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第14話おとなになったゆずき

 東京の空は、いつだって広かった。そして、その広大な空の下で、ゆずきは目まぐるしいスピードで駆け抜けるように大人になった。朝ドラヒロインとしての成功、そしてシンガーとしてのヒット曲。その輝かしいキャリアの絶頂期に、ゆずきは人生の新たな扉を開く決断を下した。

 25歳になったゆずきは、あるパーティーで一人の男性と出会った。彼は、東京大学を卒業後、若くしてITベンチャーを立ち上げ、わずか数年で業界の寵児となった人物だった。彼の知性と、未来を見据える強い眼差しに、ゆずきは惹かれた。そして、何よりも、彼女が芸能界の華やかな世界で感じていた孤独を埋めてくれるような、温かさと落ち着きを彼の中に感じたのだ。

 互いに惹かれ合い、育んできた愛は、まもなく実を結んだ。ゆずきは、彼と結婚することを決意した。それは、世間を驚かせた電撃婚だった。国民的女優として、そして人気シンガーとして、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった彼女の結婚は、多くのファンに衝撃を与えた。しかし、ゆずきにとって、それはごく自然な選択だった。

 結婚後、ゆずきは芸能界の第一線から、徐々に身を引いていった。新しい命を授かり、二男二女の母となった彼女の生活の中心は、家庭へと移っていった。東京の都心に構えた温かい家で、子供たちの笑顔と、夫との穏やかな時間が、ゆずきにとって何よりも大切なものとなった。

 朝、目覚めれば、まだ幼い子供たちの元気な声が響く。朝食の支度をしながら、夫と今日の予定を話す。公園で子供たちと遊び、時にはお弁当を持ってピクニックに出かける。夕方には、スーパーで夕食の買い物をして、家族のために腕を振るう。夜には、絵本を読み聞かせ、子供たちが寝息を立てる横で、今日あった出来事を夫と語り合う。そんな何気ない日常が、ゆずきにとって最高の幸せだった。

 もちろん、芸能界でスポットライトを浴びていた頃のような刺激はない。連日の過密スケジュール、常に完璧を求められるプレッシャー、そして人々の視線に晒される緊張感。それらの全てから解放された今の生活は、愛媛で過ごしたあの穏やかな日々を思い出させた。

 完全に芸能界を引退したわけではなかった。たまに、ママタレとして、育児に関するトーク番組に出演したり、ライフスタイル雑誌のインタビューに応じたりすることはあった。テレビカメラの前では、昔と変わらない笑顔を見せるが、その表情には、経験を重ねた大人としての落ち着きと、母親としての優しさがにじみ出ていた。

 世間からは、「もったいない」「なぜ引退したのか」といった声も聞かれた。かつての輝かしいキャリアを思えば、そう思う人がいても当然だろう。しかし、ゆずき自身に、後悔は微塵もなかった。

「女の華は儚いもの」。

 それは、芸能界で出会った先輩女優が、ゆずきにそっと語ってくれた言葉だった。若い頃は、その言葉の意味を深く理解できなかった。しかし、今、母となり、妻となり、人生の新たなステージに立つゆずきは、その言葉の重みをひしひしと感じていた。

 自分は、愛媛の片田舎にいた普通の女の子だった。それが、TGCのランウェイを歩き、アイドルとして歌い、そして国民的朝ドラのヒロインを務めるという、想像を絶するような経験をさせてもらった。人生の絶頂を、若くして経験できたことに、感謝しかなかった。

「一生懸命に生きた結果だから、後悔はない」

 心の中でそう呟き、ゆずきは満ち足りた表情で窓の外を見た。東京の空は、あの頃と変わらず広く、そして青かった。しかし、その空を見上げるゆずきの瞳には、過去の栄光への未練ではなく、今ある幸せへの感謝と、未来への確かな希望が宿っていた。

 かつての「青い野心」は、家族というかけがえのない宝物となり、ゆずきの心の中で穏やかに輝き続けている。それは、華やかなスポットライトの下では決して得られなかった、温かく、確かな幸せの光だった。ゆずきは、自分の選んだこの人生を、心から愛していた。

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