20.緑の輝き、金の鳴く音
エメラルドに別れを告げ執務室を出ると、ライコウはサファイアの案内で一階の質屋に向かった。
「そういえば、訊き忘れていたんだけれど」
二階から一階へと階段を降り続けていた時、サファイアは隣にいるライコウにふと尋ねる。
「うん?」
「さっきの話。その……『聖霊の加護』を受ける時、何か手順とか詠唱があったりするのかしら。私、魔術が……呪文を覚えるのが苦手で……」
そう小声で苦笑いする彼女に、ライコウは先程の会話を思い出すように頬を掻く。
秘密の儀式の存在を明かした後すぐに、エメラルドが話を切り上げてしまった為、彼自身、儀式に関する手順を言いそびれてしまった。――否、言い忘れてしまった。と言うべきだろうか。
あの場で唯一『聖霊の加護』を知らなかったサファイアが、儀式の詳細など当然知る由もない。
「あー、そういえば言ってなかったね。確かに受け手側の詠唱はあるけれど、別に難しいものじゃないよ。祝福を祈る術者がいて、その人の呼び掛けに応じて名を名乗り、聖霊に誓いを立てる。これだけ」
「……え、それだけ?」
「簡単だろう?」
儀式では、聖霊の加護を希望する者と、その希望者に祝福を授けるよう聖霊に祈る術者(聖職者)との間で行われる。
この儀式において、術者が祈祷の詞のほとんどを唱えてしまうため、希望者に魔術の得手不得手があろうとも、まったくの支障なく執り行える(ただし、聖霊術を習得しようとするならば、間違いなく不得手な者は儀式に参加できない)。
また基本的に術者ひとりと、希望者ひとりの計二人で執り行われるが、術者の実力不足の場合や、一度に複数の希望者たちの祈祷を行う場合では、複数の術者が合同で執り行う場合がある。
「ま……一見すると騎士の誓いのようなものだから、あんまり小難しく考えるものではないね。……他に何か訊きたいことは?」
「いいえ、ないわ。ありがとう」
二人は一階へと降り立った。職員が多くいた三階に比べずとも、一階は相変わらず人影が少なかった。受付嬢のひとりが、暇で暇で欠伸をしているぐらいだ。
「さて、どこかな」
「質屋はあっちにあるわ」
と、彼女は受付に向かって右側に並ぶ数々の扉のうちのひとつに向かって歩き出す。ライコウも彼女の後に続いた。
「……ん。他に誰かいるみたい」
受付の右向かいにある事務所と思われる部屋と、今彼らが足を向けている先の部屋以外は、すべて扉が閉まり、人気が感じられない。どれも資料室や保管室と、この支部の職員向けの部屋ばかりだから当然だ。
だからこそ、サファイアが足を踏み入れた質屋の中から、誰かが会話している声が余計はっきりと聞こえてきたのだ。
「こんにちは、フレッド。今日の調子はどう?」
開け放たれた扉には何も表記もなく、看板も置かれていなかったが、部屋の中は冒険者向けの用品店らしく、あらゆる装備品が種類豊富に取り揃えられていた。
サファイアは、カウンターを挟んでひとりの女性と話していた年配の男性に声をかける。
彼がこの店の主だろう。もみ上げと繋がった白い口回りの髭が、顔の半分以上を覆っている。肩まで伸ばした白髪と恰幅のいい体型も相まって、まるでドワーフのように見える。
「お、サファイアさんか。いらっしゃい。見ての通りなーんもなしじゃ。クリスが居らんかったら早々に引き揚げておったわ」
そうフレッドに顎で指された赤髪の女性クリスは、愛想よく笑って手を上げて挨拶してきた。サファイアたち二人も彼女に応える。
フレッドは首だけ二人の方を向け、サファイアからライコウに流し見る。
「……それで? べつに冷やかしに来たわけでは無いのじゃろう? それともクリスのように、儂の話し相手になってくれるのかの」
「いいえ、違うわ。フレッドにお客さんを連れて来たのよ。彼はライコウよ」
サファイアに紹介され、ライコウは店主に歩み寄り、手を差し出す。
「ライコウ・クラッカートだ。よろしく」
「質屋へようこそ。儂はフレデリック・ブックスじゃ。フレッドでいいぞ」
フレッドとライコウは軽く握手し、にこやかに笑い合う。
「してライコウ。今日はどんな用かな? 買取りか、何か買いたいものが?」
「そうだな、何か買う前に、これを買い取って欲しい」
と、ライコウはいつの間にか手にしていた首飾りをフレッドに差し出す。瑞々しく、鮮やかな緑色をした宝石と、黒い宝石が組み合わされたネックレスだ。
ゴツゴツした男の大きな手には到底似合わない、透き通る煌びやかな宝石の輝きに、ライコウを除く三人の視線が一点に注がれる。
「こ、これは……」フレッドは手に取り、まじまじと眺める。「〈翡翠の勾玉の首飾り〉……なんとも美しい。これをどこで?」
