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封印の神器アラストル  作者: 彩玉
一章 樹海騒乱
9/29

9.邪魔者

 ライコウはハクの背中で揺られ、砂漠に至る樹海外縁への道を辿っていた。とある事情で彼はハクを喚び戻してすぐに、ともに来た獣道(みち)を引き返していたのだ。


「ハク、もう少し速度上げてもいいんだぞ」

「ヴォフ」


 彼の呼び掛けに呼応して、ハクは静かに歩行速度を上げる。小走り程度だ。これならば砂漠のときのように振り落とされる心配はないだろう。


「よしよし」


 ライコウは満足気に頷きながらそれとなく周囲の木立の陰に注意を払う。先ほどから、樹々の陰から陰へと移動しながら後を追う存在が、彼らを逃すまいと監視を続けているのだ。


 最初に気づいたのはハクとの合流前だ。今思えばサイクロプスと一戦交えた時から監視されていたかもしれないが、それを確める術はない。

 いずれにせよ周囲から複数の視線を感じたわけだが、彼らは何かをしかける様子はなく、ただじっと見つめてくるばかり。何者かと視線のある方向へ目を向けるも、一切動じる事もなく闇の中に溶けるように姿を隠し、尻尾すら掴ませることはなかった。


 そこでライコウらは森の異変の確認という目的を達成したのもあって、長居は無用とばかりにその場を早々と立ち去ったのだが、彼らは今もこうしてしつこく追って来ていた。

 依然として探索スキル『索敵サーチ』にも掛からず、視線の主が魔物かそうでないかも判然としないままだった。


 ((コウ、まだいる?))

 ((いる。ずっと付いて来てるぞ))


 ライコウと同様にハクも警戒は怠らない。視線はまっすぐ前方に向けられてはいるが、両耳はアンテナの如く世話しなく動き続ける。


 ((アヴゥ。もしかして……))

 ((かもしれないな。連中の中でも下位(ロウ)ならあり得る。大方、こちらの動向を探りながらの様子見ってところだろう))

 ((ヴヴゥ。何かしないの?))

 ((しない。いずれあちらさんからコンタクトを取ってくる。その時に潰せばいいのさ))


 確証は無いが、ライコウには視線の主に思い当たる節があった。注意を払いながらも独り考える。


(……もし当たっているとすれば、連中が置かれている状況は想像がつく。おそらくこちらとの力の差があまりにも開いてしまっている為に、手が出しづらくなっているのだろう。今はより力のある上位の者がやって来るまで追跡を続けているところか……)


 となれば今後の展開は見えてくる。樹海を抜けるまでに複数のサイクロプスを故意にぶつけてくるか、扇動し操る黒幕本人が現れるか。もしかするとその両方ということも考えられる。

 だがそんな予想を立てずとも、すぐにそれに対する答えが彼らの目の前に姿を現すことになった。


 ◇◇



 複数の視線が突然ぷつりと感じられなくなった頃と同じくして、ライコウらの行く手に独りぽつんと立つ人物が、こちらに向けて手を大きく振っていた。


「おーい!」


「ハク、止まれ。……お出ましだ」

「ヴルルルル……」


 目の前に現れた一人の人物に関して小声で伝えると、ハクは隠すこともなく警戒心を露に唸りだした。今にも飛びかからんとする勢いだ。そんなハクを宥めるように優しく撫で、男と同じ目線になるよう降り立った。


「こんなところで会えるなんてラッキーだ。申し訳無いんだけど、一緒に連れて行ってくれないかな?」

「君は冒険者か。道にでも迷ったのか?」

「ああ。そんなところさ」


 だが威圧的な巨狼を前にして、目の前の人物は動じる事もなく、こちらに笑顔で話かけて来た。その肝の据わり様は異様と言えた。

 一見すると若い男性冒険者だ。見た目からして二十歳に届かないだろう。彼の登場は状況が状況ならば何も不自然さは無い。だがサイクロプスが跋扈するこの森では、その自然さがかえって怪しさを増していた。


