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異世界で悪い猫獣人女子に騙されてるけど、チート勇者だから問題ない。むしろご褒美。

作者: 無門有歌

「あのぉ、勇者さま。ミューナ、勇者さまに助けて欲しいことがあるの……にゃん」

「ハイッ、喜んでー!」


 街中の人通りの多い道端。あざとく上目遣いで小首を傾げる少女に、俺は居酒屋の店員ばりに威勢よく返事をした。


 少女は猫の獣人だ。名前はミューナちゃん。

 この世界の猫獣人は、顔も身体も猫の姿で、二本足で歩く。大きさは大人でも小学校の高学年くらい。人間と同じように会話もできるし服も着ているけれど、限りなく動物寄りの見た目だ。


 ミューナちゃんも身体全体が黒くフサフサとした毛に覆われていて、猫らしい縦長の瞳孔をした金色の目を持っている。立ち耳が時折ピクピク動き、長い尻尾がゆらゆらと揺れている。


 そんな少女におねだり攻撃をされて敵うはずもない。

 可愛い。可愛いと思ってやってるってわかってるけど、それでも可愛いもんは可愛い。可愛いは絶対正義。神。


「ま、まだ用件言ってないの……」

「ミューナちゃんのお願いを俺が断るとでも!? そんなのありえないから! ミューナちゃんは俺のことなんて、地面に這いつくばってる卑しい下僕だと思ってくれればいいんだよ? 何でも言って!」

 俺は爽やかな笑顔で自分を売り込む。

 ミューナちゃんは顔を背けて小さな声で「キモいの。そのまま地面に埋めたいの……」と呟いた。




 ミューナちゃんと出会ったのは二ヶ月ほど前のこと。

 俺はその半年ほど前に、この異世界に勇者として召喚されていた。

 頼んでもないのに召喚された上、元の世界に戻れないと言われた俺は荒れた。

 この国の王とやらに魔王の復活を阻止してくれとか言われたけれど、無視した。むしろ召喚されたその場でひとしきり暴れ、金目の物を奪ってトンズラしてやった。異世界に来た時にチート能力をもらっていたので素手でも簡単だった。後悔は全くない。


 その後も鬱憤を晴らすように適当に暴れ回りながら居場所を転々としていた俺は、ある日ミューナちゃんと出会った。

 彼女を見た瞬間、俺の全身に衝撃が走った。


 艶のいい漆黒の毛並み。月のような金色の目。

 ルナにーー元の世界で飼っていた愛猫に、そっくりだった。

 それまでにも猫獣人は何度か見かけていたけれど、彼女ほどルナに似た者はいなかった。彼女はまるでルナが獣人になって現れたかのようだった。


 興奮した俺は思わず「ルナ!」と叫んで初対面の彼女に抱きついていた。今から思い返してもあれは失敗だった。

 猫は警戒心の強い動物なのだ。見ず知らずの人間に突然抱きしめられたりしたらパニックに陥って、その後の関係構築は難しくなるに決まっている。

 案の定、彼女は尻尾を逆立て「ふぎゃあああ!」とものすごい悲鳴を上げて俺から逃げた。


 その日以来、逃げるミューナちゃんと追う俺という図式が出来上がった。

 ミューナちゃんも俺と同じで根無草らしい。あちこちの街に立ち寄っては何かを探しているようだった。その後ろを俺は距離を置いてひたすら付いて回った。

 ストーカー染みていると思われるかもしれないが、ミューナちゃんは世にも愛らしい美猫なのだ。こんな魅力的な猫をお一匹(ひとり)様で旅させるなんて危険極まりない。俺のような護衛が必要だと思う。


 そんなミューナちゃんの対応が変わったのは、ある日彼女に何気なく俺が勇者であることを告げてからだった。

 それでも初めは警戒した様子だったけれど、それまでは俺が近づくたびに逃げ回っていたのが、俺の行動をじっと観察するようになった。やがて、彼女のほうからオズオズと俺に相談を持ちかけてきてくれたのだ。


 何でも彼女の優しいママは、悪辣な人間たちに捕まってしまっているのだという。彼女が今まであちこちの街を回っていたのは、ママを助け出す為に必要なアイテムを探す目的だったのだとか。それは各地に散らばり、人間たちによって隠されているのだという。


 もちろん、俺は一も二もなく協力を請け負った。

 相談の合間に彼女が俺に見せる涙が嘘くさいとか、いかにも同情を誘うような話し方がわざとらしいとか、そんなことはどうでも良かった。

 ミューナちゃんが望んでいる全てを叶えるのが、俺の使命で、この異世界へ来たただ一つの意義だ。俺にはそうだとしか思えなかった。


 そんな経緯で彼女から請け負った初めての依頼は、とある貴族の館で警備兵たちを引きつけておいて欲しいというものだった。その間にミューナちゃんが館の中へ潜り込み、アイテムを盗み出す。