「俺の故郷にある、とある山の地下迷宮からだ。教えてやってもいいが、あまりお勧めはしない」
「うむ、儂はもう探検に行くような年じゃないからの。別に教えて貰っても意味がないんじゃが……うーむ」
フレッドは視線を首飾りからライコウに戻す。
「儂は宝石と薬品は専門外での。装具や歴史のあるものが得意分野なんじゃ。……ものは相談なんじゃが、これをそこにいるクリスに見せてもいいかの」
「うん? それをクリスさんに?」
首を傾げるライコウに、クリスがにこにこと微笑みながらすーっと静かに近づく。
「ブックス・シニアのお客さんだから黙って見てたんだけれど、実は私も鑑定士をしているのよ。それも宝石専門の。だから貴方の役に立てると思うわ」
そう申し出るクリスにライコウは快く頷く。すると途端に鑑定士のプロの表情になり、嬉々として手持ちの鞄から小さな照明と眼鏡を取り出した。
「腕が鳴るわね~! んふふっ」
小さな照明に照らし、食い入るように翡翠の透明度を確認し始める鑑定士クリスを眺めていると、
「ねぇ。さっきの『あまりお勧めしない』ってどういう意味?」
と、彼の隣に立つサファイアが視線を尋ねてきた。あの宝飾品の出所が気になるようで、好奇心に駆られた顔をしている。
「そのまんまの意味さ。あそこはサファイアさんが行っていい場所ではないよ」
「ちょっと待って、それこそどういう意味? 確かに、こんなお宝が手に入るところなんて行かせたくないんだろうけれど……。それとも、私は勝手に貴方にみくびられてる?」
「あー……」
気分を害した。とでも言いたげな表情になるサファイア。不機嫌になりかけていると感じとったライコウは、早々に収めるべく首と手をぶんぶん振って否定する。
「申し訳ない。そういうつもりじゃないんだ。少し言葉が足りなかったな。本当にすまん」
ライコウは『こんなこと最近にもあったな』と思いつつも、陳謝する。そんな彼に不快感が和らいだのか、サファイアの険がすぐにとれた。
「別にいいわよ。そんなに謝らなくても。私も勝手に早合点してただけだし」サファイアはそう笑みを浮かべて許し、「それで、二つともどういう意図で言ったのか訊かせてくれる?」
「もちろん」
と、笑みを浮かべながら、ライコウは内心ほっと胸を撫で下ろす。
彼にとって彼女は親友の娘だが、まだじゅうぶんに親交を深めた訳ではないし、それに今後仕事で世話になる以上、無用なわだかまりを作る訳にはいかなかった。
「そうだな、単純にあの地下迷宮は危険なんだ。……サファイアさんは地下迷宮に潜ったことはあるかい?」
「もちろんあるわ。えーと……」彼女は人差し指を頬に当てて考える。「たしかヤミン・ワジの岩窟とアラバーン遺跡に行ったことがあるわ。どっちも調査護衛で行ったんだけれど」
ヤミン・ワジとは、東の都市ポタモスの西にある涸れ川だ。その涸れ川沿いの岩壁に、古代人が軍事拠点として築いたとされる廃城がある。地元の民すら近づかない、砂にまみれた遺跡だという。
そしてアラバーン遺跡とは、アラスチア砂漠の向こう、大陸西部沿岸のクウィコット連邦にある遺跡群のひとつだ。太古の砂漠の民が築いたという異教の神殿や、朽ちかけた都市が点々と遺されている。
「アラバーン遺跡には行ったことがあるな。神殿の周辺に砂狼が彷徨いていて、出入りするには面倒だったな」
「そうよね。……単独だと難なく退けるのに、集団となるとそうもいかなくなる。しつこく追いかけてくる癖に、勝ち目がないと分かると、さっさと砂に飛び込んで行方を眩ます。魔物とはいえ、狼らしい狼といえるわよね」
思い出したのか、嫌そうに溜め息を吐く彼女に、ライコウは苦笑いしながら頷く。
砂漠の周辺で活動したことがある者ならば、砂漠との戦闘は誰もが通るだろう経験だ。人と魔物の、集団同士の混戦なら有利に運べるが、素早く砂地に潜り、奇襲をしかけてくる砂狼には誰もが手こずる。
「っと、話がそれたな。ああいった遺跡には大抵その地に棲む魔物や骸骨兵がいるだろう? 俺の故郷にある迷宮にもいるんだが、比にならないくらい沢山いるんだ」
「比にならない? どのくらい居るの」
「そうだな……この部屋ぐらいの広さで例えると、アラバーン遺跡には小中サイズの魔物が四~六匹、骸骨兵が三体ぐらい居るだろう?」
「そうね……場所にもよるけれど、そのぐらいね」
「それが故郷の迷宮では少なくて十倍、場所によっては三十倍はいる」
え、嘘でしょ!? と顔をひきつらせ驚くサファイアに、ライコウは笑って首を振る。
「嘘じゃない。その上真っ暗で、罠もある。知らぬ間に罠を作動させて足を持ってかれたとか、仲間の肩を叩いたつもりが骸骨兵の頭だった、とか」
