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一話物

河童の田中さん

作者: 紅月赤哉

(♪ぽんぽんぽぽぽんぽぽぽんぽぽぽーんぽんぽんぽぽぽんぽぽぽんぽぽぽーんぽんぽんぽぽ……♪)

 久しぶりに実家に帰ってみると、ちょっとしたものが妙に懐かしく感じられませんか?

 勉強机、好きだった漫画、教科書―――。

 ふと目についた卒業アルバムに手を伸ばし、そっと開いてみると。

 懐かしい級友たちのあどけない笑顔が、学生服に包まれて花咲いている。

 最高に楽しかった体育祭。苦手だった勉強。好きだったあの子。

(♪てんてけてーんてんてけてーんてんてけてーんてんてけてーんてんてけてーんて……♪)

 思わず頬を緩めながら、貴方はどんどんページをめくっていきます。

 そして、たどり着いた最後のページには、友人達の寄せ書きが。

「楽しかった!ありがとう!」「これからも友達でいよう!」

 余白なんか無いくらい、ぎっしりと書き込まれたそれを、一つずつ読んでいく。

(♪ちゃかぽんぽんぽんぽんぽんぽん? ちゃかぽんぽんぽんぽんぽぽぽぽぽーんぽーんちゃかぽんぽんぽんぽんぽんぽん? ちゃかぽんぽんぽんぽんぽんぽん♪)

「……ん?」

 その時、貴方は見覚えのない、一つの寄せ書きに目を奪われます。

『あさがお』

 可愛らしい文字でたったそれだけ。

 果たしていったいいつ、誰がこれを書いたのか。

『あさがお』が意味することとは。

 全てを思い出すため、貴方はそっとその瞳を閉じるのです。

(♪ぽーんぽぽーんぽーんぽぽーんぽーんぽぽーんぽーんぽぽーんぽーんぽんぽーん……ぽへ♪)



<河童の田中さん>



 クラスに河童が転校してきたのは、中学校三年の一月という、かなり中途半端な時期だった。僕らは三月の受験に向けて必死こいて勉強してたし、春から高校ってことで大抵の友達と離れないといけないなーと心は寂しく、でも勉強しないとなとか思っていて頭の中はぐちゃぐちゃだった。だから、河童が転校してきますとか先生が言った時はちょっと嬉しかったものだ。ゲームや漫画、アニメで使われてるくらいだから河童くらい存在してもおかしくない。でもほとんど見ないってことは、きっと友だちになったら自慢できるに違いない。

『俺、河童と友だちなんだぜ。マブよマブ』

『すっげー! 激うらやましー』

『ちょべりぐちょべりぐー』

 そうやってはっちゃけながら、河童を自慢する自分を思い描いていた。

 その高揚も、先生が廊下にいる河童を呼び寄せたことで終わった。

 やってきた河童は、絵巻で描かれていたままの、キシャー! とかいう擬音が似合いそうな外見をしていた。体脂肪率はきっと一桁だろうなと見て分かる筋肉。ガラスくらい簡単に打ち抜けただろう。顔もお肉と呼べそうな部分はなく、おにくっ! という擬音が似合いそうな顔つきだった。そんな河童さんはぬらぬらとテカっている肌を舌で舐めながら、ぐちょぐちょと音を立てて歩いてきて、僕等の前に立った。

 ああ、デフォルメって人類の宝だと思った。てっきり三頭身くらいで皿があってひらひらとしたシャンプーハットみたいなの被って、目が点で口はアヒルで、ずんぐりむっくりした河童が来ると思っていたんだ。

 でも八頭身で皿があってヒラッヒラッしたシャンプーハットみたいなの被って、目は黒く口はアヒルで、すらっとぴしっとした河童。

「初めまして。田中一郎と言います。短い間ですが、よろしくお願いします」

 河童の田中さんは、大学三年生男子くらいの声でそう言った。当時の僕等にはさすがにそこまで詳しくなかったが。簡単に言えばピアノの鍵盤の低いほうのドの音だった。

 河童の田中さんの席は、教室に入るドアの傍になった。最初は窓際の席しか空いてなかったんだけれど、日の光をずっと浴びているとさすがに皿が割れるらしく、そうなると教室で死体が出るということで光があまり当たらないドア側を空けた。結果、他のクラスの生徒が田中さんを見て悲鳴を上げたり嬌声を上げたり罵声を上げたりしていた。その度に田中さんは優しく微笑んで彼等を見た。今ならば田中さんの思いは分かるが、僕等は不用意に近づけば食い殺されるんだと思って離れていた。

 でも、委員長をしていた田中次郎だけは、何度か声をかけていた。同じ田中ということもあるし、クラス委員長だからという責任感もあったんだろう。何とか二ヶ月だけでもクラスと溶け込ますことが出来ないかと苦心して、田中さんと僕等の距離を近づけようとしていた。それを分かっていても、やっぱり僕等は田中さんが怖かった。猛禽類も爪を折って逃げそうな顔を優しく歪めて、僕等がおどおどしながら話しかけるのを見ていた。

 懐かしいな田中次郎。今年でもう四回忌か。

 田中さんは勉強はとてもよく出来たように見えて普通よりも少し上だった。つまり出来た。高校に行くのなら僕と同じ学校のランク。このビジュアル系と共に校門をくぐるのかと思うとちょっとヒヤッとしたからどこを志望するのかと尋ねた。そしたら、進学はしないと言った。父も母もいなくなって小さな妹と二人だけだから、働かなくてはいけないらしい。妹の名前はバルバロス。田中バルバロス。素手で熊を殺したことがある可愛い四歳児だった。今なら十四歳だ。どうやって中学に通うお金を、と聞いたら国がくれたと返してきた。義務教育っていいなと思った。

