海の仔
「まずはわたくしの身の上についてお話しさせてください。わたくし、今でこそこのような野生の身でありますが、けして始めから野生に産まれたわけではございません」
うん、まあ、わかってた。少なくとも現代日本に野生のハムスターなどいない。
「町外れのペットショップで産まれたわたくしは、まもなく人間の家庭へと引き取られた、平たく言えば1620円で購入されたのでございます」
うんうん。値段はどうでも良いかな。
「そこでの暮らしは正に平穏を絵に描いたようでした。私の飼い主はよく世話してくれましたし、先住のメスハムスターともすぐ意気投合しまして……そして7匹の子どもに恵まれたのです。
異変に気づいたのは、5匹目が産まれてすぐのことでした。その……片目が、青いのです。その子は、深い海をーーわたくしテレビでしか存じ上げませんがーーその海を彷彿とさせる底知れぬ青に、右目が染まっていたのです」
悪いとは思うが、全然話が見えてこない。結局、このあとの話を要約すると次のようだった。
1. アウラの息子及び娘7匹兄妹のうち、片目が青く産まれてきた5匹目が、産まれて1週間後に飼われていたケージを脱走。
2. その直後から残りの6匹及び母ハムスターに原因不明の体調不良。
3. この異変は、青い目を気味悪がったアウラ夫妻への復讐と思われる。
4. なんとかその5匹目の在処を突き止め、自分達に危害を加えるのを止めさせたい。
5. 居場所探しを手伝ってください。
以上。
話を終えたアウラは幾分息を切らしているようだが、素直に飲み込むにはいささか抵抗がある。
「ねぇ、ひとつ、聞きたいことがあるんだけど」
ここは見逃すわけにはいかない。
「なんでございましょうか?」
アウラはきょとんとしているが、反面、僕が素直に了承しないことに対して少々苛立っているようにも見える。
「子どもが青い目に産まれてきた理由はともかく、それを薄気味悪いと思ったところまではまだ理解できる。その善悪は別としてね。それに、その子が脱走を図った理由もわからないでもない。例え君が隠していたつもりだったとしても、自分がどう思われているかくらい、子供だってわかる。いや、子供の方がかえって敏感かもしれない」
何か言いたげなアウラを制して、僕はさらに続ける。
「でもね。その後に続いた体調不良、これをその子のせいにする理由、それがわからない。望む相手に危害を加えるなんて、そんなのまるで魔法だ。その子が青い目に産まれていようがいまいがそんなの関係なく、不可能だ。僕には、すべてが単なる偶然で、ただ君が青い目のその子を特別に危険視しているだけにしか思えない。もし君が、その子にそんな『魔法』が使えると、本当にそう信じているのなら、そう考える根拠を聞かせてほしい」
そこまで言いきって、僕は少し後悔した。あまりにも直接的すぎる。これでは喧嘩を売っているも同然だ。
しかしアウラはあくまでも低い姿勢を崩さず、こう返した。
「それが……こんなことよそ様に申し上げたくはございませんが、あの子は見た目以上に変わっていた子だったのでございます」