「最悪ね……でも、照明を持っていけばいいんじゃない? それに『索敵』を発動しておけば、じゅうぶん対処できるでしょう?」
ライコウはニヤリと笑う。「たしかにそうだ。が、それが通用するのは地下二階まで。三階以降はむしろやってはいけない。そしてその三階に、この首飾りがあるんだ」
彼は手にしていた首飾りをサファイアに手渡す。クリスとフレッドが見ていたものとは違う、だが同じ〈翡翠の勾玉の首飾り〉だった。
手渡された彼女は、落とさないようにしっかり掴むと、首飾りを天井の照明に照らし見る。
「やっていけない? 『索敵』は当てにならないってこと?」
「『索敵』はむしろ心強い探索スキルだ。だが場合によっては、照明を点けた状態ではあんまり意味を成さないんだ。なぜなら洞窟には、従来棲みついていた魔物や骸骨兵の他に、光に引き寄せられる凶悪な死霊がわんさかいて、あっという間に取り囲まれてしまうからな」
「し、死霊……」
死霊と聞いて彼女はぶるりと身を震わせる。嫌そうな顔をしているからして、おそらく苦手な相手なのかもしれない。想像するのも嫌、とぶんぶん頭を振っていた。
だが彼女が想像できる光景以上に、実際の光景はおぞましい。
洞窟に蔓延るように潜む彼らは、訪れた者が持つ光に殺到する。まるで、夜道を照らす街灯に集る羽虫のように。
この世の地獄とも思える表情で、奇声を上げて襲いかかる。餓えに悶え苦しむ生者のように。
明るい灯のもとでは視覚的に強烈に凄惨な道中だが、灯のない暗闇のなかでは聴覚的にかなり凄惨だ。見えない分安心するという考えは間違いで、どこからともかく聞こえてくるうめき声、咽び泣く声、歯軋り音は恐怖心を駆り立てる。頼りの『索敵』は止むことなく警報を鳴らし続け、焦燥心を加えたさらなる恐怖心を煽ってくる。
ライコウのような常連者と一緒ならともかく、サファイアのような初心者ではパニックを起こして最悪な死を経験すること間違いなしなのだ。
「特に興味本位で踏み入れた奴が真っ先に餌食になる。そんなところに行ってみたいと思うか? 行ってみたいなら今度案内してあげるけれど」
と、からかい気味に訊ねるライコウに、サファイアはぶんぶんと首を大きく横に振り、力強く否定した。
「私、絶対に行かないわ。幽霊とか苦手なの。あんなのがいっぱいいる光景なんて見たくもないわ……」
「それはいい判断だ。あそこは精神的に麻痺す――慣れるまで相当の時間を要するし、挫折した者には色々と心に深いトラウマを作るからね~」
「……ねぇ、いま麻痺するって言った? あなた、そんなに心が麻痺してるの?」
「…………そういえば、この首飾りの出所を言って無かったね。実はこの首飾りは……」
「瞳に光が無くなったし、はぐらかされた!? いつか私があなたの国に行くことがあっても、絶対に連れて行かないでよね!」
「えーっとお二人さん? なんだか凄く面白そうな話をしているところ邪魔して悪いんだけれど」
と、彼らの会話を遮ったのは、何やらゴテゴテと小箱のような物がついた眼鏡をしたクリスだった。彼女は、その重そうな特殊眼鏡を頭の上に押し上げている。どうやら鑑定が済んだらしい。
「別にいいさ。それで、いくらの値がつきそうかな」
「その前に、一応宝石鑑定のプロとして言うけれど、これは間違いなく翡翠よ」
そう言って彼女は、カウンターに置かれた、布でくるまれた首飾りをライコウの方へ丁重に押しやる。その様子を眺めていたライコウは小首を傾げた。
「うん? どういう意味だ? これは間違いなく翡翠だろう」
「ええ、これはそうね。ただ、世の中にはこれとは別に、翡翠と称して別の物を仕立てる悪い奴がいるのよ」
クリス曰く、緑翡翠によく似た宝石、緑玉髄という宝石があるそうだ。緑玉髄は、玉髄という石英の変種の一種で、それ自体それなりに宝石としての価値があるらしい。
が、あまりにも翡翠(透明度の高い高級品)に似ているそうで、翡翠と称して本来の価格以上の金額で売り付ける不届き者がいるのだとか。
「入手先は地下迷宮内だと言うし、別に貴方を疑っていた訳では無かったんだけれど、取引前に確認するのがルールなのよ。悪く思わないでね」
「思わないさ。むしろ当然のことだろう」
「こういった紛い物が多いものは、【解析者・上】でないと真偽がはっきりしないもの」
確かに……とライコウは同意するように頷く。解析スキルをもってしても、場合によっては贋作と見破れないものが多々あるのだ。
解析スキルには上・中・下の等級が存在する。これは鑑定士により創設された組織、解析者協会の指標による区分けだ。スキルを会得し、協会の試験をクリアすることで初めて【解析者】の称号が得られる。
