9話 初仕事②
そんなユエを、ユーフィス夫人とライズは驚きながら見ていた。
ユーフィス夫人がお茶をするテーブルとイスはライズが運んだ。
依頼人として雇った人間の仕事振りを見るという意味では問題ないのだろうが、ライズは物好きな主がそんなの関係なく楽しんでいるのを知っている。
ライズとしても雇った冒険者の監視と主の世話を同時に出来るのは手間が省けて助かるが、手放しで喜べることではない。
今更ではあるが少し複雑な気持ちでいたのだが、そんなものはユエの仕事振りを見てどこかへいってしまった。
依頼の内容は倉庫の片付けという簡単なもの、だから冒険者ギルドに依頼を出した時にランクは低くなると説明はされていた。
どんな人間が来るのかと多少警戒はしていたが、やってきたのはまだ若い女。
それも冒険者と呼ぶには少し頼りないような小柄な女で、依頼の内容的にも向いていないのではと主も心配したほどだ。
身体強化が使えるというのでとりあえず改めて依頼内容を説明したら、思いがけずしっかりとした問いかけが来た。
荷物を外に出していいか、戻す際に置き場所は決まっているか、中身の確認はどうするのか、その確認ぶりはまるで職人のようだ。
荷物を預けることを条件に中身を確認してもいいと言えば、嫌がりもせずライズに魔法鞄を預けた。
この段階でライズはユエを害なしと判断した。
主である夫人を残して側を離れたのもそれが理由だ。
ユーフィス夫人もまたユエを害なしと判断したのかその場に残った。
そうして掃除道具と書く物を用意し、さらに見学するという主の言葉に応えてテーブル一式を運んだライズは、主の世話をしつつユエを見ていたのだが。
次々と外に運び出される荷物は大小様々。
運ぶユエの姿が隠れるほど大きな箱もあるし、逆にニ、三個は一緒に運べる小さな物もある。
ユエはそれらを丁寧に運び、外へ置くのにもこだわりがあるのか分けて置いていた。
大変そうならライズも手伝うつもりでいたのだがその必要もなさそうで、ユエは疲れも見せず荷物を運び出してくる。
二時間ほどでユエは一人で大量の荷物を外に出してしまった。
いくらなんでも早すぎる、身体強化をかけているからといっても量が量だ。
普通は数人がかりでやるものだし、商会のベテラン勢とその動きは変わりない。
そうこうしている内に今度は壊れた棚を運び出しはじめた。
「あら、もうすぐお昼ねぇ。ライズ、用意してくれるかしら」
「かしこまりました。お腹が空いているでしょうから、少し多めに用意しましょう」
「ええ、お願いね。それからイスもね」
「かしこまりました」
いつになく楽しそうな主に、ライズもまた似たような気持ちで昼食の用意をしに家へと戻った。
◆ ◆ ◆
「ユエさん、そろそろお昼だから休憩しない?」
そう声をかけられたのは、古い棚を半分ほど外に運び出したときだった。
「もうそんな時間ですか?」
薄く滲む汗を手で拭い見上げれば、太陽がほぼ真上にきている。
「良ければ一緒にどうかしら」
「いえ、そんな。私は外に何か食べに行ってきます」
わざわざ用意してもらうなどとんでもないとそう言えば、ライズが声をかけてきた。
「一人分も二人分も変わりませんので、どうぞ遠慮なさらず。……奥様に付き合って差し上げて頂けませんか」
最後の方は小さな声で、ライズはわずかに苦笑していた。
「……では、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
軽く埃をはらい、自分に洗浄をかける。
手櫛で髪も軽く整えテーブルへ向かうと、ライズがイスを引いてくれた。
「すぐに用意致します」
という言葉通りに、ライズはあっという間にテーブルに料理を並べた。
サンドイッチに野菜とキノコのキッシュ、サラダや温かなスープまであり、その豪華さにユエは目を丸くした。
