ショートケーキを食べられるかどうか
さて――彼女を前にして、ケーキを食べることができるだろうか?
悠馬はお腹が空いていた。
日曜日の午後三時を過ぎたところ。三時というのは一般的にお菓子の時間と言われていて、昼食が少なかった悠馬は、ぜひともお菓子を食べて空腹をしのぎたかった。
目の前のお皿には、いちごショートケーキ。
机の向こう側には、ショートケーキより可愛らしい黒髪の少女。
ちょうど悠馬の家に遊びに来ていた、幼馴染みの梓だ。普段大人しいこの少女は、うるうると潤んだ瞳で、何も言わずこちらを見ていた。普段控えめなこの少女は、大好きなお菓子のことになると急に自己主張し出すのである。
悠馬も鬼ではないのだが、どうしてもお腹が減っていたし、なにより――彼女自身はすでに、出された自分の分を食べた後だった。悠馬が見とれてしまうぐらい勢いのよい食べっぷり。ほっぺにちょこんとついたクリームが可愛らしい。
さておき。
梓が期待するような表情でこちらを見つめている。
さて、彼女を前にしてケーキを食べることができるだろうか。悠馬は意を決した。フォークを握り締める。
と、彼女の腰が椅子から浮いた。身を乗り出したような体勢で、切なそうな瞳が悠馬を見ている。その表情に一瞬腕が止まったものの、悠馬はフォークをケーキに突き刺した。
瞬間。
泣きそうだった彼女の表情が、一点の曇りもない笑みにとってかわった。
梓の足が宙に浮いた。テーブルにのせた腕を軸として、彼女の足が弧の軌跡をえがく。とっさに悠馬はフォークから手を離すと、歯を食いしばって腕を構えた。
鈍い衝撃。
視界が傾き景色は流れていく。悠馬は自分が椅子に座ったまま床に倒れようとしていることに気付いた。ガードした腕ごと梓に蹴りとばされたらしい。普段大人しい彼女はお菓子のことになると急に自己主張をしだすのである。
悠馬は舌打ちした。
立ち上がらなければならない。迅速に。でなければ、せっかくのケーキを梓に食べられてしまう。
そんなことは許せなかった。
さて――彼女を前にして、ケーキを食べることができるだろうか?