スキルにおいて、下ランクは等級の低い品物や魔物しか解析できず、中ランクはより高い等級を扱えるも、一部上級の魔物や装備品を読み取れず、依然として不便が多い。
だが上ランクは最上級の魔物や、伝説級以上の装備品の詳細を読み取れ、また変装スキル『贋作』で、巧妙に偽装された品物を見破ることも可能だ。中ランクとは分析、得られる情報量が大きく違う分だけに、上ランクへの試験突破は容易ではない。
またスキルとは別に、協会では鑑定士資格の取得試験がある。この取得には称号【解析者】が必須で、スキルと同様に鑑定士の等級が存在する。
下ランクは鑑定士見習い、中ランクで初めて一人前とされるなか、上ランクに至れば一流の鑑定士として活躍できる。
「だから今後は、宝飾品を見つけたら私のような一流の鑑定士に持ってくることね。いいえ、私のところへ持ってきなさい。適正価格で買い取るわ」
「おいおい、儂の客を取らんでくれ」
クリスは自信に溢れた笑顔で胸に手を当て、フフンと鼻を鳴らし言い放つと、苦笑いしたブレッドが、横からツッコミを入れた。
「で、本題に入るけれど、この首飾りの緑翡翠はなかなかのものね。大きさはどれも小ぶりだけれど、結晶の粒は細かめだし、色も透明度もある。ただ残念なのは、この数珠繋ぎの小さな黒翡翠は不透明で、結晶の粒も大きいの。どちらも傷は無いけれど、緑翡翠に比べればだいぶ価値が劣るわね」
「そうなのか」
「でも安心して。この首飾りには魔術・物理への高い耐性・防御機能を持つほかに、この黒翡翠の魔除けの効果が付加されているの。高級宝飾品によく見られる、高い性能を持っているわ」
彼女の解説を聞いてライコウは感心したように頷く。この首飾りの性能は以前より把握していたが、彼に宝飾品に関する知識が皆無だったために、ここまで好評価が得られるとは思っていなかった。せいぜい、小遣いの足しになるだろう。ぐらいの認識だった。
「そうね……私の店で売るとしたら、10硬貨三十枚くらいかしら」
「10ギラー金貨三十枚? 意外と安いわね」
私にも買えるかも、とサファイアは意外そうに呟く。そんな彼女にクリスは変な顔をして、
「ゴールドコイン? 何を言ってるの。わたしが言ってるのは白金貨よ白金貨。10白金貨三十枚よ」
「えっ!? プ、プラチナコイン!?」
サファイアは驚きのあまり声が上ずった。白金貨といえば、商人同士の間でしか用いられない高級硬貨である。10白金貨一枚はギラー金貨千枚と交換される。あまりにも高価な硬貨であるため、通常商人の間では為替で取引されていた。サファイアは過去、仕事先で何度か目にしていたが、それでも白金貨と聞いてどうしてもドキマギしてしまっていた。
彼女は今自身が手にしている首飾りを凝視して、恐る恐るとしながらも、すぐにライコウに突き返した。三万ギラー相当の首飾りに急に怖く感じたのだ。
「そうよね……そのぐらいするわよね……」
美しい翠の輝きに半歩引いて遠巻きに見るサファイア。
「? どうした……」
「どうした……って、三万ギラーよ三万ギラー。そんな高いものいつまでも持っていられないじゃない。……落として傷つけでもしたら……寒気がしちゃう」
彼女からすると、この〈翡翠の勾玉の首飾り〉は一年間ギルドの事務仕事で得られる収入を軽く超える代物だった。冒険者としての主収入を足しても、およそ六割を超える。その事実に気付くことに時間はかからなかった。
「そんなに怖がることないのに。落として砕けたとしても、サファイアさんには弁償を求めたりしないさ。こんなもの……」
幾らでもあるんだから。とは口にしなかった。が、ライコウの〈アイテムボックス〉には、彼の思考を裏付けるほどに同じものがたんまり貯め込まれている。その貯められたものを彼は少しだけ換金するつもりでいた。
「フレッド。たしか宝石類は専門外だと言っていたが、これを買ってくれる気はあるかい? ないなら他所をあたるけれど」
と、ライコウはフレッドに向き直る。他所に行くなら是非私のところへ! と身を乗り出すクリスを制止し、フレッドは立派にたくわえた顎髭を撫でながら考える。
「……確かに儂は専門外だと言った。この店では宝飾の類いは扱っておらん」
「なら……」
「じゃが、少しでも買いたいとは思っている。これを逃したらまずい気がするのでな」
「まずい?」ライコウは首を傾げる。「まずいって一体何が……」
「何が、と言えばうまくは言い表せんが、そうじゃな……長年培ってきた商人の勘が働いたって言っておこうか。他所にやりたくはないのじゃ」
とフレッドはクリスを見やる。当のクリスは分かっていたのか、ちぃっ……と舌を打ち残念がっていた。
「儂は買いたいと思っているがの、実際に買うかどうかは値段次第じゃ。そうじゃな、その二つでテンス十二枚でどうじゃ」
