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あなごの。  作者: 優凛
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chara1. 真面目な生徒会長はお好き?

 恐ろしいほど美人。そんな表現が似合うのは、きっと彼女以外にはいないだろう。

 長く艶やかな黒髪をポニーテールでまとめ、きりりと意志の強さを表す眉に、堅く引き結ばれた天然の赤い唇。つり目の中の瞳は氷のように冷たく、真っ直ぐ伸びた背筋には迷いなど一切ない。

 雨海(あまがい) (しずく)

 生徒会長である彼女はこの学園に置いて唯一無二の存在であり、多くの生徒または教師達から絶大な支持を得る者である。

 文武両道。公明正大。羞月閉花。絶世独立。

 そんな彼女を誰もが崇拝し、平伏さないものは一人としていない。と言うわけでも無く、屋上で一人、昨日発売されたばかりのライトノベルを読み耽る見るからにオタクな少女は、目の前に立ちはだかる我が学園の高嶺すぎる花の存在を知っていながらも軽く無視をしていた。


 毎度の事ながら、何故にこの生徒会長は自分を放っておかないのか甚だ疑問に感じている。が、その答えに興味が湧かないのか、眼鏡の少女は彼女に一瞥を送るだけで声をかけようとはしない。

 屋上へと吹き付ける風は仁王立ちとなった生徒会長の長い髪を、制服のリボンを、スカートを揺らし、巻き上げ、弄ぶ。


「聞いているのですか!? 2年3組、絵合(えあわせ) 宝良(たから)!」


「んー……聞いてるよー……」


 心ここにあらず。絵合 宝良と呼ばれた少女の感情の籠らない空返事に生徒会長の怒りはただ増すばかりだ。

 眼鏡の奥の瞳は学園一の美人など映そうともしない。そればかりか、紙の上に並べられた機械的な文字の方が魅力的だとでも言う様に、そこから視線を外そうともしなかった。


 絵合は何処にでも居るようでいて、何とも形容しがたい独特な雰囲気を持っている。

 ウェリントン型の大きめの眼鏡は頻繁にずり落ちているし、申し訳程度に梳いただけの髪はいつ見てもボサボサで、服装も指導が入るほど乱れてはいないが呆れるくらいにはだらしない。

 “オタク” と呼べば、確かにオタク。教室でも何処でも常に手には小説や漫画が開かれており、誰かが話しかけない限りは読書だけに集中している変人だ。

 しかし、彼女の持つ不思議さは、そんなコミュニケーション下手な人間であるような行動を取っているにも関わらず、何故かいつも自然と人を集めてしまう所にある。

 憎めない、とでも表現すればいいのだろうか。彼女の話すこと、行動すること全てが周囲の人間達の許容範囲。いや、むしろ微笑ましく受け取ってもらえる……と説明するのが近いだろうか。


「屋上は立ち入り禁止! それに既に下校時間も過ぎているの!」


「んー……」


「もう何回も忠告している筈です! いい加減にしなさい!」


「……」


「聞いているのですか!?」


 雨海生徒会長は、常に冷静で何事にも動じないお方だ。と誰もが周知している事実も、この眼鏡のオタクの前だと真実ではなくなるらしい。大人びた外見と良く合った少し低めのメゾソプラノの声は怒気を孕み、高らかに空へと響き渡っている。


「聞いてるよー……」


 対して、ぼんやりとした外見に負けず劣らず、ぼんやりとした少し幼めのソプラノの声がそっと雨海の耳を掠めては消えた。


「生徒会長も律儀だよねー。毎日毎日、下校時間終わっても屋上まで見回りに来て……」


「当たり前です。私は生徒会長ですから」


「……風紀委員の仕事だと思ってたけど? そういや、今まで風紀委員の人は見てないなぁ?」


 ちらりと、やっと本のページから顔を上げ、絵合の視線が会長の視線を絡めとる。

 なぜ? その疑問はからかうでも何でもなく、純粋な探究心から来るものだ。


「風紀委員とて、下校時間のルールは守るもの。私は生徒である皆の長だから、最後まで見送る義務があるだけ」


「……ふぅん?」


 納得か、それとも許容か。開かれた本を閉じ、絵合は鞄の中に無造作にそれを押し込んだ。


「ほんと、会長って真面目だよねぇ」


「いいえ、貴女が不真面目なだけだわ」


「真面目でお堅いのは萌えポイント高いよー?」


「……毎度の事ですが、貴女の仰る“それ” の意味、理解しかねるわ」


「可愛いってことだよ?」


「っ……! 早く帰りなさい! 鍵を締めますよ!」


「はいはーい」


 まるでゆらゆらとして掴み所のない水草のように、絵合と言う人間は雨海にとって扱いの難しい相手だった。

 振り向くことなくさっさと屋上を後にする小さな背中を見送り、雨海は大きく大きく息を吐き出した。

 それは膨れ上がった風船のように、シュウシュウと音を立てながら、雨海の凛と伸された身体から何かが抜け落ちていく。


 ぺたん。


 屋上の冷えたコンクリートの床に尻もちをつく。じわじわとそこから体が冷えていく感覚がある筈なのに、顔は反対にどんどんと熱くなって、爆発でもするのかと言うほど赤く染まっているのを感じた。


「ぅぅっ」


 ギュッと自分で自分の肩を抱きしめる。

 溢れだす感情を抑えようとして必死になって下唇を噛んで堪えてみせるけれど、そんな抵抗は無意味だと噛んでいた唇は直ぐにぐにゃりと歪んで最高に蕩けた微笑みを作り出す。


「ぅーっ……すきぃっ」


(どうしてあんなに素敵なの? 私を前にして動じない! 媚びない! 平伏さない!)


 数多くの信者(生徒)達とは一線を画すあの態度。周囲から見れば失礼極まりないあの態度。

 けれどもそれが新鮮で、尚且つ何故か憎めない。


「可愛い……って、可愛いって言った……!」


 真面目でお堅い生徒会長に畏怖や尊敬する者はあれど、それが可愛いなどと宣う輩はいない。

 “萌えポイント” だなんて世俗に塗れた巫山戯た評価ポイント、もし他の男子生徒共が口にしようものなら、この冷たい氷柱のような瞳と言葉の棘で貫こうものだが、彼女が言うなら最高の賛辞として聞こえる。

 だって。それは。


(お勉強してよかったぁ)


 彼女の、絵合 宝良の為に作り上げた、雨海生徒会長という虚像なのだから。


「宝良ちゃん……」


(貴女に好かれる為なら、どんな私にもなれるから)


 きつく縛ったポニーテールを解き、艶やかな黒髪は妖艶に広がり風に靡いた。


 きりりと意志の強さが宿った眉も唇も、冷たさを讃えた瞳も、凛と伸びた背筋も、誰の前にも立たない今はただただ恋する乙女のように甘く愛らしいものへと変わってしまって、“誰もが崇拝する完璧な生徒会長” など見る影もない。


『プププリだ!』


『え?』


『プププリのプリンセス・サファイアにそっくりだね!』


『……?』


『しらないの? プリンセス・サファイアはねー、すっごくつよくて、れーせいで、めちゃくちゃキレーで、うんとうんと』


『……』


『とにかく、すごいの! わたし、サファイアだいすきなんだ!』


(――いつかはプリンセス・サファイアのようになるから)


「もっと私を好きになってね?」


 ああ、早くあなた好みの女になりたい。

 誰に聞かせることもなく呟いた言葉は真っ赤なお空の夕暮れの中に溶けて、流れて、消えていった。


“その恋は、眩しいほど純粋な、狂気ともつかない恋だった。”


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