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封印の神器アラストル  作者: 彩玉
一章 樹海騒乱
6/29

6.不穏な前兆

 延々と広がる乾燥しきった砂の大地、アラスチア砂漠を一路東へと大きな影が猛烈な勢いで疾走していた。影が過ぎ去った後にはもうもうと、砂煙が長く微風に乗って立ちこめていく。


 現在、ライコウはハクの背に跨がり、東に位置する商王都メソスチアの西側城壁を目指しての移動中だ。今や目指す城壁は大きくなりつつある。この調子で行けば陽が沈む前には辿り着ける筈だ。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」


 走る度に絶えず聞こえてくる荒い息遣い。突き抜けるように風を切る音、力強く地面を蹴る足音がなければ間違いなく大きな音をしているだろう。


 地面に映るハクの影は大きい。

 ハクの体格は出会った時よりおおよそ二倍程度になり、大幅に巨大化している。それは走り幅を稼ぎ、かつライコウを乗せて移動するにあたって、できるだけ安定して騎乗しやすくするためであった。

 尻尾を含め体長はおよそ四ムール、体高は二八〇セルムールほど。言うなれば狼の形そのままに、身体の大きさだけが虎から象へと成長したかのような具合だ。


 ライコウから多量の魔力を供給され、十二分に自身の肉体に馴染ませたハクは、好きなだけライコウから魔力を引き出し使える状態にまでに至った。

 これは出発前に行った魔力注入における『慣らし』行為の結果だ。


 飼魔契約(テイミング)では契約主(テイマー)から供給される魔力の浸透を図り、時間をかけて慣らす行為は必須な手順だ。

 なぜなら"魂の絆(リレーション)"により常時魔力が一定量、一方的に契約獣に流れ込んでしまうのだが、それが場合によっては契約獣が自身の魔力と異なる魔力を体内に流入させられることによって拒絶反応を引き起こし、肉体を通る神経――魔力回路が破壊され、最悪死に至ってしまうことがあるからだ。

 そこでじゅうぶんに時間をとり、契約主が契約獣へ少量ずつ魔力を送り込むことによって、充分に浸透させ慣らしていく。使役する魔獣の安全のためには、こういった手間暇が必要なのだ。


 しかし、ハクの場合は当てはまらなかった。ハクはその『慣らし』をたったの1時間で済ましたのだ。通常、ここまで短時間に魔力を浸透することはない。ライコウ自身、過去の経験でも少なくとも丸一日はかかっていたと記憶している。

 謎の神獣ゆえの特別な現象なのか、ライコウとハク、双方の魔力の本質が同質だったからなのか。はっきりとして判らない。


 肉体の変化について問うと、ハク曰く身体中に巡らせたライコウの魔力を用いて自在に肉体を作り変えることが可能になったという。

 身体の大小のサイズの変化は造作もないとのことだが、他には場所を選ばずいつでも人の姿に化けることも出来るらしい。普段は魔素の少ない場所では人の姿が保てないのだとか。


 それを聞いたライコウはふと考える。

 ハクには長距離の移動以外では人の姿になってもらって一緒にあちこちを巡って回るのもいいかもしれない。その方が獣の姿では入れない場所にも連れていってやれる。……その前に衣服を調達する必要があるが。


(ぐっ……思っていたよりも速い。しっかり掴まらないと確実に振り落とされる。流石にこれは。危ない、な……)


 ライコウを背に乗せて移動するために大きくしたとはいえ、疾走するハクの背中の乗り心地は最悪だ。小走り程度の速度ならば良かったのだろうが、高速で砂丘を何度も乗り越えるのだ。

 人によっては非常に酔う事だろう。いや、目を回すかもしれない。


 彼は馬に乗るイメージでいたのだが、これが大きな間違いだった。まるで延々に上下に揺らされるだけの倍速ジェットコースターのような有り様だ。

 しかも彼が掴まれる部分はハクの体毛のみと、大変心許ない。鞍もなければ手綱もないので、必死にしがみつくように抱きつかなければ、とっくに振り落とされている。


 ライコウは、風魔術でその身を受けるだろう風圧をなんとか凌ぎ和らいではいるが、依然として彼の置かれている状況が危険であることには変わりがなかった。

 気を抜けば盛大に後方へ吹き飛ばされていくのは間違いない。


(街に着いた翌日にはこのサイズに合う鞍と手綱を買い求めよう。その次はハク用の衣服とか……)


 そんな荒れ狂う暴風のなか、街に到着した後の予定を思い描く。今日はとりあえず手頃の宿屋にでも泊まろう、と。

 今持っている所持金は多くはないが、不自由する程でもない。街につき次第、路銀稼ぎのために冒険者になるのもいいだろう。とも。


(久々の冒険者稼業か。帰り旅が楽しいものになりそうだ)


