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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

普遍喪失

作者: 特異点

初投稿です。


趣味本位で書きました、お時間があれば読んでいただけると幸いです。


霧がかった朝の8時。

自転車に乗り学校に向かってペダルを漕いでいる青年がいる。

彼の名前は「鹿流部 烏」(しかるべ からす)


普通の男子高校生だ。


普通とは「どこにでもいるような」や「ありきたりな」に置き換えられる言葉だが、烏は少し違っていた。というのも、普通過ぎて異常なのだ。普通ではないのだ。烏自身、コンプレックスとして抱えるほどの「普通」なのだ。


凡の凡を地で行く彼は勿論、運動能力に長けているわけでもなければ、あらゆる四則演算を数秒で片付ける能力もない。突出した特徴が無いのが特徴で、小学校の頃、お互いの良いところを書き合う道徳の授業では、全員一致の「優しい人」を授与された不名誉さえ持っている。この場合の「優しい人」は無個性をフォローするような、最も優しく、酷な言葉である。


そんな彼の趣味は妄想。普通過ぎる彼は十何年間「異常」に憧れていた。突然手から火が吹き出したり、怪物と対峙したりという「現実では考えられない何か」を欲していた。しかし妄想から現実に戻ってみれば自分の悲惨なまでの普遍性に脱帽するしかなかった。



今朝も霧の中、妄想にふけながら通学した僕は学校に到着すると教室に向かい、廊下ですれ違う先生には飾った笑みで挨拶を交わし、同級生には「おはよう」と言葉をかける。当たり障りのない日常。返して言えば「つまらない」日常。


普通に勉強をして、普通な点数をとって

普通に昼飯を食べて、普通に放課後を迎える。


恋愛も例外ではなかった。

周りが色気づいても、僕にはかすりもしない。

顔は良くも悪くもないといった「普通」。

性格も「普通」。体型も「普通」。髪型も「普通」。

それなのに、普通の恋愛は出来なかった。

「恋愛そのものが普通ではない」と言えば確かにそうかもしれない。僕は自身にそう言い聞かせて納得するも、イチャつくクラスメイトには普通に嫉妬していた。


そうして、見てもいられなくなり帰りのホームルームの後、談笑しているクラスメイトに「バイバイ」と声をかけ「おう、じゃあな!」と返事をもらった所で帰ることにした。


いつまでたっても、どこまでいっても、普通のままなのか…

などと一種の絶望に漂いながら帰り道を歩いていると、僕は不思議な感覚を襲われた。

自分の脳内が自分以外に占拠されているような、乗っ取られているような、そんな感覚だった。

その「自分以外の感覚」は囁いた。


『普通がそれほどまでに嫌か…』


自分の思考回路ではあるのに、確実に自分ではない何かだった。その何かは自分を見透かしたような事を問うて来た。


「何だ?…気分が悪い」


そう言うと「何か」は不気味に笑いながら、こう答えた。紛れもなく、はっきりとこう答えた。


『俺は悪魔か何かだと思ってくれていい。

俺が何かなんて今はそれほど重要ではないからな、お前に話があるんだ。要件が済めばすぐに消える。』


「いきなり脳内をハッキングしておいて要件だぁ?ずいぶん都合のいい野郎だな」


少し強気に話してみるが内心少し嬉しかった。

今体験している事は明らかに普通ではないからだ。

そういう意味では、感覚はだいぶ異常だったのかもしれない。


脳内の何かはこう続けた


『お前が悲観しているまでの、異常レベルの[普通]を取り去ってやってもいい』


「なんだって…?」


傍から見ればブツブツと独り言を言ってるおかしい奴だった。脳内の何かは「普通でなくしてやる」とか言っていたが、この時点で普通ではない人間に成り得ていた。


思考回路を乗っ取られていた事を抜きにしても彼は冷静な判断が出来ずにいた。例えるなら目の前に生肉でも置かれた獣である。彼はコンプレックスである「普通」を取り除いてくれるという夢のような話に垂涎していた。何かに対する恐怖心は消えて、懇願するように質問した。


