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恋愛未満な恋  作者: 野波香乃
第一章:When love comes off
2/9

1.待ち人来る

待ち人来るって本当は恋愛面での意味だけではないんですよね。

でも女の子にしたらそっちの意味でとっちゃいますよね…。

7月1日より目次の記載を番号のみからタイトル性に変更しました。

内容に変更はありません。

(初回掲載日6月17日9時)

 ‘待ち人来る’(まちびときた)

ふと、その言葉が脳裏をかすめた。

なんの一文だったかと考えたとき思い出したのは、ふと立ち寄った先の神社で五年ぶりに引いたおみくじの一文だった。 



 会社へ一人休日出勤に出た帰り、どこか立ち寄って飲んでから帰ろうかと決めたとき。

まるで俺の行動なんてお見通しだとばかりにスマホから着信を知らせる音が鳴り響いた。

電話の相手は予想通りの人間からで、用件はと言うと、今から一緒に食事をしようというもの。

独り者の俺とは違い待っている人間がいるやつからの珍しい誘い。

聞けば、ヤツの待ち人たちは今日は家には居ず、ヤツ一人置いていかれたというわけで、俺にお誘いをかけたというわけだった。


『なるほど、待ち人来るだな。』


‘待ち人来る’の文面を恋愛面で誰かいい人が現れるという意味でとる人もいるが、本来は恋愛だけに限定されるものではない。

通説としては、自分の運命をいい方向に導いてくれる人という説もある。



そして、俺は今安田に導かれてこの場所で今に至るというわけだ。



「あっ、社長。火曜からランチ係り田中さんじゃなくなるんで。お願いしますね。」


 安田から発せられた言葉はとても社長に業務報告をしている部下とは思えない態度だったが、ここは居酒屋で、今は社長と部長と言うより、いつもの気楽な先輩と後輩という間柄であると思い、聞き流す。

そもそも、こいつはいつもこういうヤツなんだ。

早いものでこいつとの付き合いもまもなく20年になろうかというところ。

安田は俺の大学の後輩で、出会ったのは俺が21歳で、安田が19歳のとき。

ゼミの担当教授が一緒だったことで知り合い、その関係は仕事でもプライベートでも今日まで続いている。

だからこいつの性格も知り尽くしているいま、今更注意しようなんてことは思わない。


「田中さんどうかしたのか?」

先週までは田中とランチを共にしていたが、彼女からはなにも聞いていなかった。


「田中から妊娠したとの報告を受けましてね。なので、彼女の体調面を考慮して、新しい子に任せることにしました。」

「そうか、そういうことならそうした方がいいだろうな。」

「はい、なので、火曜からは新しい子になりますから。」

「そうか。それでもう決まってるのか?」

「一応候補は何人か。」

「またデザイン部署の子か?」

「さぁ、それはどうでしょうかね。」


 なにがどうでしょうかね、だ。

相変わらず喰えないやつだ。

これじゃあどっちが社長かわかったものじゃないなぁ。


「そういえば、最近会ってないけど、富美(ふみ)ちゃんと真美(まみ)ちゃん元気か?」


富美ちゃんとはこいつの奥さんの名前で、真美ちゃんと言うのはこいつの幼稚園に通う一人娘の名前。


「元気ですよ。富美は先輩に奥さんを連れて遊びに来て欲しいって言ってましたよ。」

「…。」


安田の嫁だけあって富美もまた食えない嫁だったことをすっかり忘れていた。


『そうか。では、今度嫁とお邪魔するかな。』とは言えない。

なぜなら俺は結婚していないからだ。

だから嫁なんているわけがない。

それをわかっていて安田の嫁は『奥さんと遊びにきて。』というなんて。

夫婦揃ってとんだ曲者だ。


「結婚ねぇ、…結婚かぁ…。」


 40年生きてこればそれなりに色々経験もした。

出会いも、恋も恋愛も数え切れないほど経験しても、それは人生の一部だっただけで、すべてはみんな通り抜けていく一つの過程。

今更もう若いときのような恋も恋愛も転がってるなんて思わない。

若いやつらの周りにはたくさんのものが転がっているだろう。自分がそうだったように。

そして俺は傍観者よろしく、若いやつらが拾っていく姿を見ていくだけ。

それが40歳になったおっさんにできることであり、それもまた一つの役目なのだろう。


 仕事に必要なのが探究心だとしたら、おっさんに不必要なのは冒険心だ。

だから俺にはこれでちょうどいい。

仕事とプライベートちょうどバランスがとれている。



 時刻は九時半を回ろうとしている。 

そろそろお開きにする時刻だろう。

でないと、今度富美ちゃんに会ったとき何を言われるかわかったものじゃない。


「さて、そろそろ帰るか。富美ちゃんしびれ切らして待ってるんだろう。」

「大丈夫ですよ、富美は先輩と飲むことにはとやかく言いませんから。まぁそのかわり明日は家族サービスですけど。」


 家族サービスね。

自分には無縁の単語であり代物でしかない。


「ごちそうさまでした。」


 相変わらずというか、ちゃっかりしているヤツだとある意味敬服に値する。

安田はというと荷物片手にさっさとレジを通過し、もう店の外へ出ようとしている。

こいつに遠慮という単語は存在しないのかと聞くと返ってくる返事は決まってこうだ。


『先輩は独身で社長だからわからないでしょうが、世のサラリーマンたちは皆お小遣い制というものに縛られて苦労してるんですよ。』とのこと。


 つまり俺は気楽な独り者だからそう言った制度とは無縁。

だから早い話がおごれということだ。


本当に喰えないやつだ。



 そのころ一人先に外に出ていた安田はというと。

「やっぱりここは柳井さんしかいないか。」と考えをまとめていた。


『結婚ねぇ、…結婚かぁ…。』

何気なく漏れ出た一言にすぎなかったのだが。

一人先に外に出ていた安田が俺の漏らした一言で考えをまとめていたなんて。

レジの前で会計をしていた俺が知る由もなかった。


 



 そして、このときはまだ安田のことを『食えないヤツだ。』と笑っていられたが、後にこいつには頭が上がらなくなる日が来ることになるなんて。


当然このときはまだ思いもしなかった。

次話もお楽しみに。

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