第7話届きませんね、その陰口
渋谷女子インターナショナルスクール(渋女)の大きな門をくぐる時、ゆずきの心臓はバクバクと音を立てていた。愛媛の高校とは全く異なる、洗練されたデザインの校舎。すれ違う生徒たちは皆、雑誌から飛び出してきたかのように垢抜けていて、ゆずきは思わずキョロキョロと周りを見渡してしまった。都会の眩しさに、田舎から出てきたばかりの自分が浮いているような、そんな疎外感すら覚えたのだ。
授業が始まると、その戸惑いはさらに増した。英語を交えたディスカッション形式の授業、タブレットを駆使した課題発表。愛媛の学校とは何から何まで違っていて、ゆずきはついていくのに必死だった。休憩時間になっても、なかなか周りに話しかけることができず、教科書を読み返すふりをして、所在なく時間を過ごすこともしばしばだった。
「ねぇ、愛媛から来たの?」
そんなゆずきに声をかけてきたのは、隣の席に座っていた、黒髪ショートカットのリサだった。彼女は屈託のない笑顔で、ゆずきの顔を覗き込む。
「うん、そうだよ。愛媛県から来たの」
ゆずきが答えると、リサは「そっかー!」と明るい声を上げた。
「私、青森出身なんだ!最初来た時、東京の電車が複雑すぎて泣きそうになったよー!ゆずきも最初はキョドってたよね、分かる分かる!」
リサの飾らない言葉に、ゆずきの緊張が少しだけほぐれた。続けて、別のグループにいたハルとミオも加わり、皆が口々に自己紹介を始めた。ハルは沖縄出身、ミオは北海道出身だという。彼女たちは皆、ゆずきと同じように、地方から夢を追いかけて東京へやってきたのだ。
「私、将来はモデルになりたいんだ!」
「私は女優志望!」
「私は絶対、紅白に出るアイドルになる!」
それぞれの夢を語る彼女たちの瞳は、強い光を宿していた。その会話を聞くうちに、ゆずきは気づいた。この学校の生徒たちは、みんな自分と同じような境遇にあるのだと。一見、華やかな都会の子に見えていた彼女たちも、愛媛にいた自分と同じように、生まれ育った場所を離れて、大きな夢を掴むために東京へ来ている。渋谷女子インターナショナルスクールは、言わば「田舎者のアイドル候補生」たちの集まる場所だったのだ。
同郷の仲間たちと打ち解けていくうちに、ゆずきの心の霧は晴れていった。最初は都会に気後れしていた自分も、少しずつ素の自分を出せるようになった。放課後には、皆で渋谷のカフェで他愛ないおしゃべりをしたり、時には真剣に夢について語り合ったりした。互いの夢を応援し合い、時にはライバルとして刺激し合う、そんな関係性が心地よかった。
しかし、そんな温かい交流の裏で、小さな摩擦も生まれていた。誰もが夢に真剣だからこそ、時には嫉妬や陰口が飛び交うこともあったのだ。特に、ゆずきがTGCに出演したこと、そしてエイジアプロモーションにスカウトされたことが知れ渡ると、一部の生徒からの風当たりが強くなった。
ある日の昼休み、ゆずきが廊下を歩いていると、少し離れた場所からひそひそと話す声が聞こえてきた。
「ねぇ、あのゆずきって子、特別扱いされすぎじゃない?」
「TGCに出たからって、調子乗りすぎ」
「どうせコネでしょ?地方出身者のくせに」
耳に届いた言葉に、ゆずきの足はピタリと止まった。胸の奥に、チクリとした痛みが走る。悔しさ、そして悲しみがこみ上げてきた。愛媛にいた頃の自分なら、きっとその場で立ち止まって、言い返してしまうか、あるいは泣き出してしまっていたかもしれない。
しかし、今のゆずきは違った。TGCのランウェイを歩き、プロの世界の厳しさと、応援してくれる人たちの温かさを知った彼女は、一回りも二回りも強くなっていた。
ゆずきは、聞こえてきた陰口に反応することなく、ゆっくりと歩き続けた。背筋を伸ばし、顔はまっすぐに前を向く。まるで、ランウェイを歩く時と同じように。
(届きませんね、その陰口)
心の中でそう呟き、彼女は小さく微笑んだ。彼女の目標は、そんな小さな陰口に立ち止まっている暇はないほど、遥か遠くにあるのだ。TGCの舞台で浴びたあのスポットライトの輝き、そして、これから手に入れるであろう、もっと大きな成功。それを思えば、今聞こえるような小さな雑音は、取るに足らないものだった。
ゆずきの背中は、以前よりもずっと強く、そして自信に満ちていた。愛媛の素朴な少女は、東京の荒波の中で、確実に成長を遂げていた。彼女の夢への道は、まだ始まったばかりだ。