「…できるのか?」


『出来ようとも。しかし条件付きでな。』


「条件?」


『ああ、条件だ。条件は2つ。

一つ目は、三日間だけということ。

二つ目は、キャンセル無効、即ち普通に戻りたくとも戻れないということ。

普通から三日間だけ逸脱できる、いうところの旅行みたいなものだ。』


「普通ではない自分が…三日間…」


概ね即決だった。迷う余地なく僕は普通じゃない生活をしてみたかった。殴ったコンクリートは粉々になり、無限に金を生産したり…妄想が膨らみすぎて言葉に詰まっていた。



『お前の返事一つで取り去ってやる。ただし施行されるのは明日からだ。

気分が悪いんだろう?取り去るのかしないのか答えてしまえよ。そうしたら俺はいなくなる。』


答えは決まっていた。僕は空を見上げて確かに言った。


「……わかった…頼む。普通を取り去ってくれ」


『…後悔はしないな?』


「?ああ、もちろん。」


『…明日を楽しみにしていろ…』


何故、要件を持ち寄って来た何かは僕の後悔などを心配したのだろうか。少し疑問に思ったが気にしないことにした。僕にとってはそんなことどうでもよかったのだ。

悪魔のような者は、不気味に笑うとスッと脳内からいなくなった。彼は明日が待ち遠しかった。念願の普通ではない生活を遅れると。個性に富んだクラスの中心になるような存在に三日間浸れると、心を弾ませて家に帰った。


帰ると親に「夕飯は外で食べてきたからいらない」と言って布団に寝転んだ。目は冴えるばかりだが頑張って眠ることにした。寝ることに努めた。何事も普通の結果しか出せないことは中学生あたりから気づいていた。どれだけ勉強してもどれだけ怠けても結果は普通。やがて頑張るのを辞めた僕はたった今、生まれて初めて眠ることを頑張っていた


そうして床について1時間、ようやく眠りにつくことが出来た……


〜〜1日目〜〜

全身を叩きつけられる感覚に目を覚ましたのは午前0時。手元を確認していると何故か掛け布団が敷いてある。慌てて立ちあがると掛け布団が天井に向かって浮かぼうとしている。


何かおかしい…


驚いて、飛び退けると掛け布団は天井に向かって浮かび、そして張り付いた。


さながら重力に逆らうように。


僕は勘づいた。

足元の床がいつもと違う材質であること、

天井の照明が足元にあること、

昨日帰って来てから脱いだまま放置した制服が、これまた天井に張り付いていること。


恐怖と困惑の中立ち尽くしていると記憶に新しい声が脳内を占拠してきた。


『どうだい?普通ではない生活は』


「やはりお前か…どういう事だよ…」


聞きたいことは山ほどあった。色んな意見が喉の奥で渦巻いて、ようやく出た声がこれだった。普通の反応だった。


『言ったろう?普通を取り去ってやると。』


「いや…お前、普通を取り去ってやるじゃないよ!

僕だけ重力が反転しているみたいじゃないか」


『みたい?ん~、それは違うな。みたい じゃあない。そうなんだよ。実際にそうなんだ。今日のお前は[重力]に嫌われている。』


「[重力]に嫌われている?」


『ああ、そうだ。当たり前の法則に嫌われた、言わば生きる特異点と言ったところかな。』


何の躊躇いもなく非現実を説明され戸惑いを隠せなかった。

重力に嫌われる?何を言ってるんだこの悪魔?は


『改めて説明させてもらおうか。

お前が契約した内容は[普通に嫌われる]というものだ。普通とは人間が生活する上で欠かせないが、しかしさほど意識しない「当たり前に働く何か」だと思ってくれればいい。

契約期間は三日間。三日間の間、お前は常に2つの[当たり前]に嫌われる。


一つ目は[時間]だ。さっきから0時を指した時計は動いていないだろう?0時になった瞬間から契約は開始されている。不思議な話だが0時から全く停止された時間をお前は生きている。一瞬ですらない。それに関してはお前の体に影響は無いから安心しろ。時間停止により生じる齟齬はそれとなーく辻褄合わせされている。一般的な、普通の世界では今からお前の生きる三日間は0時のままだ。しかし、お前の体は生きている。腹は減るし、排泄も必要不可欠だ。あくまでも止まっているのは世界の時間だけだ。


