エクソシスター
今から12年前・・・。
伝説となったエクソシストがいた。
どこからともなく現れた“彼”は天使の如き美しさ・・・。
右手に魔剣を携えて、一日で何千という悪魔を焼き払ったと
言われている。
他のエクソシスト達が、数人がかりで一匹倒していた時分に
である。
その“彼”は今・・・。
「おにいちゃん・・・何してるの?」
深い森の奥の小さな村。
そこで一番立派な屋敷の、ある一室での出来事。
少女の声。
銀色の髪が窓から差し込む光を受けてキラキラと輝いている。
齢12歳。幼いながらも将来は美人確定の整った顔立ちをしている。
少女はベットの上で“兄”と呼んだ男に足首を掴まれていた。
「ヒスイは知らないかな?ペディキュア。」
「ペディキュア?」
ヒスイは、はてなと首を傾けた。
「そう。こうやって足の爪のお手入れをね・・・」
兄の名前はコハクという。
コハクは、ヒスイの足の爪に淡いピンク色のマニュキュアを塗っている。
ヒスイよりは軽く10歳は年上に見える。物凄い美形だ。ただし女顔である。
長い金髪で、しょっちゅう女性と間違われていた。それも慣れたものだった。
小さな桜貝のようなヒスイの爪にうっとりしている。
(あぁ、なんて可愛い足・・・。)
コハクはヒスイの足の甲にキスをした。
「ちょっ・・・ちょっとお兄ちゃん!変なことしないでよ。」
ヒスイは慌てて足を引っ込めようとしたが、コハクは離さない。
そしてヒスイの反応を楽しみながら、もう一度キスをした。
伝説のエクソシストは今・・・
超シスコンになっていた。
とはいえ血は繋がっていない。シスコンというのは表向きで、つまりはヒスイに惚れているのだ。
12年前、共に最強と謳われたメノウという名の最年少エクソシスト・・・ヒスイはその娘だった。
大切な忘れ形見・・・。
赤ん坊の頃からコハクが面倒をみていた。
コハクは歳をとらない。
人間ではないからだ。
天使の如き“彼”は、天使だった。
そして天使らしからぬ邪な感情をヒスイに抱いている。
兄としての立場は都合のよい隠れ蓑だった。
「はい。できたよ。マニュキュアが乾くまであまり動かないでね。」
「お兄ちゃん、器用だねぇ・・・。」
1ミリのはみ出しもない。爪も綺麗に切り揃えられている。
ヒスイは少々気の強そうな顔をしているが、根が素直で兄のいいつけは
よく守る。
コハクが洗濯をしに部屋を出て行っても、ベットの上でじっとマニュキュアが乾くのを待っていた。
トン。トン。
玄関の扉を叩く音がした。
「?誰か・・・来た??」
洗濯中のコハクには聞こえないだろう。
玄関はすぐそこだ。
ヒスイは床にそっと足を降ろし、ひたひたと歩いて玄関に向かった。
「・・・はい?」
「こんにちは。」
白い神父服を着た男がにこにことした顔でこちらを覗き込んでいる。
額に十字の焼き印があるが、感じのいい男だった。
歳は30過ぎているように思える。
かなりの長身・・・髪をオールバックにし、大人の男の雰囲気を漂わせている。
「君がヒスイ・・・?」
穏やかな声だった。
ヒスイはこくりと頷いた。
「コハクはいるかな?」
もう一度頷いてヒスイは向きを変えた。
「あれ?お客さん?」
コハクが、取り込んだ洗濯物を抱えて廊下に顔を出した。
ヒスイはコハクの後ろに隠れた。
コハクはそんなヒスイの行動を嬉しそうに受け入れた。
ヒスイの肩に手を乗せ、玄関のほうを見る・・・。
「あ!セレさん。お久しぶりです。」
洗濯物の入った籠を下に置いて丁寧に挨拶をした。
「大丈夫。怖い人じゃないよ。」
(たぶん・・・ね。)
コハクはヒスイにそう言い聞かせた。
「居間に案内してあげて。」
「うん。」
ヒスイはセレを見上げた。セレはヒスイに自己紹介をした。
「私の名前はセレナイト。セレでいい。よろしく。」
「・・・ヒスイです。」
セレはどう見ても悪人には見えない。むしろ聖人の見本のような男だった。
そんな男に対してもヒスイは愛想が悪い。
人見知りが激しいヒスイは初対面の相手に笑顔をみせることなどまずなかった。
「どうしたんですか。いきなり。」
コハクはセレにお茶を振る舞いながら、単刀直入に来訪の理由を訊ねた。
「迷惑だったかな?」
セレは顎の前で両手を組んでいる。
とても落ち着いた口調だ。
「君は引退した身だしね。」
「いえ。別に構いませんが・・・。」
二人のやりとりをヒスイは疑問に思いながら聞いていた。
(この二人どういう関係なんだろう?)
