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天は徒らに笑う

「穢れというものは、悪しきを引き寄せるというものだと理解して頂ければ幸いです」

 膝枕されていると気づいた綾音は一度部屋を出たものの五分ほどで戻ってきて何やら真面目な話をし始めた。

「誰しもが抱えているものではありますが、所定の範囲に収まってさえいれば、特段の問題は起きません。ですが、人の怒りや悲しみといった負の感情が高まっていくと何かしらが起こるとされています」

 ようやくお仕事の断片が話題に上がって、ニート生活ともおさらばかもしれない。それに関して別段どうこうとは思わない。こうしてふんぞり返っていることもやはり仕事のうちなのだろう。

「神様のなすべきはその何かしらを起きないように調整していただくことであり、何かしらを鎮めてもらうことです」

「あの、綾音。怒ってる?」

「い、いえ、そんなことはあ、ああ、ありえませんっ」

 というものの、綾音は完全にこちらと反対方向を向いていたからだ。背中を向けて扉に対して話しかけている。それでも通じてしまうあたり神様の性能はぶっ飛んでいる……いや、これくらい普通だろ。

 綾音の後ろ姿はやはりいいなぁと頭の片隅で重いながら、別の箇所では思考を回す。この世界における神様という立ち位置は、守り神といったところなのだろうか。もちろん、儀礼などの人間たちが主体的に行うものとしての神様の役割というのはあるのだろう。たとえば、軍神であったり、豊穣の神であったり。つまり、神様という存在が主体的に行わなければならない役割というのが、守護者ということなのだろう。

「か、神様はお戯れが過ぎると思います。誠に差し出がましいですが、私のような巫女に手を差し伸べる必要はありません」

「そう? 綾音は得難い人材だと思っているよ。なんというかね、思わず傍に置きたくなってしまう」

「――っ」

「綾音。今の気持ち、正直に話してご覧?」

 一瞬、体を硬直させた綾音を見逃すわけがない。嬉し恥ずかしの言葉を吐き出させるのが、何よりも面白い。ここの巫女たち――知っているのは二人だけだけど――とても弄りがいがあって、とても楽しい。

「か、顔から、火が出るほど、嬉しく思います……」

「それはどうして?」

「わ、我々巫女は神様から子を授かることを、至上の喜びとしています。そして、神様の傍にいられることで淡い希望を抱いてしまうのです」

「ところで、子を授かった巫女ってどういう扱いなの?」

「それは何らそれまでと変わりません。神の子は子育ての必要がありませんので巫女が母親としての役割を背負わされることはなく掟通り規定の年齢まで巫女としての職務を全うします」

「ありがと。で、神様の仕事は理解したけれど、具体的には何をするの?」

「穢れを払うことです」

「いやだから、具体的な手順とかだよ」

「それは巫女にはわかりえません」

 と、この世界の巫女としてはとんでもないことを綾音は言い切った。使えないなとか全く思ってない。

「それはつまり、やってみればわかるっていうことかな?」

「はい」

 綾音はそう頷くのだけれど、こっち向いてくれないかなぁ……ちょっと悲しいんだけれど。

「ねぇ、綾音。こっちを向きなさい」

「……はい」

 床に手をついて反転。綾音はこちらに体を向ける。しかし、顔は俯いたままでその体は羞恥に震えている。

「綾音、教えたはずだろう? 話すときは、瞳を見なさいと」

「は、い……」

 ゆっくりと上げられた顔は、真っ赤に染まっており、瞳は潤み、唇は震え、体の内から沸き起こる熱量に苦しんでいるようにも見えた。

「顔が赤いね。大丈夫かい?」

「い、いえ、大丈夫です」

「そう……」

 神様と見つめあえばこういうことになるのは当然で、けれどそれを自覚しつつも視線を外さない綾音の健気さはとてもありがたい。いや、貴いとでも言うべきだろうか。大事にしたいと、そう思わせる何かがあった。

「仕事っていうのはそれと君たちが捧げる儀式に参加するってことでいいのかな?」

「は、はひぃ。もちろ、ん神様に助言を求めることはあるでしょうが、おおよそは、そ、そのとおりです」

 これ、綾音の反応を楽しむ羞恥プレイとしては非常に優秀だけれど、真面目に話したいときには考えようだな。真面目な話をするときに恥ずかしがらせるというのは確かに貴重なプレイの形式ではあるけれど、こっちが考えてるときに魂を抜かれたみたいに見惚れられてしまうのもちょっと面倒かもしれない。