「砂漠に出ての迂回だが、それでも良いなら別にいいぞ」

「もちろん構わないよ。ありがとう。恩に着る」


 いかにも好青年そうな冒険者は砂漠への帰路に加わり、道中幾つかの会話を交わす。そんな中で彼がどう動くつもりなのか、ライコウは疑う素振りを一切見せずに出方を窺う。


「……あいつはミニマップを持ってるんで多分一人でも大丈夫だと思うんだけど」

「そうか。そうだといいんだけどな……」

「? どうしたんだ?」


 青年の言葉を受けて、心配したように考え込むふりをする。次の言葉でどう反応するか試すつもりだ。


「実はさっきサイクロプスに遭ってな。命辛々逃げて来たところなんだ」

「っ! そんなことが!」


 サイクロプスに遭ったというくだりで、僅かだが動きを止めた青年は白々しく驚いた表情で訊ねてきた。どうやら彼はかなりの役者らしい。最初から正体に気づかなければ、ただの仲間とはぐれた冒険者だと思い込んでいただろう。


「ああ。だから君の相棒も襲われたんじゃないかと思ったんだが……」

「…………」

「申し訳ない。余計な心配をさせてしまったかな?」

「いえ、そんなことないです。あいつなら上手く切り抜けるはず」

「そんなに強いのか?」

「はい。俺より倍ぐらいには」


 そう言い気丈に振る舞う彼は、足早に先へと進んで行った。その背中を見つめながら、彼の言う相棒が存在するのかしないのかライコウは考えていた。


(作り話にしてはどうにも真実味がある口調だな。こいつの他にも、この樹海のどこかに潜んでいると考えてもいいかも知れない……) 


 ライコウが頑ななまでに青年が人間ではないと信じているのは、何も不自然な登場の仕方をしたからではない。彼の身体から微量に漏れだす魔力の性質が、そのものだったからだ。

 常人では気づけない魔力の差違を見破ったのは、ライコウのな経歴によるものだったが、微量な邪気では青年がどんな強さかは測れず、とりあえず用心してもいいほどのものだと考えるに留めていた。


 それからしばらくして、砂漠までもう半分の道のりを切った時。


「ここらはよく通るんだ。ここから先は俺に任せてくれ」


 と、青年が近道を知っていると言い出した。ライコウは一度疑う素振りを見せてから、彼の提案に乗ることにした。敢えて彼が仕掛ける罠に誘い込まれることにしたのだ。

 彼との会話のかたわらで、いつでも戦闘に意識を切り換えられるよう、ハクと念話で打ち合わせていると、妙にひらけた場所で青年が立ち止まった。


「ん? どうしたんだ? 何かあったのか?」

「……いえ、こんなところでなんだけどお願いしたい事があって」

「なんだ? 別に今じゃなくても……」

「今じゃなきゃいけないんだよね」


 すこし乱暴に言いながら青年は笑顔で振り返る。彼の見せる笑顔は、冷たくおぞましいものだった。ここでふたりを始末する気のようだ。


 探索スキル『索敵サーチ』にはなんら反応は無いが、周辺から複数の気配を感じていた。何らかの魔術で姿を隠しているのだろう。

 だがそんな伏兵に気付きながらも、腰に下げる剣に触れようともせず、当惑した表情で「どういうことだ?」と騙されているふりをし続ける。

 実は筒抜けだとは知らない青年は、ライコウを小馬鹿にしたように笑い続け、


「ハハ、まだ分からないのかい? 聞いていたより全然鈍いねぇ。……とんだ能無しだったらしい」

「なんだと?」

「そこのけだものくんは最初から気付いていたようだけれど。どうだろう、そんな能無しより俺に仕えてみないか?」

「グルルルル!」


 ライコウをせせら笑い、あまつさえ彼の契約獣であるハクを、自身の配下にと勧誘スカウトしようとする青年に、ハクはひどく怒ったように牙を剥き、激しく放電し始める。なんてことのない安い挑発ではあったが、じゅうぶん癇に触ったようだ。

 対する青年は「おお、怖い怖い」と恐怖心を口にしながらも、微塵も感じさせない態度で言いのけた。自身の勝ちを確信してしまっているのだろう、まったく嘲笑を崩さない。


 ここで頃合いだろう。

 ライコウはわざと慌てたように剣を引き抜くと、青年は喜んだように大きく嘲笑った。


「くくく! なんだか面白い剣を持っているらしいが、お前なんかじゃ俺には勝てないよ。そっちの獣くんならいい線いくだろうが、生憎と毛だらけになってまでじゃれ合う気はない」