「お兄ちゃんこの人・・・」
「ああ、教会の創設者の方だよ。」
「創設者!?」
(それってすごい偉い人なんじゃ・・・)
コハクが自分の父親と共に悪魔払いをしていたことは知っていた。
が、教会のトップと懇意の仲だとは聞いたことがなかった。
これまで無表情だったヒスイが驚きの声をあげたので、セレは笑った。
「なに。たいしたことじゃない。」
「・・・で、そのお偉いさんがどうして・・・」
ヒスイはコハクに訊ねたつもりだったが、コハクより早くセレが答えた。
「君に用があってね、ヒスイ。」
「え・・・?私?」
「そう。小さなエクソシストさん。」
「・・・・・・は?」
(なんで私がエクソシストなの?)
ヒスイは瞬きするのも忘れて固まった。
「・・・やっぱり何も知らなかったか。この子を教会に登録したのは君だね、コハク。」
「あ。バレちゃいました?」
「バレるも何も・・・これを。」
溜息混じりにセレが懐から取り出したのは、エクソシスト登録証だった。
そこにはヒスイの名前やら特技やらが記載されている。コハクの字で。
「お・・・おにいちゃん!?何よこれ!!」
ヒスイは驚きを隠せない。
産まれて12年・・・最大の驚きと言ってもよかった。
えへへ、とコハクは笑った。
「えへへじゃないわよ!!なんでこんなこと・・・」
「制服が可愛かったからv」
語尾にハートが付いている。
「はあぁぁ〜っ?」
信じられない兄の行動。
前々から強引なところがあるとは思っていたが、まさかここまでとは・・・。
「本当のようだよ。ほら、君も見て御覧。」
セレがヒスイに登録証を渡した。笑いを堪えながら。
「志望動機・・・制服が可愛い。欲しい。」
(なっ・・・何よこれ〜!!!?ヒトの名前で何やってるのよ・・・。)
ヒスイは恥ずかしさのあまり気が遠くなりかけた。
しかし恥の上塗りはまだ続いた。
「その下の“分類”というところなんか傑作だよ。本来なら種族を記入する欄なんだがね。」
セレが言った。くっ、くっと笑い声が漏れている。
(ええと・・・なになに・・・分類は・・・っと)
「“僕の天使”〜!!!?」
かあぁ〜っと顔が熱くなるのを感じた。
(僕の・・・って何よ・・・。しかも天使だなんて。この世にいるわけないじゃない。)
ヒスイは突っ込む気力も無くなってきた。
反面、セレは更に笑いを深くした。
コハクは相変わらずえへへと笑うばかりだ。
罪悪感のカケラもない。
「これは正式な契約書なんでね。こういうふざけた内容では普通、登録できないんだが・・・」
セレの言うとおり登録証=契約書はそのアホな内容とは裏腹に血文字で書かれており、用紙に呪術的な意味が込められているのは明白だった。
「コハクはエクソシストの中でも“特別”だったから、うっかり登録してしまったよ。ははは。」
(お兄ちゃんが“特別”?なんで?しかもこのヒトまで微妙に強引!?)
「だから、現在君は教会最年少のエクソシストということになっている。
まぁ、ひとつよろしく頼むよ。」
セレはあくまでにこやかだ。
コハクも微笑みを絶やさない。
ヒスイはこの2人こそが悪魔に見えた。
「そ・・・そんなこと言われたって・・・知らないもんっ!」
こういうときは逃げるに限る。
ヒスイは弱々しい捨て台詞を吐いて、小走りに居間を出ていった。
「少々可哀想だったかな。まだ年端もいかぬ子供だし。」
「それでも、能力でいったら一級登録に恥じないものを持っていますよ、ヒスイは。」
エクソシストにも階級制度がある。
エクソシストの中でも群を抜いて能力の高い者は一級に登録され、以下順に二級、三級と振り分けられる。
ヒスイは実績もないのに一級登録されていた。
更にその上の特級クラスは、コハクとヒスイの父メノウ、創設者のセレナイトの三名しかいない。
「特級の君達二人の引退は正直かなり響いたよ。とにかく今でも上級エクソシストは不足していてね。この際、人間でなくても構わない・・・
いや、むしろそのほうが有り難い。」
「・・・・・・。」
「ヒスイはメノウの娘で、その上母親が吸血鬼だ。美しい銀の髪だね。
人間ではあり得ない色だ。彼女は知っているのかい?自分のことを。
兄と呼んでいる君のことを。」
「あ〜・・・えっと、できれば黙っていてもらえませんか。両方。」
「隠して・・・いるのかい?隠し通せるものでもないと思うが・・・。」
「ええ、まぁ。そうなんですけどね。人間として育てるようにと、メノウ様の遺言なので。」
ヒスイの父、メノウは悪魔払いに限らず完全無欠の天才だった。
そしてコハクはメノウに召喚された天使であり、主人であるメノウに付き従って共に悪魔払いをしていたのだった。
セレは勿論それを認知していた。