 実は、以前ライコウは冒険者として旅に出ていたことがあった。だが彼の上司に呼び出されて以降、冒険者として各地に赴く事はなくなり、冒険者業を引退していた。


 冒険者は引退していても何度でも復帰することは可能だ。

 しかし冒険者協会の規定では、引退後に復帰しても以前のランクで活動することは原則できない。余程の貢献者でなければ、どんな実力者でもFランクからリスタートなのだ。

 冒険者だった頃のライコウは、上位ランカーとして活動していたが、復帰すれば彼もまた漏れなく、だ。


 彼はこの協会の規定に対しては何ら不満に思っていない。引退時には無かった規定だったが、むしろ冒険者としての勘が鈍った状態で、以前のランクで活動することに危うさを感じていたこともあり、大いに賛同しているぐらいだった。


 ◇◇



 ((コウ、喉が乾いた))

 ((分かった。一旦休憩しようか))


 ハクが念話で喉の乾きを訴えてきたので、ここいらで小休止。

 ハクから吐き出される息は、足下の砂埃を吹き飛ばすほどに荒々しい。巨体になったぶん周囲へ与える影響は大きい。


 相変わらず周囲の景色は殺風景なままだ。

 が、当初ではスキル『望遠』を最大にまで拡大してようやく視認できる程度の到達目標(メソスチアの城壁)が、スキル無しでも次第に視認できる程大きくなっていくことで、砂の峰々が前方から後方へと流れていくだけの変わらない風景の中でも、自分たちが確実に近づいていることを実感できていた。


「ちょっと待ってな~」


 ハクを傍らで待機させ、〈アイテムボックス〉から2リットル程入った蓋つき水瓶2本と大鍋をとりだし、大鍋に水瓶が空になるまで並々と注いだ。


「よし、思う存分に飲め。まだ余裕があるからな」


 よほど渇いていたのか、多少水を撒き散らしながらハクは一心不乱に飲み続け、3分と立たずに大鍋を空にした。


「ゲプゥ……」

「くくっ。オヤジみたいだな」


 あまりの見事なゲップに、眺めていたライコウは思わず笑ってしまった。そんな彼の反応に、ハクは心外だったらしく、


「ヴヴヴゥ、ハク、まだ若いもん!」


 と、彼をジロリと見下ろし、不満げに唸って見せた。


「若い?」ライコウは首を傾げ、「実際いくつぐらいなんだ? おまえ……」

「……三百ぐらい……」

「……それって若いのか?」


 といったように、彼はからかいながらも、ハクとの会話を楽しんでいた。


 ハクの魔力の()全浸透後の変化は、体躯の変貌だけではなかった。まるで人と会話しているかのように、流暢な言葉を話はじめたのだ。


 これに関しても、出発前に彼はハクに訊ねていた。

 答えたハク曰く、白金狼(プラチナウルフ)は好奇心旺盛な種族だったらしく、同族の者の中には人に化けてまで人との交流をもち、その中で言葉や文化を学習した者がチラホラいるそうだ。

 ハクの場合はそんな一族の者から以前に教えてもらっていたそうだが、ライコウとの契約にて魔力と共に知識、特に人語の知識を得て完全なものにした。とのことらしい。


 確かに、初めての会話では平坦でたどたどしい口調だったが、今では流暢で自然な発音に変わっている。これはライコウとしても大変聞き取りやすいと感じていた。

 ちなみにだが、今のハクの発している声色は、女性の低い声か少年の声のような中性的ボイスから、幼い少年少女のようなソプラノボイスに変化している。

 まったくもって面妖な生き物だと言わざるを得ないだろう。


「キューン……少しお腹が空いた。何かないの?」

「そうだな…… まだ肉が残ってるし、野菜と合わせて串焼きにしようか」

「ヴォフ! 任せる!」


 他愛もない会話の後、小腹が空いたというので、串焼きを作ってやる事にした。

 喜び勇んで周囲を駆け回り、盛大に砂埃を巻き上げるハクを尻目に、ライコウは残りの砂狼サンドウルフの肉と野菜を交互に串に刺して焼き上げた。

 この串焼き、数本あるとはいえハクの大きな口ではとても小さく、足りるようには思えなかったが、


「足りるか?」

「足りないけど……まんぞく、満足!」


 と、涎を垂らしながら、大きな尻尾をぶんぶん振って砂埃を巻き上げていた。


「よし! 出発するぞ!」

「ヴォフ!」


 さらに十分ほど休憩し、ライコウは手早く片付けを済ませ、再びハクの背中に飛び乗ったちょうどその時。


「ん……?」


 ライコウは遥か遠くから、何かが爆発するような音を聞きとったように思えた。


(気のせい……? いや、どうだろう……)