二つ目はランダムだ。俺にもわからない…が、見たところ[重力]みたいだな。比較的マシなヤツを引いたじゃないか。今から24時間、お前にだけ地球の中心から外側に向かって重力が働く。外に出たら宇宙に投げ出されるから気をつけろよ。なに、2時間もすれば慣れるさ。』


一方的に吐かれる謎の契約内容に俺は言及すら、する気にもならなかった。架空請求も腰を抜かすほどの突然だ。毎日、時間と何かに嫌われて、日の光を浴びるのは3日後。絶望すればいいのか、憤怒すればいいのか、僕は複雑な心境にいた。あと、重力に嫌われるなら無重力なんじゃないのか?なんで外側に向かって働くんだよ。重力というかそれは地球に嫌われてるじゃねえか。と、とりあえず憤怒してみた。


『望んだ異常はこんな形だとは思わなかったって顔だな…じゃ、俺はこれでいなくなるからよ。死ななない程度に[普通じゃない]を、味わってくれ…』


「……」


なにか残るような話し方をする悪魔だった。


一方、この現状に僕は言葉も出なかった。部屋の片隅、天井の隅っこで体育座りをしてじっとしている僕はこれからのことを考えた。考えた。考えに考えた末、今自分にはどれくらいの力が掛かっているのか計算しようとするが、普通の脳みそでは分かり得ることでは無かった。


「そこは普通のままなのか…」


嘆くしかなかった。


体育座りのまま時計を見つめた。

午前0時。どれくらい時間が経ったのかなんてわかるはずもない。発狂寸前の僕の心にまたひとつ恐怖が宿った。


いつどのタイミングで重力反転から解放されるのか分からないのだ。万が一、この状況に適応出来たところで23時間ほど経てばまた新たな[当たり前]に嫌われる?らしい。場合によれば即死もありえるこの三日間、そもそも三日間も持つのだろうか?三日間過ぎたところで、現実時間に戻ったところで、三日前の1秒後をいきなり廃人でスタートする予感がした。


僕はそんな事を考えながら、襲ってくる眠気を歓迎し眠りについた。


目が覚めた。時計は0時、外は月明かりに照らされていた。

時間は停止しているというのに、巻き戻されているという錯覚に陥りかねない現実だった。非現実だった。


「今は……だいたい朝…なのか?」


時計の針すら沈黙する空間に響く独り言。


「まず、反転した家を攻略しなきゃな…」


重力に嫌われたことで十何年住んできた家の違う一面も見られてラッキーとなるほど僕もポジティブではなかった。


僕の家は二階建てで、主要な部屋は1階に集中し、2階にあるのは僕の部屋とベランダと物置だけだ。無論、2階には食料が無い為なんとかして1階にたどり着かなきゃいけない。ドアノブが僕の頭部くらいにあって開けづらかったが、それ以外の難はなく部屋から出られた。