 青年はライコウを無視するようにハクを一瞥し、パチンと指を鳴らす。


「ギギシシシ……」

「オウアー。ウギギギ……」

「シシシ。オーオー」


 鳴らされた指を合図にして、無精髭を生やしたサイクロプスがどこからともなく現れた。その数は十三体。どれもライコウが相手にしていた二体の巨人らと同程度の体格だ。

 ライコウらを取り囲むように立ち、互いに何か話しながら、見下ろしてくるサイクロプスたち。そんな光景に彼は黙して身構えていると、何を勘違いしたのか、にやついていた青年はまたも馬鹿にしたように笑いだした。


「アハハハ! 驚いて声もでないのか? お前のような能無しじゃあ気づかないのも無理ないよなー?」

「ふん……サイクロプス程度……」

「どうってことはない、か? 確かに報告じゃあ軽く二体を倒せたらしいけど。こんなニブチンじゃあ信じられないねぇ。実はそこの獣くんに全部倒してもらったんじゃないの? んんん?」

「…………」


 人を馬鹿にした態度の青年の問いに、敢えて無言を貫くと、


「やっぱり図星か。そうだろうそうだろう。用心して多めに連れてきたのに損した気分だ。まったく、どうしてくれるんだ?」


 と、勝手に納得してくれた。彼はライコウの思惑通り過小評価してくれたらしい。

 自身が(たばか)られていることを露ほども考えていない哀れな青年を前にして、ライコウはハクに念話で話しかける。とある頼みごとをするのだ。


 ((ハク、ちょっといいか?))

 ((なに?))

 ((しばらく巨人どもと戦った後、後を任せてもいいか? 無理な――))

 ((ヴヴゥ、余裕))


 ハクは遮るように言いきり、周囲の巨人らを牽制するかのように電撃を飛ばしていく。そのうちの飛んでいった何本かが、巨人の顎ひげをぶすぶすと炙った。


 ((……分かった。任せる。あと、もうひとつ頼みたいことがあるんだが……))


 任せても問題ないようだと判断したライコウは、その後も短く念話で打ち合わせ、それぞれに決まったことをやり遂げるべく、ゆっくりと青年に視線を移す。


「なんだその表情は? 命乞いでもする気になったか? ハハハハ」

「いや。さっさと片付けてしまいたいと思ってな」

「ハハ、それは残念だ。が、俺も相棒にせっつかれた後でね。ここで終わらせてもらうよ。さてと……」


 青年は邪悪な笑みのまま、周囲を囲む巨人らを一瞥し、「殺せ(やれ)」と向け号令を放った。それを受け、巨人らは一斉に雄叫びを上げ、ライコウらに殺到する。


「「「オオオオオオオ!!!」」」


 一点に群がる巨人らの姿はまるで餌に飢えた獣ようだ。狂ったように互いを押し退け、我先に獲物を引き裂かんと腕を伸ばす。


「ハク!」

「ヴルルルァァァ!!!」


 血走った形相で全方向から迫り来る巨人らに対し、合図をするかのようにハクの名を叫ぶと、ハクはライコウを道連れに、自身を中心にして青白く燃え盛る直径五ムールにおよぶ火柱を出現させた。

 そのあまりに激しく燃えさかる火柱は、天を覆う緑を一瞬にして焼き払い、ライコウを掴もうと伸ばした何体かの巨人の腕をどろりと融かしきる。ほか数体もそれぞれ強烈な閃光に目を焼かれ、痛みに狂い、野太い悲鳴を上げながら顔を両手で覆っていた。


「うおおおおおおお!」


 片腕を融かされ、痛みに呻く巨人のうちの一体に、青白い火柱から身を躍り出したライコウは、裂帛の勢いそのままに『跳躍』し、魔剣を巨人の心臓めがけて刺し貫く。同時に火魔術系剣術スキル『突貫・爆炎』を発動、深々と突き刺した高熱の刃が頑強な肉体をほんの数秒ほどで焼き融かし、勢いを殺すことなく穿ち、大穴を開けた。


