3.見ててあげるから。がんばれがんばれ
外見は小さな家だったが風呂もあるしトイレもある。別々に寝室もありベッドもあったのでゆっくりと寝られた。
目覚めてすぐ俺は風呂場に向かった。朝シャンは男の嗜みである。
脱衣所の扉を開ける。ルミアと目が合う。
「はい残念でした既に朝風呂済みよ。ノックせずに入ればお約束に遭遇出来るとでも思った?見たかった?見たかった?残念でした」
「下着置きっ放しだけども。水色ですかごちそうさまです」
「この下半身ヒモ野朗が!目潰し!」
「ぎゃあ」
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一緒に住むので家のルールを決めた。
洗濯以外の家事は俺の担当になった。抗議したかったが脱衣場の件を持ち出されて言い返せなかった。
俺たちは食卓で俺の作ったトーストとスクランブルエッグをつつきながら
「なあ、ダンジョンのボスって具体的に何するんだ?」
「冒険者と戦って、レベル上げの為の精神を鍛えてあげるのよ。負けたらダンジョンを攻略した証として討伐ダンジョンを自身の経歴に書いても良いこととする。それでチンピラもとい冒険者は名を上げる、これがここ最近の主流ね。割と留守にしててもいいし楽な仕事よ」
「レベルの概念はあるのか」
「ええ。チートとまではいかなくても、シノも多少は経験を積めるはずよ」
「あ、俺も戦うの?」
「ザコ敵もいないボス直通のダンジョンなんて、嫌よ」
戦いの心得もないどころか、檜の棒すら渡されてない俺は召喚されてからここまで寝間着のままだ。
この家に冒険者が来た場合を想像してみる。
玄関から入って宝箱もなく、開けられるのは途中の扉の先にある洋式便座のフタくらい。
廊下で寝間着姿の俺と戦闘。勝って先に進むと食卓でダンジョンのボスことプカプカチェアーに座るルミアが待ち受ける。
とんでもなくシュールなインスタントダンジョンである。
そんな俺の考えを察したのか
「そうね。シノの戦闘訓練も兼ねて今日は一旦街の近くでザコ敵を捕まえに行きましょうか。装備も整えてあげるわ」
「ザコ敵って?」
「王道はスライムね。ねちょねちょした子だと床を汚したりするから、水菓子みたいなタイプの子にしましょう。スライムは実家でも飼ってたけれども、埃や害虫を食べてくれるから重宝するの」
「へえ。じゃあ、さっさと食べて出発するか」
「やる気のあることはいい事だわ。早く役に立ってね」
便利な生き物である。しかし、装備か。ようやく冒険らしくなってきたな。
内心うきうきしながら、俺たちは朝食を終えて家を出た。
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イオの服屋で装備を見繕って貰った。
装備と言っても簡素なものだった。周りで浮かない程度の布で出来た上下の服に、荷物を運ぶ際に風呂敷にもなるから便利と言われて買ったマント。
替えを含め数着、ルミアのサモンブランケットに収納して貰う。ようやくこの世界の仲間入りをした雰囲気がある。
如何にも駆け出し冒険者みたいだ。まあ、俺の場合は冒険しない訳ですけど。
「まあ、最低限はこれでいいでしょう。さ、スライムを捕まえに行きましょう」
「ルミア?何かお忘れでは」
「まだ何か欲しいの?全部私のお金から出てることを忘れたのかしら」
「それは仕方ないだろ。召喚してくれちゃった以上面倒見てくれよ。で、なくてさ。ほら武器だよ武器」
当然である。
貧しい国の生まれの勇者だって素手で送り出されたりはしない。
「それくらいの準備はあるから。何度も言ってるでしょう、私は…」
「大魔王の末娘ルミア。食事以外の備えはしっかりしてるんですねわかりました」
「不敬ねヒモ野朗」
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街も見えなくなる程に歩いてようやく魔物が出てくる場所に来た。
俺の膝より低いくらいの丸い水菓子みたいな半透明のものが3匹程うようよしている。
目もなければ口もない。ゲームとかで慣れてるつもりだったが、あれはそもそも生き物なのだろうか。
そいつらの前でプカプカチェアーに座り『はじまりの街 イオ ガイドブック』を持ったルミアが
「あれがこの街の付近で一番弱いスライム、イオスライム。イオ近くに生息し、主に虫や雑草を溶かして食べる初心者向けの魔物。食べる量は少ないから砂漠化とかはしない。性格は大人しく、雌雄同体で勝手に増えるのでいくらでも倒しても良い。倒すと少量の経験値を貰える。毒などはないから食べる事も出来るけれど、無味無臭で生食には向かない。夏場は手を突っ込むとひんやりするので重宝する。街への持ち込みは許可制だが、冒険者であれば事後申請も可。体を構成しているのはほぼ水の為、弱点は氷属性だが火でもなんでもまず勝てる。あえて魔法を使う必要すら感じない。倒すと弾けるので苦手な方は替えの服を持って行きましょう、と書いてあるわ」
「はあ、そうなんか。めっちゃ早口だな」
「気のない返事かつ不敬ね」
「だってよ。これなんだよ、これ」
「これじゃわからないわ」
「なんで異世界で虫取り網持ってスライムに対峙しなきゃならんだ」
俺が持たされていたのは虫取り網である。
何の変哲もない、ただの虫取り網である。
「失礼ね。虫取り網は由緒ある異世界の勇者の武器の一つ。魔力を弾き、スライムはおろか妖精をも捕獲し、叩けば武器にもなる駆け出し冒険者の人気アイテムなのよ?」
「いやそんなとこだけゲームと同じでも困るんだけど」
「シノ、異世界から来て割となんでも適応が早かった貴方が何を言っているの」
こいつの反応は本気っぽい。いやしかし虫取り網かー。こう、せめて剣とか渡してくれるならよかったのに。
「まあ、いいんだけどさ。これで捕獲するだけでいいのか?」
「そうね。捕まえるのは一匹だけでいいわ。後は倒して経験値にしなさい。見ててあげるから。がんばれがんばれ」
「嬉しくない声援だな」
俺は覚悟を決め、スライムに虫取り網を構えてスライムににじり寄る。
前も後ろもわからない生き物だが、どうやらこちらに気付いたらしい。
3匹のスライムが俺と距離を取り…
一斉にバウンドしながら突撃して来た!