なんだか脱出ゲームをしている気分で楽しい限りだ。しかし、ほんとに脱出したら地球から飛ばされるわけだから楽しくもなんともない。


物置の扉を前にしてふと気が付いた


「自分より重い物か固定された物に捕まりながら一階を目指すか…」


早速物置で探したが、僕の体重は60kg。そんな家具やらが、あってたまるかと思った。

ちょうどハシゴがあったので、掛け布団のように上に浮かばないようしっかりおさえて上った。


1階に『上る』と天井は高さが統一されていて行動しやすい。もしかして俺に働く重力が反転しても困らないように設計したのだろうか、などと考えながらも食料庫に入る。


棚にあったレトルト食品を発見。

飢えて狂った猿のようにパウチを開けた。

どうなったか、語らずとも。

中身を盛大に床にぶちまけてしまった。

重力が反転しているのは自分だけ。そう思い知った。レトルト食品を目の前に真の孤独を味わった。


くだらない事ばかり頭をよぎる。

この非常事態に置いても、脳みそはくだらない事を量産してくれる。

時間が止まっている今なら銀行に行けば大金持ちになれるんじゃないかとか、女湯に入れるとか、好きな子の部屋に入れるんじゃないかとか。

実行に移せば高確率で宇宙のゴミになる計画だった。妄想だった。


もう一つレトルト食品を手に取り、器を逆さに空に掲げパウチを歯で開けた。床に行こうとする八宝菜を器で見事にキャッチ。そのまま零さないようスプーンを手に取り、冷たい八宝菜でお腹を満たした。本来なら零れるような持ち方をして食べるのは人生で一度経験したらお腹いっぱいである。


あの悪魔の言ったことは本当だった。

慣れてきていた。こんな状況にさえ適応しようとする自分に、人間の持っている生存本能を感じずにはいられなかった。

さらには、暇を潰そうとさえする。ボールを手に取り足元に向かって投げる。すると重力に従って手元に戻ってくる。ヨーヨーみたいだ。ひとつ挙げるなら何一つ楽しくない。


「明日…いや、2日目は重力から解放されるわけだからコンビニに行こう。ん?明日はまた違うなにかに嫌われるんだよな?重力と時間の他に何があるというのだ…」


テレビもつかないラジオもきけない電気は通ってるんだろうけど時間が止まって意味がない。僕はこんな異常が嫌だと不貞腐れながら家の中でゴロゴロしていた。


〜〜2日目〜〜



壁に頭をぶつけた衝撃で目を覚ました。

前もって落下点に布団を何枚も重ねて置いた場所の真上に寝た事はどうやら上手くいったようだ。

ならどうして頭を打ったのだろうか…


「布団ってこんなにつるつるだったっけ?」


『よう、元気にしてたかい?』


誰もいないはずの空間から声が聞こえた。1日ぶりのその声に初めは吃驚したが、ソイツの声だとわかると少し安心した。


「?!…お前か…びっくりさせるなよ」


『ハッハッハ、見たところ重力は戻ってきたようだな。』


「せっかく適応できたんだけどな、それで、今日は何に嫌われてるんだい?僕は。」


正直嬉しかった。架空の、脳内の、音量のみの相手だったが誰かと話しているという実感が持てることがすこぶる嬉しかった。俺の人の心は悪魔やらと会話していると満たされるようだ。


『…さぁな。お前は今、布団がツルツルっていったのか?』


「あ、ああ。そうだよ。なんだか感触もおかしいし」


『お前、立ってみな』


「え?」


言われた通り立とうとした。

すると氷の上のように滑って思い切り頭を強打し、そのまま部屋の隅まで移動した


「いでっ?!」


『ハッハッハ、それか~笑』


「イテテなにがそれか~笑なんだよ。」


『今日のお前は[摩擦]に嫌われているな』


「…摩擦?」


『ああ、そうだ。立つことは限りなく難しい上に滑ってしまえば止まらないのが特徴だ。』


言われてみないと意識しない普通シリーズ第二弾「摩擦」

僕は割とすぐに受け入れられた。

おかえり重力!さよなら摩擦!


「それって…外に出たらどうなるんだ?」


『さぁ?グングン加速してコンクリートか何かにぶつかるんじゃないか?ちなみに、靴をいくつ履いても無効化されない特典付きだ。お前の身につけているものが何かに触れた時、悉く摩擦がなくなる。重力ほどでは無いにしろ危険な奴に嫌われたなぁ』


「まったくだよ……」


コンビニに行くあいだでズタボロになること必至だと思った。でも行けないことは無いだろうから昨日…1日目よりは楽なはずだ…多分。


『じゃあな、俺はこれで』


「あ、あぁ、もう行くのか…」


『……』



少し寂しい気分になった。

一日中誰とも話さないでいると精神を大根おろしか何かで削られていくような気分になる。大根の精神が大根おろしになる。

僕はクラスでこそよく喋る方では無いが、本当は仲良くしたいんだ。でもきっかけがなくて、普通だからなんじゃないかと考えると苦しくて苦しくて。だから普通を憎んでいた部分はある。