「なるほど。それで全てを伏せたまま、自分は“兄”として何食わぬ顔で育ててきたわけか。」
「ええ、まぁ。」
コハクは何ともバツが悪そうに笑って、セレにお茶のお代わりを差し出した。
「相変わらず君は何を考えているのかわからないな。」
セレは苦笑いを浮かべてから本題に入った。
「ところで・・・コレなんだが。」
「あ・・・ソレひょっとして・・・。」
セレの手にはネックレス・・・のようなものが握られていた。
チェーンの部分がかなり太めにできていて、先には赤ん坊のこぶし大の珠がぶらさがっている。珠の色は濃い赤・・・乾いた血を連想させる色だった。
「悪魔寄せの珠だよ。」
悪魔寄せの珠・・・それは『悪魔の復讐を一手に引き受けます。』の印だった。同族を殺された腹いせや復讐を望む悪魔を引き寄せる効果のある
珠・・・。
この珠を持つ者は四六時中悪魔に狙われることになる。それこそ眠っている間もだ。その為、珠を持つことができるのは能力の高いエクソシストに限られてしまうのだった。
「一級のエクソシストは順番でコレを引き受けなくてはならない。それは知っているね?」
「はい。」
コハクはその続きを察し、両腕を組んで唸った。
「ヒスイの番なんですね。」
「・・・と、いうわけで。」
コハクはバスルームでヒスイの髪を洗いながら事情を説明した。都合の悪いことは全て省いて。
ヒスイを入浴させるのはコハクにとって最大の楽しみであり、ヒスイの髪も体もすべてコハクが洗っていた。
兄貴ヅラで、堂々と。
世間知らずのヒスイは何ひとつ疑問に思わない。
すべてがコハクにされるがままだった。
「珠を預かることになっちゃったんだ。」
その珠は今、脱衣所に置いてある。
「じゃあ、今、この瞬間にも悪魔が襲ってくるかもしれないんだ?」
ヒスイは珠を預かることに関しては冷静に受け止めていた。
「うん。でも僕と一緒にいれば大丈夫だから。できるだけ離れないでね。」
言われるまでもなくヒスイはコハクにべったりだった。
毎日、家事に追われるコハクの後をついて回っている。
かなりブラコンの気がある。
「一年間もそうなんだ・・・?」
珠の所有期間は一年と決められている。
「・・・そんなことさせないよ。一週間でカタをつける。」
「一年を・・・一週間で?」
「まぁ、見ていて。」
(彼のほうからそう言い出すはずだから。)
「ヒスイは何も心配しなくていいからね。お兄ちゃんにまかせなさ〜い。」
コハクは自分を指さして冗談っぽく笑った。
「すまないね、私まで夕飯をご馳走になって。」
セレはまだ屋敷にいた。
ヒスイはむすっとした顔でセレと同じ食卓についていた。
「セレさんもお肉だめなんですよね?確か・・・。」
ヒスイは肉も魚も嫌いだった。菜食主義だ。
セレも同じのようで、野菜しか食べていない。
コハクの作ったミネストローネを口に運びながら、セレが言う。
「ああ、そうなんだ。昔は食べられたんだがね。うん。美味い。」
「それはどうも。」
「お礼に、私からひとつ提案をしよう。」
「ええ、ぜひ。」
「待っていましたという顔だね。」
「・・・あなたは女性と子供には甘いですからね。」
「・・・・・・?」
ヒスイは二人のやりとりを黙って聞いていた。
話が全く見えてこない。
「いくら優秀とはいえ、まだ幼い君にコレを持たせるのはさすがに
気がひける。」
そう言ってセレはヒスイの首に下がっていた悪魔寄せの珠を取り上げた。
「一級のエクソシスト達でも手こずる悪魔がいるんだ。その悪魔を君達でなんとかしてくれたら、私がコレを引き受けよう。どうかな?」
「願ったり叶ったりです。一週間もあれば充分ですから、その間はぜひ
ここに滞在してください。」
「そうさせてもらうよ。」
「ちょっとぉ・・・。何よこれ。」
翌朝目覚めたヒスイは仰天した。
全裸だ。服をきていない。
(夕べ寝るとき着ていたパジャマと下着はどこに・・・。)
ヒスイは部屋をぐるっと一周見回した。
それらしきものは何もない。
気にかけつつもパジャマを探すのは諦め、ヒスイは洋服に着替える事にした。
「え・・・?」
「ええっ!?」
大きな洋服ダンスを開けた。そこには服が一着しか入っていない。
昨日まで山のようにあった服がどこにも見あたらなかった。
残された一着・・・。
エクソシストの制服だった。
下着から靴まで教会指定のものがきっちりと揃えられている。
それしかないのだ。
「冗談じゃないわよ・・・こんなの着るわけ・・・」
(・・・さてはお兄ちゃん、私にコレを着せる為に・・・他の服隠したわねぇ〜!!)
かっとなったヒスイはその勢いでキッチンに飛び込んだ。
裸のまま。
今の時間ならコハクは朝食を作っているはずだ。
ガシャン!!
