俺が天になるまでに
どういうことだ?
それが現状報告である。
「いや~悪いね。暇潰しに付き合ってもらって」
目の前の、大体四・五十歳ぐらいのおっさんが嬉しそうに笑う。年齢はあくまで大体で、若いんだろうなと思えば、年食ってそうと思わされるような貫禄も時折見せるそんな不思議なおっさんだった。
「いえ、こっちも暇なんで」
そう言って俺は黒い丸を置いて、白い丸をひっくり返していく。
おっさんとよくわからない場所でリバーシをしている。それが俺の現状だった。
「うん、知ってる」
おっさんが白を置く。一気にひっくり返って形勢逆転。これまで何度もやっているのだが、このおっさん滅茶苦茶に強い。
「知ってるってどういうことですか?」
「簡単に言うと、君が暇になった瞬間にこっちに引っ張り込んだってことだな」
「へぇ……おっさん地味にすごいっすね」
戦況は圧倒的にこちらが不利。角は既に三つ抑えられ、ほぼ消化試合の様相を呈している。
「いやぁ、なめちゃいかんよ。おっさんの仕事、詳しくは言えないけど、滅茶苦茶えらいから」
「すごいっすね」
「最近の若者は無感動だなぁ……この部屋にだって全く驚いちゃくれない」
「部屋?」
と言われてぐるりと周囲を見渡すと一面真っ白。何もない。境界が見えないものだから、部屋ということにすら気がつかなかった。
「そう、君の目の前にいるおっさんが招待した部屋」
「ふぅん、でもこういう気づいたら全くわけわからねぇ場所にいるっていう展開の小説何度も読みましたし、それにこれって夢なんだろうなぁってくらいに現実感ないですから、驚きようがないというか」
「ああ、『ここゼミでやったやつだ』みたいなものかな?」
「なんでそこで進○ゼミが出てくるのかはわかりかねますが、おおむねそんな感じです。実際には起こりえないところも含めて」
「○研ゼミをなめちゃダメだよ。おっさんは過去全ての進○ゼミに掲載された漫画の内容を覚えているけど、確率的には百パーセントだからね!」
「そりゃ、ゼミでやった問題が出てこないってなったら宣伝の意味がないですからね」
と、ここでリバーシは終了。今回も俺のボロ負けだ。
「というかね、こうして君みたいなやつをたまに呼んでいるんだけど、そうでもしないとやってられないくらいにおっさんの仕事は辛い」
「大変っすね」
そして、またリバーシが始まる。たまには他のゲームもしようぜ。いや、付き合うんだけどさ。
「そういう付き合いの良さが選ばれた理由なんだよ。あ、いや、仕事自体はさほど辛くはないんだ。辛いのはむしろ環境なんだ」
「環境」
「そう、おっさんは実は熟女フェチでね」
ひっくり返した。何を? 盤面に決まっている。
「おいおい、何をするんだい君は」
「いきなり性癖を告白されるとは思いませんでした。反省してません」
「まぁまぁ、落ち着きたまえ。流石に今のは唐突すぎると反省している」
いつの間にか、盤面は元通り。……えぐい。
「で、おっさんの趣味の告白が職場環境の劣悪さにどう繋がるんですか?」
「劣悪とまでは言っていない。職場は超ホワイトだ。ただ、周りにいるのが若い女の子だから、居心地が悪くてね。というより、おっさんが不満そうな顔をしているから、その子も萎縮してしまって、こっちも申し訳なくなるみたいな無限ループだね」
「変えてもらえよ」
「率直な意見ありがとう。それでも、そうそう動かせるものじゃないらしくてね。きちんと考えられての配置だから、おっさんの趣味じゃないで気軽に変えられるものでもないんだ」
「じゃ、おっさんがやめれば?」
「だんだん投げやりになってきたね。でも、後任がいないからやめることもできない。というか、やめたら大変なことになる」
「へぇ、どうでもいいっすね。ところで、おっさんのストライクゾーンってどれくらい上なんですか?」
……なんか、いやな予感がするぞ。
「そうだね、とりあえず五十歳は最低欲しいね。でも、そういう人は間違いなく、条件を満たしていないんだよねぇ……」
まだ続くのね、お仕事の話。これもうフラグ立ってるんじゃないのかな?