「ふっ!」


 胴に大きく開けられた穴をくぐり抜け、ライコウは巨人の背後にそびえる樹木を足場に、更なる獲物の首を狙うべく気合いを入れ飛び出した。


「ヴヴヴルァ!!」


 ライコウが二体目の手首を斬り落とし、腕を伝って巨人の耳に燃え盛る魔剣を突き刺したところで、後れ馳せながらと、ハクも目の前にいた巨人に飛びかかり押し倒す。

 ころがるように押し倒された巨人は、なんとかハクを引き剥がそうと首や胴を掴みひっぱるが、


「ガルァ!」

「ギィィィ! アア………」


 厚い胸板に突き立てられた鎌のように鋭い鉤爪や、醜悪な顔を噛み砕く牙、合金のワイヤーのように頑丈で、熱伝導の高い剛毛から数千度の電流が皮膚へ体内へと伝い流し込まれ、必死の抵抗むなしくものの数分で焼かれ融かされていく。


「ヴルルル……」

「「「ヒィッ!」」」


 ハクは周りに視線を走らせ、新たな標的を見定める。その光景を目の当たりにした巨人たちは小さく悲鳴を上げた。彼らは凶化によって正気を失ったはずだが、眼前の脅威に眠らされていた生存本能が呼び覚まされたのだろう。顔中に冷や汗をかき、蜘蛛の子が散るように逃げ始めた。

 しかし、みすみす彼らを逃がしておくハクではない。瞬時に魔力を高め、激しく放電し、つい昨日見た狼型プラズマの姿になると、逃げ惑う巨人らを追いかけ次々と灰塵に帰していった。


「や、ヤベえ……」


 ハクの容赦ない過剰攻撃(オーバーキル)を目の当たりにしたライコウは、思わずひきつり冷や汗をかくも、彼もまた他人のことは言えなかった。

 あらゆる剣術スキルを多用し、まるで野菜でも切っているかのように次々と切り刻む。ほかにも魔術で刺したり、焼いたり、潰したり、凍らせたりと次々と数を減らしていった。


「よし、あとは任せた!」

「ヴォフッ!」


 残すところ三体となったところで、ライコウはいつの間にか消えた青年を追うべくこの場を離脱する。

 既に青年の姿はどこにも見えなかったが、想定していたのか彼は慌てる様子もなく、探索スキル『追跡ストーク』を発動した。


「逃がすかよ……!」


 彼は姿の見えない青年の背中を捉え、まるで標的ターゲットを追い詰め狩りだす狩人ハンターのごとく不敵に笑うと、変装スキル『隠匿ハイド』を発動し、蒸発するように姿を消した。



 ◇◇


 肉裂かれ、血飛沫舞い、蒸発する。

 どこか地獄絵図のような、凄惨なあり様を見届けることなくその場から姿を眩ました青年は、実態を知らないまま、本当ならば真っ先に犠牲になるだろう鎧の男の無様な死に様を想像し、おかしそうに嗤っていた。

 見られないのは残念だが、断末魔ぐらいは聞こえるだろう。そう期待して彼は新たな獲物を探し始める。


 青年はこの森に手下を連れて現れて以降、幾度にも渡って多くの人間たちを殺してきた。

 彼は偶然を装って無作為に選び出した冒険者たちに近づき、人気のないところへ誘いだす。と、待機させておいた複数の巨人たちをけしかけ、逃げ惑う人間たちをひたすら追いかけ回し、恐怖と絶望に染まったところで、一人残らずなぶり、いたぶり、殺し尽くす。そんな恐ろしく回りくどく、面倒な殺し方を好んで行っていた。


 彼にとって、罠にかけた人間たちが無様に死に行く姿は、愉しくて可笑しくて堪らない。始めこそは最期まで立ち会い、腹を抱えて嗤いこけていたが、一緒に樹海に訪れた相棒に、効率よく狩るよう咎められてしまっていた。

 以後、彼は不承不承ながらも、巨人にその場を任せ、さっさと立ち去って行くようになった。不満はかなりあったが、相棒の力は実質格上。従わなければ彼が消されていた。


「うおお、凄い! なんだあれ!」


 背後から轟いた一際大きな爆音に、青年は驚き振り返る。

 と、獣を連れていたあの冒険者(カモ)がいた方向から、目が眩むような閃光と雷鳴が絶えず木立の間を突き抜けて、彼の元まで届いていた。


「見たかったなぁ……ああ、でも流石にこれはヤバかったか?」


 もの凄い戦いになっていそうだ。と野次馬根性丸出しできびすを返しかけたが、彼が思っていた以上の凄まじい衝撃音だっただけに、内心冷や汗ものだった。


「俺ってば、つくづく運に恵まれているな」


 あの獣が巨人ボケどもに夢中になっている間に姿を眩ませればいい。そう考え


 ザシュッ!