コハクは動揺して皿を落とした。
「うわっ!だめじゃないか!ヒスイ!!裸ででてきちゃ!他の男もいるんだよ!?」
そこにはセレもいた。
オープンキッチンのカウンターで新聞片手にコーヒーを飲んでいる。
ヒスイと真っ先に目が合った。
コハクは落とした皿を踏み越えてヒスイの元まで走った。そしてヒスイを抱え上げた。瞬間的といってもいいスピードだった。
「・・・見てませんよね?」
ヒスイを連れてキッチンを出る間際、コハクがセレを睨んだ。
「・・・うん。まぁ。」
セレは天井を見ながら曖昧に返事をした。
(溺愛・・・ね。なるほど・・・そういうことか。)
「着ないもん!エクソシストの服なんて!」
ヒスイはコハクの腕の中でだだをこねた。
「どうして?今まで着ていたじゃないか。」
「知らなかったのっ!」
知らなかったとはいえ、エクソシストの制服はヒスイも気に入っていた。
黒いタートルネックのシンプルなワンピース・・・。腰のあたりに大きなリボンがついている。
だがそれをエクソシストになる気もないのに、創設者であるセレの前で着るにはかなりの抵抗があった。
「とにかくそれ着て。一週間でいいから。」
コハクが急に真面目な口調になった。
ハチャメチャなようでも一応考えはあるらしい。
「・・・・・・。」
コハクのいる前でヒスイは制服に袖を通した。
背中のファスナーはコハクが上げた。
「うん。やっぱり似合う。」
「一週間これを着ていればいいわけ?」
ヒスイは怒っても根に持つタイプではなかった。
けろりとした顔でコハクにそう訊ねる。
「それともうひとつ・・・やっておかなければならないことが・・・。」
コホン。とコハクが咳払いした。
少し顔が赤い。
「何?」
「・・・大人になってくれないかな?」
「え・・・?」
「一週間、できればずっと大人の体でいて欲しいんだ。そのほうが
魔力が高くて安定しているから。悪魔に襲われた時の事を考えると・・・」
「大人に・・・っていわれても。どうするっていうの?」
肝心なことはいつも後にいうコハク。
「こうやって。」
「ふがっ!?」
コハクはヒスイに口づけた。
ヒスイはいきなり口を塞がれ、慌てた。
キスの意味ぐらい知っている。
けれどどうやらそれは違う意味のキスらしかった。
触れるコハクの唇からあたたかい“気”が流れ込んできた。
「あ・・・う・・・。」
ヒスイは体をぴくりとさせた。
異変を・・・感じる。
「・・・・・・。」
コハクが唇を離した。
「ほら・・・ね。大人になった。」
甘く囁くような声。
「あ・・・。」
コハクの予告どおりヒスイの体は成長していた。
12歳では胸はほとんどない状態だった。しかし今は違う。
カタチの良い胸がふっくらと育っている。
「あぁ・・・やっぱり・・・凄く綺麗だ。」
コハクはヒスイの頬を撫でながら髪に指を絡めた。
思わず感嘆の息が漏れるほどヒスイは美しかった。
コハクはごくりと唾を飲んだ。
(どさくさに紛れてもう一度・・・。)
そう思い、ヒスイに顔を近づけた。
「はい。そこまで。」
部屋の入り口で、セレがぱちぱちとわざとらしい拍手をしている。
「素晴らしい魔法だ。」
「・・・・・・。」
コハクは渋々ヒスイから離れた。
(もうちょっとだったのに・・・邪魔された・・・)
「え・・・?魔法・・・なの?」
ヒスイはきょとんとした顔でコハクを見た。
「え・・・?あれ?」
「気が付いた?」
成長したヒスイに反して、コハクが若くなっている。20代前半だったはずのコハクは、今や完全に10代に見えた。
髪も少し短くなっている。
「わっ・・・。おにいちゃん!?」
「うん。僕の時間をヒスイに貸したんだ。8年分。」
「え?じゃあ、私20歳なの!?」
「そうだよ。」
「で、お兄ちゃんは・・・」
「15歳。」
「うわぁ・・・。」
二人並ぶと明らかにヒスイが年上に見えた。
ヒスイは面白がって笑った。
「こんな魔法あるんだぁ。」
「うん。僕はこの体でも充分悪魔と戦えるから、一週間はこのままでいよう。騙されたと思って魔法を使ってみるといいよ。段違いに強くなっているはずだから。」
「そう。そう。騙されたと思って。」
「・・・・・・。」
コハクはセレを横目で見た。
余計なところをを強調するなとでも言いたげに。
本当に騙しているのだ。ヒスイを。
「その服・・・役に立っているみたいだね。」
セレが軽く笑ってヒスイに言った。
「そういえば・・・」
体が突然大きくなれば服は破けるはずだ。
しかしこの制服は成長したヒスイの体にもぴったりと合っている。
「ウチの制服は特別仕様でね。『汚れない・臭わない・破けない・いつでもどこでも体にフイット』が売りなんだ。そのうえ防御力は鎧並み、弱い魔法ならはじき飛すおまけ付き。」
ヒスイは納得した。
コハクが執拗に欲しがるわけだ。
「デザインも可愛いし、最高のお洋服でしょ?」
えへん、とコハクは得意げに鼻を鳴らした。
「いいのかな?」
「何がですか?」
ヒスイは、早速魔法を試してみる、と言って裏庭に向かった。
「騙したでしょう?彼女を。」
「・・・何のことですか?」
コハクは持ち前の厚いツラの皮でシラを切り通そうとした。
「あの魔法、どこか体の一部に触れていれば使用可能じゃなかったかな?」
セレに図星を指された。まさにその通りだった。
「キスをする必要はないねぇ。」
「・・・・・・。」
セレよりずっと背の低くなったコハクはセレを思いっきり見上げた。
幼くなってますます女っぽく見える。
