6.殴ってる内に相手は死ぬのです
トラックの荷台に揺られて数時間程経っただろうか。
程よく睡眠を取った俺とルミアは防音の魔王道具の機能を止め、周りの景色を見ていた。
既に街は見えなくなっており、すっかり周りの雰囲気も変わり草木が増えてきている。
街道の脇には高い木々が生い茂っている。
なんかジャングルの探検に来た気分だ。
運転席では、ラニがぶつくさ言っている。
「運転代わってくれるって言いましたのに」
「ごめんて。マニュアル車は難しいんだ」
無免許でもいけるかと思ったが、無理だった。クラッチ難しい。
やっぱ免許くらいは取っておくべきだったか。異世界くんだりまで来て取っとけばと思う日が来ようとは。
「しかし、随分遠くまで来たわね。ゴブリンはどの辺りに出るの」
「さっき脇道に曲がりましたよね?この先に件の湖があるのです!その辺で襲われたとかなんとかでして!」
「ゴブリンってさー、どんなんなの?」
ルミアが毎度のいつの間にか持っていた本をパラパラめくる。
『わくわく魔物図鑑 不完全版』と書いてある。
「ゴブリン。とてもポピュラーな魔物。雄と雌がいる。大魔王との和平後は基本的に人間を襲わない魔物とされている。基本であって知能は低く、意思疎通も不可能なので稀に襲ってくる。一匹一匹は大した戦闘力を持たない。主に野生の動物を襲い食料とする。物を作る技術はある為、弓を手にしている。群れで生活しており、変異種ゴブリンキングがいる場合は統率の取れた動きもする事がある。ゴブリンキングはとても強い。下手したらドラゴンより強い。体温の調節する機能が低い生き物なので、水、氷属性が特に苦手。倒すと少量の経験値と、人を襲う個体の場合は大体お金を落とす。無駄にジャンプしているのでお金を持ってるかは音でわかる。すぐに倒すか近くの冒険者に討伐依頼を、と書いてあるわ」
「めっちゃ早口だな。そのゴブリンキングってのが一番気になるんだけど詳しく」
「不完全な魔物図鑑にはそこまでは載ってないわ。後なんか不敬ね」
ドラゴンより強いゴブリンなんて想像も出来ないな。
まあ、ルミアは元よりラニも一応戦えるみたいだから大丈夫だろうけど。
雑談を行っていると、木々の間から何かが放たれた。
プス、と言う軽い音。
振り向くと、俺のマントに矢が刺さっていた。
「おい!おいおいおい!矢だ!ゴブリンいるぞこれ!この世界来てはじめてガチで怖いんだけど!」
矢を捨て、トラックの荷台に全身を隠す俺。
トラックを止めて運転席から降りるラニ。プカプカチェアーで高い場所へと上がっていくルミア。
「…ん。5匹ね。ゴブリンキングはいない。弓と吹き矢を装備したゴブリンだわ」
「ふふん!それくらいならどうってことないのです!今こそ私の力を見せる時!使えない異世界知性体はママのミルクでも飲んでるんですね!」
「腹立つけど頼もしいからなんとかしてくれ!自慢じゃないが俺はスライムにも苦戦するんだ!」
「情けない…私がやったらトラックにも余波が来そうだから任せるわ」
荷台からおっかなびっくり顔を出し様子を伺う。
ゴブリンはジャンプしながらこちらにじりじり近寄ってくる。
ジャラジャラ鳴ってる。なるほど、お金を持っている。人を襲うゴブリンの様だ。
ラニが魔法で鎧を着込み、エクスなんとかちゃんと構えて。
「行きますよ!世界を守る力を私の手に!エクスなんとかちゃんアタック!」
前も見た拳大の光が飛んでいく。逃げるゴブリンの頭に当たる。
ぺち
光の弾を受けた部分を擦るゴブリン。ダメージは少ない様子。
こちらが脅威でないと見たのか、好機とばかりに一斉に矢を放ってくる。
「おい、効いてないみたいだぞ!」
「回復魔法が得意と説明した時点で気付きませんでしたか?私は攻撃魔法は不得意です!まして光属性のエクスなんとかちゃんアタックは闇属性以外にはさほど効果はありません!」
「ならなんでそんなに自信満々で出てくんだよ!ほらゴブリンたち滅茶苦茶こっちに矢を放ってきてるぞ!」
「私は!ルミアさんの魔法を間近で受けることで!レベルが上がっています!つまり!」
矢を全身鎧で受け止めながら、ラニはゴブリンに走って向かっていく。
そして、エクスなんとかちゃんを振りかぶって
「エクスなんとかちゃんフィジカルアタック!」
ゴルフクラブの如く、下から上に物理で殴った。鈍い音を立てて頭を潰された瞬間、光に包まれて消えていくゴブリン。