 どうも聞き間違えたようにも思えるも、ただなんとなく気になった彼は、確かめるようにその音がした方角へと見やり、強化スキル『望遠』を発動する。


 『望遠』で最初に目にしたのは深緑の壁。このアラスチア砂漠と直に接しておきながら、一切の侵食を許さない大樹海と呼ばれる森林地帯だ。

 その大樹海と奥に見えるハイリンクリー山脈の手前、裾野あたりだろうか。彼にはその辺りから土埃の噴煙が上がっているように見えた。


「…………」

「どうしたの? コウ……」

「あっいや。大した事はないんだが。……さっさと行こうか」

「?」


 じっととある一点を見続けるライコウにハクは小首を傾げながらも、再び城壁方面へと走り出した。


 それから暫くして、彼らは再び休憩をとった。ライコウはハクが無理をしてバテさせないためにも、小まめに休憩を設け、水分補給をするようあらかじめ決めておいていたのだ。


「バシャッ、バシャッ、バシャッ、バシャッ……」


 相変わらず盛大にこぼしながら、一心不乱に水を飲み続けているハクを尻目に、彼は先程見かけた噴煙があった方へと意識を向けていた。


 否、彼は意識を向けざるを得なかった。


 彼がかつて冒険者として各地を巡り、活動していた頃に何度も遭遇した()()()()()の気配を感じたのだ。


(遠くからでも感じる、この不快感。これは、少し寄って確めてみる必要がありそうだな……)


 無表情のまま考え込んでいたライコウは、一転して険しい表情にかわる。


(もしも()()()()がいたとしたら、倒しておくに越したことはない。むしろ倒さなければならない。……少し寄り道になるが飲料水はまだ余裕があるし、食料は魔物で補充すればいいだろうし、一日くらい遅れたところで問題はない……)


 面倒だがやるか。と、ひとつの結論を出したライコウは、視線を茂る樹海からハクの方へ戻した。


「ハク」

「キュー?  なぁに?」


 声をかけられたハクは、視線と両耳を彼に向けてた。


「ちょっと寄りたいところがあるんだが、いいか?」

「寄りたいとこ? 別にいいよ」


 ハクの即答に、思わず彼は驚いた。


「いいのか?」

「ウフ。コウと居られるならどこでもいい」


 こいつめ、可愛いことを言ってくれる。と、ライコウはこれでもかとハクの頭を撫でまわした。



 ◇◇



 休憩を終えたライコウたちは、進路を『西の城壁』がある東から北東へと舵を切り、樹海へ一直線と向かっていた。幸い、進行方向に彼らの障害になりえる魔物の姿は一切なく、お陰でかなりの速度を出せていた。


 ((ヴルルル。あいつらの、嫌な気配がする……))

 ((知ってるのか?))

 ((ヴォフ。あいつら生理的に無理!))

 ((はは。生理的にって。まぁ分からない訳じゃないが、樹海にそれらしき奴が潜んでるのは間違いないだろう))


 休憩時に感じていた、微かだが不快な気配は、彼らが樹海に近づくにつれ増していった。当初気づかなかったハクも、走り始めて一時間近く経った後にようやく気づくに至った。


 ハクも()()()()に遭遇したことがあるらしく、その時はその場にいた一族総出で叩きのめしたエピソードを念話で披露してきた。

 ハクのいた白金狼の一族を、手中に治めようとやって来たらしいそいつらは、何事かと警戒する一族との交渉において――奴らの高圧的な態度は、まったく交渉になっていなかったらしい――白金狼の族長ボスの逆鱗に触れてしまい、一体残らず消し飛ばされたらしい。いい気味である。


 白金狼の基本属性は光。

 闇属性の()()とは対になる属性だが、白金狼は最高位の魔物のひとつ。大抵は太刀打ち出来ない程の強さだ。

 加えてハクの一族の全てがユニーク種だったらしく、光に加えてもう一つの属性攻撃が可能だそうだ。ハクの場合は光属性の電撃・雷撃のほかに、両肩から背中、胴の中央にかけてある炎のような青い紋様が示しているように、火属性の青白い炎を操るという。

 同じプラズマ同士、最高に扱いやすいらしいが、敵に回したら間違いなく地獄を見る神獣モンスターだろう。


 ((ヴルルル。()るの?))

 ((違ったとしても害しか無いようだったら殺すだろうな))

 ((分かった。ハクも手伝う!))