「あの・・・これも秘密にしてもらえます?と・く・に。」
言葉の終わりにやたらと力がこもっている。
「まぁ・・・私は青少年の味方だよ。」
そう言って、セレはポンとコハクの頭に手を乗せた。
(・・・弱みを握られた・・・絶対・・・。)
コハクはがくりとうなだれた。
「どうかな?効果のほどは。」
セレがヒスイを追って外に出てきた。
「上々よ。お兄ちゃんの言ったとおりだったわ。」
ヒスイは地べたに座り込み魔道書をパラパラとめくっていた。
「・・・やる気になってくれて嬉しいよ。」
セレがヒスイを見下ろしながら言った。
「・・・一週間だけよ。」
ヒスイは素っ気なく返事をした。
「君、学校へは・・・」
「行ってないわ。勉強はみんなお兄ちゃんがみてくれるから。」
「・・・ずっとここに二人で?」
「そうよ。」
「友達とか・・・欲しくないの?」
「友達?そういえばいないわね・・・。だけど別に構わない。私はお兄ちゃんさえいればいいの。」
ヒスイは魔道書から目もあげず、淡々と答えた。
「私・・・人と話すのあまり好きじゃないの。放っておいてくれないかしら?」
「それは失礼した。」
セレはふっと笑った。大人の余裕だ。
「女姉妹のなかで育ったのでね。女性というものはみな、話好きで騒がしいものかと思っていたよ。」
「・・・・・・。」
「君のように個性的な女性は実にいい。」
「・・・え?」
意外な答えが返ってきたので、ヒスイは本から視線を上げた。
女の子は明るくて話し好きのほうが人には好かれるだろうと、ヒスイ自身思っていたからだ。
「当教会は君のようなエクソシストを歓迎するよ。」
「・・・結局はスカウトなの?」
ヒスイはセレの言葉に笑った。
何となく“自分”を認めて貰えたようで、悪い気はしなかった。
「それにしても実に興味深い魔法よね、これ。」
ヒスイはぶつぶつと言いながら部屋へ戻ってきた。
肉体年齢のやりとりができるこの魔法に興味津々だ。
部屋にはコハクがいて、ヒスイの服をタンスに戻している最中だった。
(お兄ちゃんを子供にすることだってできるのよねぇ。)
ヒスイは更に幼くなったコハクの姿を想像してくすりと笑った。
(それ、面白いかも。)
「ねぇ、ねぇ、お兄ちゃん。」
「うん?」
「もっとしてみない?」
「・・・え?」
コハクはゆっくりと瞬きをしてヒスイの唇を見た。
間違いなくキスをねだる仕草をしている。
(!!まさか!?ヒスイもついにその気に!?)
コハクはヒスイを抱き寄せ、心を込めてキスをした。
もちろん魔法とは一切関係ない。
「・・・おにい・・・ちゃん?」
「・・・ヒスイ・・・。」
「おにいちゃ・・・ん、くるし・・・いよ。」
コハクが長いキスを何度も繰り返すので、ヒスイの息が乱れた。
コハクはますますキスに溺れた。
「な・・・んで・・・変化・・・ない・・・の?」
キスの合間に、ヒスイが漏らした言葉が一つの文になった。
「・・・え?」
コハクはそれを聞いて青ざめた。
「ま・・・さか・・・魔法を・・・試したの?」
「・・・うん。」
(じゃあ、あれは僕の勘違い!?こんなにキスしちゃって・・・どうしよう・・・。)
コハクは口元を手で覆った。
(一体この状況をどう説明すれはいいんだ・・・?)
「何でなの?」
ヒスイは繰り返した。
唇が熱を持つほどキスをしたのに何も起こらない。
(今のはただのキスだったってこと?え?ただの・・・キス??
ただのキスって・・・ええと・・・ええぇっ!?)
キスの意味を思い出して、ヒスイの頭に血がのぼった。
まともにコハクの顔が見られない。
「・・・・・・。」
(こうなったらいっそ兄妹じゃないことを打ち明けて一線を越えてしまえ!!)
コハクは意を決して口を開いた。
「あのね・・・ヒスイ・・・実は・・・あれ?」
ヒスイがいない。
コハクが思案を巡らせているうちにヒスイはコハクの元から走り去っていた。
(・・・逃げられた・・・。)
コハクは拍子抜けして、しばらくその場に立ち尽くしていた。
ドンッ!
「わっ!」
恥ずかしさのあまり前も見ずに走っていたヒスイは廊下でセレとぶつかった。
「どうしたの?そんなに走って。顔が真っ赤だよ。」
セレのひんやりとした大きな手がヒスイの頬に触れた。
「・・・誰?」
セレは髪を下ろしていた。
まるで別人のように若く見える。
「誰って・・・私だよ。」
セレは苦笑して髪を掻き上げてみせた。
額に十字の焼き印があった。
「セレ・・・。」
「シャワーを拝借したんだ。」
ヒスイのなかでは推定35歳のセレ。
意外にもっと若いのかもしれないとヒスイは思った。
「セレはいくつなの?」
「私?」
「答えたくなかったらいいけど・・・。」
「いや、そういうことではないよ。ただ自分でも忘れてしまっただけで。」
「・・・・・・。」
どう考えてもセレは普通の人間とは思えない。
歴史ある教会の創設者がこんなに若いはずはないのだ。
「私はいくつに見える?」
逆にセレがきいてきた。
「う〜ん。30歳ぐらいかな。」
「では、そういうことにしておこう。」
(・・・たぶんお兄ちゃんも人間じゃない。だってずっと歳をとらないもの・・・。)
ヒスイは、物心ついた頃からコハクが同じ姿のまま変わっていないことを知っていた。
心の片隅では兄妹ではないかもしれないということも考えていた。
(だけど・・・そんなことどうでもいい。お兄ちゃんが人間じゃなくても。“お兄ちゃん”じゃなくても。私は・・・)
パリンッ!