「つーか、いつになったら帰してもらえるんですか? いつまでも長居したくないんすけど」
「君、素直ないい子だね。申し訳ないんだけど、代わってくれない?」
「普通に頼む気ゼロになりましたね! 無理ですよ、おっさん滅茶苦茶えらいんでしょ! そんなのぜってぇ無理です」
「大丈夫大丈夫、えらいのはおっさんじゃなくて地位がだから、仕事なんてほとんどノースキルでできるから、大丈夫大丈夫」
「全然大丈夫な気がしないんですけど……」
「まぁ、話を聞いてくれ。仕事はそばにいる女の子が全部やってくれる。おっさんの仕事はそれを見てるだけ……ほんとにそれだけ」
「胡散臭さが半端ないんですけど……」
「おっさんはね、熟女が好きなの」
「おっさん黙れ」
「それでね、女の子はもう孫とかそのレベルの年齢なの、とっても保護者的な目で見ちゃうの。女の子はそれで萎縮しちゃうの。こっちも困るの」
「ちょっと待て今不穏な単語が聞こえたぞ。孫っておい、職場の女の子っていくつだよ!」
「そうだね、大体十七歳くらいかな?」
「もろブラックじゃねーか!」
職場はホワイトとは一体なんだったのか。十七歳の女の子をこき使うって酷い、あんまりだ。
「ちなみにさん十七歳というオチでもないから安心したまえ」
「むしろそっちの方が安心できたんですけどぉ!」
ほら、あれは宗教みたいなものだし、俺は余裕で受け入れられる。
「どうしても駄目かね?」
「むしろ、どうして了承が取れると思ったんですか?」
全くもって安心できる要素がなかったぞ。
「大丈夫、ほんとに楽な仕事だから」
「おっさん、シグナリングって知ってる?」
「知ってるとも。相手に自分の言っていることが本当だと信じさせることだ」
「じゃあ、おっさんの言い草がそうなってるって思ってる?」
「…………」
「黙るなよ!」
このおっさん、本当に大丈夫だろうか……おっさんの職場、ちゃんと機能してるのか心配になってきた。
「そうだ、じゃあポーカーで決めよう!」
「やですよ。おっさん滅茶苦茶強そう。リバーシも結局一回も勝てなかったし」
「じゃあ、ここから出してやんない」
「ガキか!」
「いいかい、少年。おっさんは美少女には飽きた。仕事も長い間勤めたし、そろそろ美熟女といちゃいちゃしたい。というかそれくらいの権利はあるはず」
「うぜぇくらい趣味全開っすね」
「大丈夫、ハンデはつけてあげるから」
「おっさん、大丈夫を連呼しすぎて、信用ならないんですけど」
「よし、ルールはこうだ」
「なんで、始める前提になっているんですかねぇ……」
「うむ、やはり君は冷静だな」
「嬉しくないです」
「君は持ち札十枚でその中から五枚を選んで役を作る。もちろん、チェンジもあり。おっさんは初期の五枚で勝負。不正を疑うなら君がディーラーも兼ねてもいい。それに勝負はたったの一回」
「……おっさんそれ流石になめすぎでしょ。正直、負ける気がしないんだけど」
「ふふふ、他人に仕事を押しつけるんだ、これくらいのハンデは背負って当然だと思わないかね」
「無駄にかっこいいですけど、憧れはしないんです」
リバーシやってたら、ものすごく顔つきが変わるんだけどなぁ……まさに勝負師って感じですげぇんだけどなぁ。
熟女好きを公言し、仕事が嫌だとわめくおっさんとは似ても似つかないなぁ。まさに天は二物を与えずってことなんだろうか。
「まぁ、仕事に関することは心配する必要はない。あれは、地位というものに自ずとついてくる仕事だ」
「もっと詳しく教えてくださいよ」
そうじゃないと決心のしようがない。
「要するになってみれば誰だってできるってことだ。頑張りたまえ少年」
「あやしいなぁ……」
「どうする? おっさんに勝てば晴れて開放。負ければ働く。勝負しなければこのままずっとおっさんとリバーシで遊んでいることになる」
「最後なんか増えてるぞ」
「君がおっさんフェチでないことは既に知っているぞ!」
「もう、黙れよ、おっさん」
「はい……」
ガキに怒られてしゅんとしてしまうおっさん。威厳ゼロである。マジでどうしてこうなった感が半端ない。本当に大丈夫なのだろうか、このおっさんがえらい立場につける職場って。
「まぁ、いいや。受けます。勝てば出られるんですよね。男に二言はないですよね?」
「うむ、おっさんに二言はない」
「ついでに、仕事も俺がきちんとこなせるんですよね?」
「それも保証する」
「わかりました、じゃあ受けてやりましょう」
「ありがとう」
そう言っておっさんはトランプを取り出す。ちょっと待て、今どこから出したそのトランプ。なんにもない場所だぞここは。というか、リバーシの板もいつの間にか消えている。
「ほら、不正がないか確かめたまえ」
促されるようにトランプを確認する。間違いなくダイヤ、ハート、スペード、クローバーが一から十三まで揃っていてジョーカーが二枚の計五十四枚。
「うん、問題はない」
確認を終えると入念にシャッフルする。
「あ、ショットガン派なのね」
「単によく混ぜるためです。カートが痛むのであんまりしたくないですけど、おっさんのだからいいかなって」
「うむ、気にする必要ない。存分にやりたまえ。
シャッフルを終えて、カードを配る。おっさんは五枚、俺は十枚。手札を確認すると既に四枚のクローバーが揃っている。しかもそれなり番号も近い。
「どうする、少年。何の役を狙うかは重要だぞ? 手広くいくとどれも失敗という可能性もあるからな」
「とりあえず六枚チェンジだ」
クローバー四枚を残して、オールチェンジ。これなら最悪フラッシュはいけるし、うまくいけばストレートフラッシュも狙える。
山札から六枚引く。クローバーは三枚。残念ながら、数字は並ばなかった。フルハウスも、ない。普通にフラッシュで勝負だ。
「決めたかね?」
「ああ」
そして、フラッシュの役を見せる。それを見た瞬間、おっさんはにやっと笑う。リバーシのとき散々見た勝負師の顔。
「残念だったね、少年。ロイヤルストレートフラッシュだ」
やっぱり、このおっさんとは勝負するべきではなかったということか。多分、不正もないんだろうなぁ……
「グッバイ少年、だが、保証する。職場はきっと君にとっては過ごしやすいものになるだろう!」
その一言を残しておっさんが消える。
「はぁ!?」
というか、先程までの白い空間もなくなり、圧倒的な青が目の前に広がる。
どう見ても空です。海です。地平線です!