「さて、[摩擦]を攻略するか」


暗いイメージを払拭するように、誰もいない部屋に響かせた。

思い浮かべるのは壁に当たるまで止まらないで進む迷路。子供の頃よく遊んだから地形さえ頭に入っていれば攻略は難しくないと思う。



1日ぶりの外。ここまで来るのにだいぶ苦労したが何とか玄関先まで来ることができた。

空気が美味しい……いや、果たしてそうだろうか

一瞬の空気。

もし同じ場所の空気を吸い続けたら気持ち悪くなるのでは?と疑問に思った。


「当たり前に空気は入れ替わっているもんな……ッ!!」


言葉に詰まった。僕は言うほどネガティブではない。普通の思考を持っている。その普通の思考でさえこればかりは後ろ向きになってしまっていた。むしろ考えつくのが普通だった。


「当たり前にある空気…嫌われる…」


最終日に死ぬ可能性を見出してしまった自分に後悔している。

死にたくはなかった。怖かった。

普通な人生に嫌気がさし、半ば絶望していたものの、死にたくなるほどでは無かった。むしろ生きる事に執着を持っていたと言える。

こんな僕でもいつか報われる。

いつか普通でなくなれると信じていた。

だから悪魔の話が来た時には報われた、救われたと思った。しかし、悪魔は悪魔だった。

こんな散々な体験をさせるなんて、

世の中いい話には穴があると言うとは、まさにこの事だ。


「嘆いていても仕方がない。コンビニに行ってなにか食べよう。金は後から払うなり払わないなりすればいいか。」



電柱にぶつかれば移動は楽だった。五十メートル間加速し続けるわけだが足から着地出来れば大したことはなかった。案外、あっさり目的地まで辿りついた。決して描写できないからではない。決して…


「自動ドア……」


某コンビニのドアは手動ではなかった。普通の人生を生きてきてこれ程自動ドアを憎々しく感じたことはなかった。自動ドアはセンサーで感知してドアが開く訳だが、時が止まっている以上、感知も糞も無いわけだ。


仕方ないのでそこから最寄りのコンビニまで移動することにした。この際家に帰らなくてもいい気がしてきた。


コンビニにの手動ドアを開けた。何か違和感を感じたが気にしなかった。

着くと早々にジャンクフードを漁った。重力反転の癖で1袋こぼしてしまったが、拾って食べた。むしろ床に広げて1人でパーティすることにした。パーティと呼べるのかとか衛生上悪いとか気にならなかった。又、泥棒とかそういった悪概念も気にならなかった。いろいろ極限だった。

時計を見ると午前0時。

それからというもの、店内を物色した。

年齢的にも健全な男子高校生。トイレ側の空間に置いてある雑誌に夢を持たないわけがない。孤独なのに何故か緊張しながらも読み漁った。しかしどうしてこうも年増な女性を男性はあやかるのだろう…


