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封印の神器アラストル  作者: 彩玉
一章 樹海騒乱
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8.樹海の中

 ライコウは樹海外縁で冒険者の男女の二人と別れ、樹海の中を黙々と駆け抜けていた。

 ハクの居場所は分からないが、べつに闇雲に走っている訳ではなかった。彼自身の視界の中に映るに従って移動していたのだ。


 二十ムール以上の背の高い樹々から伸びた枝葉が、互いに重なり合うように張り巡らされている。

 僅かに覗く青い空から、やわらかい陽の光が差し込み、暗く鬱蒼とした地表に一条の光が注いでいた。その木洩れ日はまるで天界から地上へ注ぐ神聖な後光のようで、樹海の中を幻想的に演出していた。


「相変わらず、暗いな。ここは……」


 しみじみと、どこか懐かしむように独り言を呟きながら、彼は目の前の坂を登る。

 この森は決して平坦な土地柄ではなかった。千年以上に渡って手付かずの原生林は、言わば天然の障害に満ちた迷宮ラビリンスだ。たとえ森を知っていても、不用意に足を踏み入れれば必ず迷う。


 相変わらず鳴り続けている雷撃の音は、樹海の中で反響し合い全方向から聞こえてくる。外縁で見られたあの強烈な稲光は数多の木立に遮られ、彼の視界の中にその攻撃的な光は映らない。

 この暗くあまりにも広大な森の中で、ハクの姿を見つけ出すのは容易なことではない。はっきり言って無理だろう。


 外縁で別れ、ハクが追撃に出てしまって以降、探索スキル『索敵サーチ』にハクの反応は表示されない。それもそのはず、ハクが『索敵』の範囲外に出てしまっているからだ。

 そこでライコウは、同スキル『追跡ストーク』を発動。発動と同時に視界の中に現れた小さなを頼りに、ハクの後を追うことにしたのだ。


 探索スキル『追跡ストーク』は、『索敵サーチ』の情報を自動共有してリストを作成し、任意の者を選択する事でその対象者の居どころを正確に指し示すスキルだ。

 あくまでも方向のみを示すだけに留まるので、目標までの到達距離に関しては一切情報は得られない。だがそこは『索敵』と併用することでクリアできた。


 この方位磁石のようにゆらゆら揺れる矢印を頼りに、出会した大岩をよじ登ると、


「おっ、なんだ?」


 ライコウの眼前には大きく開けた一本道が走っていた。彼から見て、一本道は左手前から右奥へとカーブするように続いている。


「ただの獣道……にしては大きすぎるよな」


 この不可解な獣道に近づいてみると、道の周辺から焼け焦げた臭いが漂ってきた。

 中に入り見渡すように観察する。と、道の中に立っていたであろう樹木が黒く炭化し、根本から薙ぎ倒されていたのを見つけた。それも一本や二本ではなく、道沿いの樹木すべてが焼き尽くされていた。


「障害物は全部焼き尽くしたのかあいつは……」


 この獣道を作り出したのはハクだ。そうライコウは確信した。

 樹木を一瞬にして灰にし、道々に続くように残された大きすぎる狼の足跡がその証拠だ。『追跡』の矢印が指し示す方向と少し被っている以上、可能性は限りなく高い。

 そんなハクの所業に呆れつつも、一方で彼は感謝の念を抱いていた。よくやった、と言いたいぐらいに。


 樹海では、土地の開発が厳しく規制されていることもあってか、獣道以外に道らしい道など一切ない。

 樹海すべてが原生のままの姿を残している為、坂や窪地、倒木、大岩などが多く、ここまでの道中はそれなりに苦労させられた。歩術スキル『跳躍ジャンプ』と同スキル『驀進ダッシュ』を用いなければ、さらに余計な時間がかかっていたであろう。


 それだけに、ハクお手製の特大獣道は移動しやすい。坂などの地形こそ変えられてはいないが、道中に大きな障害物はなかった。恐らく、ハクが移動していた時に焼かれたか弾き飛ばされたのだろう。正に絵に描いたような猪突猛進ぶりだ。


 そんな格段に移動しやすくなった獣道で走っていると、ようやく『索敵』の範囲にハクの反応を捉えた。やっとかと思い、さらに『驀進』で距離を稼ごうとしたところで、ハクから突然念話が入った。


 ((コウ、……コウ!))