これは、店で食べるより贅沢である。
「あの……本当にいいんですか?」
思わずそう聞いてしまった自分は悪くない。
「勿論よ。もしかして食べられない物があった?」
「いえ、そんなことは」
「なら良かった。さ、温かいうちに食べましょう」
ユーフィス夫人にニッコリと微笑まれ、ちらりと目を向ければライズにも目を細めて微笑まれる。
これは食べないほうが失礼になるだろう、有り難く頂くことにした。
料理はどれもこれも美味しかった。
サラダは野菜がシャキシャキで、キッシュは見た目以上に具沢山で食べごたえがある。
食べやすいよう小さなサンドイッチも柔らかい上等なパンで間に挟まれたハムの塩気がちょうどよく、溶き卵の入った温かなスープが美味しい。
日本ならランチでありそうだが、こちらでは平民が食べるにはなかなか贅沢な食事だ。
失礼にならないよう気をつけて食べていたがやはり育ちの違いは出るもので、ユーフィス夫人は上品に食べていた。
隠居した商家の奥様ということだが、ただの平民と商家の奥様でこれほど差が出るのかと驚いた。
もしや自分がただがさつなだけなのだろうか。
そうでないと思いたい。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「お口にあって良かったわ」
ライズが淹れてくれた食後のお茶を手に、ユーフィス夫人は微笑む。
ユエも同じようにライズが淹れてくれたお茶を飲んでいた。
「ユエさんは凄いのねぇ。あんなにたくさんの荷物を一人で運べるなんて」
「身体強化を使ってますから」
身体強化なしであれを一人で運ぶのは無理だ。
男でも一人で運ぶのは難しそうな大物がいくつかあった。
「後は慣れですかね。冒険者になる前に倉庫の管理のような仕事をしていたので」
やってることは似たようなものだった。
備品は倉庫に保管されているものだし、保管するには整理整頓は必須だ。
そうでなければ管理も貸し出しも出来ない。
「まぁ、そうだったの。ふふ、ユエさんならうちの店ですぐ働けるんじゃないかしら。ねぇ、ライズ?」
「そうですね。まだ半日ですがあの仕事ぶりを見る限り即戦力ではないでしょうか」
「お世辞でもそう言ってもらえて嬉しいです。残りも頑張りますね」
例えお世辞でも褒められれば嬉しいものだ。
美味しい食事も頂いてやる気は充分、ユエは張り切って仕事を再開した。
午前中は古い棚を出す途中で終わったため、そこから再開する。
棚板が折れているのもあるが、まだ使えそうなものもあった。
たがよく見れば古くなって荷物の重さで板が反っていたり、ヒビが入っているのもあるのでやはり替え時だったのだろう。
そうして棚も全部運び出すと、倉庫の中は空になった。
荷物が入っている状態でもそれなりに広いと思ったが、なくなるとさらに広く感じる。
倉庫の中をぐるりと見回し、気合を入れて掃除を始めた。
思ったほど中は汚れていなかった。
荷物を出していた時に多少の埃はあってもそれほどではなかったので、軽く掃除はしていたのだろう。
「ライズさん、確認したいことがあるんですが」
「はい、何でしょうか」
「倉庫の中で魔法を使っても大丈夫ですか?掃除の仕上げに洗浄魔法を使いたいんです」
「洗浄魔法なら大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
確認は取れたので、ユエはさっそく倉庫全体に魔法を展開する。
目視で倉庫の広さを確認し、広域洗浄を倉庫全体にかけた。
その範囲はきっちり倉庫一個分だ。
平均的な魔力しかないユエは広範囲の魔法を使う時には展開範囲をきっちり確認するようにしている。
何となくで使うのとしっかりと把握して使うのとでは魔力の減りが変わってくるからだ。
