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メリーさんは黒い羊  作者: 海月くらげ
メリーさんとこんにちは
1/1

はじまり




俺は、全力で自転車を漕いでいた。

日の入りまではまだ遠い、初夏の放課後。澄んだ空には雲が高く聳えていたが、雨の降らせる雲ではない。足元では田んぼに整えて植えられた稲の苗が、あぜ道には軽トラでできた轍に沿うように雑草が、青々と育っていた。

どこにでもある、田園風景だった。

都会の人が語る、古き良き田舎そのものだった。


「なんだよ、アレ……っ!」


ただ一点。

俺が白い「何か」に追いかけられていることを除いては。





ーーーーーーー





東西南北で言えば北にある県の、閉校に一番近いと名高い公立高校に通う一年生。


身長・体重共に平均をやや下回りながら成長してきて16年。校則通りに学ランを着こなし、校則の範囲内で髪を切り揃えている。スタンダードと言えば聞こえはいいけど、そこには貫くべき信念はない。没個性的、と言い表したの方がより的確に自分を捉えた言い回しのような気がする。


そんな表現に相応しく、得意科目は特にない。というより、そもそも勉強は苦手だ。かと言って運動も得意ではないが、中学の頃からずっと陸上部に所属している。団体競技を避けた消極的な選択。悲しいことに、帰宅部は受験ガチ勢だけに許された特権だった。

……お察しの通り、勉強も部活も、成績は芳しくない。


どこにでもあるような田舎に住む、どこにでもいるような高校生。

それが俺、宗谷洋介だ。


そんな俺が何故こんなにも自転車を走らせているのかといったら、軽い出来心だった、の一言だ。



「じゃあ、洋介。また明日な!」

「お前……早く帰れるからってテスト勉強するんじゃねーぞ!」


放課後、いつもならバス通学の友だちを見送ってから帰るところを、今日は我先にと自転車置き場へと足を運ぶ。


「やだなぁ、ゲームするに決まってんだろ?」


だよな、と笑い合うのはクラスの友だち。今日から来週に控えた定期テストの勉強週間になっていた。部活動禁止の期間で早く帰られるのをいいことに、先週発売したばかりのゲームをするつもりだった。あわよくば多少の睡眠を犠牲にしてでも期間中にクリアまでやる予定だった。

同じ志を持つ友人二人に見送られながら、


「じゃー明日、どこまで進んだか競争なー!」


また明日、とかけられる別れの言葉を背にしながら、校門を出る。少しすると路地を曲がって、あぜ道へ入る。

未舗装路であるが故、通学路の指定から外れたこの道。ここを通れば、家までの時間をかなり短縮できる。その分、ゲームに費やす時間が長くなる。

……そんな軽いノリで、俺にしては珍しく、慣れない校則違反をしたのだ。



「…………ん?」


目線の遠くの方にちらり、と白い「それ」を視界に捉えた。

雲の白でも、眩しい太陽の光でもない、異質な白過ぎる「それ」が、蜃気楼のようにじわりと滲んだ。

「それ」の存在を理解できずに俺が自転車を止めると、「それ」はにゅるりと空気を自由に滑りながら、にじり寄ってきた。

距離が縮まるにつれて、生温い、ぴたりと肌にまとわりつく、不快な風が吹く。


……なんだ、これーー。


それでも、瞬きも忘れて「それ」を見つめる。見つめてしまう。不気味な、明らかに常識から外れた「それ」を目が掴んで離さない。

ゆらりと揺れながら。

さらりと流れながら。

自分が、景色が、日常が、世界が、滲み広がる白い「それ」に包まれてじわじわと侵食されていくようだった。


時間の感覚を失い、ぬかるんだ思考回路がようやく危険信号を発した頃には、「それ」はもう目の前にあった。


「あ……っ!」


おそらくは、火事場の馬鹿力だろう。普段ではあり得ない速さでハンドルを切り返し、「それ」から目を背け、今まで通ってきた方を向き、弾けるようにペダルを踏み込んだ。

身体が動き出すと、途端に意識の外にあった、心臓の動きが鮮明になる。ドクドクと素早く跳ねる振動が、指先まで伝わる。


ネットで見たことがある。田んぼの中で、白い「それ」を見てはいけないと。

怪談や都市伝説というよりも創作の類いだと思っていたけれど。


「なんだよ、アレ……っ!」


じわりと狂気を孕んだ「それ」が迫り、追いつかれた瞬間に、俺は平衡感覚を失った。自転車で前に進んで逃げているはずが、ゆっくりと後ろに倒れていくような感覚。視界から色が溶けて、周りの輪郭が混じって「それ」とひとつになっていく。酷い耳鳴りが頭に響いて何も聞こえない。恐怖と眩しさで目を瞑れば、上下左右、重力さえも感じることのできない渦に飲み込まれる。自転車のペダルを漕いでいたはずの足に手応えはなく、ただ宙を蹴るだけだった。


全身へ広がる心臓の軋む振動と言い様のない強い不快感が、俺が辛うじて生きているという事実を思い出させる。

冷や汗が全身に広がり、遠のく意識を必死で掴んでいようとするがそれさえもままならない。


死ぬときってこんなに呆気ないんだ。そう思ったときには、俺の意識は「それ」に包まれて溶けきった。





ーーーーーーー



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