 ミューナちゃんを危険に晒すのは忍びないので、盗み出すところまで俺がやろうかと提案したけれど、「全部他人任せにするのはよくないの」と断られてしまった。

 俺とミューナちゃんは他人なんかじゃないよと主張してみたけれど、「赤の他人なの」と冷たい目で返されてしまった。信頼関係を結ぶのはなかなか難しいものだ。


 請け負った依頼はあっさりと達成でき、首尾よくアイテムを盗み出せたミューナちゃんは、ご機嫌になった。目の前で長い尻尾をフリフリ揺らしながら、前脚でおひげの手入れをしてペロペロするミューナちゃんに俺も悶える。


 その日、俺たちは同じ宿に泊まった。残念ながら部屋は別々だ。

 お手伝いを完遂し、ミューナちゃんとの親密度が上がったことに浮かれた俺は、ここでつい欲をかいてしまった。

 ミューナちゃんのブラッシングを試みたのである。

 ミューナちゃんがお着替え中に、俺は最高級ブラシを持って彼女の部屋に乱入した。ハァハァ息を荒げながら「ミューナちゃん、毛玉を取ってキレイキレイしようね」と迫る俺に、残念ながら彼女は喜ぶどころか悲鳴を上げ、俺に猫パンチを繰り出してきた。

 チート勇者な俺に女の子のパンチなんて効くはずもない。ましてやプニプニの猫パンチなんて天使に撫でられたにも等しい。

 顔に当たった肉球の柔らかさに、俺は思わず「もう一度お願いします……!」とその場で土下座していた。

 これも今から思えば失敗だった。

 尊い肉球にタダで触れさせてもらおうなんて、あまりに虫が良すぎる。

 ミューナちゃんは完全にお怒りになってしまった。


 その日から、俺はミューナちゃんに同じ宿に泊まることを禁止されてしまった。偶然のフリをして食堂の同じテーブルに座るのも禁止。縮んだと思った距離は、あっという間に倍に伸びた。


 ミューナちゃんがどこかへ盗みに入る時だけ、今日のように声をかけてもらえる。

 それでも俺は構わない。猫にとっては人間なんてただ気が向いた時にだけ相手をする存在でしかない。撫でて欲しければすり寄るけれど、ひとしきり撫でてもらったらもう不要だし邪魔なのだ。噛みついてやめろと命じてくる。

 そこで「失礼しました。ご利用ありがとうございます」と膝をつくのがよく調教された正しい人間のあり方というものだ。


 ちなみにミューナちゃんは俺にお手伝いを依頼する時だけ、語尾に「にゃん」と付けてくれる。これは以前に俺がミューナちゃんを手伝った時、「ご褒美に語尾に『にゃん』とつけて喋って欲しい」と頼み込んだからだ。

 その時は渋々といった様子だったけれど、鼻血を出すほど喜んだ俺にミューナちゃんも学習したらしい。俺に手伝いを依頼する時だけサービスしてくれるのだ。もちろん、それ以外では絶対に「にゃん」とは言ってくれない。


 今回、ミューナちゃんが盗みに入るのはこの街にある大神殿。この地域の神殿を取りまとめるかなり大きなものだ。

 日が落ち、辺りが闇に包まれるといつものように俺は動き出す。いつものようにーーつまり正面突破だ。

 俺が建物の正面で騒ぎを起こしている間に、ミューナちゃんが裏口から忍び込むのだ。


 大神殿正面のやたらゴテゴテと装飾された立派な扉に、俺は風穴を開ける。俺の身体はチートで強化できる。鉄だろうとアダマンタイトだろうと拳で余裕で砕けるのだ。何なら拳の風圧だけでも攻撃できるので遠距離からでも問題ない。

 続々と集ってきた警備兵相手に程々に暴れ回っていた俺は、しばらくして違和感に気づいた。建物の奥がやたら騒がしい。

 やがて奥から現れた一団に、思わず俺は声を上げた。


「ミューナちゃん……!」


 ゾロゾロと現れたのは神官服を纏った男たち。その中でも恰幅のいい一人の中年男が、ミューナちゃんの両手を後ろ手に縛り上げ、引きずるように歩いていた。


「離すの! 離せなの!」


 ミューナちゃんは懸命に暴れているが、いかんせん体格差があり過ぎる。


「その子を離せ……!」


 下手に攻撃すればミューナちゃんにも当たってしまう。猫質を取られ叫ぶしかない俺に、ミューナちゃんを引きずる神官がニヤリと笑った。


「貴様も奴の手先か? ずいぶんとあちこちから盗みおおせたようだがな。儂の目までかい潜れるとは思わぬほうが良い」


 どうやら俺たちの噂が広まり、行動を先読みされてしまっていたらしい。


「ふんっ、全く。薄汚い泥棒猫が」


 聞き捨てならない。

 ミューナちゃんに向けて吐かれた男の言葉に、俺は一瞬で頭が沸騰する。


「薄汚いとはなんだ、この野郎ぉ!」

 彼女の名誉のため、これだけは言わねばならない。


「ミューナちゃんはなぁ、毎日朝夕ベッドの上で必ずグルーミングしてるんだよ! 昨日なんて嫌々ながらちゃんとお風呂にまで入ったんだぞ!? 薄汚いなんてわけがあるかぁ!」

 突然キレ出した俺に、神官たちがポカンと間抜け顔になる。


「な、何で宿は別なのにそんなこと知ってるの……?」

 ミューナちゃんがガタガタと震え出す。

 くっ。やはりこいつら許せん!


