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2.砂煙

 自身が転移させられる直前に一瞬だけ目撃した『転移先選定中……』の表示を思いだし、ライコウは強く歯噛みする。

 途中から強烈な光に遮られてしまったが、あの後宝箱に転移先が表示されていたはずだと顧みる。


(あの宝箱は媒体。超長距離の転移を補助する何らかの仕掛けが中身あるいは宝箱自体に施されていたのだろうな……)


 迂闊だった自分自身を諌めるように、宝箱に仕掛けられた罠に関して考える。


(恐らく、触れた者の魔力量によって転移先がランダムに選定される。あの接触の際の接着・固定化は、触れた者の魔力量の精査を行わせる為の補助機能なのかもしれない)


 いくら用心していたところで、発動の鍵が『接触』である以上、触れないという選択をとらなかった時点で“詰み”だ。触れたが最後、スッポンの如く捕まえた獲物は逃がさないこの仕様はこの上なくたちが悪い。


「まったく、あの顔で底意地の悪い(トラップ)をよくも。無駄に高性能だし。

 大陸間転移の技術自体は今の世界の現状を大きく飛躍させるものだ。決して造った本人に忘れられるような隠し部屋の罠にするものじゃない。このいい加減さがあの人らしいというか。なんというか」


 感心半分呆れ半分といったところだろうか。思わず長い溜め息が出てしまう。


 彼の上司は、自身が編み出した技術などは世間一般に公表することはせず、部屋の隅に文字通り山積みしてまた新たな研究に目移りするタイプの人物だ。おかげで部屋の一室は資料の山。一見ゴミのようで、その実一つ一つが値千金の発見や技術なのだから尚質が悪い。

 また長年の習慣のせいか、無造作に放り込まれた資料はあまりの量となってしまったので、逐一整理・管理しているライコウにとっては夢で(うな)されてしまうほどだった。

 因みにどんな夢が多いかといえば、うずたかく積まれた紙資料の摩天楼が、堰を切ったかのように彼に向かってなだれを打ち、埋没して圧死するケースだ。

 無論、夢であり、実際には死ぬ程のものではないにしろ、実際に一度でも体験すれば、あの重さと息苦しさはかなり強烈に記憶に残るはずだ。


「ま、これで延びるな……」


 彼は《修行の洞窟》の泊まり込みの探索で、しばらくは書類地獄から抜け出せると思っていたが、今回の事故を大義名分に、さらに延長するのも悪くないとも内心考えていた。

 少しくらい羽を伸ばしたところで罰は当たらないだろう。困った状況に置かれながらも、彼はそんな心境さえ抱き始めていた。


(ん、そういえば転移先がランダムだとしたら砂漠以外もあり得た訳だよな……)


 ふと、転移に関して一つの可能性が頭の中をよぎる。それは砂漠以外の転移先。例えば樹海の中や海の上、火山の火口に放り込まれることだって……


(やめだやめだ。これ以上は考えても仕方がない。なんとしてでも腐敗王(グランド・ロトゥン)に連絡をつけないとな……)


 背筋が寒くなる思いを打ち切るように(かぶり)を振る。あり得そうなだけに、迷宮ダンジョン管理者マスターに封鎖してもらう必要が出てきてしまったようだ。


「……景色がまったく変わらない……」


 砂漠へ飛ばされ、歩き続けることおよそ一時間。

 太陽の位置でおおよその見当をつけながら、彼は東へと歩いている。だが結果としては、闇雲に歩き回るのと大して変わりがないようだった。


「このまま歩き続けても埒が明かないな。どこかに見渡せるだけのものが……」


 ないか、と探し歩くと一際大きな砂丘を見つける。彼はとりあえず登ることにした。


 このアラスチア砂漠は、北はハイリンクリー山脈、西は大樹海と、この砂漠を一部領有するメソルド王国の商王都メソスチアにそれぞれ面している。そのいずれかを見つけ出せば、向かうべき方角とだいたいの距離感が掴めるようになるのだ。


 ライコウは悪戦苦闘しながらも頂上へと登りきり、強化スキル『望遠』で見渡す。

 同スキル『望遠』は望遠鏡や双眼鏡のように、高倍率に伴って視界が非常に狭くなり目に写る映像が不鮮明、とはならない。確かに見える範囲は狭くはなるが、必ず鮮明に映るのだ。

 眼球に何かしら負担がかかっているのでは? と毎度使う度に疑問に思ってしまう彼だったが、疲れや痛みなど何もなく、今のところ問題ない。


「……おっ、あそこが北だとすると……あった。でも随分と遠いなぁ……」


 延々と続く乾いた大地を塞き止めるように立ちはだかる長い城壁が、彼方で小さく揺らめいて見える。商王都メソスチアの西側城壁だ。

 メソスチアは大壁で都市を八方に、上から見れば八角形に城壁を巡らしている大城郭都市だ。東西南北の城壁それぞれに大門を構え、うち北門を除くすべてが常に開け放たれている。東、西、南の各門では、商隊や荷馬車がひっきりなしに行き交っているのだ。


