chara2. この中で誰が一番お好き?(前編)
輝石の町、ジュエリー・シティ。
そこはどこもかしこもキラキラと輝く宝石のような美しい町で、ここに住む人々もまた美しい心の持ち主達ばかりである。
しかし、ある日を境に平和だった町は一変して事件が頻繁に起こってしまうようになってしまった。
悪の組織、ダークダストが町をその手にしようと企んだのだ。
一見すぐにでも落とせそうな、戦う術をしらない人達ばかりのジュエリー・シティだが、ダークダストは一つ、大きな誤算をしていた。
ここには町と人々の平和を守る戦士達がいたのだ。
“プリティー・プリズム・プリンセス”
略して“プププリ” と呼ばれる五人の美しい少女達である。
「だれかぁ! だれか助けて!」
「くくく、平和ボケした町の人間にいったい何が出来るんだ? さぁ、お前のプリズム・ストーンを寄越すんだ!」
プリズム・ストーンとは、この町に住む人達だけが持っている宝石の心。その輝きが大きく美しいものほど、強大なエネルギーを保持している。
ダークダストはそのエネルギーを集めて、全世界を支配しようとしているのだ。
「ちょっと待ったぁ!」
「む?!」
「その人を離しなさい! 悪い子はこのわたしが許さないんだからっ!」
「出たな! プププリめ!」
ひらり。どこからともなく羽根のように軽く空から降り立って、白いドレスに身を包んだ一人の少女が悪の怪人の前に立ちはだかった。
ウエストを横のラインで細く絞り、腰から裾にかけて広がっているベル(鐘)のような形の短い裾丈の真っ白なベルライン・ドレス。絹糸の如くサラサラな金の髪をお団子にして、可愛いピンクのリボンで飾り付け。
大きな瞳は好奇心旺盛に煌めいて、口元にはいつも笑みが絶えず浮かべられている。
プリンセス・ダイヤ。喜怒哀楽に富み、誰とも分け隔てなく仲良くなれる明るい光のような彼女こそが町を守る五人の戦士の一人であり、チームをまとめるリーダーである。
「こらー! 勝手に先に行くんじゃないよ!」
また一人、空から颯爽と地面に着地して、ダイヤの頭をポカッと叩いたのは、燃えるような赤髪をサイドテールにして、大きなスリットが入ったチャイナドレスに身を包んだ勇ましい少女。
プリンセス・ルビーだ。
「まったく……考えなしに飛び出すなとあれ程注意したというのに、貴女という人は」
青く長いポニーテールが天から舞い降りた瞬間、大きく揺れた。
呆れた声で溜息を漏らすのは、プリンセス・サファイア、その人である。
フィッシュテールと呼ばれる前は膝丈、後ろはそれよりも長い裾丈となっている水色のドレスに身を包んでいる。
「ま、まぁまぁ。お二人とも落ち着いて……とりあえず間に合ってよかったです」
ふんわりと優しく微笑んで、いつの間にかダイヤの傍に立っていたのは、薄緑色の胸下の高めの位置にとったハイウエストのエンパイアドレスに身を包んだ大人しそうな短髪の少女。プリンセス・エメラルドだ。
「くそっ、邪魔するんじゃねえ!」
「っ! ダイヤ!」
敵の不意をついたビーム攻撃がプリンセス・ダイヤに向かって飛んでくる。
咄嗟にルビー、サファイア、エメラルドがダイヤを庇おうとそれぞれの体を盾にした。
「みんな!?」
ドォン! 激しい爆発音が響き渡る。白煙が立ち込め、焦げ臭い匂いが辺りに漂った。
「は、はは」
怪人の勝利の笑みはそう長くは続かない。
「は」
「ほんと、おバカさんたちねぇ。ワタクシがいないと何にもできないんだから」
「なにをぉっ!」
「返す言葉もございませんわ……」
「うう、こわかったぁ」
「――助けてくれてありがとう! プリンセス・ムーンストーン!」
腰まである長いシルバーブロンドを風に揺らし、パールホワイトのマーメイドドレスに身を包んだ少女が妖しげに微笑んだ。
その手に持つ月を型どったロッドを軽く振れば、四人の仲間を爆炎から護ったバリアがそっと立ち消える。
「おのれ! この裏切り者のムーンストーンが!」
「ふふ。負け犬の遠吠えね。さぁ、お仕置きの時間よ?」
五人の少女たちがそれぞれの武器を構え、怪人と対峙する。
剣、斧、鞭、弓、杖。
プリンセス達の気高き瞳を前に、怪人の心は既に負けていたも同然だった。
「――はぁ」
“プププリ”
このアニメは今から十年以上も前に放送された古いものだが、未だ根強いファンがおり、当然、雨谷 雫もその例に漏れない。
毎朝かけられるブルーレイボックスは学校が休みの日であろうと、そうでなかろうと絶える事は無い。
「やっぱり、この五人の中ならプリンセス・サファイアが一番よね!」
気高く、強く、冷静で、美しい。他の仲間達も確かに魅力ではあるが、今も昔も雫の中ではサファイアが一番であり、至高の存在なのである。
「宝良ちゃんもサファイアが好きって言ってたもの」
鏡の前で背中まで伸ばした長い髪に櫛を入れる。
今日もサラサラと柔らかく、艶々と輝いていて美しい。
プリンセス・サファイアと同じ長さまで伸ばすのにそこまで苦労はいらないが、枝毛一つ、傷み一つ許されない毎日のお手入れはそれなりに大変である。
その髪を上に持ち上げ、馬の尻尾のように一括りにする。
つり上がった目は幼い頃は嫌いだったけれど、今はサファイアと同じだから好き。
無表情で可愛げがないと言われた顔も、サファイアのように少し冷たく振る舞えば、サファイアに似てるような気がして好きになる。
「よし。今日もサファイアみたいに頑張るの。そうしたら、きっと、もっと、宝良ちゃんに私を見てもらえるはず」
他の少女達ではなく、自分を。雨谷 雫を見てもらうために今日も彼女はプリンセス・サファイアになりきるのだ。
しかし、彼女は知らない。
十年前ならともかく、今の絵合 宝良の好みは変わっているかもしれないと言うことを――