「俺のミューナちゃんを震えるほど怯えさせやがって……!」

「ま、待て。震えている原因は明らかに貴様が言ったことのせいだろう?」

「は? 俺に何の問題がある?」

 神官の男に言われ、俺は首を捻る。

 ミューナちゃんの生活状況を把握しなければ、その健康も守れないじゃないか。ささいな変化も見落とさないようにするのは大切なことだ。


 神官の男がどこか憐むようにミューナちゃんを見る。

「猫よ。……貴様、男の趣味が悪過ぎるのではないか?」

「違うの……。ひどい名誉毀損なの……」

 シクシクと泣き出すミューナちゃん。

「勇者さま、一生のお願いだから今すぐこの世から消えてほしいの……」


 ミューナちゃんが漏らした言葉に、神官たちがどよめく。

「この男が勇者だと!?」

「なぜ勇者がこんな……!」


 ミューナちゃんを捕らえている男が、ふむと顎髭を撫でる。

「勇者であれば、我らの仲間であろう? なぜこんな真似をする?」

 男の言葉に俺は眉をひそめる。

「……仲間だと?」

「ああ。王に協力し、我々が神に祈りを捧げて勇者を召喚したのだぞ。争う必要などどこにもーー」

「い、いけません、神殿長! その男は……!」

 ハッとしたように若い神官が口を挟んだが、もう遅い。

 俺はくつくつと笑いを漏らした。

「そうかそうか……。あんたらも俺を召喚した奴らのお仲間かぁ……。わかったよ」

「おお! わかってくれたか!」

 神殿長と呼ばれた男が、笑みを浮かべる。


「ああ。……死ねえええ!!」


 俺は全力で拳を強化し、床にぶち当てる。大理石の床石が割れて砕け、飛び散った破片が天井や壁に穴を開ける。


「よくも! よくも俺とルナたんの仲を引き裂きやがってえええ! 滅びろ! この世から消え失せろおおお!」

 叫びながら、俺は手当たり次第に拳を振るう。


「な、何なんだ! この男は!?」

「神殿長、こいつですよ! 王城を半壊させ、その後も各地の城や砦を破壊して回っているのは……!」

「何だと!?」


 ーー元の世界で、猫のルナは俺のたったひとりの家族だった。

 彼女の存在にどれほど救われたかわからない。彼女が俺を幸せにしてくれたように、俺も死ぬまで一生、彼女のために生きようと思っていた。

 それなのにーー。


「勝手に異世界召喚なんてしやがってえええ! ルナたんより大切なものなんてあるかあああ! こんな世界、この俺が滅ぼしてやらあああ!!」


 召喚された時に抱いたこの世界への怒りが再燃する。

 オレは叫びながら、止まることなく拳を振るい続けた。

 もうもうと立ち込める土煙で、もはや周囲も見えない。


 どれだけ暴れていたのか、怒りで時間の感覚が飛んでいた。

 荒く息を吐きながら汗を拭う。気がつくと、周囲は瓦礫の山だった。大神殿は跡形もない。


「気は済んだ、なの……?」

 ひょこっと瓦礫の陰から現れたのはミューナちゃんだった。


「あ、ミューナちゃん……! ご、ごめん俺……」

 ミューナちゃんの盗みの手伝いをしに来たはずだったのに。途中からすっかり我を忘れてしまった。


「本当にごめん! ミューナちゃん、怪我してない……?」

 彼女の存在を忘れて暴れまくるなんて、俺は何て愚かな真似をしてしまったんだ!

 オロオロと狼狽る俺に、ミューナちゃんはツンと顔を上げてみせた。


「ミューナ、あの程度で怪我するほど間抜けじゃないの」

 俺が起こした騒ぎの合間に神官たちから逃げ出し、アイテムもしっかり盗み出していたらしい。抜け目のないちゃっかり者のミューナちゃんである。


 それにしても、下手をしたら俺はミューナちゃんの手伝いどころか足を引っ張るところだった。情けなさ過ぎる。

 自己嫌悪にうなだれてへこむ俺に、ミューナちゃんがポツリと呟く。


「……ミューナの下僕にしてやってもいいの」

「え!?」

「キモいけど、魔王(ママ)の役には立つかもしれないの。……ただし、下僕になったらミューナに絶対服従なの。あとまた勝手にミューナのこと覗いたりしたら殺すの」

 それだけ言うとクルリと踵を返し、スタスタと歩き出す。


「あの! ミューナちゃん!」

「……何、なの」

「今日はホラ、俺のせいで埃まみれになっちゃったでしょ? お詫びにブラッシングとか、どうかなあ? どうどう?」

「却下なのっ!」


 俺はいつもより少し距離を縮めて、ミューナちゃんの後ろをついて歩いたのだった。

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