「ありがとう、綾音」

「はい」

「もう好きにしていいよ?」

「は、はい?」

「だから、背を向けてもいいし、こっち向いてもいいし、目を合わせても合わせなくても構わない。綾音、君の好きなようにしていい」

 その言葉に綾音は明らかに戸惑った表情を浮かべた。すぐさま俯こうとして、結局こっちの瞳を見つめている。かといって視線が定まっているわけでもなく、気まずさを紛らわすかのように視線はウロウロと彷徨っている。例えば、こういうことを考えているのだろう。巫女としては見るべきではないのかもしれない。けれど、見なさいと言われている。今は命令はされていないが、見ていたい。何をすればいいのか、全くわかっていない。

 そういう、色んな感情に揺れ動く様子は見ていて実に楽しい。

「神様、私は幸せ者です」

 真っ赤な顔はそのままで、けれどきちんと引き締まった顔で、綾音はそう口にした。……裏を返せば先程まで緩みまくっていたわけだけれど。

「今ここで腹を切って死んだとしても、私は悔いの残らなかった人生だと誇ることができます」

「……いや、実際にしないでね?」

「ものの例え話です。ここで血を流すことは、たとえ神様に命じられたとしてもお受けすることはできません」

「まあ、確かに血は見たくないけれど……そういえばさ、神様の血ってどういう扱いになるのかな?」

「はい?」

 綾音はというとまるで鳩が豆鉄砲を食らったみたいに、素っ頓狂な表情を浮かべている。まるでその発想はなかったと、いや、むしろ意味がわからないと言わんばかりの顔をしている。

「あ、綾音?」

「あの、失礼ながら、神様も血を流すのでしょうか?」

「は?」

「え?」

 ……どうやら、認識が違っていたみたいだ。巫女、少なくとも綾音にとっては神様というのは人間ではない超越した何かであるのだろう。だから、血が流れているとは思わない。穢れと忌み嫌う血が神様の中に流れているはずもない。けれど神様は人間が生まれ変わった存在である。だから、血が通う存在であったとしても何らおかしいことではない。その証拠に腕にはきちんと血管が浮かんでいる。

「綾音は神様が血を流すなんてないって思ってるの?」

「あ、はい。血は穢れであり、神様は穢れなき神性の象徴ですので万が一にも」

「ふーん、じゃあ、綾音。君の腕を切れば赤い液体が流れるよね」

 敢えて、血とは言わず綾音が答えやすい土台を作ってあげる。真面目な巫女たる綾音はこんな当たり前の質問に対してもきちんと誠実に受け答えしてくれる。

「はい」

「じゃあ、俺が自分の腕を切って、赤い液体が出たとしよう。綾音はこれを、どう定義する?」

「神様の意図はわかりかねますが、敢えて言うならばそれは血ではありえません。神性を秘める赤い液体であるとしか、私には定義のしようがありませんので」

 妥当な答えだ。そして、無難だ。きっと巫女の誰に聞いたところで同じ答えが返ってくるのではないだろうか。

「失礼」

 と、急に扉が開く。その先にいたのは綾音とはちょっと違った巫女服に身を包んだ巫女。微妙に装飾が施されたそれは、綾音との身分差を感じさせるには十分だと言えた。

「主神よ、奏上いたします。お勤めの機会でございます」

「ちょ、ちょっとお待ちください。貴音様、いくらなんでまだ早すぎないでしょうか!?」

 その、貴音と呼ばれた巫女はどうやら綾音より立場が上のようだ。いや、きっと綾音より上だと思われる花音とも違う立ち位置だ。神に対する呼び方が明らかに違う。それに、巫女装束もだ。

「貴音と言ったかな?」

「はい」

「綾音と花音、そして君。ひょっとして何らかの関係性があったりするのかな?」

「――っ!」

「話したくありません」

 神様になってからおそらく初めての拒否。花音のしたような煙に巻くような言い方ではなく、明確な意思表示。どうやら、ここに来て、随分と毒されていたらしい。誰もが従ってくれるという異常な状況に。

「あははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!」

「か、神様……あ、の。――ちょっと、貴音様、いきなりそれでは……」

 いきなり高笑いをあげだした神様と不遜な態度を取る貴音。板挟みになってあたふたとしていた綾音は実に面白い動きをしていた。どっちを相手にするべきなのか、まだ若い彼女には判断がつかなかったのだろう。

「貴音、詳しく話を聞かせてもらえる?」

「はい」

「神様っ!」

「いいんだよ、綾音。こうして楽させてもらってるんだ。少しは神様らしいこともしないとね」

 わかっていたことだ。楽な仕事なんてない。仕事を楽なことにできるかできないか、問題はそれだけしかない。

次回からはまさかの新展開(の予定です)次がいつになるかはひたすらにわかりません!

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