「はああああ!?」
そして、猛烈な速度で落下していた。
轟々とぶつかる風に俺はもう、腹をくくった。うん、こればかりは仕方ない。しょうがないで済ましてもいいだろう。おっさんを後で呪うしかない。
「俺、死んだな」
覚悟を決めて目を瞑る。何がホワイトだ、のっけから超絶ブラックじゃないか、これはもう絶対に許さない。許されない。ああ、俺の人生とは一体――
振り返ろうと思った瞬間に地面に叩きつけられる。意識はブラックアウト。
「はっ!」
目が覚めた。なんだ、夢か。いや~よかったよかった。そういえばあのおっさんも現実感の欠片もなかったもんな。そりゃそうだよ、な!
……んなわきゃあない。
見上げている先には木造の天井、だけ。
おいおい……俺の部屋、少なくとも蛍光灯はあったはずなのになぁ。
さっきまでのが夢じゃないとしたら、じゃあ、ここはどこだ。
「神よ、お目覚めですか。再臨のほど感謝申し上げます」
仰々しい声が耳に届く。そちらを向けば、綺麗な和服を着たおっさんがちょうど部屋の唯一の入口の前で恭しく跪いている。
おっさんよりは若いおっさんだな。精々三十歳前後といったところか?
「あの、ここどこですか?」
「しばらくは再臨の後遺症もあることと存じます。側付きのものに食事をもたせますので、しばしお待ちください」
「え、いや、ちょっと……」
その若いおっさんは、そのまま入口の向こうに消えていった。話ぐらい聞けや。神って呼ぶくらいなら。
しばらく、すると入口の向こうから声がかかる。透き通ったような美しい声。
「神様、失礼いたします」
すっと、扉が開くと巫女服に身を包んだ少女が食事が配膳された台を運んできた。その台はいかにも神様に奉納するような、それっぽい台で。
「あのさ、ちょっといい?」
「いかがなさいましたか、神様」
その少女は俺の言葉に顔を上げることなく、さきほどのおっさんのように恭しく跪いたまま返事をする。
「ちょっとこの状況を説明してくれる?」
「お望みとあらば。数日ほど前、神様、つまるところの前任の神様が突然、数日後に別の神様が降臨するとの予言を残し姿をくらましになりました。村は大混乱に陥りましたが、予言通り神様が再臨なされ、今に至ります」
はは~ん。どうやら、俺は神様になったというわけね。
……いやいやいやいや、受け入れられるわけないだろ。
だが、あのおっさんが神だとすると、色々納得もいく。現実離れした白い空間。突然消えたり、出現したりするリバーシの盤面。そして、初手ロイヤルストレートフラッシュ。
それも神様なら可能なのではないか?
「神様、まだ再臨の後遺症はございますか?」
「あ~、もしかして君が側付きの子?」
「はい、この綾音が不詳ながら神様の側付きを務めさせていただきます」
ああ、もう認めてしまえ。なんだか、色々ありすぎて面倒臭い。
天は人の上の人を作らず、天は人の下に人を作らず。福沢諭吉の有名な言葉だ。
だが、職務を放棄した天は、どうやら俺を天に据えたようです。
これはもう、冗談でいいよね?
異世界召喚ハーレム俺TUEEEモノです。
Q1.なんで異世界に召喚されてんの?
A1.神様に呼ばれたからです
Q2.なんでハーレムなの?
A2.神様はモテます
Q3.なんで俺TUEEEなの?
A3.神様だからなんで……大抵のことはできるからです