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一目惚れしたパン屋の娘に理性を狂わされる。冷徹貴族の隠しきれない恋心。  作者: 逆立ちハムスター


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「そりゃそうよ。男が求めてる『ナチュラル』なんて、実際は『死ぬほど計算して作り込まれた、手抜きに見える武装』なんだから。男って、努力の跡が見える美しさを嫌うわよね。魔法みたいに、最初から綺麗だったって信じ込みたいだけでしょ?」


「……まあ、否定はしない。男にとっての『男受け』は『安心感』なんだ。でも令嬢の君達がやってるネイルは、時々『威嚇』に見えるんだ。ほら、毒ガエルの配色みたいなやつとかだ。あれを『可愛い』や『綺麗』だって褒めなきゃいけない公子達の表情、一度鏡で見てみろ。引きつった笑顔の標本みたいになってるからな」


「ふん、お気の毒さま。でもね、男が『それ、男受け悪いよ』ってわざわざアドバイスしてくる時の、あの『俺が正しい基準を教えてあげてる』感、あれが一番ネイルより鋭利で刺さるから、気をつけたほうがいいわよ」


「……手厳しいね。よし、わかった。次にレティアが爪を毒ガエルにしても、俺は『独創的な自己表現だね、最高にユニークだよ』って、1ミリも目を逸らさずに言うことにするさ」


「……それも、最高に皮肉が効いてて腹立つわね」


 妹の辛辣な言葉も、今の混乱していた俺には心地よいノイズでしかなかった。俺たちはこうして、互いの手の内を晒し合いながら、優雅に「愛」という名の虚構を回している。

 ……はずだった。


「ところで兄様、パン屋のテッサだけど……」


 ――パキリ。


 手に持っていた羽ペンが、無惨に、二つに折れた。

 指先に走る軽い衝撃。ミカーラの目が、獲物を見つけた猛禽のように細まる。


「あの子の作るパン、美味しいって言おうと思ったんだけど……ンフフ♪ 兄様? いけないわね〜。愛を誓ったレティアという、素敵な許嫁がいらっしゃるのに〜」


「……パンが……旨かったからな。それに、マルザの店に行くのは、いつものことだ。特別、珍しいことでもないだろう」


 声がわずかに上がったが、俺は必死に表情筋を制御する。だが、ミカーラは容赦なくトドメを刺しにきた。


「ああ、そお? まあ、兄様が気にしないなら、別に構いませんけど。ロドレス卿やアドザーラ司祭も、テッサに惚れてますわよ」


 心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

 ロドレス卿に、アドザーラ司祭?

 あの、女を金で買い叩くハイエナと、聖職者の皮を被った俗物が、あの無防備な笑顔に目をつけたというのか?


 椅子を蹴るようにして立ち上がる。


「あら? 兄様どちらへ?」

「少し……フェリック達に話がある」


 背後でミカーラが楽しげに笑う気配を感じながら、俺は執務室を飛び出した。


────


 衛兵詰所に入ると、食事中の兵士たちが一斉に姿勢を正した。辺境の地で、実戦経験豊富な頼れる部下達だ。


「皆、食事を続けてくれ。……フェリック、ログナー、マレリア、来てくれ」


 詰所の裏手、人目のつかない場所で、俺は最も信頼する古参の三人の部下に命じた。


「お前たちで、マルザの店の警備に当たれ。怪しい奴が来たら、即座に止めろ。責任はすべて俺が持つ。……ただし……内密にな。領主に命じられたとは、テッサにもマルザにも悟らせるな」


「了解しました!」


 三人が去っていく。

 背後から、微かに話し声が漏れ聞こえてきた。


「聞いたか、フェリック? パン屋の警備だとよ。きっと誰かが、パンをこねたくなって、小麦粉を盗みに来るに違いない。ハッハッハ!」

「あのパンの評判で、人集りの多い店になった。閣下は不測のトラブルを危惧されているのさ」

「まったく馬鹿ね、あんた達。閣下は別のことを心配していらっしゃるのよ」


 ……マレリア、お前までもか。

 俺は深く溜息をつき、乱れた呼吸を整えてから再び執務室のドアを開けた。


「おかえりなさい。ストーカー貴族様」


 ミカーラが、最高に性格の悪い笑みを浮かべて待ち構えていた。


「人聞きの悪いことはやめろ、ミカーラ。監視ではなく……警備だけだ」

「ふ〜ん。ま、せいぜい頑張って。その『警備』がいつまで理性の範囲に収まっていられるか、楽しみにしているわ」


 俺は再びデスクに座り、折れた羽ペンをゴミ箱へ投げ捨てた。

 領主としての正義、婚約者への不義理、そして沸騰するような独占欲。

 俺の「大聖堂」を飾り立てていたはずの理論が、一人のパン屋の娘の笑顔によって、ガラガラと音を立てて崩れ始めていた。

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