婚約破棄された瞬間、王都上空に二人の浮気エンディングが劇場上映された話
「ミリス・リーリア公爵令嬢! 私は本日、貴様との婚約を破棄する!」
きらびやかなシャンデリアが輝く夜会会場。その中央で、第一王子であるオルカが声を張り上げた。
彼の隣には、細い肩を震わせるアリア・コーネルト男爵令嬢がぴったりと寄り添っている。
周囲の貴族たちは息を呑み、遠巻きにこちらを見ていた。誰もがミリスを哀れむような、あるいは冷たい目で見つめている。
(ああ、ついにこの日が来たのね。前世で遊んだ、あの乙女ゲームの婚約破棄イベントが……)
ミリスは静かに目を伏せた。彼女には、日本という国で普通の人間として生きていた前世の記憶がある。いわゆる転生者だ。
ここが前世で自分が遊んだ乙女ゲームの世界であり、自分がヒロインをいじめて最後には破滅する「悪役令嬢」という立場であることも、ずいぶん前に思い出していた。
今日まで、王子の身勝手な行動に何度も傷ついてきた。悪役令嬢の運命を変えようと行動したこともあったが、世界のルールは絶対だった。
今も、王子の身勝手な冤罪を前にして反論したくても、ゲームの強制力という見えない力に口を塞がれているかのように、なぜか声が出せなくなってしまっていた。
アリアが王子の陰からミリスにだけ見えるようににやりと勝ち誇った笑みを浮かべた。
ミリスは唇を噛んだ。前世の知識があっても、この世界のルールには逆らえない。
ただ、この理不尽な終わりを受け入れるしかなかったから。
ミリスは静かに深く一礼した。
王子の身勝手な婚約破棄という婚約破棄イベントが完了した。――その瞬間だった。
『――ピコーン』
頭が痛くなるような、妙にハッキリとした機械の音が、会場にいる全員の頭の中に響き渡った。
「な、なんだ今の音は……?」
オルカ王子が耳を押さえてうろたえた、その直後だった。パッと会場を照らしていた全ての魔法の光が消え去った。
「真っ暗だぞ!?」
「何が起きた!?」
貴族たちが闇の中でパニックになり、叫び声を上げる。しかし、驚きはそれだけでは終わらなかった。
頑丈な石造りの天井が、まるでガラスになったかのように、突然透き通ってしまったのだ。
「おい、見ろ! 空が!」
一人の貴族が指差した先、王都の夜空のすべてを覆い尽くすほどの、とてつもなく巨大な四角い『画面』が出現していた。
会場の中だけでなく、街にいるすべての人間が同時に見上げられるほどの、圧倒的な大きさだった。
その巨大な画面に、七色の光で文字が映し出される。
【 TRUE ENDING 】
(え……? トゥルーエンド……!?)
夜空に浮かび上がった文字を見て、ミリスは息を呑んだ。前世の記憶がある彼女には、それがゲームの『本編クリア』を意味する文字だとすぐに分かった。
同時に、会場だけでなく、王都全体の夜空から、明るく軽快な音楽が鳴り響いた。
ゲームをクリアした時に流れるような、どこか楽しげなスタッフロールの曲だった。
街中の人間が見上げる大画面で、音声付きの『劇場上映』が淡々と進んでいく。
画面に映し出されたのは、オルカ王子とアリアの、あまりにも生々しい姿だった。
『ねえ、オルカ様ぁ。ミリス様が邪魔です。早く婚約をなくしちゃってくださいよぉ』
『フッ、あんな可愛げのない女、適当な罪をかぶせて追い出してやるさ。私の愛しいアリア』
画面の中の二人は、だらしなく抱き合いながら、ミリスを罠に嵌めるための作戦会議をゲラゲラと笑いながら行っていた。
それだけではない。
映像の右側には、白い文字が下から上へと、ゆっくりとスクロールを始めていた。
【 脚本・演出 】オルカ・クレイズ第一王子
【 主演 】アリア・コーネルト男爵令嬢
【 被害者 】ミリス・リーリア公爵令嬢
アリアが顔を真っ青にして悲鳴を上げた。
「なんで今エンディング画面が流れるのよ! まだ私は王妃になってない! バグよ! こんなのおかしいわ!!」
(えっ、アリアも転生者だったの!?)