近くの窓が割れる音がした。
廊下に女の声が響いた。
「よくも仲間を殺ってくれたな!!でてこい!エクソシスト!!」
「早速きたね。威勢のいいのが。」
セレはさすがに落ち着いたものだった。
「あ・・・。」
こんな時に。
ヒスイの体が縮んだ。
「あまり長持ちする魔法じゃないんだ。効果はだいたい半日で・・・。」
セレはヒスイにそう説明した。
「なんでそう言うことを先に言ってくれないの・・・お兄ちゃんもセレも。」
ヒスイはぼやいた。
「どこにいる!?アタシと勝負しなっ!!」
女の声がヒスイを探す。
教会の規則に基づいて、セレとの約束を果たすまではヒスイが珠の所有者だった。
「・・・私としてみるかい?君に貸せる時間はいくらでもあるよ。」
「セレと?」
ヒスイは少し考えた。
「ううん。やっぱりお兄ちゃんに頼む。」
「それならここは私が足止めをするから・・・いっておいで。」
「うんっ!」
ヒスイは駆けだした。
が、ほどなくして声の主に髪を掴まれた。
振り返るとセレが倒れている。
(ええっ!?セレって弱いの!?教会のトップなのに!?)
「セレっ!?」
「アタシじゃないよ。アイツが勝手に倒れたんだ。」
「え!?」
「それより・・・アンタがエクソシストだな。アタシはカーネリアン。
殺された仲間の痛み思い知れっ!!」
わざわざ敵に名を名乗った女は、いきなりヒスイに殴りかかってきた。
「!!?」
ヒスイは拳を受け止めたものの、反動で後ろに飛ばされた。
「いたた・・・」
壁に背中をぶつけたヒスイは声を漏らした。
「“銀”が教会側についたって話はどうやら本当だったみたいだね!!」
「・・・なんの話?“銀”?この髪のこと言ってるの?」
「とぼけんじゃないよ!!このっ・・・同族殺しがっ!!」
そう吠えたカーネリアンの口からは白い牙が見えた。
「できればコレは使いたくなかったんだけど・・・。」
コハクは屋敷の地下室にきていた。
薄暗く埃っぽい・・・そこは武器庫だった。
由緒・・・というよりはいわくあり気な武器が並んでいる。
一番奥の壁に立てかけられた大剣・・・コハクはそれを手にとった。
現役時代に使っていた武器だ。
意志を持ち、人語を解する魔剣マジョラム・・・。相当な手練れでないと扱えない。
しかし今ではそれもしっかりと鞘に収められ、鎖でぐるぐる巻きの上、封印の札まで貼られていた。
「だけど・・・アレを倒すにはこれがないと・・・。」
教会で手を焼いている悪魔。
(・・・さっさとケリをつけてしまおう。で、セレを追い帰して、誰にも邪魔されない二人きりの生活に戻るんだ。それからゆっくり・・・ムフッ。)
美形らしからぬ、だらしない笑いを浮かべる・・・。
あれだけキスをしてもヒスイは怒らなかった。
これは脈アリなのではないかとコハクは勝手に思っていた。
下心でいっぱいになりながら魔剣の封印を解く・・・。
『・・・いやらしい顔をしおって・・・。』
老人のしわがれた声が地下室に響いた。
「・・・久しぶりだね。マジョラム。ちょっと力を貸してくれないかな?」
『・・・・・・。』
「・・・そんな顔しなくても・・・。」
魔剣に顔があるとも思えないが、コハクは魔剣を人のように扱った。
そうでなければ魔剣を使いこなすことなど到底できないのである。
マジョラムは相当不満が溜まっているようだ。
『・・・都合のよいことばかりだな、主は。』
「まぁ、まぁ、活躍の場があるだけ良しとして・・・ね?」
コハクはマジョラムを上手く丸め込んだ。
『・・・血をよこせ。喉が渇いた。』
「ちょっと待ってね。」
コハクは近くの棚から短剣を取り、それで自分の手首を切った。
ボタボタと血が流れ落ちる・・・。
それを魔剣の刀身に翳した。
『・・・うむ。心は邪なれど、血の味は落ちていない・・・。
よかろう。』
はあっ。はあっ。
(全く歯がたたない・・・。)
ヒスイはセレを置いて逃げることもできず、カーネリアンに応戦していたが、防戦一方になっていた。
20歳の魔力があれば・・・。
ヒスイは子供の体を恨んだ。
しかし驚くべきはカーネリアンの姿だった。
ヒスイ同様、子供なのだ。
赤い髪に真っ青な瞳。ショートカットでつり目。
(私と同じぐらいの歳なのに・・・なんて強さなの!?)