 ((ハクどうした。何が起きた))


 ハクの焦ったような声が意識の中で大きく響く。なぜだか事態が急転したらしい。


 ((ヴルルル、そっちに2体行った!))


 報告の通り敵意を示す赤い反応が2つ。サイクロプス亜種と表示されている。急速に此方へ向かっているようだ。


 ((確認した。こいつらは俺が片付ける。ハクは今どうしてるんだ?))

 ((……もうすぐ……2体目を仕留めるとこ!))


 どうやらここに至る迄に最大4体のサイクロプス亜種を相手にしたらしい。声に若干の焦りはあるが、疲れを感じさせない。大して疲れてはいないようだ。


 ((分かった。ハクはそいつを仕留めた後その場で待機するんだ。俺が喚ぶまで警戒は解くなよ。何か起きたら必ず俺に連絡するように。いいな?))

 ((ヴォフッ、りょーかい。休めばいいんだね))

 ((そうだ。頼むぞ))


 ハクに指示を出し念話を終えた後、急速に此方へ向かってくる2体のサイクロプスに意識を向ける。あと3分かかるか、かからないか位で目の前に出現するだろう。

 ライコウはこれを迎え討つべく腰に下げる魔剣を鞘から引き抜いた。


「……あれ、こんな()だったか?」


 鞘から引っ張り出した聖魔混成剣(ハイブリッドソード)【乾坤】の姿はすっかり様変りしていた。

 刃渡り110セルの直線的でシンプルな黒だんびらだった剣身ブレードが、くびれたリカッソのある形状へと変わり、中心に細いフラーが彫られていた。また、剣身自体がオパールのように白く虹色に輝き、淡くゆらめく光を発している。


「……こっちも、なのか」


 魔剣が納まっていた鞘の方にも視線を移す。と、こちらも劇的に変化していた。

 以前は白と黒がない交ぜになったような色彩に、装飾のない灰色の金具で留められていた金属製の鞘という外見が、金具も含めすべて純白に染まり、きめ細やかなレリーフがなされていた。


 このあまりの変わりぶりは、とても記憶違いとは言いがたい。

 この魔剣は、属性によって変化する特殊剣だとは知っていたが、どうしてここまで外見的にガラリと変化しているのか、分からなかった。

 が、気にはなるが今はとりあえず後回し。気になって眺めているうちに、敵が目前まで迫っていたのだ。


「おっ、分かれた」


 ライコウからみて前方二十ムール付近で巨人が左右二手に分かれた。どうやら挟撃という形でに打って出るらしい。

 奇襲という言葉の通り、2体のサイクロプスの姿は地上には居ない。冒険者の男が証言した通り地中を移動しているのだ。足元にも僅かだが振動が伝わる。大きな揺れを起こさない程深く潜り移動しているのか、別の形態をとって工夫しているのか。地上では確認しようもないが、行動だけは『索敵』で筒抜けだった。


 この危機的状況の中でも彼が動かず身構えているのは、『逃げても無駄』だと考えている他にもうひとつ理由があった。それは『地上から2体に手が出せないから』ではない。やろうと思えば攻撃を仕掛けることはできる。だがそれをやろうとはしないのは、もうひとつの理由である『敵の戦闘スタイルを観察する為』だ。

 先程得られた男の証言だけでは、敵の戦闘スタイルを見極めることはできない。あくまでも個体差があるからだ。奇襲を繰り返す変則的な攻撃を主とするのか、本来のスタイルを踏襲するのか。はたまたその両方を織り混ぜたものなのか。

 今後この樹海の中で出くわすであろうサイクロプス亜種に対する策として、少しでも役立てようという考えの下の行動だった。結果次第では冒険者協会などにも提供できるかもしれない。


 この2体は彼にとって初めて会敵エンカウントするサイクロプス亜種なだけに、サンプルとしてしばらく観察する気でいた。



 ボガッ、ボッ、バササッ! ドッ!