 視界が大きく揺らぎ、頭を掻こうと上げた片腕が独りでに落ちていった。


「あ?」

「ちっ」


 地面の上で跳ねる右腕を呆然と眺める青年は、間抜けな声を上げる。しかし彼は痛みを感じなかった。もとより彼に痛覚などないのだ。


 残った腕の切断部からは一滴の血も滴ることはない。かわりに黒い靄のような、瘴気に似た魔力が切り口から止めどなく吹き出し始めた。

 そんな異様な隻腕を持つ青年を眺めながら、


「はぁ……俺もすっかり鈍ったな。ま、しょうがないか。長らく離れていた訳だし」


 と、何もない空間から突然煙のように現れた黒鎧の男は、溜め息混じりに独り言を呟いた。彼としては首を狙ったつもりだったが、タイミング悪く腕を斬り落としてしまったのだ。

 そんな聞き覚えのある男の声に、隻腕の青年は慌てて後ろを振り返り、背後にいた男から距離を置いた。


「い、いつの間に? あ、いや。な、何でお前がここにいるんだ……」


 彼の右腕を斬り落とし、背後に悠然と立っていたのは、青年が雑魚と見下していた黒鎧の男(ライコウ)だった。

 あの間抜けな態度をとっていた時とはうって変わり、今では全く隙の無い強者の佇まいで青年を捉えていた。

 すでに死んでいるものと思い込んでいた青年は、ライコウの突然の登場に慌てるも、彼から向けられる視線から、虫でも殺すかのような、何の感情も込められていない強い殺意を感じとり、思わず顔が強張った。


「はあ? 何でって……そんなの決まってるだろ? まさか……わからないのか?」


 今度はライコウが青年を小馬鹿にしたようにせせら嗤う。彼は構えようとはせず、隙のない隙を見せつけていた。その完全に見下したような態度に、青年はにわかに苛立ちはじめる。


「いいから教えろ!」

「おいおい。そう怒鳴ることないじゃないか」そう言いつつも尚も笑みを崩さず、「この無駄に広い樹海で、折角見つけた邪魔デーモンだ。俺がみすみす逃すわけがないだろ?」


 邪魔デーモン。邪魔とはこの世界に二種族しかいない魔族の片割れだ。

 それは人間の強欲に満ちた負の因子が、地上のどこかにある瘴気と混ざり合うことで生まれでた邪悪なる負の存在。悪魔族から抜け出た『はぐれ悪魔』もまた、いずれ邪魔として変態する。

 秩序と統制を好む悪魔族とは異なり、破壊と暴虐、厄災を何よりも好み、地上の人々に混乱と絶望、恐怖をもたらすべく災いを振り撒き続ける。


 彼らは精神生命体であり、コアを納める仮初めの肉体(外殻)を持つ。姿かたちは邪魔によって様々だが、共通した特徴は漆黒の肌に人の悪意を具現化したかのような異形の姿をしていることだ。

 基本的には本体の姿のままに活動することはなく、何かしらの屍体に憑依している。


 また、悪魔族の制度を模倣したのか、邪魔族のなかでは個体の強弱を同族に知らしめる為の階級があり、下は奴隷スレイヴ級から上は大公爵(グランドデューク)級まである。

 ちなみに、ライコウはあの青年を邪魔の中でも、騎士ナイト邪魔デーモンに相当すると践んでいた。別に適当に考えたわけではない。仮初めの肉体がその姿を現せば『鑑定』によって裏付けはとれるが、そんなことをせずとも、これまで生きてきた彼の長い経験と、特殊な本職に裏打ちされた確かな判断だった。


「っ! お前、俺たちのことを……」

「知っている。この森にいる誰よりも、な……」


 ライコウは答え終わるやいなや、突然姿を消した。歩術スキル『瞬進』で瞬時に青年の背後に回り、首を跳ねとばしたのだ。強張った表情をする首はボールのように鈍い音をたて、地面を転がる。だが、


「アッハハハ! 誰よりも、だと? 馬鹿め、この体をいくら傷付けたところで無意味だ!」


 調子づく生首に、ライコウは呆れたように見下ろしながら、


「はぁ、そんな事ぐらい知ってる。いいから早く本体を現したらどうだ」

「ケケケッ、誰がお前の言う通りにするかっ!」

「はん……もしかして、怖じ気づいたのか?」

「なんだとっ!」


 未だ自身の優位性が変わらないと思っていたのか、生首はけらけらと笑っていたが、ライコウの最後の一言で表情を一変する。怒りに満ちた表情だ。


(こいつは、よくもまあコロコロとうるさく表情を変えるものだな)


