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恋愛未満な恋  作者: 野波香乃
第一章:When love comes off
5/9

4.大人の男

(初回掲載日6月24日9時)

『こっ、ここ?』

最初に頭に浮かんだのは高そうの一言。


 連れてこられたのは手打ちそばのお店。

木造の建物は見た目からしてもそれなりのお値段のものを提供するお店の雰囲気。

大きなガラス張りの窓が印象的なお店だけど、外からお店の中は見えないつくりになっている。

それらしい機会が置いてあることから、多分あそこでそばを手打つんだろう。

マグロの解体ショウのようにあのガラス張りの向こうでそばを打てば、それに誘われてそばを食べに行く客も多くいるのではないかと想像される。

 

 社長はというと、建物の外装が気になるようで、早速あちこち見回している。


「入り口はあそこか?」

 

 社長の声に目を向けると、一見するとわかりにくい位置に入り口らしき扉を発見。

こういうお店って出入り口は一番人目に付く位置にありそうなものを、このお店の出入り口はガラス張りの横の奥まったところに位置している。

初めて来た人は一瞬入り口に戸惑うかもしれない。


 と、そんなもことより私にはもっと重要で気がかりなことがある。

社長に確認してもいいかなぁ。

やっぱりお店に入ってからでは聞きにくいもの。

だからっていきなり『社長のおごりですよね。』とも聞けない。

あとは、『給料日前で手持ちがないんです。』とも、まさか目の前にらっしゃる社長には…。

社長だからこそ言えないというより、言いにくい。


 もちろんないわけじゃない。

ただそれは使いたくないというか、愛すべき貯金でありそれらは銀行の口座の中にあるお金なわけで。

それをわざわざ引き出してまで使いたくない。

給料日前で、財布の中が心細くなってきた今、使える金額も決められている。

ここで無駄な出費は抑えたい。

しかたない、ここは思い切って社長に聞いてみるか。


「あのぅ、社長。私、今日は手持ちが少なくてですね…。」

これで察して欲しいところ。


「そんなこと気にしてたのか。聞いてるだろう、お供の代金は全額俺もちだって。」

「でも…。」


 うれしいけど、悪いというか。

おごってもらう理由がないというべきか…。

いや、理由ならお供係りに選ばれた段階であるのかもしれないけど。

などと考えていると、

「つべこべ言ってないで、行くぞ。」

「えっ、あっ、社長っ。」


 後ろに居る私のことを気にする様子もなく、さっさと入り口を開け店の中に入った社長。

置いていかれまいと店内に入ると、店員の大きな「いらっしゃませ。」と言う声に出迎えられたあと、店員に案内された席に着いた。

 

 渡されたメニュー表の値段はみんなそこそこなお値段。

とても払えないなんて額じゃないけど、普通の女の子が一回のランチにここまでかけられないというような金額が並んでいる。

ランチ時の時間にも関わらず、待たずに案内された店内。

広い店内を見渡してみると、客層も若い人やサラリーマンよりシニア層が多いような気がする。

やっぱりサラリーマンや若い会社員にはこの金額はきついと思う。

 


 メニューをめくり、一番安いやつはどれだろと探していると、さっきの私の発言から気を使ってくれたと思える、

「遠慮せずに食えよ。」

との社長の声がかかったけど、そう言われて『はいそうですか。』とはいかない。

むしろ社長もちだからこそ、ここは遠慮するのがむしろマナーのような気がしてくる。

だって私と社長の関係は雇用主と従業員にすぎないわけだし。

それに本来なら社長にごちそうしていただくほど親しくしてもらっているわけでもない。 


 ということで、メニューの中でもリーズナブルなそばを探していたところ、目に入ったゆずそばを頼むことにする。

もちろんこれもいいお値段ではあるけど。

とてもじゃないけど毎回こんな金額を払っていたら、私の経済は破綻すること間違いないと自信を持っていえる。


「決まったか?」

「あっ、はい、このゆずそばにします。」

メニュー表を指差して社長に伝える。

 


 オーダーを取りに来た年配の女の人に社長が私の分も頼んでくれ、店員が最後に注文を繰り返したのを聞き届けた後、社長が店員の女性にに声をかけた。


「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが…。」

「はい。」

「こちらのお店の入り口のことでお聞きしたいのですが。なぜ正面に入り口ではなく、あのような奥まった位置にあるかご存知ですか?」


 それはさっき社長がこのお店に入る前に言ってたことで、それを忘れることなくお店の人に直接聞いている社長。


 すごい。

社長の仕事上、建物の外装や内装が気になるのは当然なんだろうけど。

でも、疑問を疑問のままにしないところは素直にすごい。

店の雰囲気を一目見て高そうだとしか考えていなかった私とは全然違う。

たしかに私も『このお店の入り口わかりにくいなぁ。』なんて思ってたけど、店内に一歩足を踏み入れた瞬間から、そんな疑問なんてどこかに飛んでいってしまっていた。

それに今も社長が目の前で店員さんに向かって聞かなきゃ思い出しもしなかったはず。

これからいただく手打ちそばの味に興味もそぞろでしかなかった私とは大違い。



『社長の下で働くのは必ずいい経験になるよ。』


 ここに来る前に安田部長に言われた言葉がよみがえる。

やっぱりというか、なんというか。

私より14歳も大人で社長なんだって改めて感じる。

食べることしか興味のなかった私とは大違いだって痛感。


社長のいきなりの質問に女の人は一瞬びっくりした顔をしたあと、笑って社長の疑問に答えた。


「すみません、入り口わかりにくいですよね。」

「いえ、でもあそこにされた理由があるんですよね?」

「えぇ。あの、お恥ずかしい話なんですが、私、風水とか占いとかを気にする性質でして。それで主人とデザイナーさんと相談して出入り口は奥まったあそこに造っていただいたんです。」

「なるほど、それでだったわけですか。」

「あの…?」


 どうやら社長の疑問に答えてくれたのはこのお店の奥さんだったみたいで、突然の社長の質問にびっくりした様子の奥さん。


「あぁ、すいません。職業柄どうしても気になったもので。」

「もしかしてデザイナーさんとかでいらっしゃいますか?」

「えぇ、設計デザインをやっておりまして。先日こちらの建物が目に留まり印象的だったものですから。それでぜひ内装も拝見したいと思い、今日はこちらにお邪魔したんです。」

「そうでしたか。ありがとうございます。うちのおそばはそばにゆずを練りこんだものが特徴なんですよ。出来次第お持ちしますので。しばらくお待ちください。」

そう言って奥さんは奥に下がっていった。


「社長ってすごいですね。」

社長の姿勢に関心した私がそう言うと、社長は、


「すごい?どこが?」


一体どこがすごいのかわからないというような顔をして私に聞き返した。


「食べることしか考えてなかった私とは大違いだなって。」


私のその台詞がおかしかったのか社長は笑って答えた。


「すごくなんてないぞ。こんなのただの職業病みたいなものだからな。ただ、こういう職業上探究心を忘れたらおしまいだって思ってるからな。…でもまぁ、柳井みたいな若い女の子に褒められたら素直にうれしいものだな。」


 そう言って笑った社長の顔はさっきまで見せてたどの顔とも違う顔で。

そこにあったのは、社長としての顔でもなく、男の人が笑った顔。

笑うと目じりにできるしわが印象的だと思ったのと同時に、私は、社長を社長としてではなく、大人の男としてはじめて意識した瞬間だった。

次話もお楽しみに♪

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