「うわあ、おいこいつら意外と素早いんだけど」
「何遊んでるの」
「いやだっておい痛いぞ」
そこそこの大きさの水がいっぱいに入った袋で殴られればそりゃ痛い。
しかも俺の想像よりも素早く、カモシカの様な動きでバウンドしながら3匹で襲い掛かってくる。
虫取り網を必死で振るうが当たってはいるが、網にうまく入らず中々捕まえられない。
「うわあ、異世界知性体でスライムに苛められる子がいたなんて。貴方の世界は余程平和だったの?もう18なんでしょう?」
「生まれてから人を殴ったこともなけりゃ、体育の成績も良くなかったもんでな…うおふ、腹に来たぞこいつ、マジ無理」
「駄目だわ面白くなってきた」
ルミアはあまり表情を見せない癖に今は俺を見て笑っている。ツボったみたいだ。憎たらしい。
スライム相手に死闘を繰り広げ、ようやく1匹を捕獲した。後2匹は最初程の動きではないが元気だ。
向こうも疲れているのか俺と距離を取っている。
俺は息も絶え絶えにスライムを虫取り網ごとルミアに渡す。
「はい、よく出来たわね。えらいえらい。この子は私は街に行って飼養登録するから。さっさと残り2匹倒して」
「ぜぇ、ぜぇ…いやしかしきっつくね?しかもさっきの説明だと倒したら弾けるんだよな?」
「そうよ。ねちょーっとしたものを巻き散らかすの」
「嫌だなあねちょねちょ嫌だなあ」
「何女の子みたいなこと言ってるの。替えの服も買ってあげたでしょう。最低限の経験値くらい得て頂戴。捕獲も経験値になるから大丈夫。回復くらいは魔法でしてあげる」
「回復出来るなら早くして欲しかったんですけど」
「魔族はあまり魔法は使わないの。人間とか弱者相手にいつまでも回復して倒れないのは美学に反するから。回復魔法も配下用だし」
「俺に使う分にはいいじゃないかよ!」
「配下扱いでいいのね。はい、治癒」
ルミアの回復を受け、多少身体が動く様になる。
残り2匹のスライムに向き直り、再び虫取り網で立ち向かった。
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「「ただいまー」」
スライムを倒し、捕まえたスライムの飼養登録を終えたルミアと合流した俺たちは家に帰ってきた。
俺はスライムを倒した際の返り血ならぬ返りスライムを浴びてべちょべちょ。
ルミアは膝にスライムを抱きかかえているだけで被害なし。
納得がいかない。
「俺だけ満身創痍なんだけど。いてて…これ絶対筋肉痛になるやつだ」
「まあ、いいじゃない。私に一切ねちょねちょが飛ばずに終えたのは偉いわ。褒めてあげる。いい子いい子」
「はいはい…風呂先に使わせてくれよ?」
「そのまま歩き回られても困るからいいわよ。私はイオちゃんを見てるから」
スライムの名前はイオちゃんになったらしい。イオスライムだから、イオちゃん。安直。
イオちゃんを捕まえられてうちの魔王候補はご満悦らしい。どうやら俺に使った治癒をかけてあげている様だ。
まあ、満足しているならいいか。俺は脱衣所で汚れた服を脱ぎ捨てて風呂を沸かして入った。
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そんなこんなで数日経ったある日。
朝から家の扉を叩く音がした。
来客だろうか。
まだ寝間着だった俺は寝室から声を掛ける。
「ルミアー起きてるかー?なんか人が来たみたいだぞー。出られるかー?」
「冒険者かしら。ダンジョンのボス直々に出迎えるのは嫌だけど、まあ仕方ないわね。貴方に寝間着で出て貰うのも嫌だし。一応準備だけはしてね?」
「はいよー」
もう少しゆっくり寝ていたかったが。
ルミアが応対してくれている間に服を着替えて玄関に向かう。
するとそこには、白いローブを身に纏い、巨大な杖を携えた女の子が立っていた。
耳は所謂ケモノ耳。ぴくぴく動いている。
「初心者向けダンジョンの看板を見て来ましたが、やってますか?」
「はじめてのお客様ね。私は大魔王の末娘ルミア。ここのダンジョンのボスよ」
「あ、やっぱりルミアさんなんですね!私は大魔王さんのお隣の国、獣人の国の姫のラニと申します!お会いするのははじめてでしたね!」
いきなり随分なのがやってきた様である。