「……西門が開いているとすれば、メソスチアに向かう商隊が居てもいいはずなんだが……うん。いることにはいるな。だが駄目だ。遠すぎる」


 『望遠』の限界ギリギリまで拡大して視ると、西門に向かう商隊らしき大きな影を発見する。だがこちらからすれば、遠すぎることに変わらなかった。


「ん~……どうしようか」ライコウは滴る汗を拭う。「『瞬進インスタント』か『驀進ダッシュ』で向かうしかないか……」


 彼の言う『瞬進』『驀進』は歩術スキルの一種だ。同スキルは魔力による肉体強化を基に、爆発的に伸びた脚力を移動に応用した魔術スキルだ。


 スキルは魔術と違い効果時間は長くはない。だがその代わり短い間に何度も使える。反動による再使用時間が極短いため、身体への負担が小さいのだ。よって、人にもよるが断続的にスキルを使い続けることもできる。


 しかしライコウは、無理してまでこの事態から早く脱しようとは思っていなかった。確かに困った状況にあるが、切羽詰まるほど追い込まれた訳ではない。

 そんな彼の余裕は、彼の使う〈アイテムボックス〉の中身から来ていた。

 この〈アイテムボックス〉、実体なき収納庫だが、不思議なことに頭の中に表示されるメニューコマンドを操作すると、大小数量に関わらずあらゆる物質の出し入れが可能で、使用者である彼の意のままに扱えた。

 この収納庫には時間経過がないために、新鮮な状態の五日分の食料と八日分の水、簡易調理道具、テントや寝袋等をあらかじめ中に収納しておいてある。気休めにしかならないが、無いよりはマシだろう。


「とりあえず方向は分かったし、出来るだけ向かうことに……ん?」


 頂上から駆け降りようとした矢先、彼の正面左から、何かが土煙を上げているのが視界に入った。どうやら北側からやって来たらしいそれは、まっすぐこちらに近づいて来るようだった。


「…………」


 ライコウは躊躇した。何も起こらないのを期待してこのまま通りすぎるのを待つか、迂回してでも東に向かうか。

 しかし結局、彼は待つ方を選んだ。迂回して向かってもよかったのだが、時間に余裕があるし、ただなんとなくその方がいいと思ったからだ。


 幸いにもこの判断が、彼に長い旅の連れとなる者との出会いをもたらした。



 ◇◇



 ビィー……ビィー……ビィー……ビィー……


 魔物の存在を報せるけたたましい警告音が、頭の中で鳴り響く。探索スキル『索敵サーチ』による警鐘アラームだ。

 彼の視界の中に情報が流し込まれる。砂煙にいる数は十四。どれも中立者を示す黄色だ。まだこちらを敵と認識していないらしい。


「あれは……砂狼サンドウルフ、か。厄介な。だがこれは...…」


 『索敵サーチ』に反応し、表示された魔物の名は砂漠の厄介者、砂狼サンドウルフだった。


 砂狼は体長一二〇セル、体高七十セル。砂漠に隠れ潜むため体色は橙色が混じるベージュだ。十~十五頭からなる群れで、砂漠を渡る商隊をよく襲撃しているが、反面、商隊の護衛者から最も討伐されている魔物だ。

 単体自体は決して強くはないが俊敏で、こと群れによる集団戦法となると総合的に強さが跳ね上がる厄介さは、場合によっては腕のたつ冒険者でも遅れをとるほど。


 だがライコウには砂狼より気がかりな点が一つあった。群れに混ざるも、他とは毛色も体長も異なる狼が一頭。その一頭の魔物名ネームだけが、『索敵』に表示されていないのだ。


 実は『索敵サーチ』には人や魔物などの生体反応を示す機能の他に、『索敵』と連動する解析スキル『鑑定』で認識した対象の名を登録・表示する機能がある。

 砂狼は以前に旅をしていた時に、たびたび遭遇していたため『鑑定』後に自動登録されていた。だがあの目立つ一頭、白銀に輝く巨狼には一切魔物名ネームの表示がなされない。

 つまり、彼にとっては初めて遭遇する魔物だということだ。


「なんなんだ、あの銀狼は。砂狼のユニークか?」


 ユニークは魔物の突然変異種に位置付けられた魔物だ。本来の同類種族以上の圧倒的な強さや、外見の変化を持って生まれる場合があるが、ユニーク自体希少なため詳しくは判っていない。

 この世界の生物学者らの課題のひとつだ。


「……まぁいいか」


 外見にしろ体躯にしろ、ユニークの可能性を自身で推察しておきながら、彼にはどうも腑に落ちない感じがした。

 が、あの銀狼が砂狼のユニークかどうかは、『鑑定』の適用範囲内に入ればハッキリすると思い直した。

 どうせ巻き込まれる可能性があるなら先制をとった方が良いだろうと、土煙の集団を迎え撃つべく腰に下げていた鉄のショートソードを引き抜き、砂の丘を駆け降りていった。


「……山以外での久々の狩り、か」


 この場に居ることは大変不本意ではあったが、せっかくだから、と今の状況を楽しむことにした彼は、口元に少し笑みを浮かべたまま、砂漠の平原を駆け抜けていった。






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