そういう役目だから仕方がないとはいえ、身に覚えのない罪で恨まれるのは嫌な気分だ。ヒスイはだんだん苛立ってきた。
「ヒスイ!?」
地下室から階段をのぼってきたコハクがヒスイの背中に声をかけた。
「お兄ちゃん!?」
ヒスイは身を翻してコハクの傍に寄った。
「お兄ちゃん!時間貸してっ!!」
ヒスイは誤解を招くような言い方を改めて、コハクにそう迫った。
「あの・・・さっきは・・・」
「・・・今度は失敗しないでね。」
(!?失敗!?アレを失敗で済ますのか!?なんて寛容な・・・お兄ちゃん泣けてくるよ・・・。)
コハクはキスの意味が伝わっていないことに脱力した。
「早くっ!」
ヒスイはぴょんぴょん飛びはねてコハクのキスを求めた。
(ああ・・・これが魔法がらみじゃなかったら最高に幸せなのに・・・)
コハクは残念がりながらも丁寧にキスをした。
「お兄ちゃんは手をださないでっ!!」
ヒスイは負けん気が強かった。
20歳の魔力を得て、勝てると思った。
「はんっ!甘いよっ!」
ヒスイが大人になったのを見て、カーネリアンは鼻で笑った。
そして自分も大人の姿へと変化した。
(うそ!?いきなり大人に!?)
「どうだい?これがアタシの本当の姿さ!!覚悟しなっ!!」
カーネリアンの攻撃は主に打撃だった。
一方ヒスイは戦いのスタイルが確立していない。
(やるしかないっ!!あれを!)
ヒスイはぎりぎりのところでカーネリアンの攻撃をかわしながら呪文を唱えた。
『・・・・・・・我が呼び声に応えよ・・・森を守護する聖なる獣よ!!』
「なにっ!?召喚術だと!?」
カーネリアンは一歩引いた。
『出でよ!!』
ボンッ!!
「え・・・?」
「何だよ・・・ソレ。」
現れたのはリスだった。
木の実をカリカリとかじっている。
『出でよっ!』
ボンッ!!
「・・・だから何だよ、ソレ。」
ヒスイが二度目に呼び出した獣は・・・うさぎだった。
鼻をひくひくさせている。
可愛い。
とてもじゃないが、術者の変わりに戦わせることなどできない。
『い・・・出でよっ!!』
ボンッ!!
「ウキ〜ッ!!」
三度目の正直は猿だった。
カーネリアンは腹を抱えて笑い出した。
「あはははは!!」
「・・・・・・。」
「・・・やめた。アンタと戦うの。」
「え・・・?」
「だってアンタじゃないんだろ?こんなダサイ戦いをするヤツが私の仲間を殺れるはずないからね。」
(・・・ダサイ戦い・・・。)
ヒスイは複雑な気分になった。
(召喚術じゃなくて黒魔術を使えば良かった・・・。)
「どういうわけかアンタのところに来ちまったけど、とんだ人違いだ。
悪かったね。」
翌朝。
ヒスイはいつものように目を覚ました。
今朝はちゃんとパジャマを着ている。
そしてコハクはまだ部屋にいた。
「セレの意識はまだ戻らないの?」
「うん。でも大丈夫だよ。病気というわけじゃないから。」
コハクはセレが倒れた理由を知っている風だったが、深くは語らなかった。
「・・・今日はどうする?また襲われるかもしれないからしておいたほうがいいとは思うけど・・・」
「あ・・・うん・・・。」
ヒスイは俯いて、小さく返事をした。
コハクとキスをすればするほど意味がわからなくなる。
どこまでが義務でどこからが真意なのか・・・ヒスイは計りかねていた。
コハクにとってはすべてが真意で、義務だったことなど一度もないが、それをヒスイが知る由もなかった。
「あの・・・でも嫌なら・・・。」
「嫌じゃないよ。」
「え・・・?」
「あ・・・。」
ヒスイは赤い顔をして更に深く俯いた。
「・・・・・・じゃあ・・・。」
少し考えてから、コハクはヒスイの顎に指をかけた。
「あ・・・まってまだパジャマだから・・・」
「いいよ。そのままで。どうせ失敗するから。」
コハクは伏せ目がちに笑った。
そしてヒスイに言葉を発する間も与えず、唇を塞いだ。
「・・・・・・ね、失敗でしょ?」
「・・・うん。」
「もう一回ね。」
「うん・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・なんでこんなに失敗ばっかりするかわかる?」
コハクはヒスイの顔を覗き込んだ。
「ヒスイのことが好きだからだよ。」
瞬間沸騰。
ヒスイは真っ赤になって両手で口を押さえた。
「わ・・・たし・・・」
「うん。」
コハクは穏やかに微笑みながらヒスイの返事を待っている。
「・・・頭、冷やしてくるっ!!」
ヒスイは口を押さえたまま、部屋をでていってしまった。
(なんか・・・逃げられてばっかりだなぁ・・・。)
コハクは頭をかいてヒスイの走り去る様を見ていた。
「・・・・・・。」
セレは意識を取り戻した。
額の十字が痛む。
「・・・そろそろお出ましのようだ。」
セレは近くに待機していたコハクに声をかけた。
コハクは剣の手入れをしていたが、セレが目を覚ましたのに
気が付くと肩に剣を担いだ。
「・・・では行きますか。」
「ああ。」
