1-冒頭
「…落ち着いた? もう話しても大丈夫?」
少年が謎の男に追われていた時間から、既に10分程経過しただろうか。
少年は未だに状況が理解出来ていなかった。出来るはずもなかったのだか。
突如現れた少女に連れられた先は、廃校のような場所だった。
人の気配など一切無い。文字通り、少年は少女と二人きりであった。
通常であれば興奮し、何か起きてもおかしくはないそんなシチュエーション。
しかし少年の精神状態にそんな余裕など存在するはずもないのは言うまでもなかった。
「…ちょっと待ってくれ…。短時間で色々なことが起きすぎて頭がおかしくなりそうなんだ…」
こんな状態になるのも無理はない。現実では有り得ない事が少年の前で何個も立て続けに起きているのだから。
「それは分かる。私も最初はそうだった」
少女は少年に同調を示し、その言葉を聞いた少年は伏せていた顔を上げる。
少女の顔が浮かべていたのは、微笑でも冷笑でもなく。
ただただ、真剣な面持ちをしていた。それだけで少年が平静を取り戻すのは十分であった。
「…ここは、何処なんだ…?」
そんな少女の顔を見て、少年が発した質問は至極真っ当なものだった。
少年が意図しているのはこの場所が何処かなどではなく。
「異世界、と言えば簡単に理解出来る?」
この『世界』が何処なのか、という質問であることを少女もきちんと理解をしていた。
その返答に少年は疑問の色を浮かべる。
「異世界…? 本当に…?」
現実では有り得ないことが起きているのだから、異世界を疑うのは当然のことだろう。
だが、何かがおかしい。ここが異世界であるならば、もっと変わっているはずなのだ。
「うん。ここはあなたがいた世界とは別の世界」
「…元いた世界とほとんど変わらないぞ…?」
少年はこの廃校のような場所にも見覚えがあった。自分の住んでいた街にあった、とある廃校にそっくりなのだ。
そっくり、とかそういうレベルじゃない。まるで同じと言っても過言ではない。
「私もそう思う。でも、一つだけ違うことがある」
「それが、さっきの…というか、今のこの状況、ってことか…?」
今も尚、動いているものは少年と少女だけ。元の世界と、違うことなどこれしか思い当たらない。
少女は無言で頷き、続けて言葉を発する。
「理解が早くて助かる。…一から説明するから、聞き逃さないで」
少年は、この話を聞かなくてはならなかった。今は、この得体の知れない謎の少女に身を委ねるしか方法は無かった。