アリアの叫びを聞いてミリスは驚愕した。彼女の発言は、前世の記憶を持つ者にしか理解できない『ゲームの専門用語』だったからだ。
そして、オルカは激昂し、声を荒らげる。
「消せ! 今すぐその画面を消し去れ!」
夜空の画面は、アリアの悲鳴を無視して淡々と上映を続ける。
曲のボリュームが少し上がると同時に、画面が切り替わった。
今度は、オルカ王子が薄暗い書斎で怪しげな帳簿を広げている映像だ。
『これでよし。国庫から引き出した予算は、アリア、お前のドレスと宝石の代金として処理しておいたぞ』
『まあ! 嬉しい! オルカ様、大好きです!』
『ふっ、これくらい大したことはない。ミリス・リーリアの実家に言いがかりをつけて潰してしまえば、あの公爵家の莫大な財産はすべてお前のものだからな』
会場の空気が、一瞬で凍りついた。ただの男女の浮気話ではない。
国庫の横領、そして罪なき公爵家を嵌めて財産を奪おうとする、明白な国家犯罪の証拠が国中に流れてしまったのだ。
【 制作協力 】クレイズ王国国庫予算
【 衣装協力 】アリアの高級ドレス一式
画面の右側では、相変わらず皮肉な文字がゆっくりと流れていく。
オルカ王子はあまりの恐怖に血の気が引き、ガタガタと震え出した。
「ち、違う! これは偽物だ! 私はそんなことはしていない!」
オルカ王子が叫ぶ中、上映は無慈悲にも最後のシーンへと移る。
それは、アリアが自室で一人、手に入れたばかりの宝石を眺めている映像だった。
オルカ王子はそこにはいない。
『あはは、あのバカ王子、本当にチョロいわ。ちょっと甘えておねだりしただけで、国の公金にまで手を出すなんてね。まあ、私が王妃にさえなれれば、男なんて誰でもいいんだけど。あんな男、本当に顔を見るだけで吐き気がするわ』
アリアは画面の中で、鼻で笑いながらオルカ王子をゴミのように見捨てていた。
【 特別協力 】オルカ王子の騙されやすさ
【 協力 】アリアの本音
「ア、アリア……? お前、私を愛していると言ったではないか……?」
オルカ王子が信じられないものを見る目でアリアを振り返る。
アリアは叫び声を上げた。
「違うの! これは私じゃないわ! 誰かが仕組んだ罠よ!」
だが、時すでに遅かった。
チャラン、と綺麗な音が響き、画面の映像がふっと消える。
正式な上映終了を告げるかのように、夜空いっぱいに大きな文字が映し出された。
【 Fin 】
その文字が消えると同時に、会場にパッと魔法の光が戻った。
静まり返る夜会会場。そこにいたのは、あまりの羞恥と絶望に腰を抜かしているオルカ王子とアリアの二人だった。
確定証拠が国中に生中継されたのだ。
言い逃れの余地など一ミリもない。
◇
会場の奥から、怒りで顔を真っ赤にした国王が、重い足取りで歩み出てきた。
「ち、父上! これは罠です! 何者かが仕掛けた妖術に違いありません! 私はミリス・リーリアを愛するがゆえに騙された被害者で……!」
オルカ王子は国王の足元へ這いつくばり、見苦しく命乞いをした。しかし、国王はオルカ王子の手を冷酷に振り払う。
「黙れ、見苦しい! 妖術だと? ならばお前が国庫の金を流用して買い与えたあの宝石の出処も妖術か? 王都中の民がお前の悪行をその目で見たのだ。これ以上の言い訳は王家の恥を上塗りするだけだ!」
国王の怒号が響き渡る。
アリアは自分の真っ黒な本音を国中に晒され、築き上げた地位も未来もすべてが台無しになった事実を突きつけられていた。
「私の完璧な計画が……王妃になるルートが消えた……!」
アリアは絶望のあまり頭を抱え、狂ったように泣き叫んでいた。
「おい、その愚か者の王位継承権を剥奪し、二人の罪人を地下牢へ連行しろ!!」
国王の命令で、周囲の騎士たちが一斉に動き出す。
腕を掴まれたオルカ王子は、最後にミリスの元へ縋り付こうと、必死に手を伸ばした。
「ミ、ミリス・リーリア! 私が悪かった! アリアに、あの女に騙されていたんだ! 愛しているのはお前だけだ! 頼む、婚約破棄は撤回する、助けてくれ!!」
今まで世界の強制力で声を奪われていたミリスは、ここで初めて、自分の言葉を毅然と放った。
悪役令嬢を縛り付けていたゲームのシナリオが、エンディングを迎えたことで完全に消滅したのを感じながら。
「殿下。すでに『エンディング』は迎えましたわ。わたくしに冤罪をかけ、我が家を陥れようとしたその口で、よくもまあそんな言葉が紡げますこと。殿下の愛など、あの泥沼のような映像だけでお腹いっぱいですわ」
ミリスの冷徹な拒絶に、オルカ王子は絶望の悲鳴を上げながら、アリアと共にずるずると地下牢へと引きずられていった。
二人の人生はサービス終了したのだ。
静まり返る会場の中、ミリスの前に一人の少年が進み出た。
オルカ王子の弟であり、まだあどけなさの残る第二王子だ。
彼は少し耳を赤くしながらも、騎士のように堂々とミリスの前で膝をついた。
そして、優しく手を差し伸べる。
「ミリス・リーリア様。兄上との婚約は無くなりました。……ずっと、あなたをお慕いしておりました。これからは、僕が一生お守りします。僕を選んではいただけませんか?」
これまで悪役令嬢の運命に縛られて孤独だったミリスの心が、彼の真っ直ぐな瞳に救われていく。
「ええ、喜んで。……ふふ、これからは『可愛い婚約者様』にエスコートしていただけるのですね」
ミリスがその小さな手を優しく取った、その瞬間だった。
『――ピコーン』
再び王都の上空にシステム音が響き、夜空の文字がパッと弾けた。
新たな光の粒子が、これ以上ないほど鮮やかに、新しいテキストを紡ぎ出す。
【 TRUE END:オルカ王子の破滅 】
【 DLC(追加コンテンツ)第二王子編――開幕 】
「……あら?」
満天の星空にデカデカと上映された続編のタイトルを見上げ、ミリスはふっと前世の知識を思い出しながら微笑んだ。
世界のシステムが映し出したのは、本編が終了した後に用意されていた追加コンテンツ。
これからは悪役令嬢の運命なんて関係ない。ミリスと、この可愛い年下の婚約者様との、本当の新しい物語の始まりだった。
(おしまい)
【制作メモ】
本作は、作者が考案したプロット、設定、言葉遊びをベースに、AI(人工知能)と二人三脚で本文の執筆・調整を行って完成させました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
悪役令嬢ミリスの、バグから始まるハッピーエンドはいかがでしたでしょうか?オルカ王子とアリアの「自爆スタッフロール」を楽しんでいただけていたら嬉しいです。
本作はこれにて【 Fin 】となりますが、もし気に入っていただけましたら、【ブックマーク】や、下部にある評価の【星(☆)】をぽちっと押して、ミリスの追加コンテンツ(DLC)への制作協力をお願いいたします!