跡には銀貨だけ落ちている。薙ぎ払う様に他のゴブリンも次々と殴り消していく。
「エクスなんとかちゃんアタックで大した威力がないと油断させ、敵が向かって来たところをカウンター物理で殴る!最高に頭の良い戦法です!エクスなんとかちゃんは杖ですが異世界知性体の適応力によりやたらと耐久性はあるので壊れません!殴ってる内に相手は死ぬのです!」
「最高に脳筋で頭悪いわね。しかしいい事を聞いたわ召喚されたものは耐久力もいい感じなのね」
「ルミアなんか嫌な事考えてるだろ俺は嫌だぞ」
ゴブリン相手に無双していく回復職。
なんだろう絶対何か違う感じがする。
■■■■■
ゴブリンを倒し終え、湖に到着する俺たち。太陽は少し低くなり、昼を回っている様だった。
俺とルミアは荷台を降り、サンドウィッチを摘みながら湖を眺めている。
ラニは湖の周りで何か魔法を唱えていた。
「さっきは不意打ちを喰らいましたが、次はそういうのない様に湖周辺に探知魔法をしたのです!」
「へえ、そんなんも出来るのか」
「はい!回復と補助と物理攻撃は任せて下さい!」
えへんと胸を張るラニ。これで意外と有能な様だ。
「ここで待ってればゴブリンキングだかが来るんかね」
「多分来るのですよきっと!って言うか私にもサンドウィッチ下さい!」
「仕方ないわね。お代はさっきのゴブリンの落とした銀貨でいいわ」
「私たち今はパーティじゃないんですか?仲間じゃないんですか?それくらい無料で欲しいのです!?トラックだってずっと運転してたし戦闘もしたのですから労ってくれませんか!」
「実利で結ばれた関係よ。谷町気取りなら、常に対価を支払いなさい」
渋々お金を支払いサンドウィッチを分けて貰うラニ。
ルミアもさほどお金に困っていないだろうに。
のどかだなあ。さっき矢がマントに刺さってた時は一瞬ヒヤッとしたが。
そんな昼下がりを過ごしていると、ラニがいきなり立ち上がった。
「大きいのと小さいのたくさん来ますよ。多分ゴブリンキングでないですかね。湖の対岸から来ます」
すると、確かに遠くから地響きの様な音が鳴り近づいてきた始めた。多分大きい奴だ。
「グングニールで遠距離からいけないか?」
「ゴブリンキングであれば、言語を解するはずよ。言葉を理解する相手には、魔王の口上をしなければ撃てないわ」
「そうかルールがあるんだったな」
面倒くさいルールである。
数秒の後、湖の対岸の木々を薙ぎ倒しながら巨大なゴブリンが大量のゴブリンを引き連れて現れた。
でかい。腕一本が俺の身長の2倍はあるぞ。見れば頭にはこれまた巨大な王冠を被っている。
どう見てもゴブリンキングです。
対岸から大声でゴブリンキングが名乗りを上げる。
『ぐはっはっは!部下の反応が消えたと思えば人間どもめまだこんなところにおったか!我が名はゴブリンキング!不甲斐無き大魔王に代わりこの世界を統べんとする新魔王!破壊神の力を身に宿す体躯にて貴様らを葬ってくれるわ!進軍開始!』
おお。口上したぞ。噂の新魔王みたいだ。
「さあ!ルミアさんお得意の暴力でやっちゃって欲しいのです!」
「おっけー無理ね」
ルミアが首を横に振り、トラックの荷台に椅子ごと乗り込む。
抗議するラニ。
「なんでですかー!?」
「半信半疑だったけど、本当にゴブリン如きが魔王の力を持ってるわね。魔王ルールも守ってる。しかも憑依するタイプの破壊神の力まで持っているってご丁寧に言ってるわ。魔王や破壊神なだけなら打ち抜く自信あるけれど、破壊神の力を身に纏ってたら魔王未満の私は格下よ。見た感じ放つ魔力的に打ち抜けないから決定打に欠くわ」
「なんと。グングニールでもいけないのか」
「無理無理。格下と感じたら撃ち始めてるわ。アレはドラゴンなんかとは耐久性が違う。さっさと逃げて」
ルミアの言葉を聞き、慌ててトラックに乗り込む俺とラニ。
対岸ではこちらが逃げる様子を見て唖然とするゴブリンキングと部下ゴブリン。
『折角来たのに逃げるとは何事か!』
湖を外周を走りながらこっちに向かってくる。
そうか、水が苦手なんだっけか。
「ほら追いつかれるわよ。相手がちんたらしてる内に急ぎなさい」
「ラニちゃんはよ」
「ひーん楽してレベル上げられると思ってたのに」
必死で来た道を戻る俺たち。
しかし、巨大な癖にゴブリンキングの方がトラックより早い。
徐々に間合いを詰められる俺たち。
「なあなあ!プカプカチェアーで上空に逃げないか!?」
