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01

軽めのファンタジーです。

 舞台が世界であるなれば、世界が人であるなれば、人が人であるなれば。全てのものに意志があるとするならば。

 物語は物語ではなく、軌跡は記録によって語られ、奇跡が偶発と並為らぬ執念によって形成されるならば。

 私は、彼の流した血を認めざるおえないだろう。

 ただの偶然によって戦火の渦中へ引きずり込まれ、その身を削りながらも多くを奪い、壊し、同時に救いを求め疾走し続けた、一人の少年が流していった血を。

 

 ──猛き王は彼を魔王と騙り、若き王は彼を真王と語る。

 

「何から何まで間違いだらけの世界で、彼はただ一人真っ直ぐだった」


 血路に転がる死体の数を淡々と数えては蹴飛ばしながら、足場の悪い舞台にぐらりと世界を回せばただ一人スポットライトの下で此方を見る彼を観る。

 現をどちらかと問えば、どちらもだと真っ直ぐに答え新たな選択肢を脚本に示した彼の声はもうどこにもいやしないが、歴史書からも姿を消した彼の名を呼ぶならば。どうにしろ魔王と呼ぶのが相応しい。


「さて、どこから語ろうか」


 若き王の替え玉は語る。

 忘れることすら許されぬ、業の物語を。


/


 友人が鏡に飲み込まれる姿を、君は平常心を保って見ていられるだろうか。

 ──神藤皇シンドウ スメラギは、ただただ呆然とその場に立ち尽くすのみであった。

 ただのカードゲーム好きな高校生である皇が、この鏡の前に親友……不知火シラヌイを失ったのはほんの一ヶ月のことだ。失ったというのは決して事故というわけでもなく、いや事故だったのかあれは。殆ど怪奇現象に近い妙な現象で、彼は忽然と姿を消していた。

 何かの間違いだと願って街を探し続けた、勿論友人たちにも呼びかけて手を貸してさえもらった。

 だが結局、今日の今日まで見つかることもなかった。


「……不知火、一体どこいっちまったんだよ」


 裏通りにぽつんと存在する、都市伝説が漂う鏡の前で皇はどうしようもなく項垂れる。

 一ヶ月前のこの日。あの日はたまたまそういう話題で、たまたま近くに通りかかったから都市伝説を試しただけだった。

 鏡の前である言葉を唱えると、此処ではない世界への扉が開く。

 異世界なんてもはやザラだというのに、どこからか煙の上がった奇妙な伝説は、皇たちでさえほんのすこし前までまったくといっていいほど知りはしなかった。ただ、その日はたまたま、そういう話が入ってきただけだったのは確かだ。

 気軽に試したところで、不知火が消えるとは思ってもいるはずもなく。


 ──もう一度だけ、試してみるか?


 もしかしたら、もう一度だけ同じ現象が起きるかもしれない。楽観的で逃避じみた想像が心臓を揺らす。まるで、はやく開けろとドアを叩くように。

 だがそれでも、同じ現象が起きたとしても何が出来るだろうか。ただのカードゲームが好きなだけで、不知火のように強い引き運や執念強さを持つわけでもない自分が、同じ現象に出くわしたところで何が出来ただろうか。

 思考がぐるぐる回れば、だんだんと此処に立つ自信すらなくなってくる。

 バトル大会でのあの緊張感とはまったく違う、嫌な緊張と絡まる思考が熱を持って脳を焼いていく。


「行くのか」


 声をかけられ振り返れば、そこには見覚えのある影が立っていた。

 火緋色の髪を靡かせて此方を睨むように見下してくる、自分よりもすこし年上の青年。彼は不知火が唯一負けを重ねる所謂ライバルだった。皇も何度か彼にバトルを挑み、何度も負けている。

 どうして此処にいるのかだとか、そんな疑問は抱かなかった。だっていつもいつも彼は唐突に現れるのが常だったからだ。

 むしろこの先に行くことが出来るのか、相変わらず確信の速い技術の塊め。


「同じところにたどり着けるとは思えねぇがな」


 皇は鏡に触れながら呟く。

 その一歩、踏み出せるかどうかなんて分かるはずもなくて。


「……俺には無理だったが、お前ならば大丈夫だろう」


 せめてお前はたどり着けと言わんばかりに、確信と諦観を交えた言葉を残して彼は姿を消す。


「その言い方は卑怯だっつの、花狩カガリ


 鏡を眺めそれがまだ鏡であると確認しながら、すぅと大きくわざとらしく深呼吸をして覚悟を確かめてみる。いや、覚悟というモノほどでもないか。覚悟はするものじゃなくて決めるものだろうし。建前はもういいだろう。

 ──都市伝説を開く言葉は、たった一つ。


「……【扉を写せ】」


 思考が漏れ出すように溢れた言葉は、ただ虚しく宙を舞うように思えた。


『待っていた』


 聲が、聞こえた。

 想定外のことに皇は後ずさり周りを見渡すが、この裏通りには皇しかいなかった。ならば空耳かと視線を鏡に戻せば、鏡は、鏡ではなくなっていた。

 そこに鏡に映る皇の姿はなく、ただただ空虚な闇が此方を手招きしているようであり、獲物を待ち受ける怪物が大口を開けて待っているようにすら思えた。


『君を、待っていた』


 聲は続ける。この中へ飛び込めと、扉を開けと。

 しかし、困惑する皇に答えなど求めていないのか、皇は何かの衝撃を背に受け、身体のバランスを崩してしまった。その先に地面はない。何事だと後ろを振り返れば、誰とも分からぬ真っ青な髪をした少年が辛うじて視界に映る。


「ごめん」


 真っ青な髪をした少年が、音を出さずにそういったような気がした。


/


 一瞬の暗転を終わらせたのは、何かに叩きつけられたらしい身体の痛みだった。


「いってぇ……何だってんだよ」


 身体が動くことに安堵しながら、皇は条件反射的に身を起こせばそこはまた初めて見るような空間だった。薄暗い空気が漂うそこは、随分と妙な部屋、点々と光る光源は蝋燭で置いてある物や何やらは殆どが骨董品にあるような西洋風の物ばかりだ。ぱっと見、RPGのボス部屋のような雰囲気にも思えてくるが、さて。


「ふむ、ようやく目が覚めたか」

「うわわっ!?」


 皇の背後から声がかかった。

 振り返ってみると、椅子に座り此方を見ている老人がいる。しかし光源の当たり具合かどうなのか、まるで幽霊のように見えてしまい天性のビビリ屋である皇は、持ち前の反応力で相当の距離を取る。


「ど、どどどちら様だ!」

「魔王だ」

「……は?」



 元魔王だがな、と老人はため息をつく。キイ、と椅子が鳴る。よくよく見てみるとそれは車椅子のようだった。

 車椅子の、魔王を名乗った老人。

 待て待て、ファンタジーじゃあるまいし。いやわりと普段から命懸けのカードゲームしていたりしたが、こういうのは何かが違うだろう。混乱する皇を見て、老人はふと困ったように微笑んだ気がした。


「君には、魔王を継いでもらおう」


 だがその口から飛び出た言葉は尋常じゃないほど有り得ない話で。

 皇はここで目的を思い出す、そうだあの鏡を抜けたんだ。もしかしたら不知火がいるかもしれない、探さなければ。あの花狩に背を押してきて、誰とも知れないやつに背を蹴飛ばされて。そんな中で魔王なんて、冗談じゃない。


「君の言いたいことは分かる、だが」


 親友を探したいのだろう?

 その決定打からは、流石に逃げ切れないなと皇は悟りをかすかに観た。

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