広域洗浄をかけたのでこれで手が届かなかった場所も綺麗になったはずだ。
ざっと目でも確認し、問題はなさそうなので外に出ると、午前と同じようにユーフィス夫人がテーブルで優雅にお茶をしていた。
倉庫の片付けを見ながらお茶をして楽しいのだろうか。
「ライズさん、倉庫の掃除が終わったので新しい棚を入れようと思うんですが、どこにありますか?」
「ああ、棚は私が持っております。すぐに出しましょう」
そう言うと、ライズは倉庫に入った。
「おお、随分と広くなりましたな。さて、どこに出しましょうか」
「棚の大きさは前の物と同じですか?」
「はい。同じ物です」
「適当に真ん中に出してもらっていいですか。私が運びますので」
「分かりました」
ライズは腰に着けている黒い魔法鞄を前にずらすと、蓋を開けて両手を突っ込んだ。
そして外に出したのと同じ新品の棚を出す。
ライズが持っているのはかなり高級な魔法鞄だ。
シンプルながらさりげなく装飾されたそれは冒険者が使うような実用性重視の物ではなく、貴族が使うような品の良さがあった。
今も昔もお洒落には疎いユエだが、小物や鞄なんかを見るのは割と好きだった。
特に革細工なんかは買わずとも見ているだけでも楽しかったし、前世、勇気を出して買った花の模様が細工された革の財布は特にお気に入りで大事に使っていた。
仕事中なので意識を戻し、ライズが出す棚を運ぶ。
前と同じ位置に運ぶだけなので迷うこともない。
そんなに時間もかからず空の棚が並んだ。
後は外に出した荷物を戻すだけである。
外に出す前にある程度埃は払っておいたが、中へ運ぼうとするときれいになっていた。
もしやと思いライズを見れば「少しだけお手伝いをさせて頂きました」と穏やかに微笑む。
「ありがとうございます」
「いえ、大したことはしておりません」
充分大したことである。
この様子からして外に出した荷物全ての埃を払ってくれているに違いない。
ライズのおかげで綺麗になった荷物を、振っておいた番号に合わせて運ぶ。
小さな物や軽い物を上に、大きな物や重い物は下に並べていく。
そうしてせっせと荷物を運び続け、夕方には全ての荷物を倉庫の中に戻し終えた。
後は古い棚をどうするかだが、これもライズが片付けてくれていた。
ユエが荷物を運んでいる間に魔法鞄に入れてくれたようで、そっちで処分するとのことだった。
「綺麗に片付いたわねぇ」
ユーフィス夫人が倉庫の中を見て目を丸くする。
最初があの状態だったので、余計に綺麗に見えるのだろう。
「ライズさんが手伝ってくれたので助かりました」
「私は大したことはしておりませんよ。あんなのは手伝いに入りません」
さらりとそんなことを言うライズも、ユーフィス夫人の側に控えながら倉庫の中を見ていた。
「お借りしていた筆記具と、簡単にですが中身の一覧です」
「ああ、ありがとうございます。おや、こちらは見取り図ですか?」
ライズに渡した紙の最後は片付け用に書いた倉庫内の見取り図だ。
「はい。一覧にも番号が振ってあるので、見取り図に振ってある番号と同じ場所にあるはずです。いらなければ捨てて下さい」
「これは……ありがとうございます。探す時に大変便利そうです」
「あら本当。これならあちこち探さなくてもいいわね」
ユーフィス夫人も一覧表と見取り図を見て楽しそうに微笑んだ。
「ありがとう、ユエさん。これで依頼は完了よ」
ユーフィス夫人がそう言うと、ライズが依頼書を出す。
受け取って見ると、ちゃんとサインがしてあった。
「こちらこそありがとうございました。お昼まで御馳走になって」
「ふふ、私も久しぶりに誰かと食事が出来て楽しかったわ」
「では、私はこれで」
楽しそうに笑うユーフィス夫人とライズに見送られてユーフィス邸を出る。
こうして、ユエの初仕事は終わった。