 ((おう。頼りにしてるぞ、相棒!))

「ヴォフッ!」


 一族総出の集団戦闘だったといえ、ライコウ同様に連中と交戦した経験がある上、強力無比な能力を持つ神獣のハクが協力してくれるというのであれば百人力、鬼に金棒だ。

 彼に相棒と呼ばれて嬉しかったのか、任せて! とでも言っているような気合いの入った短い啼き声の後、ハクは一気に加速した。


 それからまた暫くして、ハクは前方に見えている樹海方面から何か異変を感じ取ったらしく、ライコウに念話で話しかけてきた。曰く何者かが襲われ追われているらしい。その追われている者たちは、ちょうど進路方向にいるとのことで、ライコウは確認ついでに助ける事に決めた。


(もしかしたら、彼らはあいつらから直接襲われているかも知れないな)


 それならば……と、彼はハクを急がせるとともに風魔術〈流線風ストリームライン〉を発動。この〈流線風〉の風を滑らかに受け流す抵抗減退の効果により、彼を含めたハクにかかる風圧を極力排除した。


 ((アヴウゥ、速くなった。走りやすい))

 ((音も拾いやすくなったはずだ。何か聞き取れるか?))

 ((……交戦してる……かな。それと小さい爆発音と叫び声が少し聞こえる))

 ((叫び声? 襲われてる人のほうか?))


 もし叫び声の主が襲われている人物(恐らく冒険者だろう)ならば怪我を負ったのかもしれない。と、彼は意識の中で〈アイテムボックス〉を操作し、回復薬ポーションの総数を確認する。十二分だ。この量ならばレイドパーティでも賄えるだろう。


 ((違う……かな。多分襲ってる魔物の方。こいつは……))

 ((なんだ、分かるのか?))

 ((うん。これは、サイクロプス))

 ((サイクロプスだって?))


 ハクの言葉に彼は耳を疑った。


 ((なんでこんなところに……それは間違いないのか?))

 ((知らない。でもこの汚い声は間違いない))


 フンス! と、荒く鼻を鳴らすハクは自信満々な様子だ。

 山肌にある洞窟で暮らすサイクロプスが縄張り(テリトリー)から出ていくのは珍しい。且つ、人を嫌ってひっそりと生活をするこの大陸の巨人族(ティターン)だ。彼らが人間を追い回して襲っているのはにわかには信じられない話だった。

 が、あの邪悪な連中が何かしら関わっているならあり得る話だった。そうでなくてもハクのように山から下りてきたのだ。彼らが縄張りから全く出ないとも言いきれない。


 ((ハクはこのまま突っ走ってくれ。何かあったらすぐに教えてくれ))

 ((アヴウゥ。分かった))


 引き続き聴覚による動向の探索をハクに頼んだ後、彼は自身の意識の中で〈アイテムボックス〉を開き、装備を整えるべくリストから適当なものを選択していく。


(よし。今はこれでいいだろう)


 選択し終わり、意識の中で浮かび上がる実行の二文字を選択すると、彼の衣服が白くぼやけた光に覆われた。そのぼやけた光が掻き消えた時には、黒の鎧下を着用し、ヘルメットのない白縁の黒鎧を身に纏ってた。

 腰に差していたダガーとショートソードも無くなり、換わりに白黒の鞘に納められた全長八十セルの厚めのブロードソードを腰のベルトに下げている。


 選択した装備は以下の通りだ。


 防具の名は【平癒の黒耀鎧(ダークヒールアーマー)

 この鎧は、『高耐衝撃・中靭性・高耐久性・撥呪性(中)・高耐闇属性・自動オート治癒ヒール(中)』の性能を持つ伝説レジェンド級防具だ。

 闇属性の魔術に対応した鎧のひとつだが、鎧の高い基本性能のほかに、着用者の負傷を癒す自動治癒の機能が付術されている。


 彼がこの鎧を選んだのは、巨人と件の者による連携に備えてのものだ。

 魔術を駆使する件の者と、物理的な攻撃を主とする巨人。互いに短所をカバーしあった攻撃を繰り出されたら厄介だ。

 しかしこの鎧であれば、最低限の身の安全をじゅうぶんに確保できる。そう彼は踏んだのだ。


 武器の名は聖魔混成剣(ハイブリッドソード)【乾坤】

 『高耐磨耗・高靭性・高耐久性・高親魔性・光属性または闇属性の変移』の性能を持つ鎧と同様の伝説レジェンド級武器だ。

 この魔剣は光と闇の相反する属性をともに持つも、その両方を扱うことはできない。光と闇、そのどちらか一方を選択し魔力を注ぐことで、その属性剣に変貌する特殊剣だ。

 一度変貌してしまうと二度と元の姿に戻ることはない。スペアのないただひとつの剣であるために、扱いにくい代物だ。


 闇に身を属した件の者には、光属性の魔術や武器が有効だ。

 が、生憎と彼の〈アイテムボックス〉の武具リストには【乾坤】のほかに光属性の武器がなく、仕方なしの選択となった。

 洞窟内での探索をする気でいた彼は、この日普段扱っていた武器をいくらか自宅に置いてきていたのだ。


 ((コウ、コウ。前見て……))