意味もなくトレーディングカードを片っ端から開封して回ったり、普段飲まないような飲み物を飲み比べたり、まるで天国だった。

そこで1日目の煩悩を思い出した。


コンビニで豪遊した後、

幼馴染の女の子の家に行くことにした。

ツルツルとアスファルトの上を滑走しながら、

女の子を僕に乗せて海に連れていきたいなぁとか自分でもよくわからないことを考えていた。

そして幼馴染みの家に着く。


ドアを開けるところで聞き覚えのある声が聞こえた。


『お前もつくづく男だな』


「?…お前か。

時が止まっているってんならこれは通過儀礼ってもんだろ」


『だいぶ普通では無くなってきたな…』


悪魔の言う通り、僕は普通ではなくなっていた。なにも普通に嫌われているだけじゃなくて、この2日で性格は大きく変わっていたのは自覚できるレベルだった。


「ああ、あれから分かったんだよ、俺は普通だから人目を気にしていたわけじゃない。人目を気にしていたから普通を装ってたんだ ってね。」


『ほう…分かってきたようだな。』


「うん!そういや、お前って実体は無いのか?そういう悪魔なのか?」


『いや、実体はある。人間には普通、見えないからな。まあ、これからお前に見せることになるが、むしろそれが目的だといったところだ』


「ん?目的?」


そう言うと悪魔は僕の目の前に現れた。

僕の想像とはかけ離れていた悪魔だった。

羊やら牛の頭に蝙蝠の羽、三又の槍を持っているのが、勝手にイメージしていた僕の中の悪魔だった。


目の前に居たのはボロボロのローブに身を包んだ骸骨。手には大きな鎌を携えていた


さながら死神のように。


「死…神」


『正解。』


悪魔もとい死神はしゃがれた声で続けた。


『死神というのは、人が死ぬ間際に見えるもんだ。だから俺が姿を現したというより、お前が見えるようになったという方が正しいかもな。』


今飛んでもない事を目の前の骸骨は言い放った

僕が死ぬ間際だって?どうして…


『まぁ、この2日生きられていただけ不思議なもんだよ。』


死神は褒めるように言った。

一方の僕は口をパクパクさせて未だに飲み込めずにいた。


『俺ら死神は、人間の魂を回収するのが生業なんだ。死神って名称だが、これでも生きてるんだぜ?笑』


冗談交じりに話を進める死神。


『人は勝手に死ぬ。

それが死神含む神々の答え、回答っていうより感想の方が近いがね。

事故だろうが自殺だろうが、結局人間の都合で人間が死ぬ、その程度の考えなのよ神共は。人間の死は神の啓示とか死神に笑われてとか運命の示し合わせとか言われてるらしいが、神からしたら“死ぬ時まで誰か何かのせいにする愚かな生き物”という見解に落ち着くんだ。死神なんて優しい方だぜ。神界で神様、つまり人間がいつも崇めたりお願いしたりしている神様ってやつがのんきにオセロやらチェスやらしてる時に、俺ら死神はせっせと魂を回収してるのよ。人間は死ぬだけ。魂が勝手に天国地獄に行ってると考えてるらしいがそれは間違い。死神が死後の裁判所みたいな所に導いてやってるのさ。』


「ちょっ、ちょっと待ってくれよ。こちとら今から死ぬという事実さえ納得できてないのにそちらの世間話繰り出されても困惑の上塗りもいい所だよ!なんで死ぬんだ僕は!?教えてくれよ!!」


『なんで死ぬ?かぁ…言ったろう?勝手に死ぬだけだって。

でもお前の場合勝手に死ぬとかではないんだ…おおっと、これは言っちゃあいけなかったかな?』


「??俺は違うだと?何の話だよ」


『わかったわかった。ずいぶん貪欲になったな。普通卒業なんじゃないか?


順を追って説明してやる。

これは《見世物》だ。

暇を持て余した神々への生放送だと思ってくれ。

死神は序列では上の方なんだが…ああ、序列って言っても分からんか、神様にも階級があるんだ。一番上、一番偉いのがオセロしてる連中だ。過去に偉大な功績があるだの連中はほざいてるが、その多くは語られてない。

そんで、死神はその下でせっせと働いているわけだが、還暦連中から珍しく命令が下った。この死神社会にな。命令は以下の通り


《暇だ。人間を使った芸を見たい。能力は何を使ってもいいから我々を満足させろ。》


俺らも唐突で何をしたらいいか分らなかった。だが、上の命令とあっては断れまい。断った身分の低い神は黄泉の世界って場所に飛ばされるんだとよ。その辺は日本と同じさ。死神と日本人は酷似してる。ブラックなんだよ。

そこで提案したのが今のお前に組み込まれているプログラムだ』


そういうと死神は1枚の紙を渡してきた。

その紙には大きく


《特番!!重力、摩擦、空気に嫌われた人間の遺録!!》


と書かれていた。


『上の連中も大喜びだった。そりゃあもう見たい見せろの大暴動。プログラムを組むことは出来たがターゲットが見つからなかった。いや、腐るほどいる人間から一人適当に選ぶ事は容易いことだ。だが、それは死神の心が許さなかった。なんたって人間の死に際ばかり見ている神だからな。ほかの神よりも人間の情が移っても不思議じゃないだろう?