「待て待て。俺がこれだけを売ると思っているのか? 売る分全部出してからだ」
「ぜんぶ? 儂の目にはおぬしが手ぶらにしか見えんが……」
「ま、見てろって」
ライコウはポケットから口を紐で絞った袋を取りだし、注目する三人に見せつけるように掲げる。
「なんじゃ。ただの巾着……」
袋じゃないか。と途中言いかけて、フレッドは目を丸くした。何も入っていないはずの萎んだ袋から、かちかちと、小石がぶつかる軽い音を響かせ、重そうに膨らんでいったのだ。フレッドのみならず、他の二人も驚いている。
「ほう……それは……」
「ここには、同じ首飾りが十八個入っている。俺はその二つとこれ、計二十個を売りたい」
「にっ、にじゅうぅ!?」
クリスが驚きのあまり小さく叫ぶ。フレッドも同じ心境のようで、ぽかんと口を半開きにしていた。
「さて、交渉を始めようか」
少しのあいだ呆けていたフレッドは、ライコウの声で我に返る。
「ま、待て待て。二十じゃと? いくら何でも多すぎる!」
「そうよ。それに全部鑑定しなくちゃ……」
「いや、だめだ」ライコウは首を振る。「この袋の中身を鑑定せずに買ってもらう。俺には予定があってね。流暢に待つ気はない。その二つをサンプルに判断してもらいたい」
「うぬぬ…………」
フレッドは腕を組みしばらく唸るように考え込んだ。どうやら二十個という数の多さが、ネックになっているらしい。彼の決めかねた態度を見て、それなら……と、ライコウはブレッドにある提案をしてみた。
「多くて買えないというなら半数に分けよう。フレッドとクリスさんに半々でどうだ?」
「私にも?」クリスは少し驚く。
「ああ。俺としては早くこれを金に変えたい。が、買い手がつかないのは好ましくない状況だ。幸いクリスさんは意欲的だし。いいだろう?」
ライコウはフレッドに意見を求める。彼は短く溜め息を吐くと、小さく頷いた。
「いいじゃろう……ライコウ、おぬし最初からそのつもりだったのじゃろう?」
ライコウはニヤリと笑う。「さぁってね。それで、交渉はフレッドの方からでいいか?」
「そうね、貴方はシニアのお客さんだし、そうして頂戴」
彼女の言葉を受けてフレッドの方を見ると、彼も了承するように頷いた。それを受けて、ライコウは巾着袋をもうひとつ取りだし、〈アイテムボックス〉を介して二つに分けた。
「クリスの言う通り、先ずは儂が先に話をつけるかの。さてライコウ、お主はいくらで売りたい?」
「5白金貨で二五〇」
「強く出るのう。しかしダメじゃ。こっちは他の者に売りつけるつもりでの、利益を出さなければならない。全部で一二〇」
「安すぎる。そうだな、二百ならどうだ」
フレッドは首を縦に振らない。希望が叶うまで振る気がないのだ。だがそれはライコウとて同じだ。
「ぜんぜん駄目じゃ。一三五!」
「まだまだ安い! 一九〇!」
「あんまり年寄りを虐めんでくれ。一五〇! これ以上は出せん!」
「……仕方ない。その額で」
ずいっと差し出された手をライコウは握った。交渉成立だ。
「ますますやり辛くなったわね。貴方、こういうの慣れてるでしょ」
「まあな。宝石商は手強いからな。少しでも多く引き出す為さ」
代金を取りにカウンター下に潜るフレッドを尻目に、ライコウはクリスに悪戯っぽく笑って見せた。彼女は困ったような笑顔で返す。
「それじゃあ私の番ね」
クリスは少し考えるように眉をひそめると、
「そうね……5白金貨で一五〇はどう?」
ダメ元で訊ねてくるクリスに、ライコウは当然のように首を横に振った。
「だめだね。それでは売らない。二二〇枚」
「もちろん分かってたわ……なら一六〇!」
「もう刻んでくるのか……二百でどうだ」
今度はクリスが首を横に振る。彼女は難しい顔をしていた。
「その金額では無理よ。フレッドは言わなかったけれど、宝飾品の課税はそれなりに高いものなの。そこから満足な利益を生み出さなきゃならない。それとその袋の中身がカウンターにあるのと同等とは言いきれないし……でも貴方とは今後とも取引していきたい。その色をつけて一八〇! これでお願い!」
ね? ね? と、上目遣いに見つめながら強引に手を握ってきた彼女に、ライコウは困り顔で苦笑いしながら頷いた。
「やった! 交渉成立ぅ~!」
「強引じゃのう……」
ガッツポーズして喜ぶクリスに、フレッドは呆れて言う。たしかに最後は力ずくで決めたような感じだ。
「べつに良いじゃない。彼が良いって言ってくれたんだから。ちょっと待ってて、今出すから」
と、クリスはカウンター端に置いていた鞄を漁り出した。
「ほれ、代金じゃ」
「ありがとう。秤、借りるぞ」