 結局、僕が田中さんと交わしたと言える会話はそれくらいだった。そのまま滞りなく日々が過ぎて卒業式が終わり、田中さんはみんなの卒業アルバムに「あさがお」と書いて姿を消した。そうだ。確かに田中さんがあさがおと書いたんだ。

 その意図はまったく分からない。あさがおが好きだったのかもしれないけど、育てる季節じゃなかったから分からない。そしてどこに消えたのかも分からない。

 だから、一年後にちょっと仲間内で集って先生に聞いてみた。

 そこで僕等は田中さんが亡くなったことと、真意を知った。

 田中さんは河童の最後の生き残りだったらしい。少なくとも、コンタクトが取れる範囲に仲間はいなくて、河も汚れてきて、そろそろ人間社会で暮らさないとなと思ったそうだ。中学に転入してきたのは、単純に人間の年齢で十五歳だったからで、目的は人間の友だちを手に入れることだったそうだ。

 田中さんは皆に怖がられるなと最初から悟っていた。伝説では尻子玉とかいうのを肛門から手を突っ込んで盗んでいくとされていたから、怖がられると。自分だけが違うとか、しないとか言っても認められないのが世の常だと十五歳にして知っていた。だから怖がられてもどんな反応をされても割り切って、ただ微笑んでいたんだ。そして、これ以上怖がられないようにと卒業式後に姿を消した。新たな土地で頑張るために。

 寄せ書きにちょっとだけ存在感を残して。

 田中さんは先生に楽しかったですと言ったそうだ。二ヶ月くらいしか一緒じゃなくても、ほとんど怖がられて皆と話さなくても、それでも楽しかったと言ったそうだ。どこでそう思ったのか。それともやせ我慢だったのか。今となっては分からない。分かるのは一つ。

 僕等が近づかなかったのは外見が怖かっただけだ、多分。

 僕は田中さんが亡くなった理由などは聞かずに、いくつか他の事を聞いてから席を辞した。それから二度と母校に足を運ぶことはかった。高校でやることが見つかったし、過去を振り返るには厳しくなっていた。新たな環境、状況に慣れるのに手一杯で。

 ただ、もう少し田中さんと話せばよかったと思った。

 怖がらないで近づけばよかったなと思った。

 外見で人を判断しちゃいけないと言われていたし。でも僕等は田中さんは人じゃないよね、と免罪符を額に貼りつけて回避していたんだ。死んでから惜しむとか都合いいかもしれない。自分を良い奴と思いたいだけかもしれない。

 それでも、その時は本気で後悔したんだと思う。

 ……結局それから九年経ったわけで。その時の後悔はアルバムに織り込んでいた。

 なんで「あさがお」なのかも分からない。死んだ理由も分からないし、田中さんが本当に楽しかったのかも分からない。

 別にいいんじゃないかと思う。語り手がいないなら、誰も分かる必要はないんだと思う。

「夏彦さん? どうしたの……あ、それ」

「バルバロス」

 田中さんに女性のラインをプラスした河童が、僕の部屋に顔を覗かせた。初めて会ってから九年。まだ幼稚園児のようだった時代から成人女性にまで成長したバルバロスに、心臓が高鳴るようになったのはいつからだろう。田中さんに存在を聞いたのが僕だけだと知って、急いで探して見つけたバルバロス。彼女を育てるのが田中さんの遺志だと勝手だけど決めて引き取って。今は立派な恋人なんだから人生分からない。

「夏彦さんの卒業アルバムね……ん? あさ、がお?」

 目ざとくあさがおという文字を見つけたバルバロスに僕は田中さんだと教える。

 バルバロスはひしゃげた生物を見るような目でその文字を見ながら吐き捨てた。

「あのボンクズか」

 田中さんがなんで死んだのか、ぼきりと鳴るバルバロスの掌を見ながら何となく分かった気がした。


 語り手がいないなら、誰も分かる必要はないんだと思う。



<河童の田中さん解>


 人は、他人の行動に意味づけをしようとする生き物です。時には行動主の思い以上のことを行動から読み取って、感謝したり憤ったりします。

 でも、一つだけご注意を。

 あなたが読み解こうとするそれは、命がいくらあっても足りない禁断の書なのかもしれません。

 ……え? あなたは田中さんの死の真相を知っているかって? まあ、私は語り手ですからねぇ。知っていますよ。

 そんなに知りたいなら教えてさしあげましょうか。

 それは……(ぼきり)


 ……それは(ぼきり)(ぼきり)


 …………


(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)(ぼきり)



 ぼきり



(♪ぼんぼんぼぼぼんぼぼぼんぼぼぼーんぼんぼんぼぼぼんぼぼぼんぼぼぼーんぼんぼんぼぼ♪むちゃちゃちゃーちゃーちゃちゃーんちゃーんちゃーんちゃー……♪)

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろいです!
[一言] 「懐かしいな田中次郎。今年でもう四回忌か」とありますが、田中一郎の方ではないでしょうか? 此方の読解力不足でしたらすみません。 とてもファンタジーな前提で、シュールかつ心温まる話として成り…
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