 二体のサイクロプスは左右二手に分かれた数秒後、ライコウから五ムール程間隔を空けて左右対称に出現した。

 地面に突如開けられた大穴から這い出るように現れ、土壌の中にある小石や腐りかけた木片、拳大の土塊(つちくれ)などを撒き散らしながら身を起こした。


(……でかいな)


 大穴から上半身を露にした時から分かってはいたが、完全に地上に現れた二体はともに十ムールを超えている。外縁で見たサイクロプスの二倍近くはあるだろう。

 ライコウはすぐに剣の切っ先を二体のサイクロプスに向け、突くように牽制しながら間合いを取る。その間にそっと『鑑定』を発動してみると、ステータス情報が得られた。


(……穴掘り一ツ目巨人(サイクロプス・ディグ)か……初めて見る名前だが……まんまだな)


 案の定、目の前にいるサイクロプス亜種は新種だと分かったが、地中移動の能力を、邪気を放つ変異後に獲得したのか、以前からなのかは分からない。どちらにせよ、厄介そうには変わらなかった。


「「オオオオオオッ!」」


 二体のサイクロプスは度重なる牽制に痺れを切らしたのか、目標物(ライコウ)を肉塊にすべく互いに連携するように蹴りや拳を放ってくる。彼はそれらを容易くかわし、捌きながらしばらく観察していた。


 ◇◇



(……この2体は肉弾戦型か。らしい戦いをする。……よし)


 戦闘開始から約三十分後。

 彼は二体の戦いぶりを観察し続けていたが、あの能力を用いた攻撃は全く見られない。敢えて長く距離をとり隙を作って見せても、地上から追いかけるばかりで力を使おうとはしなかった。

 そんななか、今が頃合いだと判断したのか、今の今まで取り続けていた防御や回避から一転、一気に攻勢に打って出る。


「はあああっ!」


 気合いをいれ、回転するように体を大きく捻ると、剣を三度振る風魔術系剣術スキル『三連斬・鎌鼬』を発動。もう一体より先にライコウに追い付いたサイクロプスA(と呼称してみる)が放った右拳を三つの真空刃で三枚に降ろしてみせた。

 右拳どころかそのまま右肘近くまで引き裂かれ、思わぬ反撃によって受けた痛みに悶えるその隙に、遅れて到着したサイクロプスBに火魔術〈炎爆塊フレアランプ〉を叩き込み、来た方向へ戻すよう遠くへ吹き飛ばした。


「ふっ!」


 使い物にならない右腕を庇いながらも蹴り飛ばそうと繰り出す足蹴をかわし、歩術スキル『瞬進インスタント』で一瞬のうちに股の下を駆け抜けると、剣術スキル『撫で斬り』で軸足のアキレス腱を切断した。


「ギィッ! アアア、オアアア!?」


 強い痛みの後、軸足の支えがなくなったサイクロプスAはバランスを失い崩れるように背中から倒れ込んだ。


「ウッ……グガッ」

「終わりだっ!」


 流し込まれた魔力で覆われた剣の切っ先をサイクロプスAに向けた直後、なんとか起き上がろうと足掻く身体の下に大きな魔法陣が展開され、魔法陣の中から出現した巨大な無数の針が、サイクロプスの全身を容赦なく刺し貫いた。

 サイクロプスは、口から黒い泡を吹き出しながら絶命した。何が起きたか分からない。そんな表情をしていた。


「次……」


 展開された闇魔術〈針山〉は、苔むした巌のように硬く肉厚な筋肉の装甲をいとも容易く突き破っていた。

 すべての傷口から黒々とした血飛沫を噴き出し続ける凄惨な光景を後にすると、彼は後方へ吹き飛ばしたはずの片割れへと視線を向けた。


「……居ない、な」


 〈炎爆塊フレアランプ〉の爆風によって転がっていったはずのもう一体の姿は何処にも見当たらない。どうやら姿を消してしまったようだが、それは目視での話。既にサイクロプスBの居所は捕捉していた。