教会が手こずる悪魔・・・
それはセレだった。
二人は裏庭から森の中へ入っていった。
真夜中の森は異様なほど静まりかえっている。
「君がいてくれて助かったよ。正直なところもう押さえるのが限界だっのでね。」
セレは肩をすくめた。
「覚悟はしている。最悪の場合は私ごと斬ってくれ。」
「あなたには色々と借りがあります。善処しますよ。」
ははは、とセレが笑った。
「・・・あとは頼む・・・。」
「はい。」
月が隠れた。
メキメキ・・・
セレの背中を突き破って羽根が生えた。
コウモリのような、悪魔の羽根。空一面を覆うほどの大きさだ。
特有の腐臭が漂う・・・。
コハクの足元にカサカサと不気味な音をたててサソリが集まった。
「・・・ダハーカ竜ね・・・。」
コハクはサソリを無視して、禍々しい竜の姿へと変貌してゆくセレを見守った。
「よくこんな気持ちの悪いものを体内に飼ってたよなぁ・・・。」
ダハーカ竜・・・その体を構成するものはサソリや蛇などのありとあらゆる害虫である。その体に傷をつけようものなら地上に害虫が降り注ぎ、
疫病などの災いをもたらすという。
先のエクソシスト達はそれを恐れ、手出しができなかった。
そしてダハーカ竜による殺戮が続いた。
セレが自分の体内に竜を封印することで、かりそめの勝利を得たが、失ったものは大きかった。
今からちょうど100年前の話である。
「斬ることができないなら、内側から焼き尽すまでだよ。“聖なる業火”で。」
コハクは全く臆することなくダハーカ竜を見た。
「ね?マジョラム。」
『・・・大仕事だな・・・。もっと年寄りを労れ、馬鹿者。』
「・・・世話になったね。」
「すみません。額の傷・・・残ってしまって。」
「いや、これはいいんだ。私のトレードマークみたいなものだからね。」
セレは首から悪魔寄せの珠を下げている。ヒスイの代わりに一年間、悪魔寄せをするという。
(・・・全然話についていけない・・・。)
ヒスイはコハクと共に森の入り口までセレの見送りに来ていた。
「悪い悪魔はね、ヒスイが眠っているうちに倒しちゃった。セレさんと僕で。」
コハクはヒスイの頭を撫でながらそう説明した。
「だからもう大丈夫だよ。」
「・・・なんだかよくわからないけど・・・円満解決・・・なの?」
「そう。円満解決。」
「・・・そっか。」
ヒスイはほっとしたように微笑んだ。
「・・・ヒスイ。」
セレがヒスイの名を呼んだ。
屈み込んでヒスイの頭を撫でる。
「私と友達になってくれないか?」
「え・・・?友達?」
「こんなおじさんでは嫌かな?」
「そんなことないよ。」
「では、今から君と私は友達だ。」
セレは嬉しそうに笑ってヒスイを撫でる手に力を込めた。
「いいかな?コハク。」
「・・・いいですよ。何で僕にきくんですか?」
「いや。別に。」
セレは苦笑いをした。
「・・・・・・。」
コハクにしては珍しくむすっとした表情だった。セレにはすべて見抜かれているようだ。どうにも分が悪い。
「今度教会にも遊びにおいで。コハクと二人で。」
「うん!」
ヒスイは大きく手を振ってはじめての友達を見送った。
「良かったね。友達できて。」
コハクはヒスイの隣に立ち、さりげなくヒスイの肩に手をかけた。
「・・・オジサンだけど。」
あはは、とヒスイは笑った。
「!?」
コハクがいきなりヒスイの唇を塞いだ。
頭の芯がしびれるくらい甘く長いキス・・・
「・・・怒る?」
「・・・怒らないよ。私・・・お兄ちゃんとキスするの・・・嫌いじゃない・・・。」
照れ屋のヒスイなりに精一杯気持ちを伝えたつもりだった。
コハクは目を細めて笑った。
「・・・好きだよ、ヒスイ。」
そしてもう一度ヒスイに言った。
「ヒスイは・・・僕のこと好き?」
「・・・ヒミツっ!」
ヒスイは火照った顔でぷいっと横を向いた。
「ねぇ、ヒスイ。」
「なに?」
「僕のこと、“お兄ちゃん”として好きならこっち。」
コハクは自分の左の頬を指さした。
「“男”として好きならこっち。」
今度は右の頬を指してヒスイを見つめる。
「キスして。」
「う゛〜っ・・・。」
ヒスイは真っ赤な顔で唸った。
コハクは瞳を閉じてヒスイの決断を待っている。
「・・・ちゅっ。」
「!?」
触れるか触れないかの軽いキスだった。
ヒスイは右の頬でも左の頬でもなく、コハクの唇に自分からキスをした。
「・・・両方、だから。」
「・・・最高!!」
コハクは、ヒスイのふれた唇を指先で軽くなぞり、こぼれそうな笑顔で笑った。ヒスイも一緒になって笑った。
今はまだ恥ずかしくてうまく言葉にできないけど
いつかちゃんと言えるといいな。
お兄ちゃんが言ってくれたみたいに
真っ直ぐ瞳を見て。
「好きだよ。」って。
おわり。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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