 と、転がる生首を見つめ、呆れながら更に言葉を続ける。


「無理しなくてもいいんだぞ? お前のようなは、一度でも肉体を喪なえば完全に終わりだからな」

「んなっ! なぜそれをお前が知っている!」


 いちおう騎士ナイト邪魔デーモンという兵士ソルジャー級を束ねる上位者ではあるが、彼は中級ミドル邪魔デーモンの中でも最下位の方で、まだまだ肉体に収められた精神体コアは脆いままだ。上級ハイ邪魔デーモンのように、精神体のみで、いつまでも地上に留まる真似はとてもだが出来ない相談だ。


 邪魔デーモンは肉体をただ破壊されたところで、ただちに消滅に至ることはない。

 が、未熟な精神体コアを持つ邪魔では、再び肉体を得るのは非常に困難だ。それは瘴気の中で肉体が生成されること自体が稀であり、また肉体が得られない状態が続けば、ぴったり一ヶ月後には消滅するからである。


「誰よりも知っていると、今さっき言ったばかりだろう……この鳥頭め!」

「ぎっ」生首は怒りに顔を歪ませる。


 ライコウは、生首が苛つくようにわざとらしく嗤い、なじるように喋り続ける。


「しっかし、『お前なんかじゃあ俺には勝てない』とか言って、あれだけ偉そうに人を見下していたのに、この体たらくとはな。鳥頭だけにとんだチキン野郎だ」


 ライコウは生首を強く踏みつけ、地面に食い込ませるように詰る。


騎士ナイト邪魔デーモンと冠しちゃいるが、とても騎士様のように『強く』は見えないし。そうだ。いっそ人から鶏の屍体に乗り換えたらどうだ? お前ならよく似合うと思うぞ」

「ぐきっきききききき、きぃぇおあアアアアアアア!!」


 青筋を立てた生首は、怒りに身を任せ言葉にならない何かを絞り出すように絶叫する。そんな反応を見せた生首に、ライコウは上手くいった。と言いたげにほくそ笑む。


 悪魔族もそうだが、とりわけ邪魔デーモンというのは総じてプライドが高く、人間をよく見下す傾向があり、彼もまた同様だった。


 彼はつい先程まで自身が見下していた人間から、馬鹿にされ、詰られ、踏みつけられたのが耐えられなかったらしく、肉体を喪うリスクよりも、あからさまな挑発をとったようだ。

 首と片腕を失った屍体が怒りに震え、四方に弾けとび、中から漆黒の人ならざる異形の肉体が、膨張するように姿を現した。


「ハッ! 相変わらず気持ち悪い身体してんなあ!」


 蜘蛛の身体に烏賊いかの触腕のような触手と、三本のさそりのハサミを生やし、蜘蛛の眼球の代わりに苦悶に満ちた人間の顔が浮かんでいる。この顔らは恐らく、これまでに殺められた者たちのものだろう。ますます騎士とは言い難いおぞましい姿をしていた。


「オレを愚弄シタこトをコウカいさせテヤル!」


 苦悶に満ちた顔から発せられる異形の声と、激越な口調は憎悪に満ちたものだった。

 対するライコウは腰を低く落とし、肩に担ぐ魔剣を煌々と輝かせ、ペロリと唇を舐めると、


「やれるものならやってみろ!」

「オオオオオラアアアア!! くラええ! 人間メえええ!!!」


 戦いの口火を切った挑発に応じ、怒り狂う邪魔はうじゃうじゃと動きもたげる無数の触手による猛攻を繰り出した。

 対するライコウは、目にも留まらぬ速さで捌ききり、猛然と突き進む。狙うは短時間による決着。長引かせてもいいことは何一つもない。


(樹海に邪魔デーモンか……ふふん。今はこいつに全力を傾ける。それだけだ)


 今後、待ち構えているだろう展開を一瞬だけ彼は予見したが、今はとりあえず後回しにして、眼前にいる敵のみに意識を集中した。




 この時を境にして、ライコウは邪魔デーモン絡みの戦いを、彼の望む望まざるに関わらず()自身に招き寄せていく―――。



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