だから、普通じゃない経験をしたい人間を探した。絶望するほどに自分の普遍性を嫌悪するやつを探した。さすがの死神らもいないと思ってたよ。いなければ諦めるつもりだったし、上には頭を下げるつもりもあった。


しかし、居たんだ。お前が。

こんな怪しい話に乗るはずがないと思っていた。しかし、お前は乗ってきた。俺も無い腹をくくったよ。

お前にプログラムを組んで放置しろと命令があったが、シナリオ通りに進行させて貰えないか?そうすれば絶対面白くなると上の連中を納得させた。


長くなったな。察しの通り死因は窒息死だ。

初めにランダムといったのも…嘘だ。俺は知っていたが言い出せなかった…すまない。』


「どう…して…」


唐突の唐突。涙すら出遅れるほどの。

俺には何が何だか分からなかった。正直神やらが絡んできた時点で半分聞き損じていた。

無理矢理詰め込むように内容を納得した瞬間、涙が溢れ出てきた。そして怒りがこみ上げてきた。


「どうして俺がテメェらの暇つぶしで死ななきゃならねぇんだよォ!!」


止まった時間に響く怒号。しかし目の前の骸骨はカタリともしない。


『…その発言もシナリオ通りだ。上の連中はゲラゲラ腹抱えて笑ってるよ今頃…』


「なんでっ…どうして…なんでぇ!」


『あと2時間だ。摩擦を戻してやる事は出来ないがお前が何をしようと残りの2時間見守ってやる。やりたいことをやれ。』


「グズッ…やりたい…こと…」


俺にはもう何が何だか分からなかった。何をしても台本通りでしかない。そもそも、人間が神に抗おうなんてそんな横着な話聞いたことがない。


目の前に在るのは幼馴染の家。

ずっと好きだったあの子の家。

死ぬ前に顔拝んだ所で罰は当たらないはずだ、


ドアに手を掛ける。


鍵がかかっていた…



この時間、つまり0時に鍵を開けているほど不用心ではないだろう。結局あの子の顔も見れずに苦しみながら死ぬのか、などと心で嘆いていると、


カチャッ…


鍵の開く音がした。


『…見守っててやる。』


「死神……どうしてそこまで…」


『こんな事になったのも俺の責任だ。俺が受け持った仕事だからな。多少なりの報いだ、黙って受け取ってくれ。そして俺を憎め。嫌え。恨め。殺せ…。

言っておくがさっきから俺のセリフは上に届いてるんだぜ?こうして俺も晴れて嫌われ神って訳だ。お前の魂を裁判所まで送った後、俺も反逆罪に問われる事だろうよ』


「…コンビニ…」


『ん?コンビニ?コンビニがどうしたんだ?』


「おかしいと思ったんだ。摩擦に嫌われているはずなのに、こうしてドアも開けられる。手動ドアを開けられる。ポテチの袋もカードパックの袋も開けられる…エロ本も読める。おかしいと思ったんだ。お前…死神、ずっと見守ってたんだろ?近くで」


『なんだ、気づいてたのか…』


「…あーぁ、冷めた冷めた。別にあんな女の顔なんてこっちから願い下げだぁ。」


『…??』


「俺は今普通でない体験をしている、死神とお喋りしている。おれはもう少しお前と話していたい。報いだ何だ言うくらいなら死ぬ間際まで俺の話し相手をしてくれ。普通じゃない俺を知ってるお前と話したい。」