「名案ね。トラックを囮にしましょう。シノ、掴まるのはいいんだけど、変なところを触らないで」
「いやマジでそういう意図はなかったのになんか変に意識するだろうやめてくれ」
「薄情!薄情なのです!何乳繰り合いながら私を見捨てようとしてるのですか!仲間!私たちは血の繋がりよりも濃いお金の絆で結ばれたパーティなのです!」
とにかくラニが抗議の声を上げる。こいつ抗議してばっかだな。
「いやだって、なあ」
「そこまでの付き合いでもないし、貴方から誘ってきたんじゃない」
「だってだって何出たってルミアさんなら勝てると思ったのですもの!」
「私だってこんなはじまりの街周辺に、本当に魔王名乗れるゴブリンキングがいるなんて思わなかったわ」
「助けて下さいよおー!私ゴブリンにぐちゃっとされたくないですよ!なんでもしますからー!」
そこでルミアが椅子を浮かす準備をやめて
「…なんでもするのね。まあ、ぐちゃっとされても寝覚めも悪いし。シノ、後でサモンブランケットで再召喚してあげるから時間稼いで。大丈夫、ラニは死者蘇生も出来るって言ってたし、死んでも鮮度のいい内に回収してあげるから」
「え?」
言うが早いがルミアは俺を引き剥がし、トラックの荷台からゴブリン達に向かって放られる。
「おいちょっと待て待て待てー!それは俺がぐちゃっとされるパターンじゃないのか!?」
「全員生還の最善手よ。ごめんなさい」
「いや、死に戻りは生還とは違うからな常識的にうぉっと!」
尻から着地し、置き去りにされる俺。迫るゴブリンキング。
終わった。これは終わった。蘇生してくれるって言ってたけど、やられたら痛いんだろうなあ。
抵抗するにも、武器は前にも使った虫取り網くらいしかない。
眼前にはゴブリンキング。巨大な棍棒を振りかぶっている。ああ痛そう。
俺が完全に諦めていると…
空から声が降ってきた。
「大魔王の長女です。魔王をやっています。偽者の魔王退治が仕事です。ゴブリンキング様お覚悟を。口上終わりとしますね?ヒトカタ右腕部、亜空間潜航解除。顕現はじめ」
指を鳴らす音がした。
巨大なゴブリンキングの背後、次元が裂ける様な…と表現すべきか。
青い光を放ちながら何かが現れた。
異様。
ゴブリンキングなど比にならない巨大な機械の指。
呆然とその様子を見る俺。
ゆっくりとした動きでゴブリンキングに指が食い込んでいく。蛇に睨まれた蛙の様に魔物たちは動けない。
『が…はっ…!な、なんだこれは………』
戸惑うゴブリンキングに応える声はなく、そのまま指が沈み込んでいき…
ぐしゃあ
林檎を潰す映像がフラッシュバックする。散らばる血肉。
肉塊となった魔王だったモノは光になり、やがて消える。
残ったのは巨大な、いや今となっては小さくも見える王冠だけ。
王冠を巨大な機械の手が摘み、出現した時同様に青い光を放ち消える。
僅か数秒の出来事。
いきなりの事で、俺同様に驚くゴブリンたちだったが、事態に気付くと散り散りになって逃げていく。
俺は何が起こったかわからないまま立ち上がる事も出来ない。
そんな俺に、近付いて来る人影。
長身。長いウェーブのかかった黒髪。
ボディラインを強調するかの様な身体に密着したボディスーツ。
そして、赤い、ルミアと同じ色の瞳の女性。
「はじめまして。私はミナヅキ。魔王をやっています。貴方が私の妹…ルミアが召喚した異世界知性体ですね?よろしくお願いします」
この世界に来てはじめて正統派の美人に微笑まれた。
「あ、その、俺はシノと言います」
「シノ様ですね?ふふ、ルミアを助ける為に身を挺して囮になろうとしてくれたんですね?ありがとうございます。さ、手伝いますから立って下さい」
腰が抜けて立てなくなっている俺に手を差し伸べ、肩を貸してくれる。
極薄のボディスーツなので、密着するとなんというか、その。
って言うかなんだこの人。超優しいぞ。今までこの世界で見てきた中で一番マトモだ。
「危ないところを助けて貰ってありがとうございます」
「いえいえ、いいんですよ?魔王モドキを倒すのが私の仕事ですから。それに…」
「それに?」
「ここ一番の出番が来るまで、ずっと隠れて機を伺ってましたから。どうでしたか?空から声が聞こえる演出。なんかこう、格好良くないですか?指を鳴らして顕現させる辺りも中々だったでしょう?」
あれなんか違う。一気に残念になった。




