見た時にはまだ五箱はあったよな?」


ポーションは一箱十二本入りの仕切りがついた専用の箱で納品、管理している。


棚にある治癒ポーションは二箱を切っており、これではあまりにも心許ない。


下級とは言え最も使用頻度が高い物だ。


中級や上級は鍵付きの棚に保管されており、緊急時を除き支給される時にも部隊長が管理することになっている。


そして最も使用頻度が高いからこそけして切らさないようにと、今はいない先輩(ユエ)が口癖のように言っていたことだった。


最低でも三箱は常備しておくこと、これもよく言っていたことである。


「次の納品予定はいつだ? いや、それよりも商会に行って急ぎの納品を頼まないと」


「いや、そんな急がなくても。近い内に納品されるだろ」


「バカ言え。それまでに何かあればどうするんだ。ポーションがあるかないかで命が左右されることだってあるんだぞ?」


それは騎士であれば誰もが知っていることだった。


だがそれを知識として知っていても、理解しているかは別の話。


その証拠にポーションを前にした二人の反応は真逆だ。


「おいおい、お前ら何してんだよ。こんなとこで話してる暇があるなら手伝ってくれよ」


入ってきた男は二人を見るなり不満そうな表情をしたが、紙を手にポーションへと手を伸ばした。


「ポーションを持ってくのか?」


「ああ、申請が出てるからな」


ほら、と男が見せた申請書には、調査任務のためという理由でポーションの他にも携帯食料や簡易野営のための道具が並んでいる。


騎士団ではよくありがちな簡易遠征セットだ。


そして「早く戻れよな」とい言い残し、男は箱からポーションを三本抜いて戻っていった。


ただでさえ心許ない数だったのに、さらに減ってしまったポーションに二人は無言で佇む。


調査任務はそう珍しいことではない、だからこれが続けばここにあるポーションなどあっという間に底をついてしまうだろう。


支給されたポーションは使用しなければ返却する義務があるが、何かと理由をつけて返ってこないことも多い。


使用したとしても空瓶を返却することになっているが、瓶なので割れてしまうこともあるため追求しにくいのだ。


「俺、ちょっと商会までひとっ走りしてくるわ。急ぎで納品してもらえるよう頼んでくる」


「いやそこまでしなくても……。それにいざ足りなくなればそこにあるのを使えばいいだろ」


そう言って目を向けた先には、ポーションがあった。


ポーションの空瓶の隣に置かれた未使用のポーション、その中に治癒ポーションもある。


ただしこれは古いポーションであり、兵站管理部では納品から五ヶ月経った物は処分することになっていた。


古くなったポーションは効果が薄れるため任務に支障を来すからであり、それが原因で支障を来したことが過去実際にあったからである。


なお、古くなったからと言って効能がなくなるわけではないので、処分とは言っても実際には騎士達の口に入る。


これらのポーションは食堂へと運ばれ、料理人達の手によって料理へと使用されるのだ。


一人の口に入る量は微々たるものだが、この方針になってから体調不良を起こす者が減ったので健康維持に役立っているのは間違いなく、経理部や医療班から絶賛された。


「これは食堂行きのやつだろ」


「でもまだ使えるだろ。色だって薄くなってないから効果だって落ちてないはずだ」


ポーションの使用期限は約半年、ここではそれよりも一ヶ月早く下げるので確かにまだ効果は落ちてないだろう。


作ってから半年過ぎるとポーションは段々と色が薄くなり効果が落ちていく。


一年も経つともはや水と変わらない無色透明だ。


熟練の商人や魔法薬師などは見れば作ってからどれぐらい経っているかや品質の良し悪しが分かるらしいが、それ以外となれば鑑定の魔法を使える者でなければ分からない。


そして鑑定を使える者はそう多くはない。


だからこそ品質維持のために管理部では納品から五ヶ月という区切りをつけている。


「ダメだ」


ここに先輩(ユエ)がいれば言ったであろうことを言う。


面倒だとかまだ使えるからとか、そんな理由で曲げていいことじゃない。


仮にもし使用するのであればそれは必要に駆られた時であって、今は違う。


「とにかく、俺は行ってくる。頼んだらすぐ戻ってくるから、少しの間頼む」


管理部から廊下に出ればすっかり見慣れてしまった行列。


年に何度か見ることはあったが、ユエがいなくなってからは毎日の光景になってしまった。


思えばユエは二日以上休んだことがなかった。


ユエが休みの日はいつもより少し忙しくはなるが、翌日になれば通常に戻る。


だからまさかユエの不在がこれほどの負担になるとは、管理部の人間ですら思っていなかった。


「おやまぁ、凄い行列ですね」


どこかのんびりとした声にそっちを見れば、今正に行こうとしていた馴染みの商会の男がいた。


「タスリル商会の……! ちょうど良かった、今から店に行こうとして――ポーションっ?」


タスリル商会の名入の台車にはポーションが箱で積まれていた。


「納品日はまだ先なのにどうして……」


「ユエさんに頼まれてたんですよ。いつもより早めにポーションを納品して欲しいって」


そう言ってちらりと行列に目をやり、「なるほど、こういうことか」と納得顔でつぶやく。


「どうやらいいタイミングだったようですね。受取りのサインをお願いしてもいいですか」


「あ、ああ」


納品書にサインするとそれを確認して男はポーションを中に運ぶ。


棚には新たなポーションが箱単位で並び、空いた台車には空瓶を乗せて「ではこれで」と男は帰っていった。


街を出る前に頼んでいってくれたのだろうか、こうなることを予想して?


「ユエさん……」


もういない先輩の大きさをしみじみと感じながら、業務へと戻る。


ユエがクビになって、一ヶ月が経とうとしていた。


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