「ふっ!」


 足元に感じた振動を受け、地面を大きく踏み込み、垂直に高く『跳躍ジャンプ』した後。

 彼が立っていた場所から地面を突き破るかのようにサイクロプスが出現し、そのままの勢いでライコウを捕らえようと両腕を伸ばした。

 そのしつこく迫る両手の追撃を、風魔術で滞空し続け、身をよじるようにかわしながら、巨人の指を切り飛ばし掌を切りつける。


「くっ……らえ!」


 尚も追い縋る両手の隙間越しに、こちらを見上げ血走る眼球に向けて、ライコウは魔剣を思いっきり降り下ろした。


「ガアアアアッッ! アギャアアアアア!!!」


 投擲され、剣自身の重さも相まって、高速で落下してきた魔剣を弾き飛ばすことも、避けることもできずに、サイクロプスは光輝く魔剣を眼球で受け止めてしまった。

 魔剣は眼球にザプリと突き刺ささり、抵抗なく飲み込まれるように深々とめり込んだ後、そのまま眼底をも突き破った。


「アアアアアッッ!! アアアアアア!!」


 サイクロプスはあまりの痛みに絶叫し、突き刺さった剣を抜こうとするも、触れるだけで新たな痛みに襲われてしまい、成す術なくただただ血塗られた顔面を両手で覆うしか出来ないでいた。


「……凄い光ってるな。しかも……どういう訳なんだ」


 痛みのあまり(うずくま)るサイクロプスを、天井のように張り巡らされた枝に掴まりながら眺めていた。

 一つしかない眼球に突き刺さって以降、魔剣は強烈な光を放っている。もはや失明したサイクロプスには関係ない話だろうが、あの光を直視すれば失明の危機に晒されていただろう輝きだ。

 さらに驚いた事に、サイクロプスの体表からにじみ覆っていた邪気が綺麗に祓われていた。明らかにあの魔剣によるものだと分かる。


「……すぐに楽にしてやる」


 これ以上長引かせる気はない。

 だが魔剣は眼球に深々と刺し込まれている以上、取り戻すことはできない。そこで〈アイテムボックス〉から風属性の魔槍【翠玉尖(エメラルドスピア)】を取りだし、蹲るサイクロプスの背中に飛び降りた。

 ライコウが背中に降り立ったにも関わらず、当の巨人は気づいてすらいないらしい。


(痛みでそれどころではないといったところか。むしろ注意が散漫になったのはこちらとしては好都合だ)


 両手に持つ魔槍【翠玉尖(エメラルドスピア)】を、最も頭皮の薄い、巨人族の弱点である頭部に狙いをつけ静かに構える。


「はあっ!」


 翠色に煌めく【翠玉尖】に風が勢いよく収縮したところで風魔術スキル『風突』を発動、サイクロプスの後頭部を穿うがち跡形もなく吹き飛ばした。


「……ふぅ。終わった終わった」


 失われた頚から、ドクドクと青い鮮血を垂れ流すサイクロプスをよそに、ライコウは静かに地面に降り立った。【翠玉尖】を肩に担ぎ、『風突』による旋風で飛んでいった【乾坤】を拾いに行く。

 落ちていた【乾坤】の輝きは、邪気に晒されていた時と比べるとだいぶ弱々しい。元の輝きに戻ったと言ってもいいぐらいだろう。


「…………」


 傷一つない輝く魔剣を拾い上げた後、ライコウは周囲を見渡した。

 串刺しにされ穴だらけになったサイクロプスは、消えた〈針山〉から解放され、既に肉体が収縮するように丸まり腐り始めている。このまま放置すれば、ものの数分で土に還るだろう。目の前の首なしサイクロプスも同様に還るはずだ。


 ライコウは魔剣と魔槍のそれぞれをしっかり振り、絡み付く血液を落とす。取りだした布巾で念入りに拭き上げたあと、用済みとなった魔槍を〈アイテムボックス〉に仕舞った。


「……さて、喚ぶか」


 未だ淡く輝く魔剣をまじまじと眺めながら、自身の影からハクを喚び出した。




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