 ((うん? あれは……))


 ライコウが装備を整えたところで、何か動きがあったようだ。

 ハクに促され、少しだけ顔を起こすと、わざわざ『望遠』を使うまでもなく森から勢いよく飛び出す2人を視認できた。表情は流石に見えないが、崩れるように倒れていった様子から相当疲弊しているのが分かる。


 ビィー…ビィー…ビィー…ビィー…


 探索スキル『索敵サーチ』の警報だ。反応は一体。サイクロプス亜種とある。姿は未だ現していないが2人のいる地点からそう遠くない。少なくとも森から抜け出しているようだ。


(どういうことだ……とりあえず……)


 困惑しながらも、とりあえずは彼らの救出を優先しようと判断した矢先、


(ああ、なるほど……)


 件のサイクロプスが、地中から現れる形で姿を見せた。なるほど、反応があっても姿を確認出来ない訳だ。と彼は納得してしまう。

 だが彼に納得する暇はない。あと僅かな時間で、巨人があの倒れ伏している2人にとどめを刺さしてしまうからだ。なんとしてでも防がねばならない。


 ((ハク、今からあの2人に伏せるよう警告する。それを合図に、このまま全速力であの巨人デカブツ突進アタックしてくれ))

 ((アヴゥ。分かったけど……コウ、吹き飛ばされるよ?))

 ((構わない。俺は降りた後、あの2人を保護しに行く。ハクはそのまま引き付けてくれ。後から合流する))

 ((ヴォフ。りょーかい))


 更に一段と加速をしたことによって襲撃現場はもう目前に迫っている。近づくライコウらの存在に気付いてもいいくらいだが、あのサイクロプスは2人にしか眼中しかないようだ。

 念話で素早く打ち合わせた後、サイクロプスが拳を挙げた時を合図に、風魔術スキル『響振』を発動、弱々しく盾を構え抗う2人に向かって、ライコウは大きく叫んだ。


『伏せろ!』

「ヴォオオオオオオオ!!!!」


 『響振』により遠く広範囲に届いたライコウの怒号めいた警告を受け、すぐさま男が連れの女の上から覆い被さるように伏せた。それを瞬時に確認したハクは、ライコウより数秒遅れて全速力で加速、サイクロプスに向け轟くような咆哮をしながら突進した。


 ハクの咆哮の衝撃波を受け、巨人は動きを止めやや仰け反ったところへ、ハクは白銀に輝く帯のように残像を残す豪速タックルを轟音と共に喰らわせた。

 その衝撃は計り知れなく、衝突によって引き起こされた衝撃波で大量の砂埃や、巨人の後方にあった林がすべて根こそぎ吹き飛ばされ、サイクロプス共々樹海の中へと落ちていった。

 タックルをもろに喰らったサイクロプスは特に大きく宙を舞い、落ちていった樹海の中でゴムボールのように跳ね、木々を薙ぎ倒しながら転がっていった。並のサイクロプスならば即死級の一撃だろう。


 一方、ライコウはハクの全速力の加速に合わせ後ろへ飛び降りていた。風魔術で全身に受ける衝撃を和らげながらなんとか受け身をとって砂地に接触し、ごろごろと転がっていった。

 身体への衝撃や鎧の損傷を多少なりとも受けてしまったが、【平癒の黒耀鎧(ダークヒールアーマー)】の自動オート治癒ヒール(中)の効果のおかげで直ちに回復、痛みが引いていった。

 ライコウはすぐに立ち上がり、ハクのアタックを見届けると、


「……あれは、生きていたら奇跡だろうな……」


 放物線を描くように飛んでいったサイクロプスらしき影を見て一言呟く。

 操人形のように、成す術なく四肢をブラブラ揺らし飛んでいく巨人の姿はあまりにも荒唐無稽で、これが現実に起きたことだと思うと彼は思わず笑ってしまった。


「笑ってる場合じゃないか」


 ハクがもたらした衝撃波による砂嵐のような煙のなか、砂を大量に被った二人の元へ安否を確めるべく、ライコウは急ぐように駆け寄っていった。


 


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