その一方で、フレッドから差し出された代金の入った巾着袋と、彼の持つ巾着袋とを交換する。5白金貨一五〇枚が入った袋からはギチキチと重そうな音が鳴っている。
ライコウは中身を確認すると、カウンター脇に置かれた秤に巾着袋を乗せ、針が表示した目盛りを確認した。
「ほう。心得てるの」
「当然。……確かに一五〇枚だ」
わざわざ秤にかけて確認したのは、枚数確認の短縮化と偽金貨を使われていないかの確認の為だ。偽金貨は本物と比べて一枚の重量が軽い。正規に発行された硬貨はすべて同じ重量であるためそれが数十、数百となれば顕著に差が表れる。現金主義の地域に暮らす者ならば当然の心得だ。
彼らが扱っている白金貨とて例外ではない。たとえメッキですら金貨と比べ高額になる白金貨だが、商人の間では一種の風習として商談の際に行われている。
ライコウは巾着袋を仕舞うと、ふと気になって彼はサファイアの方を振り返った。交渉中、彼女があまりにも大人しかったので、黙って帰ったのかと思ったからだ。だが彼女は彼らの後ろでただぼーっとやり取りを見ていただけだった。
サファイアはライコウからの視線に気づくと、びくりと身体を震わせた。
「な、何?」
「ん、いや。なんかぼーっとしてるなぁ、と思って」
「っ!」言われて彼女は恥ずかしそうに視線を反らし、「そっ、その……高額な取引に呆気にとられちゃって……」
「そっか。なら仕方ない」
「サファイアさんはこういう経験ないの?」
「無いですよ。ないない」
そんなクリスからの問いに、ぱたぱたと手を振って否定するサファイアを目にしながら、ライコウはクリスから受け取った巾着袋を〈アイテムボックス〉に収納した。
と、袋を消すようにして仕舞うライコウの様子をじっとフレッドが見つめていた。何か言いたそうに、口の中がモゴモゴと動いている。
「……何か?」
「フレッド、どうしたの?」
クリスは首飾りの入った巾着袋を受けとると、代金の入った巾着袋をライコウに渡した。
「あ、ああ。おぬしにひとつ、尋ねたいことがあるのじゃが」
「何だ?」ライコウは小首を傾げる。
「……おぬし、もしかして〈ウェーランドの秘箱〉所有者か?」
「〈ウェーランドの秘箱?〉……ああ! 〈アイテムボックス〉のことか。よく知ってるね。流石は年の功」
「年の功は余計じゃ。せめて流石は鑑定士! と言ってくれ。じゃがやっぱりそうか……」
納得したのか、うんうんと頷くフレッドをよそに、すっかり蚊帳の外に置かれた二人が、〈ウェーランドの秘箱〉や〈アイテムボックス〉とは何なのか? とライコウに尋ねてきた。
が、その問いに答えたのは、自身の予想が見事に当たり、満足そうな表情をしたフレッドだった。
「〈ウェーランドの秘箱〉というのは、聖暦一二一七年頃に彗星の如く登場し、それまでの魔道具の製造に革命を起こしたレナード・ウェーランドの最高傑作のひとつなんじゃ」
〈ウェーランドの秘箱〉は、〈アイテムボックス〉の別称だ。
今から約八百年前。魔術に関するあらゆる技術が極まった、黄金期と呼ばれた時代に、万能の大魔導師レナード・ウェーランドが登場した。彼は数々の功績を打ち立て、百年におよぶ彼の生涯の中で最高傑作と謳われる七つの魔道具が創られた。
その中で、彼の持つ工房で最も多く作製されたのが、七番目の〈異次元収納箱〉だった。だが今では、その多くは魔剣同様に失われ、また製造方法は彼しか知らなかったために、当然技術も喪われたと言われている。現在では、その箱を所有している者は長寿族、更にその中でも限られた年長者たちだけだった。
ゆえにその魔道具は貴重であり、七秘宝〈ウェーランドの秘箱〉と後に云われた。だがいつしかその存在は、別称や〈アイテムボックス〉という正式名称とともに忘れ去られていった。
「凄い話ね。でもなんでそんな物を貴方が?」
フレッドの解説を話半分に聞いていたクリスは、隣にいるライコウに尋ねる。
「これを持っていた友人から手に入れたんだ。物々交換でね」
「物々交換? 秘箱以上のものって貴方何を持っていたの?」とサファイアが尋ねる。
「大したものでは。ただ、そいつは変わり者で、ガラクタを集めるのが何よりも大好きなんだ。長い付き合いだけれど、あいつの物の価値感は未だによくわからないね」
「ふーん、そんな人もいるのね……」サファイアは頷きつつ、「そんな凄いものを持っている人が身近に居たなんて、驚きだわ」
「ん? サファイアさんの近くにもう一人いるだろ」
「えっ、誰?」
秘箱を持つ人が、他に身近にいるとは思ってもみなかったサファイアは驚く。まったく知らなかったらしい。
「エメ……ラルド支部長さ。サイクロプスの宝玉を渡したとき、虚空に消えただろう? まさにあれだよ」
