プロローグ
「…何が、起きてるんだよ…ッ…!?」
人気の少ない路地裏を、一人の少年が疾走する。
その後ろには、大きな鎌を持った男が少年を追走していた。
「待てや、ゴラァ!! 首置いてけや!!」
「…!! はぁっ、はぁっ…!!」
男の発した言葉により少年は速度を上げる。それに合わせて男も足の動きを加速させる。
人気の少ない路地裏から、大通りへと出る。
その場所の異様な光景に少年は頭が混乱しそうだった。
「誰も、動いてない…?」
時計、風の音、自動車、鳥、人間…。そこにはたくさんの物があったが、そこには何一つ動く物は存在していなかった。
話をしていた途中で止まった人間や車の排ガスですら、全てが静止している。
その場で動いているのは、追いかけられている少年と追いかけている男だけ。
全く理解が出来ない光景に目を疑い、そして頭は絶賛混乱中であったが少年は足を止める訳にはいかなかった。
大通りに出れば、誰かいる。後ろにいる異常な男を誰か止めてくれるだろう。
そんな淡い希望も潰えた少年はただ走ることしか出来なかった。
どうしてこんなことになってしまったのか。何故、自分はここに存在しているのか。
何もかもが分からなくて。体力ももう限界に近かった。
「…ふざけ、んな…! 何で、僕がこんな目に…!!」
疲弊した足には乳酸が溜まり、加速するという機能をどんどん失わせていく。
それとは対照的に男のスピードは緩むことはない。それどころか更にスピードをあげている。足に加速装置でも着けているのか。
「てめぇも『over worker』なら覚悟を決めやがれ!! オラァ!!」
少年は感覚的に、そして本能的に理解した。自分の首が数秒後には胴体と別れを告げることになるだろうと。
思わず目を瞑る。案の定、男の鎌は少年の首を寸分狂わず狙っていた。
しかし、少年の首が胴体と別れることになるのはまだ早かったらしい。
「…邪魔すんじゃねぇよ、このクソアマァ!! またてめぇか!!」
少年の真後ろ。数センチ後ろには、ある少女が立っていた。
少女の手に握られているのは、一振りの日本刀。その刀が鎌を少年の首の寸前で止めていた。
「…え、あ…? 何が…?」
少年の頭は既に、状況を把握出来るほど冷静で冴えてはいなかった。
そして少女は少年の手を握って、一気に足の力を解放する。
20メートル以上はあるであろう建物の屋上に裕に足をつき、更に他の建物の上に乗り移る。
「…取り敢えず、逃げる」
立て続けに現実離れしたことが起きた少年は既に、茫然自失に近い状態だったが。
微かに少年の耳が捉えていたのは、少女の落ち着いた艶のある声だった。