『…つくづく普通でなくなったな…お前は』


死神の頭蓋骨の目元が心なしか湿った気がした。




その後、死神と僕は2時間語り通した。

死神は規則に触れてしまうような機密事項を

彼は今までの普通体験を

面白おかしく語り尽くした



そして時は来た。


「楽しい時間はあっという間だな…」


『ああ、そうだな。』


「俺は死ぬのか…」


『本当に、悪かった…こんな事言うのもアレだが俺も死ぬ』


「よせよ。死神はもう死んでるだろ?」


『まだ、死神か。

お前の魂を導くのが死神最後の仕事だよ』


人間と死神の会話がこれほど湿っぽいものになるとは思いもしなかった。でも本当に楽しかった。十何年の普通の日々よりも二日間の異常な日々よりもずっとずっと楽しい2時間に思えた。


「…もし、さ」


『ん?』


「もし転生とかできるならさ」


『ああ、』


「『俺ら友達になれるかもな』」


「…」


『…』


「しょっぱい別れだな」


『それはお前が泣いているからだろう』


「…お前が言うなよ」


涙を制御できなかった。

俺はただただ涙を流した。

普通に戻れない事もこれから死ぬ事も

実際どうでもよかった。

そんなことより、ただの人間の僕なんかと仲良くなってくれた、少なくとも俺は仲良くなれた、そんな死神が居たことを僕は涙して喜んだ

これから別れてしまい、死神は刑罰を食らってしまうことに対する理不尽さに涙して怒った


『…苦しいだろうから少しでも楽になれるよう催眠術でもかけようか?』


「いいよ、これ以上お前の罪を重くしたくない。

いや、人間に情をかけて貰っている時点でだいぶ大罪か?」


『ハハハ、今更罪など気にすることかよ』


「…」


数年付き合った恋人の円満別れのような不思議な雰囲気が漂っていた。


『…じゃあな』


「ああ。」



彼は住宅街を滑走し、森の奥の木に衝突した。


「ここなら…数日は見つからないだろう」


恐怖はあった。だが、それ以上に安心感もあった。


「お前が俺の魂を連れてってくれるなら、

もう言うことは無い…頼んだぞ…」


最期まで名前の知れない死神に死後の魂を託し、

自分の体に摩擦が戻ってくることを確認した。





数日後、住宅街のはずれにある森の奥で男子高校生の死体が見つかった。死因は不明。おおよそ窒息死なのであろうがまるで真空状態に放り出されたかのように口から内蔵やらが飛び出していたらしい。


もちろん学校にも連絡がいき

普通人間の変死体などという下世話な噂も広まった
















一方…



「まさか、俺が天国とは…」


『普通の生活をしていて、さらに神のおもちゃになったんだから天国に行くだろうよ』


「そういうお前こそ」


『ああ、どうやら神界に死神から昇格した神様がいたらしくてな。オセロしてる連中は、その神様のバレて怒りを買ったらしく、今じゃ死神より下のランクに位下げされたらしい。

俺の件も取り合ってくれたらしく無罪放免。晴れて天使に昇格したわけだ。ん?転職かな?』


天使になろうと変わらない。死神とは思えないくらい温かみのある声。僕はコイツの心がそうさせたんだと密かに思った。


「それでいて人間への転生候補らしいじゃん?いいなー」


『なんだ知ってたのか。条件付き転生候補に成り上がりよ』


「条件…?」


『転生する時はお前も一緒に、だそうだ。神にも融通の効く連中は…ん?』


「……」


『なんだ?泣いてるのか?』


「や、やめろ!泣いてるわけあるか!」


涙を拭いグッとこらえた。感情豊かになれたのもこのプログラムとやらのおかげだったのかもしれない。


『ハハハ、まぁ、気長に待とうじゃない。転生出来ることを』


「…そうだな。

そういや、俺まだお前の名前聞いてなかったけど、名前とかあるの?」


『俺か?俺の名前は…』





…Fin


ご愛読ありがとうございました。


如何でしたでしょうか?

書きたいことを詰め込んでしまって

ゴチャゴチャになってしまいました、


最後までお読み頂いたこと心より感謝申し上げます。



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