「ええっ! 父には魔術だって言われてたんだけれど……」
どうやらエメラルドは、〈アイテムボックス〉を魔術によるものだと偽っていたらしい。確かに魔術の類いではあるが。
「そうならそうと教えてくれたら良かったのに。……後でとっちめなきゃ」
「でも、支部長さんはなぜ嘘をついてまで隠したのかしら?」
口を尖らせたサファイアが、何か不穏な言葉をボソリと呟いた傍らで、クリスは不思議そうに首を傾げていた。エメラルドの評判もあってか、彼女は実娘への意地悪で嘘をついたとは思えなかったのだ。
「それはあれだ、トラブル防止のためだ」
「「トラブル?」」
ライコウの答えに、二人の女性は声を揃えて疑問を口にした。
「トラブルって、どういう意味なの?」
「貴重な魔道具だから狙われないように、とか?」
「そうだね。クリスさんの言う通りだが、たぶん思っているようなものと、意味合いがだいぶ違うかもしれない」
七秘宝が一つ<ウェーランドの秘箱>は、その云われから貴重なアンティークだ。まず希少なものだと言って間違いない。だからこそ『箱』の古物的、美術的価値は公の場に出れば鰻昇り、天井知らずとも言われている。
そんな秘宝欲しさに、多額の金銭目的に、危険な輩が寄ってこないとも限らない。盗賊やそれに準じた者達から守る為だろうと、クリスはそう言っているのだ。日頃から宝石を始めとする宝飾品に携わる彼女ならではの感想だろう。
しかし、ライコウが念頭としていたものと、クリスが念頭としていたものとは余りにもかけ離れていた。それは長年『箱』の所持者として、『箱』が宝飾品・美術品その他と一線を画した代物であると、嫌というほど理解していたからだ。
「この『箱』を持っていると知られると、まず間違いなく命を狙われる」
「やっぱり。高いから……」
「違う」
きっぱりと。それまで楽しげに会話し、流れていた暖かな時間が、彼の一言で一瞬冷たく止まった。
「違うんだ。この『箱』を狙うのは強盗や盗賊の、コソドロの類いじゃない。そんなものはまだ可愛いほう……まだ救いようがある」
「ど……どういうこと?」
「『箱』を狙うのは、救いようがない馬鹿……強欲なあまり大きな争いを好む者。何処かの、時の為政者たちさ」
魔道具<ウェーランドの秘箱>の真の価値は、そのアンティークとしての価値や、歴史的遺物としての価値ではない。異次元収納箱としての、際限のない収容能力にある。
この魔道具は、所持した者が直接手に触れたものならば、物質の大小・質量・形容や状態に関わらず何でも収容できる。上限らしい上限はなく、幾つでも仕舞い込み、幾つでも取り出せる。加えての時間経過のなさだ。これほどの機能を備えてみせた魔道具<アイテムボックス>は、あまりにも優秀すぎた。
そしてこの破格の魔道具に真っ先に目をつけたのは時の為政者、権力者たちだった。
「軍事的利用。つまり兵站の問題を解決できると当時の諸侯は考えた訳じゃ」
蘊蓄をいったん止めて、フレッドがすかさず話を引き継ぐ。この経緯もまた彼の守備範囲内らしい。
「そそ。それはもう当時は衝撃的だったさ。運搬全般から貯蔵に関する諸問題を、解決するどころか全部ひっくり返したんだから。そしてそれは、今も変わらない」
馬車や木造船から、鉄道や蒸気船へと移り変わる今現在でさえも、物の扱いに様々な問題が付きまとっている。それには魔物という、人間以上に危険で面倒で厄介な問題が横たわっているからであり、国家間の争いにも、衝突を未然に防いでいる点では一役買っていた。
それらが一気に解決するとなると、喜ぶのは戦争屋と旨い汁をすする為政者たちだ。
「しつこいぞ~連中は。懐柔が上手くいかないとなると、脅迫から拉致、殺しまでやる。しかも保持者本人だけではなく、その周辺にまで類が及ぶ。家庭を持つなら尚更危ない。支部長についてのことは誰にも話さないことだな」
ただし、エメラルドは本人から親類や友人など周囲の人間に至るまで、腕の立つ強者揃いだ。しかも彼を本気で怒らせるのは、ドラゴンを眠りから起こした時並みに恐ろしい。そんな彼に手を出す輩は死を覚悟しても足りないだろう。
「なるほどね~。って、なんだか実体験したみたいな言い方ね」
「まぁな。俺も過去に何度も奴等からちょっかい出されたさ。家庭なんて持っていないから、俺は気軽だったけれどな」
「気軽?」サファイアは眉をひそめる。「その話からして、ごろつきとは違う、その手のプロが相手だったんでしょう? それに、どこにいるとも分からない権力者から狙われて。それでも気軽だったというの?」
「ああ、気楽だった。何せ実行者たちは一人残らず返り討ちにしたからな。だからこそ俺は隠すつもりはない。それに……」
