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「まず、今起きてる『時間』について。君は、どんな状況を見た?」
「…何もかもが止まってた。動いているのは俺達だけで…」
「うん。それがこの『over time』と呼ばれる時間。午前と午後に一時間ずつ存在する、私達の時間」
少女は淡々と語る。しかし、頭が冷静になりたての少年には逆に分かりやすかった。
つまり、『over time』とは1日に二時間だけ存在する余分な時間と解釈するのがいいかもしれない。
その時間に動ける人間は、ある特定の人間だけ。それが少女の話から読み取れた情報だった。
「どうして、僕達だけが動けるんだ…?」
少年はずっと気になっていた質問を少女に投げ掛ける。
少女はその質問は予想していたようで、すぐに少年の待ち望んでいた回答を示した。
「それは、私達が『over worker』だから。君は、元の世界で『何をやり過ぎた』の?」
逆に問い掛けられた少年は、自分の記憶を遡る。
いや、遡るほどのことでもなかった。少年が元の世界でやっていたことなどただの一つしかなかったのだから。
「…勉強。僕はずっと、勉強しかしてこなかった」
少年は、自嘲染みた笑みを浮かべて自分の生きてきた人生を振り返る。
来る日も来る日も、ただひたすらに勉強ばかりして。結果が出なかったらまた更に勉強を重ねて。
周りが遊んでいる時も。体調不良の時でさえ、勉強をし続けた。
勉強が好きなわけではない。それしかやることがなかったわけでもない。
ただ、それしか『できなかった』。自分に課された選択肢が一つだけしかなかった。
「…なるほど、だから『over worker』か。随分と皮肉な名前付けられたもんだな」
少年の自虐的な発言を聞き、少女は少しだけ笑みを浮かべる。
「私もそう思う。私は、練習のし過ぎだったから」
そして少女もまた、『over worker』であるのは言うまでもなく。
元の世界で何かをやり過ぎた人間が飛ばされる世界。
それが、この世界なんだと。唐突に少年は理解した。
「ははっ…。同じだな…。死ぬほど頑張った挙げ句、こんな世界に飛ばされるとか…流石に笑えてくる」
少年はまた思い出す。謎の男に追いかけ回される前、この世界に来る前に、自分は元の世界で死んだのだと。
心身共に限界だった彼には、猛スピードで突っ込んでくるトラックなど避ける余地もなかっただろう。
少女の死因は分からない。だが、志半ばで死んだことは明白のことであった。