ライコウは意味ありげに、ニヤリと笑った。
「俺と俺の大事な人を狙う不届きな首謀者は全員、必ず強烈な天罰を食らうんだ」
◇◇
「……長いわね」とクリスは疲れたように言う。
「ま、大抵爺さんの話は長いものさ。特にああいったマニアの蘊蓄は特に長い。……なぁ、フレッドってファヌム人だったりするのか?」
「どうかしら。ここの人ではないらしいけれど……サファイアさんは知ってる?」
「……そんなことよりも、早くこの場から逃げだしたいわ……」
「「あー、同感」」
ライコウの話に刺激されたのか、歴史好きフレッドは七秘宝〈ウェーランドの秘箱〉のマニアックな解説に飽きたらず、『箱』にまつわる事件から他の七秘宝の話、ウェーランドの経歴まで話を拡げていた。
そんなフレッドの蘊蓄に辟易した三人は、饒舌に語る彼をひとまず置いて、この場をどう脱するかの算段を小声で話始めていた。でなければ、この調子であと軽く一時間は消費する羽目になるかもしれなかったからだ。
「二人とも、このままこっそり出ていかない? 今ならバレないかも」
確かに、今のフレッドは舞台で台詞を吐く芝居役者のごとく自身の話に集中していた。今ならば目を盗んで出ていけるかも。そう考え、三人はそっと音を立てずゆっくりと後退した。
「出口まであとちょっとよ! このまま―――」
「……お前たち、どこへ行くのじゃ? まだ儂が初めて秘箱を目にした下りを話しておらんぞ」
ギラリと鋭い眼光でクリスたちを射抜き、彼女らの行動を封じた。フレッドは魔力をオーラのように纏い、静かに威圧していた。
(フレッド……昔は相当な実力をもった冒険者だっかも知れないが……どんだけ話を聞いてもらいたいんだよ……)
質屋の店主らしからぬ行動に、ライコウは呆れて溜め息を吐く。
彼の思い出話に語られる、秘宝を求めての旅は強ち嘘でもないと思える威圧感だ。が、今となっては聴き手を引き留めるのに必死な爺さんでしかない。
「あっ、えっと……その……」
「仕方ない。ここは任せろ」
しどろもどろになるクリスの肩をポンと叩き、ライコウは前に出た。フレッドには悪いが、はっきり断るのが互いの為だ。
「悪いがフレッド。俺たちは帰らせてもらうよ。話はまた今度聞かせてくれ」
「そうか? 面白くないのう……」
「悪いな」
放たれた威圧感に動じない彼の態度を目にして、通用しそうにないと感じたフレッドは、残念そうに引き下がる。
「いや、おぬしは箱の所有者。わざわざ言って聴かせることもない」
「そうそう。……そうだ。またこっちに来た時に、何かフレッド好みの面白いものを見せてやるよ」
「ぬ? 儂好み? ……分かった。きっとじゃぞ」
フレッドの機嫌を損わずに上手く断ったライコウたちは彼に別れを告げ、また支部の受付の近くでサファイアとも別れた。
「ふぅ~……」
自分の店に戻るというクリスと共に、支部の玄関を出ると、彼女は自身の胸に手を置き、すっかり気が抜けたように深く息を吐いた。
「少し大袈裟すぎやしないか?」
「……あのね、あのオーラモードの状態で歯向かって無事でいられたなんて、貴方凄くラッキーなことなのよ」
「ん? そんなに怖いのかあの人……」
「うーん。普段は好好爺って感じ何だけれど、蘊蓄を語り出すと止まらないというか。ちゃんと話を聞かせるために、人を物理的に固定するのよね~」
「なんだその不穏な響きは……」
「とにかく大変なのよ」
彼女の複雑な表情を見るに、別に怖い目に遭う訳ではなさそうだが、それでも厄介だと顔に書いてあった。
「そっか。なら運が良かったかもな」ライコウは階段を降り、「それじゃあクリスさん。また今度」
そう彼はクリスに別れを告げて、宿のある方向へと歩き出した。が、
「待って。私の店もこの先なの。せっかくだし、途中まで一緒に行きましょ」
と、クリスはすぐに追いついて、ライコウと一緒に歩き始めた。
ギラー金貨の価格設定の変更に伴いまして、ギラー金貨のさらに上位の金属硬貨、白金貨を登場させました。
白金貨には10と表記された『テンス』と5と表記された『ハーフ』とがあります。これは他の硬貨にも見当たります。しかし他の硬貨と異なり、この二種類の他にはありません。
本文にもあるように、テンス白金貨はギラー金貨千枚分です。つまりシャハル銀貨一万枚ともなります。1ギラー金貨はおよそ百円に相当するよう設定しているので、一枚のテンス白金貨は十万円、一枚のハーフ白金貨は五万円となります。
ならば、今回ライコウが首飾りを売って手にした金はいくらにあたるのでしょうか。ハーフ白金貨で三三〇枚、テンスに直せば一六五枚……
あれ、インフレしてきたかな……?




